古南海道の推定根拠(中間報告)


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     万葉の妹山はどこ!を求めて(中間報告)    笠田万葉サ−クル
 
日本書紀(大化2年・646年)に明記されている「せのやま・兄山」を朝夕眺め、万葉の歌枕「妹山」はどこ!古南海道はどこを通っていたのか!」を求めて周辺の山野・古道を歩き回りました。
 
 万葉の歌枕妹山・背山15首万葉歌の中「越え行けば等」にこだわって推定古南海道を狭屋廃寺跡から宝来山神社、木戸口、そして、サ−クル呼称の背ノ山の北側万葉峠を越えてみました。
 狭屋廃寺・白髪神社前を西進する真正面に畿内の南限、せのやま兄山(妹山・背山)の双子二峰が仲良く並んで現れます。
 無量寺、大福寺辺りからは二峰の馬瀬が広く深く見えます。長者屋敷は遥かに遠くて、とても羨しく並び居る姿には見ることが出来ません。
 木戸口・万葉峠からは長者屋敷は全然見えず、背ノ山の北側万葉峠から振り返れば歩いてきた古南海道が真土峠付近まで眼下に見渡たせ故郷への慕情が募ります。さらに、紀ノ川が北へ大きく蛇行し萩原・船つなぎ松、窪・木戸口に屈曲するところ、満々湖にも比する淀みに万葉人が旅の疲れを癒したのどかな風景が髣髴できます。
 そして、南岸の長者屋敷からは北岸二峰馬瀬の仲良く居並ぶ姿が正面に見えます。

  このように歌枕を歩き重ね、万葉の妹山・背山は通称「背ノ山」の二峰だとの思いが確定いたしました。さらに、妹背に因んで標高の高い城山が「背山」やや低い鉢伏山を「妹山」と特定いたしました。

 正に原風景を歩くのが「万葉の妹山!」を解明するキ−イポイント・社会教育学習であったと気づきました。
 
 この解明ポイントについては既に江戸時代紀伊国和歌山藩士・国学者本居内遠氏が「妹山・背山辨」で指摘されていることに驚き更に確信を深めました。藩内の風土記作成のため現地踏査された本居内遠氏は「通称背ノ山の二峰が妹山・背山であり、妹山は大河紀ノ川を隔てた長者屋敷に求めることは、歌にてらして適合しがたいと説明されている。」さらに、「現地を踏まない歌学者藤原顕昭氏が古今集を手掛かりに川を隔てた長者屋敷が妹山であると記述したのが誤りの元である」と解説されています。この誤りが現在の地図や刊行物等に影響していると考えられます。

 今後サ−クルとしては、文学者・歴史学者・考古学者などを現地にご案内して「万葉の妹山」の考察と見解を更に極めていきたいと考えています。その上で然るべき機関・団体に「万葉歌枕妹山・背山の考察と見解について」提言をさせていただきたいとも考えています





日進化学渇ョ上から望む。
 
  長者屋敷                         妹山・鉢伏山背山・城山



 この妹山・背山の二峰を歌枕として万葉集の短歌14首、長歌1首詠んだ方が、長者屋敷妹山歌枕説よりも無理なくすんなりと理解できることも明らかになりました。


我妹子に 我が恋ひ行けば 羨しくも 並び居るかも妹と背の山  (F1210)
 古南海道を辿りながら、橋本の大我野から銭坂をのぼり下りになる岸上、神野々から見え始めるこの仲睦まじく並んでいる背ノ山の二峰の姿、これこそ並び居るかもに相ふさわしいものです。

後れ居て 恋ひつつあらずは 紀伊の国の 妹背の山に あらましものを(C544)
 後に残って恋しく思っているよりも、いっそ紀伊国の双並ぶ妹背の山になってしまいたいにも肩並ぶ二峰はピッタリです。

紀伊道にこそ 妹山ありといへ 玉くしげ二上山も 妹こそありけれ(F1098)
 妹山は紀伊路にあると言っているが、大和の二上山にも妹山があったのだと、雄山雌山の二峯の形状が一致します。
 この二峰の間に小字名「馬ケ背」が現存しています。

背の山に 直に向かへる 妹の山 こと許せやも打橋渡す      (F1193)
 標高168mの城山と163mの鉢伏山の二峰が直に向き合っている姿です。
 打橋は簡単な橋ですから、この二峰の間には丸太木でも容易に架けられます。

麻衣 着ればなつかし 紀伊国の 妹背の山に 麻蒔く我妹      (F1195)
 陸続きの二峯を、娘が行き交う妹背の山とはっきりと詠っています。

妹に恋ひ 我が越え行けば 背の山の 妹に恋ひずて あるがともしさ(F1208)
 残してきた家族のことを思いつつ越え行くと、背の山は妹山と並んで一緒にいて嬉しそうにいるのは羨ましい、まさに二峰そのものが詠われています。

人ならば 母が愛子そ あさもよし  紀の川の辺の 妹と背の山    (F1209)
 紀ノ川のほとりに仲良く居並んだ妹山・背山の二峰を「母が愛子」と、そのままに詠んだものです。

大汝 少御神の 作らしし妹背の山を 見らくしよしも            (F1247)
 大汝少御神(国造りの神)のつくられた妹背の山、これこそ背ノ山の二峰を妹背山と見る決定的な歌だと思います。国づくりの神は一山に二峰がある造型の妙というべき妹背山をつくられています。見るのが誠にいいものだと二峰そのもの妹背山を詠われています。

紀伊の国の 浜に寄るといふ 鮑玉 拾はむと言ひて 妹の山 背の山越えて 行きし君 ・・・・・・・                                                 (L3318)
 連なって居並ぶ妹背山を妹山・背山と越える姿が、極く自然に詠われています。





















万葉歌枕妹山・背山全景      宝来山神社西から望む