何となく音楽理論の話



1.純正律と平均律の周波数

2.弦楽器の周波数の計算

3.管楽器の周波数の計算

4.気温の変化による音程の狂い

5.うなりと和声に関する考察




 
1.純正律と平均律の周波数

 今日皆さんが扱う楽器の殆どは、平均律に調律されている。しかし、人間が生理的に快く感ずる本来の音階は、これと微妙にずれていることを御存知ない方も少なくない。この本来の自然な音階を純正律と呼ぶ。Aの音を440Hzとして、一覧表にしてみると一目瞭然である。これはAの音をハ長調のラとして扱った場合の表で、純正律の半音は空欄にしてある。その理由は後で述べる。

ハ長調の各音の周波数
AAis(B)HCCis(Des)DDis(Es)EFFis(Ges)GGis(As)A
平均律周波数440.00466.16493.88523.25 554.37587.33622.25659.26698.46739.99783.99830.61880.00
12^(1/12)2^(2/12)2^(3/12)2^(4/12)2^(5/12)2^(6/12)2^(7/12)2^(8/12)2^(9/12)2^(10/12)2^(11/12)2^(12/12)
純正率周波数440 495528 594 660704 792 880
0.8333 0.93751 1.125 1.251.3333  1.5 1.6667
うなり0.00 1.124.75 6.67 0.745.54 8.01 0.00
誤差(%)0.0000 0.22560.8994 1.1230 0.11290.7874 1.0113 0.0000

 純正律は主音を1として、各音の周波数が簡単な整数比で表されるように出来ている。これは本来、各音が主音の倍音として定められているのである。主音の2倍は主音の1オクターブ高い同じ音、3倍は1オクターブ高い属音、4倍は2オクターブ高い(以下オクターブは略)主音、5倍は上中音、6倍は属音、7倍は導音のフラット、8倍は主音、9倍は上主音、10倍は上中音・・・と定めた結果なのである。導音のフラットが倍音に入っているということは、属7の和音が比較的安定なことの裏付けともなるのである。
 さて、この純正律で音楽を演奏すると、実に美しいハーモニーになり、聴いていて快い。ところが、シャープやフラットが頻繁に出て、更に転調を繰り返すような音楽では問題が起こる。平均律では長2度は常に2の6分の1乗倍であるが、純正律ではレがドの8分の9倍であるのに対し、ミはレの9分の10倍であるなど、各音階が対等ではないのである。したがって、転調を繰り返すと音程がずれるし、場合によっては和音の思い直し(ある調性の和音を別の調性の和音と見做す)が成立しないことさえあるのである。ドのシャープとレのフラットは本来異なる音であることは、以上の説明からご理解戴けるであろう。
 転調の少ない多声音楽の時代には純正律でよかったのであるが、転調を多用する和声音楽の時代になって、平均律が主流となって行ったのである。

 
2.弦楽器の周波数の計算

1)弦の振動と周波数の理論
 ヴァイオリン、ギター、三味線・・・、何でもいいからこの類の弦楽器を思い浮かべてみていただきたい。低い音の弦は太く、高い音の弦は細くなっている。また、左手で弦を押さえて短くすると音が高くなる。この程度は中学1年生でも学校で習って知っていることである。そして、調律の際には弦の張り方を調整するが、強く張れば音が高くなり、弱く張れば音が低くなる。
 ここで、物理で習う公式を思い出してみよう。振動数をfとすると、f=n/2L(S/ρ)^1/2となる。弦の長さが倍になればオクターブ下がり、弦の張力を4倍にすればオクターブ上がり、弦の太さが2倍になれば(線密度は4倍)オクターブ下がる。通常聴こえるのはn=1の基本振動数であるが、様々な倍音も聴こえ、豊かな音色となるのである。

2)フラジョレット
 弦楽器の最低音は5弦コントラバスの最低音(約33Hz)であろうか。あるいはピアノの最低音(約27.6Hz)、これくらいになると基本振動は人間が聴こえる限界に近付いており、主に倍音を聴いて音階を判断していると言われる。それはさておき、弦楽器は通常の場合基本振動がはっきりと聴こえ、それが認識されているのである。しかし、弦の何分の一かの部分を指で軽く押さえた上で演奏すれば、基本振動の数倍の振動数の音がメインになることがある。これが所謂フラジョレット、あるいはハーモニクスと呼ばれるものである。ヴァイオリン属の楽器では時折用いられる技法であるが、日本の琴でも用いることがあるそうである。

