ラ・プティット・トゥール


 パリ16区に住んでいた時、毎月3回くらいは土曜日の昼に通い詰めたレストランが、ラ・プティット・トゥールである。一人暮らしで平日は働いているため、土日の昼にでもゆっくり食事したい気分になるが、空いている店が限られるので、片っ端から行ってみた結果、この店を選んだのであった。1996年までミシュランで1つ星を取っていたが、店があまりにも小さいために、星の対象から外されたようである。
 この店の料理はキュイジーヌ・ブルジョワーズ、古典的なこてこてフランス料理である。ここでは、この店の料理をご紹介したい。記録を取っていた訳ではないので、すべて5年以上前のことを思い出して書いたものである。しかし、これを書いていて、料理の具体的な味は、とても文章で表せるものではないことを痛感した。


お通し

 自家製ポテトチップス(やや厚切り)とサラミの盛り合わせが出される。美味しいからついつい食べてしまうが、後の料理のボリュームを考えると控えなければならない。

前菜

・ビスク
 最近ビスクを出す店は珍しくなってしまったが、ここのビスクははっきり言って、トゥール・ダルジャンのよりも上である。海老の美味しさを極限まで引き出している。

・アスパラガス
 単に茹でたホワイトアスパラガスに定番のソースを掛けてくるだけであるが、アスパラガスは吟味されたものを用い、ソースも基本に忠実に作ってある。

・帆立貝のテリーヌ
 良質のグリーンサラダを添えて出されるテリーヌは、帆立貝と上質の白身魚でしっかりと作ったことが誰にでも分かる一品である。

・ズッキーニの花の帆立貝詰め
 ズッキーニの花に鶏肉を詰めた料理はロジェ・ヴェルジェの定番であるが、ここではお得意の帆立貝を詰めてくる。ロジェ・ヴェルジェのは1つだけしか出ないが、3つも出てくる。しかし、ホタテの上品な味わいは、3つくらい平気で食べさせてくれる。

・トリュフのパイ包み焼き
 大きなトリュフを丸ごと一つ使った贅沢な料理である。ソースはグラス・ド・ヴィアンドをたっぷりと使った濃厚でかつ香り高いものに仕上がっている。

・フォアグラのテリーヌ
 丁寧に作った高級レストランのフォアグラそのものである。

・フォアグラのソテー、ブルーベリー添え
 大きなフォアグラを3枚ソテーし、濃厚なソース・マデールを掛けた上に、ブルーベリーをたっぷりと添えてくる。フォアグラに果物は定番であるが、ブルーベリーは他所で見たことがない。これがなんとも言えず美味である。

・カキのグラタン
 カキを軽くソテーしてから殻に戻し、ソース・モルネーを掛けて焼いただけであるが、素材、ソースともに一流である。

・ウニのグラタン
 これもウニの殻の中に詰めて焼いたグラタン。素材・ソースともに絶品。

魚料理

 魚料理には、ワイルドライスの混じったバターライスをたっぷりと添えてくるのがお約束。魚にパンはあわない、やっぱりご飯だという日本人にはお勧めかもしれない。

・舌平目のムース
 皮を剥いだ舌平目を真ん中で開き、骨をとった後に白身魚とホタテのムースを詰めてオーブンで焼き、これを皿の中央に縦に置いて、左側にソース・アメリケーヌ、右側にバターソースを入れてある。バターソースの上にはソース・アメリケーヌでト音記号を描くのがお約束。

・舌平目のフィレ、マンダリン添え
 舌平目の切り身をソテーし、マンダリンを添えたもの。魚料理に果物という古典の手法を見事に現代に蘇らせている。

・鮭のオゼイユ風味
 鮭の質はトロワグロに引けを取らない。ソースの味わいは濃厚で、付け合せもたっぷりとあり、むしろこちらに軍配を上げたい。ローアンヌのより美味しいと呟くと、マダムが「その土地々々によって食べ物は違うから、比べてはいけません。」おいおい・・・

・オマールとイセエビのグラタン
 ソースアメリケーヌの中に海老の身とセロリを入れてグラタンにしたもの。濃厚なソースアメリケーヌをグラタンにするという発想が素晴らしい。

肉料理

 季節の素材を活かしたものも少なくない。時季によってはモリーユを加えていつもより少し高い料理になっていたりもする。

・子羊のナヴァラン
 肉が羊から子羊になったことと、グリーンピースとサヤエンドウが違う以外は、エスコフィエに書いてあるとおり作ってあった。

・子牛のトマト煮込み
 ナヴァランを子牛肉で作ったようなもの。ソースの味が濃いので、ナヴァランとそれほど違わない気もするが、肉があっさりしている分軽めである。

・トゥールヌド・ロッシーニ
 シャトーブリアンかと思わせるような豪快に切ったトゥールヌドに、かなり大きなフォアグラ、トリュフもかなりの大きさのものを載せている。ソースは濃厚なソースマデールであることは言う迄もない。

・鴨の桃風味
 鴨のオレンジ煮を黄桃で作ったようなもの。胸肉だけを供する。少なくとも、トゥールダルジャンのものより数倍美味しい。

・野兎のシヴェ
 全くエスコフィエに書いてある通り作ったようなシヴェ。今日ではシヴェに兎のレバーを入れる人は珍しくなったが、ここのシヴェを食べると、レバーが入ってないとシヴェを食べた気がしなくなる。

・鹿のシヴェ
・鹿のステーキ
 いずれも古典的な料理で、フォン・ド・ジビエをベースにしたと思われる濃厚なソースに、洋ナシのグラッセや栗などの付け合わせが何種類も並べられる。

デザート

 自家製のケーキを入り口に並べてあるが、ケーキ以外にも様々なものを作ってくれる。デザートだけ食べてお茶を飲みに来る近所の常連さん迄いる。

・フロマージュ
 土地柄ブリー・ド・モーがお勧めで、これだけをとる人も少なくないが、勿論その時々のお勧めを数種類盛り合わせて貰うことも出来るし、食べたいものだけを選んでも良い。

・クップ・ヴォージエンヌ
 シャーベットを中央に置き、周りにブルーベリーとホイップクリームを盛り付けたオリジナル。

・クレープのケーキ
 クレープを何重にも折り畳んで、まるでバウムクーヘンのようにしたものに、カスタードソースをたっぷりと掛けてくる、ボリュームのあるデザート。

・ミルフェィユ
 イチゴまたはフランボワーズの場合が多い。生地から自家製で丁寧に作ったもの。

・ミラベル・フランベ
 ミラベルを銀の皿に載せ、オー・ド・ヴィー・ド・ミラベルを掛けたものを、下からアルコールランプで温めながらフランベする。他にもフランベするデザートが何種類かある。

その他

・パン
 自家製の丸いフランスパンは美味しいのだが、料理が重くていつも残してしまうのが残念である。

・ワイン
 この料理のレベルからすると、相当な高級ワインまであっても良さそうなものであるが、千フランもするようなワインは置いていない。あくまでも超高級レストランの真似はしないということであるが、殆どのワインはマダムがドメーヌ迄押し掛けて行って選んでいる。気軽な昼食に勧められるのがコッシュ・デュリーのピノ・ノワールだったりする。

・食後酒
 カルヴァドス、マール各種など、マダムのこだわりの品がずらりと並んでいる。なぜかレミーマルタンが並んでいて、安い。


追記
 このレストランは現在も同じ場所で営業しているが、シェフ夫妻が引退し、ややカジュアルな普通のレストランとなっている。現在も比較的クラシックな料理を出すらしいが、別物と考えたほうがよさそうである。



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