高卒か大卒か


 学歴については様々な人が色々な議論をしているが、本来教育というものは将来就く職業のための準備としての性格が強いことを考えれば、それなりの学歴というものは必要に違いない。必要不可欠とは言えないが。
 さて、最近の大企業・中堅企業で新卒従業員(いわゆる正社員)を採用する際、安直な会社なら、研究・技術職=理系修士、営業・事務総合職=文系大卒、一般事務=大卒・短大卒の主に女性・・・という風になってしまっているところがある。しかし、果たしてそれで良いものであろうか? ここでは新卒採用時の学歴の扱いについて考えてみよう。以下、従業員数千人規模のメーカーを想定して、職能別に検討する。

1.研究職
 研究職と技術職は本来別のものである。勿論人的交流はあってもよいし、会社の内容によっては明確に線引き出来ない場合もあろう。しかし、高度な研究によって新製品を開発する必要のある企業においては、研究開発部門と現場の技術部門は分けて考えるべきである。逆に明確な線引きの出来ない会社の場合、それほど高度な研究は必要なく、単なるアイデアの組み合わせによる商品開発が研究所に期待されるものであるのかも知れない。
 まず、高度な研究開発を担当する従業員にするために新卒を雇用する場合、学部卒では即戦力にならないことは明白である。では、修士なら良いかというと、これが意外とあてにならないのである。筆者の出身大学では、学部生が卒論研究をしている途中で学術雑誌に投稿する論文の原稿を書いて教授に見せに行くことは珍しくないが、このような風土の大学は日本には殆どない。地方のちょっと有名な国立大学であっても、修士論文は院生自身が書けず、助手が書いてやるというようなことが日常的に行われているのである。このような人材を雇用した場合、研究グループの歯車として、上から言われた実験をこなす以上のことは期待できない。そして、20代半ばまでこのように育ってきた「研究者」が今後自主的に研究できる本物の研究者になることはあまり期待しないほうが良さそうである。
 それでは、本当に研究能力のある人材を確保するにはどうすべきであるか。自社の研究内容に直結する内容の博士論文を書いた者を採用する。それが出来れば苦労しないが、そんなに都合の良い人材が十分に確保できる筈はない。やはり修士修了見込の応募者から研究者の素質のある者を選び出すしかない。そうなると、採用試験のあり方を見直す必要があるのである。
 安直な会社では、採用試験は一般教養だけで、あとは書類とコネで決まったりする。しかし、研究職を採用するにはこれでは駄目である。まず、試験委員として現場の研究所から何人かの研究者を連れて来る。そして、彼らに彼ら自身が今後一緒に研究して行くに相応しい人材を選ぶ権限を与える。その上で、徹底した論述試験と口頭試問を課すのである。論述試験は必要な専門知識に関するものも必要に応じて課すべきであろうが、それよりもこんな問題を出題すべきである。「あなたが現在行っている研究の概要を3000字程度で述べなさい。必要に応じて図表を2つまで使用しても差し支えない。」解答用紙は原稿用紙8枚と図表用の白紙1枚、試験時間は2時間。そして口頭試問ではその研究内容に関して質問するのである。

2.技術職
 ここで議論するのは、工場等の現場における技術者として、生産活動を円滑に行うための人材である。生産を効率化するための工夫を行うことは期待されるし、場合によっては特許出願に値する内容を考案することもあるかも知れない。しかし、研究者とは異なるものである。
 このような人材を採用する場合、地方大学や私立大学の工学部等卒業見込の者を安直に採用してしまいがちである。大抵の場合はそれでも良いのであるが、もっと良い学歴区分があることを忘れている経営者が少なくない。高専卒である。近年高専入試は難関化しており、そこら辺の工学部よりも優秀な人材がごろごろしている。そして高校に相当する時期から専門的な教育を受け、実践的な知識を得て卒業してくる。おまけに大卒よりも人件費が安いのである。
 尚、工場等の現場で単純作業に当たる人材については、人物を見て問題なければ学歴は考える必要がない。勿論工業高校で専門的な教育を受けた人材が役立つことは言うまでもないが、普通高校に行く学力がないという理由だけで工業高校を選ぶ中学生が多いのも事実である。短期間の研修で出来る作業をさせる人材は人物本位で選ぶのが一番である。

