1ヶ月ちょっと前まで、自分は意欲に駆られて魂をごうごう燃やしていたのかと思うと
なんか不思議な気がします。自分のことだけど、自分じゃないような。
1ヶ月って時間の尺度だけでは測れないような、
今の自分と地続きとは思えないような、
すごくすごく、遥か遠くのことのように思います。
入稿後、ペーパー作ったりイベント準備したりイベント行ったり書店委託申し込んだり
なんやかんやと落ち着かずにおりましたが、
ここ数日は、通販の処理をぽつぽつしたり、メールを書いたり、ツイッターで一言二言呟いたり、
ようやく静かになりつつあるのかな?と思います。
そういう状況で、ふと、
「ああ、やっぱり今回本を作って良かったなあ」
って思います。しみじみと。
今、エネルギー値も低くてぼんやりしているから余計に思うのだけど、
ここでやっとかなきゃ一生無理だったな、って思います。
拙いところはどうしようもなくあるけれど、
自分にできることは全部やった、ってことに関しては一遍の疑いもないから、
心がざわざわ騒ぐようなこともありません。
あの時、心を決めて「5月までに作る!」って動き出さなかったら、
全力尽くして書き上げなかったら、
きっと今でも、「自分はどうしたらいいんだ」って
ざわざわした心を持て余していただろうし、
燻ってやり場のないエネルギーを抱えてうろうろするだけで、
どこにも動き出せなかっただろうと思います。
もっと原稿期間を延ばして、1年がかりで作ったら
もっと絵も丁寧でいいのができたんじゃないか?
・・とは、なかなか思えません・・。
きっと、原稿が出来上がる前に、気力か体力どっちかが折れて、
あるいは、「まだ時間あるから」って中だるみして、
あるいは、各社はやぶさ映画の公開に「先を越された」感を持ってしまって、
きっと尻切れで完成させられなかったんじゃないかと思います。
そうなったら、後悔してもし切れなかっただろうと思うんで、
やっぱり、いろいろ至らないところはあったけど、
これが完成のための唯一ギリギリの解であったのだろうと
今になって思います。
ものは、完成したかしないかで、厳然としたイチとゼロの差があります。
途中までの完成度がどんなにどんなに高くても、世に出せない構想段階止まりであれば、
それは、辛いけど、程度の低い完成品に敵わない。同じ土俵に上がることはできないのです。
そういう気持ちで、とにかく全部完成させることを第一に描き続けました。
書店の委託は、在庫メモリが全然減ってないけど(笑)
それでも、置いてもらえるだけでもありがたいし、
こんな素粒子のような最小単位無名サークルの特殊な題材の本だし(笑)
しょうがないなーと思います。
(それで、ウチのサイトを知らない人一人でも二人でも知ってもらえるなら十分意味がある)
大事な本なんで、ゆっくり売ります( ´∀`)
やっぱり、大切にしてもらえる人のところにお嫁に出したいと思うしw
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