携帯にメールが入った。
見慣れないアドレスに、件名には「久しぶり」の文字。どこぞの出会い系のスパムかと訝し半分に本文を覗いて、そこにあった名前に目を疑った。確かに、久しく連絡を取っていなかった奴の名前。……かつてのチームメイト、仙道からのメールだった。
高校時代からメールアドレスを変えていなかったことを幸運に思うと同時に、用件が分からない不安に心がざわつく。なにか、良くない事なのかもしれない。小さく覚悟をして文面をスクロールさせると、確かにあの頃から変わっていないそっけない文面で、今東京に来てるから週末会えないか?ということが書いてあった。






あいつは、高校を卒業後、アメリカの大学に進学した。3年次には大学のリーグで当然のようにレギュラーを取り、上位争いに絡み、卒業し……そうして、あいつは傍から見る限りとんとん拍子で日本人で何人目かのNBAプレイヤーになった。
均整の取れた長身の身体と、端整な顔立ち、人懐っこい笑顔。仙道の外見は見栄えがするし、話すコメントのどこか長閑で場を和ませるところも受けて、日本でもバスケット専門誌以外にスポーツニュースや一般向け雑誌で取り上げられることは多かった。オレも日本に居ながらあいつの活躍を色々なメディアで垣間見ることができた。
ポジションはPG。200cmを超えない選手が小さい部類に入る巨人の世界で、190cm台の仙道がプレーするポジションとしてはまあ妥当と言えなくもないわけだが、それ以上に、あいつのパスセンス、試合組み立ての巧さ、それから周りのプレイヤーたちの特徴や性格をよく理解して最高のパフォーマンスを引き出すPGとしての手腕が買われていることは、深夜の試合放映を見ていても伝わってきた。監督やチームメイトたちがあいつを信頼して任せ、共にプレーを楽しんでいる様子を見るのは……レベルは比較にならないけれど、かつての自分の感覚を思い出すようでもあった。技術やフィジカルの強さは更に磨きがかかってはいたが、逆境でも決して冷静さを失わない精神力や、勝負の女神が味方についているようなここ一番での勝負強さはあの頃のまま。テレビから流れてくる英語の実況と華やかな歓声を聞きながら、オレは、いつかのコートを埋め尽くした仙道を呼ぶ声援を思い出していた。観客を惹き付ける創造性を持ったプレーができる選手として、商業主義の強いこの国でも評価を受け始めていることは間違いなかった。
絶妙なパスを受け取ってシュートを決めた仲間と、スラングを一言交わしてハイタッチを受ける。自分の能力を自由に発揮できるステージを得て、ただバスケットを楽しむ子供みたいな顔をして、コートの真ん中で汗を光らせていた。



それから、オレはと言えば。
結局、大学でもバスケットから離れることはできなかった。チームは大会でもそれなりの成績を収めることはできたが、それでプロを目指そうというレベルではないことは自分でもよく分かっていた。3年の夏から人並みの就職活動をして、いくつか内定を取った中から希望する業界の中堅企業に入社した。
仕事は、体力勝負という側面もかなりの部分であって、徹夜で資料を仕上げたり、得意先と連夜の飲み会をこなしたり。組織である以上は理不尽なことも多々あるし、たまにボールとコートが恋しくなることもあるけれど、少しずつ仕事が面白くなってきたという実感もあって、毎日忙しくしていることに不満はなかった。
あれから、何回か彼女も作った。でも、1年以上続くことはなかった。男だけの体育会系の空気に長いこと慣れ過ぎたせいか、読めない女心に振り回されるのは自分としてもいまいち落ち着かなかったし、まだ男同士でつるんでいる方が気が楽だというのが正直な所だった。
もしかしたら……女性じゃない方がいいのかもしれない、と思って、試しに同性のパートナーを探してみたこともあったが、男性にあからさまな欲情の対象として見られることや、肌に触れ身体を合わせることには言いようのない嫌悪感が湧き上がってきてしまって、心がついていかなかった。結局、自分はゲイではなかったのだと、一つ扉を閉ざされただけだった。

もし、相手があいつだったら……?

