似通ったストーリー



 約百乃至二百年前のヨーロッパの価値観に従って,僅か数時間の間に限られた人数と舞台装置で劇が進行するオペラのことであるから,全く異なる題材でありながら,似たストーリーになるということはよくあるものである。ここではそのようなオペラを思い付くままに挙げて比べてみることにしよう。なお,筆者はこれらのオペラのリブレットの対訳を殆ど持っていないので,原語の読み違えなどあったらご指摘戴きたい。


 ヴェリズモ三大間男オペラ
 「トリスタンとイゾルデ」と「ドン・カルロ」
 「ラ・トラヴィアータ」と「ラ・ボエーム」
 「ノルマ」と「メデーア」(工事中)




ヴェリズモ三大間男オペラ
 ヴェリズモ三大間男オペラなどと勝手な名前を付けたが,これは言うまでもなく,マスカーニの「カヴァレリーア・ルスティカーナ(田舎騎士道)」,レオンカヴァッロの「イ・パリアッチ(道化師)」,そしてプッチーニの「イル・タバッロ(外套)」の3作品のことである。早速この3作品を比較してみよう。

 Cavalleria RusticanaI PagliacciIl Tabarro
舞台シチリアの田舎町
復活祭の日
カラブリアの田舎町
1865年8月15日
パリ(セーヌ河の船上)
1910年頃の秋
アルフィオ(車夫)カニオ(旅役者の座長)ミケーレ(運搬船の船長)
ローラネッダ(女役者)ジョルジェッタ
間男トゥリッドゥ(宿屋の息子)シルヴィオ(ネッダのファン?)ルイージ(若い人夫)
背景トゥリッドゥはかつてローラの婚約者であったが,出征している間にローラはアルフィオの妻になってしまった。復員後,2人は再び愛し合い,密通する仲になっていた。夫のカニオを愛せなくなっていたネッダは,芝居が掛かっている村の若者シルヴィオと恋に落ちる。年の離れた夫を愛せなくなった若いジョルジェッタは,更に年下で,夫の船で働く人夫,ルイージと密通するようになる。
露見アルフィオが留守の早朝、トゥリッドゥがローラの家から出て来るところを目撃され,トゥリッドゥを愛するサントゥッツァが嫉妬のあまりアルフィオに告げる。ネッダがシルヴィオと,今夜二人で逃げようと語り合っているところをカニオに見られ,あの男は誰かと詰問されるが,答えない。妻が不義を働いていることを察知したミケーレは,夜中に待ち伏せして,ルイージを捕らえる。
結末死を覚悟したトゥリッドゥは,母ルチーアにサントゥッツァを頼むと言い残してアルフィオとの決闘に臨む。彼の死を知らされた母とサントゥッツァは絶叫する。舞台上で妻の不倫を咎める役を演じているカニオは,やがて本気でネッダを問い詰め,遂に刺し殺す。彼を押しとどめようとして舞台に駆け上がったシルヴィオも殺される。ルイージを捕らえたミケーレは不義密通を白状させ,そのままルイージを絞め殺す。そして,自分の外套を死骸に掛けた彼は,現れた妻に外套の下のルイージの死骸を見せる。
特徴主役はトゥリッドゥとサントゥッツァで,この二人の心情描写に重点が置かれている。ローラは寧ろ端役である。主役はカニオで,彼の心情描写がテーマとなっている。3人とも重要な役割を担っている。ブルジョワであるミケーレに対し,富も恋も得られないプロレタリアのルイージの悲哀を描写したとの解釈もある。

 以上のように,細かい点や根本的なテーマには相違があるものの,この3作品のストーリーは非常に良く似ている。登場人物が全て一般庶民であり,いかにも日常に起こりそうな悲劇を題材にしているところが,ヴェリズモたる所以である。



「トリスタンとイゾルデ」と「ドン・カルロ」
 独伊の2大巨人の作品である。こちらもある意味不倫ものに違いはないが,自分の恋人を父なり伯父なりである王に取られた若者の悲劇である。このような悲劇はヨーロッパでは普遍的なものであるらしく,題名は忘れたが,百年ほど前のドイツ東部(現在のチェコかポーランド辺り)で伯爵の息子と伯爵の若い後妻(元来は息子の恋人であった)が心中する話もあった。最後に抱き合ったまま入水した二人の亡骸を遂に引き離すことが出来ず,一緒に埋めたというくだり,先年大流行した「失楽園」にも見習って欲しかったものである。
 さて,早速問題の2作品を比較してみよう。

