ママは同級生



「さっきも言ったけど、このロンパースもおじいちゃまとおばあちゃまからのプレゼントよ。おむつカバーもそうだけど、これも、おじいちゃまの会社で働くデザイナーの人とパタンナーの人にお願いして、本当の赤ちゃんが着るのと同じデザインのまま茜ちゃんが着ても窮屈じゃないような大きさで仕立ててもらったの。後で見せてあげるけど、これだけじゃなくて、もっともっとたくさんあるのよ。それに種類も、ふんわりしたオーバーオールや可愛いベビードレスや、夏用のサンドレスもあるから、ずっとお洒落させてあげられるわね」
 美也子は、薫がボトムのボタンを外したロンパースとトレーナーを両手で捧げ持ったまま、ベッドの枕元の方へまわりこんだ。
 それと同時に薫が茜の両手を引っ張って上半身を起こさせる。
 茜は、強引に上半身を起こされる前から激しく首を振った。赤ん坊そのままの格好をさせられるのをいやがっているのは明らかだが、幼児がいやいやをするようなそんな仕種が却って二人に加虐的な悦びを与える。
「ママが可愛いパジャマを着せてくれるんだからおとなしくしましょうね。おむつを取り替えてもらった時もおとなしくしていたからご褒美をもらったんでしょう? 今度のご褒美は何かしらね」
 薫は茜に圧舌片による責めを思い出させるためにオシャブリを指差してみせ、茜が怯えの表情を浮かべ静かになるのを待ってから、脇の下に掌を差し入れて両手を上げさせた。
「はい、そのままおとなしくしててね。最初はトレーナー、ほら、きれいなレモン色でしょ?」
 美也子は茜の頭の上からトレーナーをすっぽりかぶせ、裾をさっと引き下げた。丈はお臍のあたりまでで、おむつカバーの前当てが僅かに隠れるくらいだ。
「ほら、お手々はそのままにしてるのよ。次はロンパースだから」
 半袖のトレーナーに続いて美也子は、大きく開いたボトムから茜の頭にすっぽりかぶせるようにしてロンパースを着せた。肩紐は幅の広い二段の飾りレースになっていて、ボトムの周りは丈の短いスカートになっている、いかにも幼い女の子に似合いそうなデザインのロンパースだ。
「このボタンをこうして留めると――ほら、恥ずかしいおむつカバーが隠れちゃった。よかったわね、茜ちゃん。お熱が下がったら、このまま公園へも遊びに行けるわよ。だって、恥ずかしいおむつカバーが見えないんだもの」
 美也子は『恥ずかしいおむつカバー』を何度も繰り返し言いながら、ロンパースのボトムに並ぶボタンを五つ、わざとのようにゆっくり留めていった。
 成人した者が身に着ける衣類どころか、小学校に入学したばかりの子供が着る衣類でさえ、股間の部分が大きく開くような仕立てになっているようなものはない。そんな衣類が必要なのは、いつおもらしをしてしまうかわからなくてずっとおむつのお世話になっている幼児くらいのものだ。それを身に着けさせられたということは、大きななりをしているくせに赤ん坊と同様におむつを手放せない身だと無言のうちに物語っているに等しい。高校生にもなって紙おむつは恥ずかしいが、それにも増して確かに布おむつとおむつカバーの組み合わせはもっと恥ずかしい。けれど、おむつをあてることを前提に仕立てられたロンパースという幼児服を着せられるのは、それに倍する、想像を絶する羞恥だった。たしかに恥ずかしいおむつカバーを隠すことはできたものの、それよりもずっとずっと比べようのない恥ずかしい格好を強要されたことになるのだ。しかも、ボタンを留める美也子の指の感触をおむつカバーの生地や布おむつを通して下腹部に感じるたびに、自分がそんな恥ずかしい格好をしているのだと思い知らされる。
「はい、できた。あとはソックスね。素足だと体が冷えるかもしれないから、あったかくするよう、おねむの時もソックスを履いておきましょうね」
 美也子は、頬をピンクに染める茜の胸の内などまるで知らぬげに言うと、ベビー箪笥の一番上の引出からトレーナーと同じ色合いのソックスを取り出して茜に穿かせた。臑よりも少し下くらいの長さで、くるぶしのあたりにサクランボの形のボンボンが付いた可愛いソックスだ。