そうして、否応なくあの辛い恋が思い出されて、慌てて全部を否定したくなって頭を振り、その度にオレはまだあの失恋から本当の意味では立ち直れていないことを胃の中で突きつけられた。






携帯を片手に、オレはしばらくの間返事に困って溜息を繰り返していた。携帯を開いてどうすることもできず、持て余して閉じるだけ。今週末の予定が何もなかったのは幸か不幸か、嘘を吐いて断るのも気分が悪い。とは言っても、突拍子も無く取り付けられた連絡への訝しい気持ちは、依然として残る。
急に、何のため?連絡をつけているのはオレだけなのか?それとも他の陵南の奴らも?
……残念ながら、オレはかつての仲間が久しぶりに会おうと言ってくれていることにも、近況報告と思い出話でメシを食うため、なんて素直に思えるほど聖人じゃなかった。正直なことを言えば……今更なんてものじゃないが、もしかしたら、何かのきっかけで、仙道との関係になにか進展があるんじゃないか……なんて、都合の良い想像が一瞬額の裏を掠めてしまったのが自分で分かった。そして吐き気に近い自己嫌悪で口の中が苦くなった。きっぱり断られたあの時から、無用な期待は一切捨てたはずだったのに。
オレは改めて、甘い選択肢は想定しないことに心を決めた。それが自分を守るためでもあるのだと何度も自分に言い聞かせた。そして、そのルールの中に自分を留めておける限り……会うことぐらいはいいだろう、と考えることにした。そこまで思い至って、オレはようやく、古い友人と数年振りに会える嬉しさが人並みに湧き上がってきた。

できるだけ簡素に、週末は空いているということを返信メールに打ち込み、それからもし他の元陵南メンバーも呼ぶなら都合調整するけど、と簡単に付け加える。みんなも仙道に会いたい気持ちは変わらないだろうし、彦一なんかはどんな顔して何て叫びながら飛んでくるか想像するだけで自然に頬が緩んだ。
だが、しばらくして返ってきた返事には、<次の日朝早いから、みんなはまた今度にするよ>とだけ書かれていた。
「サシかよ……」
つい独り言が漏れて、オレはまた溜息を吐いた。









6年振りに会った仙道は、広い背中に仕立ての良いジャケットを羽織って、嫌味なくらいの男ぶりだった。と思えば、当の本人はこちらに気づくなり、毒のないというよりは寧ろ気が抜けるような笑顔を寄越した。

前々日、待ち合わせはどこが良いか仙道に打診したら、どこでもいいよ、分かりやすいところ、どっかの駅前のスタバとかでもいいし、と返信が返ってきて、オレはふと不安になった。仙道は、自分が日本でもそこそこ顔が知れつつあることを知らないのかもしれない。考えすぎかもしれないが、そんな目立つ所にいて万が一面倒事になってもオレは責任が持てない。取り越し苦労に過ぎないとは思いながらも、オレは念の為記憶の中から何件か個室のあるダイニングバーを思い出し、空席を問い合わせて予約、店の地図のURLを仙道に転送し、そこにオレの名前で予約しておくから中に入って待ってるようにと伝えた。