 Tristan und IsoldeDon Carlo
舞台中世初期のイングランド・フランス1560年頃のフランス・スペイン
コーンウォール王マルケスペイン王フィリッポ2世
王妃アイルランド王女イゾルデエリザベッタ・ディ・ヴァロワ(フランス王アンリ2世の王女)
王子トリスタン(マルケの甥でカレオール領主)ドン・カルロ(フィリッポ2世の王子)
出会いトリスタンはアイルランドに攻め込み,敵の猛将モロルトを討ち取る。自身も深手を負ったトリスタンは,身分を隠しイゾルデに手当される。モロルトの婚約者であったイゾルデは,トリスタンの剣の刃こぼれから彼が愛する人の敵と知り,彼を討とうとするが,トリスタンに見詰められ,恋に落ちる。スペイン王子カルロはフランス王女エリザペッタを妻に迎えることになり,自らフランスへ向かう。そして,フォンテーヌブローの森で初めて出会った二人は永遠の愛を誓い合う。
王妃に妻を亡くしているマルケのため,トリスタンは妻を探すことになった。彼は,アイルランドにいい王女がいると言ってしまい,イゾルデを迎えに行くことになる。フォンテーヌブローで愛を誓い合っている二人の許に使者が来て,エリザベッタはフィリッポ2世の王妃にすることにしたと告げられる。
その後トリスタンとイゾルデはコーンウォールへ向かう船の中で,毒を飲んで心中しようとするが,侍女が咄嗟に惚れ薬を出してしまう。恋心を押さえ切れなくなった二人は,夜な夜な密会を続ける。エリザベッタとカルロは恋心を抱き続けるが,やがてそれを母子の愛にすり替えようと努力する。
反逆トリスタンはイゾルデとの密会現場をマルケ王に押さえられ,剣を抜くが,彼を妬んで密告した友人,メロートにわざと倒される。カルロはフィリッポ2世の悪政のため乱れているフランドル地方の統治を自分に任せるよう頼むが受け入れられず,父を討とうとする。しかし,親友のポーザ侯ロドリーゴに押しとどめられ,捕らえられる。
結末深手を負ってカレオールへ逃げ帰ったトリスタンの許に,イゾルデが来るとの知らせがある。しかし,イゾルデが着く直前にトリスタンは息を引き取り,イゾルデは亡骸の上に倒れ込み失神する。二人を許して結婚させようと,イゾルデの後を追ってやって来たマルケ王の軍勢と,マルケがトリスタンを討ちに来たと思った家来の軍勢が合戦になり,登場人物の殆どが討死にする。イゾルデはトリスタンの亡骸の上で有名な「愛の死」を歌い,マルケ王がそっと見守る中,息絶える。カルロが捕らえられている監獄に公爵となったロドリーゴが現れ,彼が扇動者となってフランドル地方で起こす謀反の計画を告げるが,彼を疑っていたフィリッポ2世の隠密に射殺される。カルロは逃れ,祖父である皇帝カルロ5世の墓前でエリザベッタと会い,フランドル地方を救おうと語り合うが,フィリッポ2世の軍勢に囲まれる。その時,カルロ5世が墓から現れ,カルロを連れ去る。

 この2作品は登場人物の性格も主題も大きく異なるが,ストーリーの骨格がよく似ているので取り上げてみたものである。



「ラ・トラヴィアータ」と「ラ・ボエーム」
 この2つの作品はいずれもほぼ同時期のパリが舞台でありながら、一見全く異なる世界の出来事のようである。一方は華やかな社交界で侯爵や男爵や有力者達が毎夜豪奢な饗宴を繰り広げているが、もう一方は安アパルトマンの屋根裏部屋で貧しい共同生活を送る若者達の物語である。しかし、ヒロインが不治の病で余命幾許もない点など、ストーリーの骨格が非常によく似ているのである。