 
3.管楽器の周波数の計算

1)木管楽器:開管振動と半開管振動
 物理で習った話を思い出してみよう。波長をλとすると、開管振動は気柱の長さ(実際には開口端補正を加える)が根音のλ/2となる。通常のフルートの長さは約60センチ強だから、音速を340m/sとしてv=fλの公式から計算すると、およそ280Hzの音が鳴ることになる。実際には開口端補正がかなりあり、C即ち約264Hzの音が出ることになる。オーボエは約70センチで、Bの音が出ることになっている。倍音はλ、3/2λ、2λ・・・と出ることになっているが、実際に使うのは口元のキーを開きオクターブ上げる2倍音である。
 一方、半開管振動では気柱の長さがλ/4となる。クラリネットはオーボエよりも短いような気がするが、実際にはかなり低い音が出る。通常用いられるB管の場合、最低音はEsである。クラリネットはベルが大きく開いているので、実際の管長を55センチとすると、λは約155Hzとなり、Esの音に一致する。さて、半開管振動の場合、倍音は3/4λ、5/4λ・・・である。左手親指のキーを開けると、1オクターブではなく1オクターブ半高い音が出る。そのため、他の木管楽器に比べて音域が広く、また倍音を使わずに12度以上の音を出す必要があるため、キーの数が多くなるのである。なお、開管振動の倍音はちょうどオクターブ上で問題ないが、半開管振動の場合、振動数が3倍、すなわち純正律の1オクターブ5度上になる。クラリネットの高音域は他の楽器よりもごく僅かに音が高くなる傾向があることになるが、通常は気にならないレベルであろう。
 ちなみに、マリンバ等の共鳴管が半開管(底が閉じている)になっているのは、低音域で管の長さを抑えるためであるが、これによって特にマリンバはどこかクラリネットを思わせるような少しこもった音色を持っている。共鳴管を折り曲げた開管にしたら、文字通り底抜けに明るい音色になるのであろうか。

2)金管楽器:本来は倍音のみ
 トランペットやホルンなどの金管楽器にはバルブが付いていて、自由に音階を変えられるが、これは19世紀頃に完成された技術である。かつての金管楽器にはバルブがなかった。そうすると、どのような音が出るのか。
 まず、トランペットのB管は管の全長が約1.4メートルである。これなら根音は約121Hzとなるが、実際には開口端補正を加えてBの音が出るのである。しかし、通常はこの音は使わない。使わないと言うよりは、余程の技術がないとこの音を出すことは出来ないのである。通常はその2倍の周波数の音が最低音で、次は3倍のF、4倍のB、5倍のD、6倍のF・・・しか出すことが出来ない。つまり、バルブのないトランペットは、ド・ソ・ド・ミ・ソ・(シ♭)・ドの音しか出せなかったのである。したがって、古典派の音楽ではトランペットの使い方はファンファーレのようにドミソの音しか使わないことになる訳である。この音階は勿論純正律のものである。

 
4.気温の変化による音程の狂い

 中学の音楽の時間のことである。何年生の時か忘れたが、1学期の終わりごろ、リコーダーのマウスピースの部分を完全に奥まで差し込まず、2ミリ程開けるように言われた。暑い日はリコーダーの音が高くなるので、管を伸ばせば丁度良くなるとの説明であった。
 あるいは管楽器を演奏される方なら、楽器が冷えている時と暖まった時で音程がずれるために苦労されたことがあるであろう。例えばクラリネットのA管をずっと吹いていて、急に冷えたB管に持ち替えたり、長い長い休符の後に金管楽器がやっと登場した場合など、どうやって音程が合うのか不思議な気さえするものである。
 ここではこのような音程の違いがどうして生ずるのか、そしてピアノや弦楽器はなぜ音程が変化しないのかについて説明したい。
 音速は約340m/sと言っているが、実は気温によってかなり変化する。気温をt[℃]とすると、音速は(331.5+0.6t)[m/s]となることをご存知の方も少なくないと思う。ここで改めて、上の弦楽器と管楽器の音程が定まる理論をご覧戴きたい。
 弦楽器の音程は弦の長さと張力と線密度の関数になり、これによって振動数fが決まる。そこには音速は関係していないので、気温が上下しても(弦の膨張・収縮が無視できるならば)音程は変化しないのである。ところが管楽器は管の長さによって波長λが決まる。ここでf=v/λであるから、λが決まってもfは音速に比例して変化することになるのである。
 さて、中学の音楽の授業での話を検証してみよう。あれは確かアルトリコーダーだったと思うが、取り敢えず左手を全部押さえたCの音辺りで、管長約30cmということにしてみる。これを2ミリ伸ばせば波長は150分の1長くなり、振動数はそれだけ小さくなる。これは気温が約3.8℃上昇したときの音速の変化を打ち消す値となる。実際には気温がもっと高くなっていたと思うが、寒い日でも吹いていれば管内が暖まるので、きっとこれくらいの補正でいいのであろう。

