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ベンツの話


前口上
 昔、ある中堅製造業の海外駐在員をしていたときのことである。当時、その海外事務所の所長車はシルバーのアウディ80の1.8リットルであった。排気量はともかく(これでも200km/hは出せる・・・会話が出来ないくらいの騒音を気にしなければ =^^=;;)、この車はトランクが異様に小さいのである。はっきり言って、私が使っていたプジョー205(ハッチバック)よりも荷物が積めないくらいであった。
 ところで、海外事務所というところは日本からのお客さんが多い。社員が数人で出張してくることもあれば、取引先の人が商談だけでなく、単に遊びに来たりもするのである。そういった人たちを空港まで迎えに行き、ホテルまで送るだけでなく、視察先まで案内するのも駐在員の仕事である。この事務所はパリなんていうミーハーな場所にあったものだから、来客が非常に多い。この人たちをダシにして、遊びに行ったり飲み食いしたり出来るのが駐在員の特権であるが、家族持ちの駐在員はこれを面倒がるようである。
 さて、日本から来る人は、僅か1週間くらいの旅行であっても大抵は大きなスーツケースを引き摺ってやって来ることになっている。その大荷物を引き摺った客人が1人か2人なら良い。3人来るとトランクが確実に一杯になり、大きなスーツケースや他の荷物があるともう、このアウディのトランクでは入り切らなくなる。4人になると、まったくもって絶望的である。
 では、そういう場合はどうしていたかというと、レンタカーを借りていたのである。実はこれがなかなか馬鹿にならない金額になる。トランクの大きな車といえば、一番大きなクラスを借りることになる。大抵はルノーサフランになるが、このクラスの車はゴールドカードを持っているか、特別な会員にならないと借りられない特殊な扱いになっている。そして、1日借りて普通に乗れば、2万円近く掛かるのである。ケチって小さい車を買ったばかりに、後で余計な金を垂れ流していたという訳であった。
 さて、その所長車も買ってから5年が経過した時のことである。ヨーロッパの感覚からするとまだまだ新しいのであるが、日本人の見栄で、そろそろ買い換えようという話になった。私はトランクの大きな車に買い換えるよう強く主張した。もちろんルノーサフランを買えばいいのであるが、ドイツ車のほうが信頼性が高いという日本式の考え方になり、候補が2つに絞られた。フォルクスワーゲンヴェントとメルセデスベンツのE200(ちょうどその少し前発売された新型の210)である。ところが、日本の偉い人から横槍が入った。
 「大事なお客様を乗せるのに、ワーゲンではかっこ悪い。」
 「じゃあ、ベンツ買っていいですか?」
 「ちょっと待て。調べたらA社(親会社のようなもの)の所長車が旧型のEクラスだ。だからうちが新型のEクラスにしては失礼に当たる。」
 「じゃあ、旧型の中古のいいの探しますか?」
 「いや、社用車は新車を買うことになっている。」
 「ではどうすればいいんですか?」
 「A社に敬意を表して、わが社はベンツのCクラスを買いなさい。」
 「でも、それじゃあトランクが小さくて使い物になりません。」
 「それならレンタカーを借りればいいだろう。」
 何が何だか分からないままに、新しい所長車はシルバーのC180になったのであった。その直後、会社の内紛の影響で私は帰朝し、その後その車がどうなったのか知らない。

買ってしまった
 さて、その会社もいよいよおかしくなって、給料がまともに支払われなくなったので、辞めて地方に引っ越した。ここは車がないと生活に不便な田舎である。試しに車なしで生活してみたら、1日に10キロ以上歩いた日があったくらいである。そこで安い中古車を買おうと見に行ったら、ベンツのEクラス旧型(124)の230Eが目に付いた。これもシルバーである。90年式115000キロ走行。ところが、この車はある会社の社用車として新車から使われており、完璧な状態にメンテされていた。年式と走行距離の関係で非常に安く、その辺で軽自動車の中古を買うよりも安いくらいであった。
 かくして、私は今ベンツのEクラスに乗っている。
 さて、この車、前述のとおり1990年登録(多分製造は89年)のシルバーの230E(W124)で、115000キロ走っている。ワンオーナーで、社用車のため、新車当時からずっとディーラーで整備していたらしく、こまめに点検されている。そもそも、付属の工具が新品同様(少し錆びているが、使った形跡がない)なところを見ると、整備は一切ディーラー任せにしていたようである。御蔭でエンジンは絶好調、クルーズコントロールもちゃんと動くし、エアコンも結構効く(ベンツのエアコンはもともとそれほど効かないらしいので、新車並みに効いているようである)。
 外装はよく見ると細かい傷がいくつもあるが、あまり金を掛けないようにして補修してあるところが好感が持てる。社用車だけあって、内装はちゃんとしている。124のシートの布は丈夫だとよく言われるが、とても12年経ったとは思われない美しさである。純正のシートカバーが付いていたので、洗濯して被せておいた。
 この124という車、意外に大きくなくて、国産の普通の3ナンバーよりも小さいほどである。正確にいうと、5ナンバーの制限よりも縦横ともに4センチずつ大きいだけである。小回りがきき、車高も高いので田舎道にはぴったり、室内もトランクも十分な大きさがあり、非常に実用的な車である。実は駐在員時代にも一度124に乗ったことがある。例によってVIP用にレンタカーを借りようとした時のこと、ちょうどキャンペーンをやっていて、250Dが格安で借りられたのである。このとき、運転しやすくてすっかり気に入ってしまったことも、これを買った理由には違いない。
 しかし、どうも日本人はベンツというと特別な目で見るようで、道はすぐに譲ってもらえるし、逆に軽自動車や自転車にこちらが道を譲ると、恐縮した顔で通って行く人が少なくない。
 「ちょっと、奥さん。この車、奥さんの軽よりも安いんですよ!」

快晴の日に銀色の車の写真を撮るのは無理があった。(=^^=;;
↑ これを撮影したデジカメがまた安物だったりする。(=^^=;;

国産車は猿真似
 今日でこそ、日本車が世界一だと言われるが、ベンツに乗りながら周りの車を見回すと、やはり日本の自動車メーカーはベンツを意識して、上べだけを真似していることがよく分かる。フロントの独特のスタイルを真似た国産高級車があったし、写真では光って見えないが、ボンネットの先端中央にある、お馴染みのメルセデスのマークとよく似たものを付けた国産セダンも複数存在するのである。そういえば、昔からあるスポーツタイプの国産車のテールランプはどう考えてもフェラーリを真似た物であるし、ルノーの某車種に後姿がそっくりのセダンも走っている。まあ、日本にはオリジナリティーのあるデザイナーがいないということなのであろうが。
 つい最近気付いたのであるが、近年の国産高級車で下半分の色が違うツートンカラーの車がよく走っている。上の写真をご覧戴くと、ベンツも同じくツートンカラーになっていることが分かる。しかしながら、これは単なるデザインで塗り分けているのではない。これはサッコパネルといって、側面衝突時の衝撃を和らげるための樹脂製パネルがボディーの下半分に装着されているのである。これは1989年頃から導入された物で、折りしもバブル末期、下半分が灰色になった黒塗りのベンツが街を闊歩するようになり、これがカッコいいといって、国産車も上っ面だけを真似て2色に塗ったものであろう。(調べてないが、あるいは構造まで真似して、本当に樹脂製のパネルをはめているのかも知れない。)
 日本企業はどうして、こうも他所の真似ばかりしたがるのであろうか。



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