JR恵比寿駅から少し歩いて路地を入る。予約した店は、以前会社の打ち合わせ兼接待で使ったことがあって、静かで雰囲気が良かったのを覚えていた所だった。入り口の扉を開けて半地下の階段を下りると、ちょうど案内係の店員に話しかけようとしている仙道と鉢合わせた。あいつは少し遅れてくるだろうと思って20分早めの時間を伝えておいたら、ぴったりだった。
「ひさしぶり」
数年振りに聞くその声は、記憶と変わらず、柔らかく響いた。今まで何度思い出したか分からない声。耳に入るなり心臓が強く脈打ったのを否定したくて、オレは咄嗟に視線を振った。
「おう。……少し、背伸びたな」
「ああ。2、3cmだけどな。さすがにもう伸びないだろ」
そう言って笑った仙道の表情は、どことなく茶目っ気を帯びていて、部室で冗談を言って過ごした頃を思い起こさせた。自然に、軽口の一つでも叩きたい気分になった。
「向こうで肉食いすぎて太ってんじゃねーかと思ったんだけどな」
「オレ日本の肉の方が好きだもん」
笑ってそう返されて、オレは盛大に舌打ちした。確かに仙道はテレビで見かけた映像より幾分すっきりして、より精悍な印象になっていた。よく言われる、テレビは太って見えるというのは強ち嘘ではないのかもしれない。かと言って、瞳の光の穏やかさは昔と変わらず、シビアな勝負の世界に身を晒している尖った気配は見当たらなかった。恐らく、バスケットの方も私生活の方も、安心できる環境にあるのだろうと推測した。そのことに何よりもまずホッとしたということが最初の心境だった。

案内係の店員は仙道の顔をチラチラ振り返りながら、テーブルに[Reserved]のプレートが置かれた個室にオレたち二人を通した。こういう店ではお決まりの、照度を落とした間接照明が室内をほの暖かく照らす。
「仙道、お前酒飲めんの?」
「まあ、ちょっとなら」
「ビールでいいか?」
「ああ」
「生中2つ」
荷物を置き、向かい合ったソファシートに腰を下ろした。程なく届けられたよく冷えたビールを、形だけ「お疲れ」の乾杯に合わせてカチンと鳴らす。二口三口、一気に喉の奥まで流し込むと、冷たい苦味は鼻腔を抜けてやがてじんわりとした甘みを呼び起こした。吸い込んだ空気を一息に吐き出すと、同じく最初の一口を飲み終えた仙道と目が合った。
仙道は笑った。滑らかな目元に、睫毛の影が落ちる。こういう場所の照明は、女性の肌を美しく見せるように計算されているのだろう。未成年の頃は知らなかった空間。不思議なものだと思った。まさかこいつと、こんな場所で一緒に酒を飲む日が来るとは、数日前まで想像すらしなかったのに。

一応オフシーズンではあるけれど、仙道のコンディションのことも少し考えて、あまり脂っこくなさそうな料理を何品か注文する。会う直前まで、もう何年も会っていない男二人で何を話すことがあるのだろうかと不安に思っていたのだが、実際に顔を合わせて料理をつついていると、話したいこと、聞きたいこと、順を追って言葉にするのがもどかしいくらい沢山のことが次から次へと飛び出してきた。仕事のこと。昔の笑い話。他の元陵南メンバーの、分かる範囲の近況。魚住さんが小柄で若い奥さんと結婚して、二人の身長差が50cmもある話。野郎二人だから、多少猥談も混じったりしたけれど。仙道は、終始楽しそうに笑っていて、オレもそれがただ嬉しくて、安心して話をすることができた。そのうち、二人とも注文した料理に箸をつけることも忘れて、尽きない会話にただ笑い合った。

ふと、箸を伸ばした料理がすっかり冷めていることに気付き、オレは仙道のジャケットの袖口から覗く腕時計にそれとなく目を遣った。だが針が指す角度に違和感があって、今度は自分の腕時計を見直した。そうしてようやく、自分達が店に入ってから既に3時間以上経っていることを理解することができた。
「仙道、お前明日の朝早いって言ってなかったか?もう11時近いけど」
「え、まじで?そうか……」
仙道がどことなく心残りそうな表情を浮かべたのが見えて、オレは、かすかな救いを感じている自分にも気付いた。自分は、この楽しい時間が終わってしまうのは純粋に惜しい。社会人になってから、今日ほど腹の底から笑った日はなかったかもしれないと思えるほどだった。できれば終わって欲しくないけれど、それでも、もし、仙道が自分と似たような気持ちをほんの少しでも持ってくれたとしたら……それはそれで、やっぱり嬉しいと思ってしまう。共有した時間を、少しでも楽しいと思ってくれたのなら。