 
5.うなりと和声に関する考察

1)うなり
 調律してから暫く日が経っているピアノの中音域の音をいくつか鳴らしてみよう。グランドピアノなら蓋を開けて弦が2本張ってある音域を選ぶ。すると、数秒間に1回、あるいは1秒間に数回、うなるような音の揺れを感ずることがあるはずである。これが物理で習う文字通り「うなり」と呼ばれる現象で、2本の弦の調律の僅かなずれがそのままうなりとなるのである。例えば、1本の弦が442Hz、もう1本の弦が441Hzになっていれば、1秒間に1回うなることになる。

2)協和音と不協和音
 さて、このうなりから協和音と不協和音の違いを説明してみよう。
 まず完全八度。220Hzの音と440Hzの音が同時に鳴っているとしよう。その二つの音から生じるうなり?(実際には周波数が大きく離れているものはうなりとは呼ばない)は220Hzであり、本来鳴っている音の一つと一致する。つまり、二つの音が鳴っていても、それらが干渉して別の音が生じないので、完全に調和する。完全十五度の場合、110Hzと440Hzなら330HzのEが聴こえて来ることになるが、これは110Hzの3倍音であるから邪魔をしないのである。
 八度や十五度の場合は良いが、それ以外の場合では純正律か平均律かの問題が生ずる。ここでは純正律で論ずるが、平均律にしても上述の僅かなずれがうなりとなって聴こえるだけで、実際には十分調和して聴こえるのである。
 さて、完全五度はどうなるか?冬の旅の最終曲の左手にしよう。110Hzと165Hzが同時に鳴っていると、そのうなり?は55Hzで、更に1オクターヴ下のAの音が聞こえるだけである。したがって、この場合も快く調和する。
 完全四度で、Cの264HzとFの352Hzにしてみよう。うなり?は88Hzで、2オクターヴ下のFが聴こえる。これとCの干渉を計算したら176Hzで、これはその間のFである。これ以外は聴こえないから、この場合にもよく調和している。長三度はどうであろうか。Cの264HzとEの330Hzにすると、うなり?は66Hzで、2オクターヴ下のCが聴こえて来るだけである。しかし、段々と低い音が入ってくるということは、ある意味本来のうなりに近くなり、ある種の不快感に近いものが増してくると言うことも出来よう。
 短三度でAの220HzとCの264Hzなら44Hzで、遥か下のFの音が発生する。そんな馬鹿なことがあるのかと疑問に思われる方は、ピアノの中央付近のACと左端に近いFを交互に鳴らして戴きたい。この短三度の二音と低音の一音は、実にそっくりな響きを持っていることがご理解戴けよう。短三度の場合、本来そこにない筈の音を含んでいるところから、独特の屈折した響きを生み出しているのかも知れない。
 では不協和音はどうなるか考えてみよう。長二度でCの264HzとDの297Hzの場合、うなり?は33Hzとなり、3オクターヴ下のCの音になる。ここまで来ると人間が聴こえる限界に近づいているし、3オクターヴも下では最早うなりに近いものとなるであろう。Hの247.5HzとCの264Hzでは16.5Hzとなり、4オクターヴ下のC、つまりベーゼンドルファーの最低音(笑)である。 三全音の場合も考えてみよう。Hの247.5HzとFの352Hzの差は104.5Hzで、これはGisの近くのよく分からない音になる。これはやはり特別な不協和音なのであろう。

3)三和音と四声体
 では、三和音の場合はどうなるか考えてみよう。CEGの長三和音を考えると、上述のようにCとE、CとGはよく調和する。EとGの場合、その差が2オクターヴちょっと下のCになるが、これはこの和音の根音の2オクターヴ下であるから、問題なく調和する。一方、ACEの短三和音の場合、AとE、CとEはよく調和するが、AとCから2オクターヴ下のFの音が生ずる。これはEとは長21度で調和しない音であり、その分だけ焦燥感あるいは寂寥感を帯びた響きとなるのである。短三和音の五音を省略すると、この響きがなくなってしまい、短調のニュアンスが大きく損なわれる。この和音はF上の長三和音の主音省略と考えても良いのかも知れない。そういう訳で、悲しい曲の終止はなるべく属七の五音を省略して、主和音の五音を省略しないようにしたいものである。とは言うものの、五音を省略しても悲しいニュアンスは出るし、三音を省略するとより虚ろな感じになる場合がある。この辺はよく分からない…。
 ところで、四声体で和声の練習を始めると必ず言われることは、バスとテノールは大きく離れてもよいが、ソプラノとアルトは余り離れないようにということである。高音域が大きく離れると、そのうなり?はかなり高い音になって、最早調和せずに独立した響きになりかねない。一方で、低音域で三度や二度があると、そのうなりは可聴域を下回り、文字通りうなりとなって不快感を与えるからである。




音楽のページ   オペラのページ   ホームページ