本多学園音楽中学校・高等学校


 筆者よりもかなり年配で、元小学校教師だった学習塾経営者が、突然とんでもないことを言い出した。自分の理想とする教育を実現するため、私立の小学校を作りたいと。しかし、それを実現するには現在の十倍の人材と百倍の資金が必要かと…。
 でも、私立の学校を作る、面白そうだ。私も一つ作ってみるとするか。


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 2009年に成立した鳩山内閣は空前の不況の中で庶民の生活を重視した政策を行ったが、一般家庭の目先の負担を減らし、子供のいる家庭に給付を増やす等の政策ばかりが突出し、長期的に国力を高める視点に欠けていた。しかし、大多数を占める一般庶民の支持は高く、このような政策が暫く続くことになった結果、21世紀前半を通して日本の産業・経済が徐々に衰退してしまい、税収が更に落ち込んだ結果、政府も地方公共団体も財政的に破綻状態に陥った。
 政府は2048年度より、多くの国有地等を民間に払い下げることを決定し、2051年には不忍池の西側部分が埋め立てられて売却されることになった。これは単純に価格だけで決まる入札ではなく、ある程度公的な事業を行う個人・団体を対象とし、事業計画を提出させて審査した上で入札により決定するものであった。これを落札したのが本多忠親記念財団であり、ここに中高一貫教育の中等教育機関、本多学園音楽中学校・高等学校を建設したのである。

 ここでは徹底した英才教育を行い、地の利を活かして学校の北隣にある国立大学への進学を目指すのであるが、才能がないと判断された者は容赦なくコースを変更し、本多忠親の母校である、西隣の国立大学への進学を促される。この学校では、本多の後輩となることは寧ろ恥とされるのである。

中学校入学試験
 入学定員は105名(3クラス)で、5教科(国算理社音)の学科試験と実技・面接が課される。学科試験は基本的には小学校の学習内容から出題されるが、深く理解し、かつ応用する力が求められる。一を聞いて十を知るだけでなく、二十を考え出すような人材を求めているのである。音楽の試験時には聴音も課される。
 実技と面接は同時に行われる。演奏技術をチェックするだけでなく、本人の問題意識の高さも評価のポイントとなる。実技はピアノ、歌唱、専門の3項目について、審査員の指示に従って演奏する。ピアノはツェルニー30番(ピアノ専攻希望者は不可)または40番、50番、60番の任意の曲と、任意のソナチネ(ピアノ専攻希望者は不可)またはソナタの任意の楽章(ピアノ専攻希望者は全曲を演奏し、これを専門の試験に当てる)を演奏する。歌唱は視唱と任意の曲の歌唱が課され、声楽専攻希望者はこれを専門の試験とする。声楽専攻希望者においてはドイツ語、イタリア語、またはラテン語等の曲を歌うことが望ましいが、いずれにせよ、片仮名を意味も分からずに歌っているような場合には評価されない。日本語の歌をしっかりと言葉を噛みしめて歌うほうが高得点となる。それ以外の楽器の専攻を希望する者は任意の曲を演奏し、楽理、作曲、指揮等を志す者は面接の中で専門知識・能力を問うことによって適性が判断される。
 以上の試験を総合的に判断して合否の判定がなされるのであるが、突出した才能を持つ受験生は総合点が基準に達していなくても入学を許可されることがある。

中学校教育方針
 中学校の授業は月〜金曜日が各6時限で、始業前には基本練習、放課後と土曜日には希望者に補習が行われる。学力や実技能力に不安のある生徒は積極的に補習を受けている。
 英語については1年生終了時に英検3級レベル、2年生終了時に準2級レベル、卒業時に2級レベルを目安とした教育が行われる。また、3年生はドイツ語の基本文法を学ぶ。数学は2年生1学期までで中学程度の数学を終了し、卒業までに高等学校の数学IIBまでの基本的な学習を終える。国語力の養成には特に力を注いでおり、幅広くかつ深い読解力だけでなく、論述力を身に付けることを目標としている。また、古典文法と漢文の基本的な句法等についての学習を終了する。
 理科と社会については、基本的に中学校の範囲の学習に留めるが、希望者がより深い学習をすることが出来る選択補習講座も開設されている。美術は西洋音楽と美術の関わりについて関心を持てるような授業が行われ、体育は楽器演奏や歌唱に必要な基礎体力を付けることを目標とする。技術家庭等は必要最小限の学習のみである。
 正規の音楽の授業については通常の中学校よりも1時限多いだけであるが、放課後と土曜日の補習の時間帯に徹底したレッスンが行われる。また、学外の先生に師事している生徒も少なくない。
 3年生になると、素質があると判断された生徒だけが音楽コースに進み、それ以外の生徒は一般コースに振り分けられ、5教科についてより高度な学習を行う。いずれのコースにおいても、本校が目標とする隣の大学へ進学する見込みのない生徒は他の高校への進学を勧告される。

