チップとサービス料


 日本では、ちょっと高級なホテルやレストランを利用すると、1万円と書いてあるのにサービス料が10%加算され、11,000円に消費税を加えて11,550円請求されるのが普通である。かつては更に特別地方消費税3%が加算され、11,880円請求された物である。したがって、メニューを見るときに、私などは頭の中で2割増する癖が付いている位である。
 フランスなどで全て込みで表示されているのに慣れていると、日本の商習慣はかなり奇異な感じがする。フランスの場合、実際問題として15%のサービス料と19.6%の税金を後から足されたら、たまったものではあるまい。100ユーロと書いてあったのに137.54ユーロも請求されては頻繁にトラブルが起こるであろう。レストランに限らず、一般の商店でも全て内税表示で、スーパーのレシートを見ると、食品は5.5%、酒やチョコレートは19.6%の税金を含むことが書いてあるが、あまり気にして見る人はいない。
 ところで、サービス料はチップのことだから、消費税が掛かるのはおかしいと言う外国人がいて、トラブルが起こるそうである。ホテルのフロントで、どうしてサービス料に税金が掛かるんだと食って掛かるらしい。
 日本のホテル・レストランで言うところのサービス料は、実質的には価格を9.09%安く見せかけるための物に過ぎない。このワインは1万円ですと言われるとちょっと高いなと思う人が、9千円(サービス料10%)と書いてあると、つい騙されて注文してしまうのである。1万円のワインを飲んでサービス料を千円払うと、ソムリエたちにその千円が入るという店は、恐らく殆ど存在しないであろう。そのサービス料は単に売上に算入され、ソムリエは店から所定の給料を貰うのである。これは、ホテルのボーイさんとて同じこと。したがって、サービス料は売上の一部でしかなく、当然消費税が課税されることになる。
 では、サービス料というのが完全に客を騙して値段を高くしているものかというと、サービス要員の賃金に充てられる金額が売上の1割程度であると考えれば、まんざら嘘でもなかろう。日本で言われるサービス料とはその程度のものであり、欧米の伝統的なチップとは明らかに性格が異なるものなのである。
 さて、伝統的なチップとはどういうものであるか。最もシビアなのはフランスの古き良き時代のカフェであろう。カフェのボーイさん、所謂ギャルソンは、店と契約して担当のテーブルでサービスする権利を買っている。つまり、ギャルソンは店にショバ代を払うのである。そして、自分のテーブルのお客にサービスすることによってチップを貰い、それが彼の全収入となるのである。でも、今でもこのようなカフェがパリにあるのかどうか、少なくとも私はあまり見た記憶がない。
 レストランでもかつてはギャルソンの担当テーブルが決まっており、店からの給料はあるものの、チップが収入のかなりの部分を占めていたこともあったようである。古いガイドブック(内容が古いということで、今でも販売されていたりする)を見ると、チップは料金の15%を目安に渡しましょうと書いてあったりするが、現在は殆どの店でサービス料15%込みとして金額が表示されている。したがって、チップは一切置く必要がないし、サービスが気に入ったら1ユーロ程度、余程の高級店で豪遊しても10ユーロも置けば十分なのであるが、気前良く置き過ぎる日本人は少なくない。なお、この「置く」というのは、席を立つときにテーブルの上に置いたまま帰るということである。
 ところで、以前はボーイを呼ぶときには「ギャルソン!」と呼んだものであるが、今では「ムッシュー、SVP」と呼ぶ。かつては食事を終えて席を立ったホストの横にギャルソンがさりげなく近づいてきて、他の客に気付かれないようにそっとチップを手渡すのがエレガントであるとされていた。しかし、8年前にリュキャ・キャルトンでこれをやったら、ギャルソンは気付かずに受け取らなかった。その頃にはテーブルの上にチップを置いて帰るのが普通で、そっと手渡すという古い時代の習慣は廃れていたようである。
 ここ数年、更にギャルソンの地位が上がり、食事を終え席を立ったホストにメートル・ドテルが握手を求めて来る。これは昔の感覚からすれば失礼千万なことであるが(ギャルソンは単なる給仕であり、紳士たる客に握手を求めるなど言語道断)、今ではこの時に握手しながらコインなり折り畳んだ5ユーロ札なりを渡すのが粋であるとされている。もっとも、コート・サン・ジャックのベルボーイに車で駅まで送って貰ったとき、こちらから握手を求め、10ユーロ札を渡したらあまり慣れていない様子だったので、地方ではまだ一般的ではないのかも知れない。
 何れにせよ、このようなチップ収入は、受け取った本人が所得として申告し、所得税を支払うのが建前であるから、消費税(現地では付加価値税というが実質的に同じもの)は課税されない。日本でも、温泉旅館の仲居さんに心付けを手渡す場合がこれに当たる。ただ、建前は建前として、実際に申告する人はいないだろうが。
 ところで、ユーロの持ち合わせがなくなった時にアルページュへ行ったら、やたらと日本語を話したがるギャルソンがいた。少し興醒めだったので、チップに千円札を置いて来てやった。


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