 La TraviataLa Boheme
舞台19世紀のパリ社交界、パリ郊外19世紀のカルチェ・ラタン他
ヒロインヴィオレッタ・ヴァレリー(高級娼婦)ミミ(本名ルチーア、貧しいお針子)
恋人アルフレード・ジェルモン(プロヴァンス地方の富裕層の子息)ロドルフォ(貧乏な詩人)
出会い夜会に招かれたアルフレードが一同に紹介され、ヴィオレッタと共に乾杯の歌を歌う。ヴィオレッタはアルフレードが1年前から自分のことを思っていたことを知らされる。アルフレードはヴィオレッタの病気のことを気に掛け、こんな生活は止めるべきだと忠告する。そしてあなたが僕のものなら…などと言い出すのだが、ヴィオレッタは相手にしない。しかしアルフレードの一途な思いがヴィオレッタの心を徐々に揺り動かして行く。クリスマスイヴの夜、ロドルフォは仲間達とカフェに繰り出すことにするが、書き掛けの詩を仕上げてから行くと言って独り部屋に残る。そこに灯火を貰いにやって来たのが同じ建物に住むミミ。火を貰って帰りかけたミミが鍵を落としたことに気付き戻ると、二人の灯火が風で消えてしまう。暗闇で鍵を探しながらロドルフォはミミの手を握り、二人はお互いの身の上を語り合う。意気投合した二人は一緒に仲間達の待つカフェに向かう。
同棲社交界を離れる決心をしたヴィオレッタはアルフレードと共にパリ郊外の家で暮らし始める。しかしそこでの贅沢な生活を支えるためには多額の費用が必要で、ヴィオレッタはアルフレードに内緒で自らの全財産を処分しようとしている。二人は一緒に暮らし始めるのだが、オペラの中ではその場面の描写はない。その代わり、二人の恋の様子やお互いの性格は、出会った日の夜の場面で十分に描写されている。暖房のない貧しい部屋での生活でミミの病気は悪化して行く。
別れアルフレードの父、ジョルジョ・ジェルモンに説得されたヴィオレッタは、アルフレードの幸せのために彼と別れることを決意する。アルフレードが自分を追わないよう、ヴィオレッタはドゥフォール男爵の世話になると書き残して去る。しかし逆上したアルフレードは夜会に現れ、一同の前でヴィオレッタを侮辱する。自分との貧しい生活ではミミの病気がますます悪くなると思ったロドルフォは、ミミにわざと冷たく当たる。ミミも自分の病状の深刻さを知り、二人は愛し合いながらも別れることになる。ミミは子爵の息子の世話になって豪勢な生活をする。
再会ヴィオレッタの病状は悪化し、社交界を離れて貧しい部屋で女中一人に見守られながら死の床に着いている。社交界で付き合いのあった医師が女中に、あと数時間の命だと告げる。アルフレードが現れ、ヴィオレッタとパリを離れて暮らそうと語り合う。ヴィオレッタは出掛けたいというが、既に立ち上がって身支度することさえ出来ない。ロドルフォが仲間達と屋根裏部屋にいると、仲間の一人の元恋人であるムゼッタが駆け込んでくる。ミミはロドルフォの傍で死にたいと子爵邸から逃げてきたが、最早階段を登ることすら出来ないという。ロドルフォはミミを抱きかかえ、ベッドに寝かせる。仲間達が席を外し、二人はしばし語り合う。
アルフレード、女中、そして駆け付けたジョルジョ・ジェルモンや医師に見守られながら、ヴィオレッタは消える前の炎が激しく燃え上がるように喜びの言葉を叫び、倒れる。一同の嘆きの中、幕が降りる。ミミはロドルフォや仲間達に見守られながら眠るように息絶える。仲間達の表情からミミの死に気付いたロドルフォは「ミミ!」と叫びながら泣き伏す。

 こう並べてみると、この二つのストーリーは実にそっくりである。ラ・トラヴィアータの原作La Dame aux Cameliasでは二人は最後に再会することなくヒロインが死を迎えるのであるが、オペラではこのような結末に変更された。La Bohemeの原作者Murgerあるいは台本作家のIllicaがLa Dame aux CameliasあるいはLa Traviataを意識していたのか否かは分からない。もしかすると全くの偶然の所産なのかも知れない。しかし、ミミが子爵の息子の世話になるくだりは、ちょっと唐突な気がしないでもない。
 ところでPucciniは打ち合わせ段階でIllicaに宛てた手紙の中で、明日会えたら「alcune mie idee sull'ultimo quadro (morte di Mimi)」を話したいと書いている。二人の綿密な打ち合わせの結果、この泣かせるラストシーンが完成したのかも知れない。



「ノルマ」と「メデーア」
 (工事中)





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