高等学校入学試験
 高等学校は音楽科と普通科に分かれている。中学校の卒業生で才能が認められた者は音楽科に、音楽の資質には問題があるが、十分な学力があると認められた者は普通科に入学が許可される。それ以外の生徒は高等学校への入学が許可されないので、各自国公私立高校の音楽科または普通科等へ進学することになる。
 他の中学校の卒業見込生を対象とした入学試験も実施され、定員は35名(1クラス分)が基本であるが、中学からの進学者に欠員がある場合には、その分だけ増員されることがある。音楽科の入学試験は英数国音の4教科と実技・面接である。実技試験の内容については公表されていないが、一般の私立音大程度のレベルは最低限要求されるようである。普通科の入学試験は英数国理社の5教科であるが、理科と社会は基本的な問題が全員必須で、理科または社会の論述問題が選択となっている。英語と国語は普通の私立大学よりは難しいと言われている。数学は奇抜な難問よりも、確実な計算力と基本に忠実な応用力が問われる。理科は深い理解を要求される応用問題が出題され、社会は単に個々の事実を暗記しているだけではなく、全体の流れを理解した上で明快に論述する力が求められる。

高等学校音楽科の教育課程
 始業前に基本練習の時間が設けられており、例えばピアノ専攻の生徒がハノンを弾いたり、声楽専攻の生徒が腹筋運動をしたりしている。
 午前中は主に一般の教科を学ぶ。語学はドイツ語を第一外国語とし、週5時間程度の授業を行う。高校から入学した生徒は1年の1学期は別の教室で基本文法を学び、夏休みの補習を経て、2学期からは中学からの進学者と同じ授業を受講する。センター試験で最低170点は得点できることを目標に勉強する。また、2年からは第二外国語としてイタリア語を週2時間学習する。国語は通常の高校の授業を行うが、論述力の養成に注力している。数学は1年で数学Iを3単位、2年でIIを3単位学習するが、高校からの入学者にも分かりやすいよう初歩から教える。この時間には、中学からの進学者は後ろの席で各自音楽理論等の自習や楽曲の研究をすることが黙認されているようである。情報については、基本的な情報リテラシを身に付け、音楽に関する情報を自在に検索できる能力を獲得させる。
 理科は1年で理科総合Aを学習するが、これはごく普通の基本的内容の学習に留める。2年で物理Iを学ぶが、力学については理科総合Aで学んだ内容のため、軽い復習で終了し、電磁気学も中学の学習内容に若干の追加がある程度であるから、すぐに終了する。ここまでを1学期で終了し、2学期前半には波の基礎理論と光の基本的な問題を学習する。そして後半から3学期にかけては、音について徹底的に学習する。これによって弦楽器や管楽器の音程が決まる仕組み、ホールの音響や和音の話、音程のズレによるうなりの理論等を深く理解するのである。公民は1年で現代社会を学ぶ。地理歴史については、2年で地理Aと2〜3年で世界史Bを学ぶ。特に後者では、西洋音楽が発達した国々の歴史や文化について深く理解させる授業を行っている。家庭科では、将来欧米に留学した時に困らないよう、西洋料理の文化に親しむ授業が本校の特色である。
 午後は音楽理論と実技が中心となるが、体育も午後に行われる。体育は演奏をする前の準備運動になるような体操や演奏に必要な筋肉を鍛えるトレーニング、更に社交ダンスの練習が主に行われる。音楽理論については楽典と和声学が2本柱であるが、対位法や音楽史についても詳しく教えている。実技については、各自の専攻実技の時間の他に、専攻以外の選択実技(ピアノ、声楽)がある。毎週金曜日には全員が集合し、管弦楽と合唱を合わせる全体練習がある。年末の演奏会では、ベートーヴェンの第九交響曲等が上演されるが、声楽専攻の優秀な生徒が多い場合には演奏会形式でオペラが上演されることも少なくない。声楽の主任教諭はニーベルンクの指環全曲の上演が夢だと言っているが、みんな相手にしていないようである。
 放課後と土曜日は各自が自由に練習出来る時間であるが、殆どの教員が張り付いていて、適宜指導を与え、厳しい個人指導になる場面も少なくない。午後6時半には終了し、7時までに全員が下校しなければならない。
 音楽の資質に疑問を持たれた生徒は容赦なく普通科への転科を勧告されるが、特に高校からの入学者で普通科の授業について行ける生徒は少なく、退学する場合が多いようである。いつぞや、絶対に北隣の大学に合格するから置いてくださいと泣きながら頼んだ生徒がいて、てっきり千住へ都落ちするつもりだろうと様子を見ていたところ、世界史の猛勉強を始めたので何事かと思ったら、美術学部芸術学科に合格したという笑い話もあったそうである。