 美也子がロンパースのボトムに並ぶボタンを留め、ソックスを履かせている間に、薫は茜の髪を整えていた。肩に届くか届かないかの茜の髪をヘアブラシでさっさっと撫ですかしてボリュームをもたせてから、後頭部で髪を二つに束ねてふわっとした房にし、それを、小物入れに入っていた飾りゴムで括る、ツインテールという髪型に手際よくまとめてゆく。飾りゴムにはソックスに付いているのと同じサクランボの形をしたボンボンがついていて、もともと童顔の茜を更に幼児めいてみせていた。
 そうして二人はほぼ同時に手を止め、あるいは正面から、あるいは横合いから、まるで遠慮することなく無言で茜の姿を眺めまわした。
「うふふ、とっても可愛い赤ちゃんのできあがりね。このまま写真を撮っておけば、おじいちゃまの会社のパンフレットにもできそうなくらい可愛いわ、茜ちゃん」
 先に口を開いたのは美也子だった。
「本当に、思っていた以上に可愛らしい赤ちゃんになっちゃったわね、茜ちゃんてば。美也子さんの言う通り、写真をうちの病院の内科のポスターに使いたいくらいだわ」
 続いて、冷静な薫も相好を崩して相槌を打つ。
 そこへ、美也子がふと気づいたように言った
「あ、でも、茜ちゃんは自分がどれだけ可愛いのか自分じゃわからないんだったわね。ちょっと待ってて、すぐに見せてあげるから」
 そう言って美也子が部屋の隅から運んできたのは姿見の大きな鏡だった。もともと育児室として使っていたこの部屋にはそんな大きな鏡は置いてなかった筈だから、昔の物を綺麗に磨き上げた家具類とは違って、これは美也子の指示によって新しく運び込まれた物だろう。
「……これが……私……!?」
 姿見に映った自分の姿に躊躇いがちな視線を向けた茜が、頬を両手で挟み込んで驚きの声をあげた。
 サクランボの髪飾りで髪をツインテールに結わえ、半袖の淡いレモン色のトレーナーの上に、それよりも少し濃い色合いの生地でできた、幅の広い二段レースが肩紐になっているロンパースを着せられた幼女。ロンパースの股間にはボタンが五つ並んでいて、おむつをたっぷりあてていることが一目でわかるほどロンパースのボトムを膨らませた幼女。その幼女が自分だとは信じられず、戸惑いと羞恥と屈辱と……そして幾らかの被虐的な興奮の色を顔に浮かべているのは、しかし、まぎれもなく茜自身だった。
 幼女そのままの姿をした茜の唇の端からよだれの筋がつっと流れ落ちたのは、その直後のことだった。まだおむつの外れない赤ん坊以外の何者でもない格好をさせられた自分の姿に、口の中に湧き出る唾を飲み込むことさえ忘れ、唇を半ば開いたまま鏡に見入ってしまったものだから、唾がよだれになって溢れ出してきたのだ。
 鏡に映る自分の顔を目にして茜はよだれに気づき、慌ててオシャブリを咥える唇に力を入れたが、よだれの跡はくっきりと残っている。
「うふふ、すっかり赤ちゃんね、茜ちゃんは。最初はおねしょで紙おむつだけだったのに、哺乳壜でぱいぱいを飲むようになったし、おっきしてる時にもおもらししちゃうようになって、おむつカバーの中の可愛い柄の布おむつを汚しちゃうし、オシャブリを欲しがるし、ロンパースを着てよだれをこぼしちゃうし。これが赤ちゃんじゃなくて何でしょうね。――でも、いいのよ。そんな茜ちゃんが可愛くてたまらないの。ずっとずっと誰かに甘えたかったんでしょう? いいのよ。今はママがいる。私がママになってあげたんだから、思いきり甘えていいのよ」
 茜の顎に残るよだれの跡を指でなぞりながら、美也子は甘ったるい声で囁きかけた。そうして、くすっと笑うと
「でも、このままだとせっかくの可愛いロンパースがよだれまみれになっちゃう。そんなことにならないよう、ちゃんとしておきましょうね」
と言って、ベビー箪笥の引出を開けた。



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