ライヴ盤の楽しみ


 交響曲や室内楽曲のレコード,CDを買うときは,ライヴ盤よりもスタジオ録音を選ぶ場合が多い。ライヴでは咳やちょっとした雑音が気になったり,演奏後の拍手にフライイングがあったりで,気が散るからである。
 しかし,ライヴ盤でも客席と舞台が一体となって盛り上がっていると,その臨場感に圧倒されて,スタジオ録音にはない感動を味わえることもある。第二次大戦中のベルリンで録音されたフルトヴェングラーの第九など,まだの方は一度聴いてみるべきであろう。あるいは,誰の演奏か忘れたが,悲愴の第3楽章が終ったところで割れんばかりの拍手が沸き起こったのを聴いたこともある。
 さて,オペラの場合は,実はライヴ盤に限るとさえ思っている。オペラはあくまで演劇である。音楽だけを美しく演奏しても,その感動は半減どころか,肝心の部分が欠落したままなのである。レベルの高い観客が舞台とオーケストラボックスと一体となって生み出す感動は何者にも代え難い。そんな例をいくつかご紹介しよう。


Vincenzo Bellini
NORMA
Tragedia lirica in due atti di Felice Romani

−−− * −−−

Norma................................Maria Callas
Adalgisa......................Giulietta Simionato
Clotilde.......................Gabriella Carturan
Pollione.........................Mario Del Monaco
Oroveso...........................Nicola Zaccaria
Flavio..........................Giuseppe Zampieri

−−− * −−−

Orchestra e Coro Teatro alla Scala
Maestro:
ANTONINO VOTTO
Milano, 7 deccembre 1955



 言うまでもなく,マリア・カラス全盛期のスカラ座の「ノルマ」ライヴ盤(Arkadia,1995)である。最初は静かに,厳かに始まるのは当然であるが,脚本が,そして作曲者が意図したとおりに徐々に盛り上がり,プリマ・ドンナの登場となる。
 カラスが登場するなり,それまでとは客席の雰囲気ががらりと変わったのは,この録音状態が極めて悪いライヴ盤を聴いているだけでも,手に取るように分かる。そして,Casta Divaまで一気に進むのである。Casta Divaが終るなり盛大な拍手が贈られることは言うまでもないが,その後,マーチに入るところで(恐らくカラスが客席に向かって愛想を振り撒いたのであろう),歓声が沸き起こったのである。
 カラスに限らず,アリアやデュエットの後は,まだオーケストラが鳴っているのも構わずに盛大に拍手が贈られるのは,イタリアオペラの醍醐味である。昔はアリアのアンコールがあったりもしたそうであるが,さすがにそれはなかった。しかし,オペラを中断してアリアをもう一度歌ったとしても,決して劇の進行を妨げることはないであろう。
 そして圧巻はフィナーレ。裏切り者の巫女は誰かと騒然となり,焦燥感が極限まで高まったところで突然長調に転じ,カラスが Son io. と歌ったところで一瞬の静寂の後,大向こうから Bravo! の声が掛かるのである。大向こうと書いたが,実際にはかぶり付きかも知れない。しかし,歌舞伎で大向こうから「○○屋!」と声が掛かるのと同じで,常連の,オペラを熟知した観客だけがこの声を発するのであろう。半世紀後にCDを聴いている私にも,その場に居合わせたような感動を与える,これが古き良き時代のスカラ座の醍醐味である。




Giuseppe Verdi
NABUCCO

−−− * −−−

Nabucco.........................Piero Cappuccilli
Ismaele............................Nunzio Todisco
Zaccaria.......................Roberto Scandiuzzi
Abigaille....................Linda Roark Strummer
Fenena................................Martha Senn
Gran Sacerdote di Belo............Carlo Del Bosco
Abdallo..............................Aldo Bottion
Anna..............................Cosetta Tosetti

−−− * −−−

Orchestra e Coro Arena di Verona
Maestro:
ANTON GUADAGNO
Arena di Verona, 1992



 こちらは野外音楽祭である。野外音楽祭というと、フランスに住んでいた私はすぐにオランジュのを思い浮かべてしまうが、イタリアではこのアレーナ・ディ・ヴェローナが名高い。古代ローマの円形闘技場をそのまま使用しているのであるが、ここに毎年集まる観衆も、オペラを熟知していることが、CDを聴いているだけで手に取るように分かる。
 序曲の後の盛大な拍手はお約束として、アリアやデュエットの後には的確に拍手が沸き起こる。そして、第3幕の有名な合唱のあと、なかなか拍手が鳴り止まない。すると、何か人が話す声が聞こえたと思ったら、拍手を制するようにオーケストラが鳴り始め、観衆は水を打ったように静まり返った。ところがオペラは進まない。なんと、アンコールされてしまったのである。この2時間足らずのオペラをじっくりと楽しむためには、ここでアンコールするしかない。お見事である。
 なお、このCDはむこうで作られたものを輸入し、日本語の簡単な解説を1枚と日本語のカバーをつけて国内で販売されている。3000円と書いてあるが、私は近くのスーパーで1580円で買った。いい買い物をしたものである。



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