高等学校普通科の教育課程
 語学はドイツ語を第一外国語とし、週5時間程度の授業を行う。高校から入学した生徒は1年の1学期は別の教室で基本文法を学び、夏休みの補習を経て、2学期からは中学からの進学者と同じ授業を受講する。センター試験で最低190点は得点できることを目標に勉強する。また、2年からは第二外国語として英語を週2時間学習するが、1年時から補習で英語力の低下を防いでいるし、高度なリスニング力の養成にも力を入れている。国語は通常の授業を行うが、論述力と古文・漢文の得点力の養成に注力している。数学は1年で数学IAIIBの全てについて高度な内容を学習するが、高校からの入学者には補習が行われる。2年でIIICを学び、3年になると進路によって必要な学習を行う。情報については、基本的な情報リテラシを身に付け、あらゆる情報を自在に検索できる能力を獲得させる。
 理科は1年で理科総合Aと生物Iを深く学習するが、3学期には生物IIの内容(主に生化学分野)も学ぶ。2年で物理Iと化学Iを学ぶが、2学期からはIIの内容に入る。3年では進路によりIまたはIIを2科目履修する。公民は1年で現代社会を学ぶ。地理歴史については、1〜2年で世界史Bを、2〜3年で地理または日本史Bを学ぶ。3年になると受験科目に応じて公民・地歴の演習を選択する。
 家庭科では、将来欧米に留学・赴任した時に困らないよう、西洋料理の文化に親しむ授業が本校の特色である。芸術は全員音楽I、IIを学び、余裕のある生徒はIIIを選択することも出来る。体育では将来に備え、社交ダンスを教える。
 放課後の補習は授業形式のものと、少人数の教室に分かれ各自が自習しながら適宜教員に質問する形式のものがある。午後6時半には終了し、7時までに全員が下校しなければならない。土曜日の午前中も補習が行われ、午後には部活動を行う生徒もいる。普通科音楽部という部があるが、教員や他の生徒の前では決して演奏しないという。

制服
 冬服(10月〜5月)は男女とも濃紺を基調とする。男子の上着はシングル・拝み釦、ピークドラペルで、冬季には同色のウエストコート、春秋はカマーバンドを着用する。シャツは白でウイングカラー比翼仕立、所定の柄の蝶ネクタイ(ワンタッチ式)を用いる。ズボンは上着と同色で裾はシングルとする。女子の上着はシングル2つ釦、ピークドラペルで、冬季には同色のセーターを中に着込むことが出来る。ブラウスは白で、襟の形は数種類から選ぶことが出来、男子のネクタイと同柄のリボン(ワンタッチ式)を付ける。スカートは膝下30糎、襞は通常よりも大きめで少なくなっている。男女とも中学生は幅5粍、高校生は幅10粍の黒線を学年の数だけ両袖に縫い付ける(学年章)。左襟には校章を付け、中3の音楽コースは銀色、高校の音楽科は金色の音符のバッジ(音楽科章)を校章の下に付ける。
 夏服(5〜10月)は男女とも淡いグレーを基調とし、麻混の生地を用いる。男女とも上着はシングル2つ釦でノッチドラペル、学年章は上着と同色で、校章と音楽科章は冬服と同じものを用いる。シャツまたはブラウスとネクタイまたはリボンは基本的に冬服と同じであるが、生地の素材を変えることが出来る。
 盛夏服(6〜9月)は学校行事等がない場合に用いることが出来る略式の服装で、男子は夏服のズボンに開襟シャツ、女子は夏服のスカートにブラウスを着用し、ネクタイまたはリボンは使用しない。校章と音楽科章は胸ポケット中央部に刺繍し、学年章は胸ポケット上部に中学は緑色、高校は青色のラインを学年の数だけ刺繍する。
 演奏会服は男子はタキシード、女子は白(管弦楽団では黒)のロングドレスを用いる。独奏または独唱をする者は燕尾服または色物のドレスを着用することが認められる。略式の演奏会は制服を着用することもある。


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 さて、その「西隣の大学」では教員免許など取る学生は殆どいなかったのであるが、今となっては取っておけば良かった。普通科の女子高からお誘いもあったのだが、今更免許を取る気もしない。しかし来世は音楽高校の教師になるぞ、理科の教師に。(笑)


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