オペラと訛り

 オペラの歌詞は、当然のことながら実際に使われている言語で歌われる。大抵の場合、18世紀〜19世紀のイタリア語なりドイツ語なりであるが、これを実際に何らかの言語を話して生活している人間が歌う以上、その人の訛りが往々にして出てしまうものである。私はかつては訛っている歌を聴くと不快に感じたものであるが、最近は場合によっては訛っているのもいい、あるいはそのほうが適切な場合もあると考えるようになった。
 まずは、その国の方言が強く出ている例を挙げてみよう。フルトヴェングラーが1950年にミラノ・スカラ座で指揮したニーベルンクの指環で、アルベリッヒを歌っている Alois Pernerstorfer を聴いてみよう。これはちょっとドイツ語を知っている人ならすぐに分かるほど、見事なベルリン訛りである。ベルリン弁だと思うと不思議な感じがするが、アルベリッヒのような役柄が、江戸っ子のべらんめぇ調だとすれば、それはそれで面白い演出として楽しめるではないか。
 これは極端な例である。むしろ、ベルリン弁が目新しいだけかも知れない。南ドイツ方言、あるいはオーストリア方言などは、オペラを聴いていれば、ごく日常的に耳にするものである。語尾の ig をイックと発音する人はいくらでもいるのであるし、母音に挟まれた s が濁らないのも珍しくない。
 外国語で歌う場合、自国語的な発音が出てしまうこともよくあることである。イタリア人がドイツオペラを歌う機会はそう多くないが、逆の場合は多々ある。ドイツや東欧で上演されたイタリアオペラを聴いていると、ドイツ訛りが耳について快くないことも少なくない。
 しかし、訛っていてもいいと感じる場合もある。例えばモーツァルトのオペラ・ブッファの場合、ドイツ訛りというか、オーストリア訛りのほうが自然に感じられたりする。先日、ヴィーン在住の日本人ソプラノ歌手がザルツブルクで歌ったツェルリーナを聴いたが、母音の発音が明らかに日本人なのはさておき、子音の発音にヴィーン訛りが感じられたのには驚いた。200年前のザルツブルクで同じように歌ったとしても、全然違和感がなかったであろう。あるいは、フィッシャー・ディースカウは最もイタリア語の発音が正確なドイツ人の一人だと思うが、Zucchero をツッケロと発音していたのには驚いた。しかし、これも同じドン・ジョヴァンニのアリアである。これでいいのである。
 ところで、訛り以前の問題として、外国語の歌詞を歌う以上は発音が正確でない場合もある。例えば、マリア・カラスのカルメンを聴いてみよう。Seville をセヴィーユと発音したり、かなり滅茶苦茶である。しかし、独特の訛りと相まって、性悪なジプシー女の感じがよく出ている。もし私が演出家兼指揮者(そんなのあり?)で、彼女よりもずっと強い立場にあったとしても、直さなかったかも知れない。


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