CAT
仙道は、猫。
部屋の電気をつけると、仙道がいた。
食パンの袋に顔を突っ込んでそのまま食べている姿に溜息が出る。
見回せばあっちもこっちも足跡だらけ、よせばいいのに部屋中歩き回ったらしい。
またか。
「遅いよ越野」
「遅いよじゃねーよ、帰れよ」
「えー何で?」
「うち動物飼えねっつってんだろ。だいたいここ住んでんの俺だけじゃねーんだよ、ちったあ警戒とかしろよお前」
「だって越野の足音だったもん、知ってんだから俺」
ぬけぬけと言う笑顔がこころもち得意そうなのが余計に腹立たしい。
何か言い返してやりたいけれど返す言葉なんて今更思いつかなくて、また溜息。
仕方なく首にかけていたタオルでその泥だらけの足を拭いてやる。
風呂上りの髪を乾かすのも足跡だらけの床を拭くのもこの際みんな後回しだ。
「だからパンのまん中だけ食うのやめろって。あとさぁ、いいかげん靴はけよお前」
「だって俺、猫だもん」
困っているのかいないのかわからないような笑顔を見せて、また食パンに顔を突っ込む。
いつだって何だってこんな調子で全てはこいつの思い通り。もうあきらめて、慣れたけど。
だけど。
「あーあ!」
突然大声をあげて床に寝転がった越野に、仙道はきょとんとその大きな目を見開く。
「どしたの越野?」
「・・・お前、わかんねーんだよ」
首をかしげて尋ねる仙道から目を逸らして、越野はごろりと背を向ける。
それでも仙道はそろそろと顔を覗き込もうとするけれど、
目を合わせることすら拒む越野の背中は何も教えてはくれない。
仙道は、猫。
撫でたければ撫でればいい。甘やかしたければ甘やかせばいい。
けれど飼い慣らすことなんて誰にもできない。
自由で気まぐれな裸足の猫は、鈴をつける手など決して許さない。
そして俺は?
いつでもこいつに振り回されてばかりの、俺は?
「お前、もう来んな。次いつ来んのかわかんねーぐらいならもう来んな」
視線を背けたままで叩きつける沈黙。
いつだって本当に言いたいことはどうしても口にできない。
そして猫は、自らのこころを偽るということを知らない。
「・・・だって俺、猫だもん・・・」
今まで聞いたこともないほど細い、そして真摯な声だった。
俺は人間で、
仙道は、猫。
叩きつけたはずの沈黙がそのまま背中に纏いつく。
「・・・悪い、もう言わねーよ」
それでも窓の鍵を閉ざしたことはないし、それでも夜食の食パンを欠かしたことはない。
わからないのは、自分の方だ。
不意に仙道の顔が近づいて、越野の首筋に鼻面を摺り寄せる。
「おっ、おい仙道!何してんだよ!」
「・・・越野の髪、濡れてるから、水・・・」
耳元で囁く声は睦言にも似て。
「やめろ、乗んな、どけ!」
「ねえ越野、怒っちゃ嫌だよ、越野が怒ったら俺どうしたらいいかわかんないよ」
髪から滴り落ちる雫を猫が舐め取っているのだとようやく理解する。
ざらついた舌の感触。自分とは異なる体温。
猫のどんな些細な仕草にも心は煽られるばかりで。
「・・・お前なんか嫌いだ」
猫の目が俺を見る。俺を見る猫の目に見蕩れる。
「俺は越野のこと、すっげー好きだよ?」
俺は人間で、
仙道は、猫。
それで?
「だいっきらいだ」
せめてもの仕返しにぐいと背を抱き寄せてやれば、「うわっ」と不意をつかれて倒れ込んでくる猫。
そのしなやかな重みにいっそ満足の笑みさえ浮かべて
越野は目を閉じる。
END
三哥さん、ほんとにどうもありがとうございました!せ、仙越じゃないお方なのにですよ…わたくしはなんという果報者でしょうか。しかも激ツボ!まるでコチラの好みを見透かされてるかのような気持ちになりました(笑)
文字を追う目の奥で、猫の表情と仙道の姿がふらふら重なるような、不思議なトリップ感。これは絵では描けないですな…(笑) そして気侭で気紛れでしなやかな仙道が…カワイイ…(泣) パンのまん中だけ食べちゃうとことかももう。KO。骨抜き。そんな仙道に振り回されながらも突き放しきれない越野の姿がまたハマル…!すみません、何度読んでもニヤニヤです。
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