惜しむ心を理性で抑えて、じゃあそろそろ、と言い掛けようとしたその時、個室の入り口に控えた女子店員が声をかけてきた。恐る恐る、遠慮がちに言葉を繋ぐ。
「あの、仙道さん……ですよね?バスケの……」
やっぱり顔が割れてたんだな、と、特に驚きもせず思う間に、
「あ、えーと」
仙道は少し戸惑った表情になりながら、頷くだけ頷いた。
「あの、サイン、とか、もらってもいいですか……?」
仙道が気まずさを覚える前にと思って、こっちから目で<任せるけど>と視線を送る。それに了解してか、仙道は人差し指を自分の唇にそっと当てると、
「君だけね。内緒だよ」
悪戯っぽく笑って応えた。その瞳に射抜かれて、店員は真っ赤になって何度も何度も頷いた。
さすが。そのへんは分かっていやがる。
店員の私物であろうA6サイズの手帳の1ページに、仙道は渡されたペンを持つと手馴れた様子でなにやらさらさらと書き付け、えーと今日何日だっけ、と目を上げた。オレが日付を答えると、それも手早く記して、ペンとともに手帳を店員に返すついでに、頼まれて握手にも応じた。小声で何度もお礼を言った店員は、去り際にオレにも目を遣って頭を下げた。ちゃんとした子なんだろうな、と思った。

店員が戻っていくと、その流れで自然と帰り支度をする空気になった。店員に会計の準備を頼む間、席から立ち上がり、脱いでいた上着に袖を通す。
「相変わらず、もてんのな」
からかいをたっぷり含めて笑って言うと、仙道は
「どうだろうな。向こうじゃそんなことあんまりないけど」
肩を竦めて苦笑いだった。
「……あっちは、居心地いいみたいだな。安心したよ」
「ああ、オレよりでかいやつ普通に一杯いるから、あんま目立たないし、それから……」
仙道が一瞬言葉を探したことに気付いた時、
「永住権取ったんだ。いずれ、向こうで結婚もすると思う」
荷物を取ろうと伸ばした手が止まった。予告なく耳に入ってきた「結婚」という言葉にぐらりと視界が揺れて、オレは咄嗟に椅子の背に片手を置いた。
仙道が。結婚する。
はっきりと言い切った仙道の口ぶりは、特定の相手が存在することを暗に示していた。相手がどんな人なのか、仙道はそれ以上は言わなかったが、オレはいつかの人ごみの中で見かけた二人の姿を思い出していた。あの時の仙道の、何の心配もなさそうな無邪気な笑顔は、今でも鮮明に記憶に焼きついている。
オレは、仙道の方を向き直すと、
「……そうか、おめでとう」
できるだけ不自然にならないように笑顔を作った。心が軋むのが分かって、笑顔の内で歯を食いしばった。未練を見せないことが、一番の祝福になると思った。そうして笑ったら、今度はうっすらと寂しさがこみ上げてきた。理由は分からないけれど、仙道に会うのはこれが最後になるかもしれないと、心のどこかが知らせていた。
「オレも、今は彼女もいるし……」
嘘を吐くのは、この歳になってもまだ上手くいかない。声が上ずりかけたのを打ち消すために、
「仕事も充実してるし」
本当のことも付け加えた。
「そうか」
仙道は、ホッとしたような穏やかな笑顔を見せた。

