二つの人事制度


 物の怪秘密結社の寄り合いで、モー娘型組織というのが話題になったことがある。どういうことかというと、「モーニング娘。」とかいう芸人のグループは、メンバーが頻繁に入れ替わるが、一貫してファンの心を掴んでいる、言い換えれば、メンバーが変わっても一定のサービスを提供し続けることが出来ていることから、非属人的組織のことをいっているのである。このような組織においては、各メンバーの個性は一切必要とされず、マニュアルにしたがって一定のサービスを提供することだけが求められる。例えば、「○○について必ず確認すること」とマニュアルに書いてあれば、その答えが明確な場合であっても、必ずマニュアルどおりに確認すれば良い。咄嗟の判断で機転を利かせるようなことは、むしろすべきではないのである。
 さて、実際の仕事の現場においては、上述したような定型業務をこなす人材・組織が整っていることが必要である。しかしながら、このような業務をこなす人材というものは、世間一般の平均よりやや下くらいの程度の知能と社会常識を持った者に、一定の研修を受けさせるだけで容易に確保することができる。町工場で上司の指示に従って作業をする工員や、役所の窓口で定められた書類を処理するだけの下級公務員を思い浮かべていただければよろしい。
 しかし、そのような人材だけでは会社・組織は成り立たない。これらの人材に指示を出し、イレギュラーな事態が発生した場合に適切な判断をする人材、すなわち管理職が必要である。ただし、その管理職の判断する業務も一定の範囲に限られるので、ある意味定型管理業務と言うことが出来る。もっと重要な判断は、経営陣が下すしかない。かくして、役員、管理職、一般従業員のピラミッド構造が成立する。当たり前のことである。
 さて、その管理職、役員の人材をどのようにして確保するか。これには二つの考え方がある。どちらが絶対的に良いとは言い切れないので、各自の判断に任せるしかないが、以下に両極端の事例のみ記す。

1.ある業界の中堅メーカーの例
 社長は創業者の子孫が交代で務め、手頃な人物がいないときには一時的に番頭が務める。従業員の採用は総合職と一般職に分けているが、一般職は単純労働の工員と事務補助員に限られる。総合職は技術者と営業職に分けて採用している。
 さて、技術系総合職は概ね関係する専攻の大卒または大学院卒を採用し、研究所や工場へ配属するが、本社組織に配属されることもある。営業職は各支店や本社に配属される。総務や経理なども、営業職扱いで採用された人間が配属される。ところで、この業界は古い体質を引き摺っており、値引きにマージン、あとはひたすら頑張って頭を下げれば売れるという考えで営業を続けている会社が多い。したがって、営業マンとして採用されるのは、運動会系で体力があり、上司の言うことを聞く、言い換えれば頭が空っぽの男が多くなる。また、この業界の製品の製造には高度な技術は必要なく、技術力よりも営業力が大切であると考えられている。
 この会社では売上を上げる営業マンが高く評価され、例えば1億円売って1千万円の赤字を出した者の方が、6千万円売って5百万円の純益を上げた者よりも高く評価される。したがって、銭勘定など出来ず、何も考えずに損失を拡大するような営業マンが早く出世し、管理職となるのである。そして、その中でコネがある、あるいは世渡りが上手な者が役員になって行く。その一方で、子会社の経理など、コネがなくて研究所を追い出された、世渡りは不器用でも実務的には器用な技術者が管理していたりする。

2.官庁、あるいはフランス企業
 一般の国家公務員の採用はI種、II種、III種に分かれており、これは概ね戦前の高等官、判任官、雇人に相当するものであろう。I種は大学卒業程度とされているが、これは戦前の帝国大学のイメージであるから、3教科の受験で一般の私立大学に入り、4年間サークルとバイトに明け暮れた学生が合格する筈はない。II種は短大・専門学校卒程度とされていたが、最近は実情を反映して大卒程度も加えられているようである。こちらは普通の学生が真面目に勉強すれば合格できる。III種は高卒程度とされている。
 高等官として採用された者は、今日では現場も経験するが、むしろマネジメント能力の習得に重きを置かれ、若くして現場の長を経験した後、本省で国家の針路を決めるべく励むことになる。判任官として採用された者は、現場の指揮を取る能力までは求められるが、それ以上の任務を任されることはあり得ない。雇人は上司の判任官の指示に従って定型業務をこなすことのみが期待されている。
 実は、フランスの大企業の人事制度がこれにそっくりである。フランスの大企業の多くは国営または殆ど公的な立場を持っていると言うことが出来る大資本の傘下にある。ここに採用される人間は上級管理職、管理職、従業員の3段階に分けられ、それはそのままフランス社会における身分制度として、公的書類にまで必ず記載される、いわば士農工商なのである。グランゼコル(大学校)と呼ばれる、いわば帝国大学を卒業した若者は、いきなり上級管理職として入社し、ほどなく傘下の企業の社長として「配属」される。その企業の経営方針は勿論その社長が上に相談して決定することが出来るが、実際の実務は現場の一般管理職が統括している。そうして、一般管理職は上級管理職に出世することはあり得ないし、従業員が管理職になることもあり得ない。士農工商と違うところは、世襲制ではないことであるが、一般の従業員の子弟がグランゼコルに入学することは殆どあり得ない。その意味では、日本のほうがまだ民主的ではある。



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