3.経理・財務・総務職
 文系の大卒を採用するのが普通であるし、それに異論はない。しかし、ある程度の有名大学であっても、卒業生に専門的な知識・能力を期待すると酷い目に遭うことがある。一般に文系の大学の場合、年限を3年に短縮すべきだという議論があることからも分かるように、あまり勉強しないで遊んでいても卒業できるからである。
 経済・経営学部や商学部等を卒業した者に簿記の知識を期待してはならない。貸借対照表や財務諸表を実践的なレベルで読み書き出来る筈もない。有名私立大学商学部卒で上場企業の総合職になっている男が、「租税公課って何?」と言っているのを目撃したことがある。所詮この程度である。また、法学部を卒業した者に法律の知識を期待してはならない。司法試験を受けようとして挫折したような者ならいざ知らず、普通の法学部では実践的な教育は受けて来ないのである。法とは如何なるものか…そこの教授の説を有難く拝聴し、あとはフランス法なんかを勉強したりして来る。勿論フランス語で法律が読めるわけでもない。彼らの学生生活の中心はサークルとバイトなのであって、学部などというものは「ひまわり組」か「たんぽぽ組」かの違い程度と思った方がよろしい。(笑)
 本当に幹部候補として採用するのなら、MBAでも連れて来るしかないようにも思われる。かつては猫よりも暇と酷評された筆者の大学の経済学部が、優秀な学生を選抜して学部卒業後1年でMBAを取らせる「経営学速習コース」を作って頑張っているのには驚いたが、日本でこのように本当に使える経営学修士を本気で養成している大学はまだ数える程もない。やはり、普通の大卒の応募者に実践的な論述試験と口頭試問を課し、少しでもましな人材を採るように努力するしかなさそうである。

4.一般事務職
 大企業では大卒・短大卒の女性を採用したがる傾向がある。しかし、これでは伝票一つ書かせるにも大変である。やはり商業高校卒が最高である。近年商業高校は成績的に普通高校入学が困難な生徒の逃げ道にされる傾向も無きにしも非ずなので、採用時には能力と人物を見極めること。ごく簡単な一般常識と、国語・数学(旧課程の中学程度)に加え、簿記の試験と口頭試問を行えば十分であろう。
 昔は商業高校卒で優秀な人材がごろごろしていたものである。ある中小企業にいた時、私が経営者だったら財務部長に抜擢したいとさえ思う人材に出会ったことがある。当時30過ぎの女性で単なる経理担当なのであったが、会社の財務状況を的確に把握し、資金管理まで完璧にこなしていた。資本金と同じ桁の借入金を、資金繰りを計算して勝手に返済していたのには社長も驚いていたが。

5.営業職
 古い体質の企業では、営業系の役員・管理職の出身大学から体育会系を採用する傾向がある。要するに、頭は空っぽでもいいから体力があって、上司の言うことを聞いて言われた通りに働く人材を期待しているのである。頭を下げて回っていれば注文が取れた時代ならそれで良い。しかし、そのような体質の業界のメーカーはみな疲弊し、新しい流れに駆逐されて行く時代である。やはり、自社商品に関する知識を十分に持ち、適切にマーケティングできる人材が必要である。
 そのような人材としては、学歴よりも思考力と人物本位で採用すべきであろう。また、商品の内容によっては研究職、技術職との人材交流も考えられるかも知れない。また、実際に営業に回るために必要な能力と、営業職をマネジメントする能力は別物であるが、古い体質の会社は営業の叩き上げが偉くなる傾向が強い。古い体質の営業が叩き上げで経営者にまでなった会社は、恐らく新しい時代に生き残ることは出来ないであろう。



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