そうかー仙道も結婚かー、などと、場繋ぎの言葉を吐いている間に少しでも気持ちを落ち着かせるつもりだったのだが、上手くいかなかった。
「そう、越野」
仙道が言葉を重ねてきた。
「今度こっちに来れるのいつになるか分かんないから、今どうしても言っておきたいんだけど」
仙道なりに真面目な顔をしていた。オレはひっそり身構えた。まだ続くのか。これ以上こいつの口から何か告げられるのは辛い。これ以上心を揺さぶられたら、まともに仙道の顔を見るだけの余裕もなくなってしまうかもしれない。……もしかしたら、もう見ることができなくなるかもしれないこいつの顔を。オレは、動揺ができるだけ表に出ないように、ぶっきらぼうな声で応えた。
「……なんだよ」
「あの頃、練習ホントきつかったけど、でも楽しかった」
「なんだ、昔話か?」
仙道は、言い終えるのを惜しむように、口元からゆっくりと言葉を押し出した。
「あの頃、パスでゲームを作る楽しさを教えてくれたのは、間違いなく陵南のみんなだったし、それがなかったら、今のオレもなかったと思う。越野、ほんと、感謝してる」
頷く途中で、オレは顔をあげられなくなった。もう、仙道の目を見れなかった。高校の頃、消化されずに深く沈殿していた思いが、仙道の言葉に掬われるように記憶の表層に一気に吹き上がってきた。仙道のワンマンチームだと言われたくなくて、仙道にかかる負担を少しでも減らしたくて、がむしゃらに練習ばかりしていたこと。魚住さんが引退してからは、実務に疎い仙道がバスケに集中できるように、自分が面倒事を引き受けていたこと。それから、試合会場で他校の生徒が囁いていた、心無い言葉。仙道はそれを聞いて、ただオレの頭を撫でたこと。
「……ああ」
ようやく振り絞った声は、誰が聴いたって震えていたと思う。喉の奥から湧き上がってくる熱くて苦い塊を奥歯の間で必死に潰して、ゆっくり飲み下した。そうして、やっと新しい空気を吸って、口を開いた。
「もし、みんなに会うことがあったら、仙道がそんな殊勝なこと言ってやがったぜ、って伝えてやるよ」
上手く笑顔を作れたかどうかは、もうよく分からなかった。鼻の奥が刺すように痛んで、口元が歪んだ気がした。でも、仙道はそのことには触れなかった。
「サンキュ、よろしく」
それだけ言って、柔らかく微笑んだ。

店員が計算の終わった伝票を持って来たのが見えて、オレは最低限気持ちを立て直すと財布から紙幣を数枚出した。
「今日はオレがおごっといてやるよ」
純粋に、仙道の活躍を祝いたい気持ちからだったが、
「ん?いーよワリカンで」
仙道も何の気なしに自分の財布を取り出した。元々意地っ張りな性格のせいか、オレはなんだか引っ込みがつかないような気持ちになった。仕方なく
「……じゃあ、出世払いな」
冗談だと分かるように、目一杯悪い笑顔で言い放ってやった。
仙道は、きょとんとした顔で2、3回瞬きをした。それから、冗談を喰わされたことに気付いたようで、嬉しそうに笑った。笑い声はしばらく続いて、
「まいった。がんばるよ」
そう言って満面の笑みを見せて、目尻に滲んだ涙を指先で拭った。
現NBAプレイヤーに向かって出世払いなんて、全く酷な話だ。



さっきの女子店員の反応から、飲み会帰りの客で混み始める電車に仙道を乗せるのは少し気が引けた。聞けば、仙道が取っているホテルは乗り換えて1駅の所らしい。タクシーの方が早そうだな、と試しに勧めたら、仙道はあっさり了承した。店を出て通りに出たところでタクシーを拾い、扉の開いた後部座席にツンツン頭が収まるを見守る。でかい身体を小さく折り曲げて、入りきらないみたいに片足を出したままこっちを見返す仙道は、大の男の癖になんとなく愛嬌があって、笑いを誘うものがあった。
最後になるかもしれない、記憶に焼き付けるべき姿がこんな間抜けなものとなろうとは。
でも、それもこいつらしいのかな、とどこかで思っている自分もいて、情けないような自嘲が起こる。



それでも、好きなんだと思う。



「応援してるから。怪我しないで、頑張れよ」
全く同じ言葉の連なりを、仙道はこれまで一体何百回と聞いたことだろうか。自分でも陳腐だと思う。だけど、それ以外に何か掛けられる言葉が見つからなかった。本当に、言葉の通りにそう思うのだから。
「ああ。……越野も、元気で」
タクシーの中の男前は、窮屈そうに身体を屈めて言った。オレは耐え切れずちょっと笑った。
そうして、タクシーのドアが閉じる音を聞く前に、オレは手を振って歩き出した。人ごみが早く自分の姿を隠してくれるように、とにかく人通りの多い方に向かって歩いた。振り返ると辛くなることは分かっていたから、前だけ見て、何も考えずに歩いた。信号が変わりかけるのが目に入って、交差点の対岸に向かって走れるだけ走った。
何かが変わったわけじゃない。結局、仙道は仙道、自分は自分。お互いの人生は、これから先きっと交わることはない。だけど……何も残らなかったわけではないのかもしれない。そう思うくらいは、自分を許してもいいのかもしれない……真っ暗な心の中に、そんな気持ちが生まれようとしているのは微かに感じた。
週末が終われば、また仕事漬けの一週間が始まる。予定を押している案件のことが頭に浮かんだ。人波に逆らわずに駅の構内を進み、IC乗車券を読み取る電子音がひっきりなしに響く中、改札を、立ち止まらずに、通り抜ける。






じゃあな、仙道。元気で。












無駄に長いあとがき

後日談の方が何倍も長くなってしまったという罠。
そして、仙越というよりは仙道賛歌、なんじゃないかと(笑)
仙道と越野には幸せになってほしいけれど、越野は、もし仙道の幸せの中に自分が入り込めないということが分かったら、きっと静かに身を引くんだろうなあ、でも苦しむんだろうなあ、という妄想です。
これだけ希望がないシチュエーションでも、私の無能な脳みそは、それでもどこかに救いを求めずにはいられないようで・・。都合いいねえ。やだやだ。
ところで、仙道の相手が誰なのかは、決めないようにしました。なので、特定のCPを想像してもいいですし、あえて特定の人を当てなくてもいいと思います。そこはお任せします。

数年前ネット落ちする前もぼんやりとは考えていたんだけど、ネットに戻って仙越再燃してからずーーっと考えてたことがありまして。
仙道の為に、越野には何ができるんだろう、って。
いや、友情とか愛情とかってそういうことじゃないんだってのも理屈としては分かるんですけど。わかってても、どうしても考えちゃうんですよ。
で、ずーっと考えてて、話を書きながらも考えてて、結論、とはいえないし、着地点、というにも覚束ないけれど、足がかりか箸休め(?)くらいにはなれるかもな、と思ったのが今回の話の軸です。多分。

池さん曰く、仙道は2年になってプレイスタイルが変わるくらいには陵南でのバスケを楽しいと思えて、それは、あの流川に対して「それがわからねえうちは おめーに負ける気がしねえ」とまで言わせたくらいには、影響力のあることだったんですよ。きっと。
仙道がそう言うんだから、きっとそうなんだろう、って。
それくらいは、信じてもいいのかもしれないと。考えに考えた結果、そう思えるくらいにはなりました。

仙道と他のメンバーとのレベルの違いはどうしてもあるし、仙道にかかる負担が大きすぎるのも心が苦しいけれど、それでも、陵南のチームでバスケできたことは後の仙道にとって、なにかのプラスになっているといいな。
というか、そう思いたい!思わせてくれ!!!!!

というだけの、結局の所やっぱりただの妄想物語です(笑)

私は、仙道はちゃんと相手の立場とか気持ちを考えられる成熟した思い遣りを持った人だと思うし、そういう風に書きたかったんですが、私自身がそれを全然できない人間なので、正直厳しいものがあると思います・・。
そういうのって、もし喩えていうならば「聞こえない周波数の音を想像で表現しようとするようなもの」だと思うし、そういう意味でいろんな面で全然気配りが足りてないだろうし見えてないものも多いと思います。すみません。
でも、それは書いてる私が未熟なだけであって、実際の(?)仙道や越野はもっと良くできた子だと思います・・ほんとに。
そう思っていただければ幸いです。


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