私の思う仙道の魅力を、言葉を尽くして語り倒す (2010年6月19日/2011年5月10日追記)


0、初めに
いろんな所で仙道仙道言っている自分ではございますが、そういえば、仙道のどんなところが好きなのか、彼の魅力はどういうところにあるのか、そういったことを網羅的に納得いくまでまとめたことは今までなかったかもしれない、ということに先日気付きました。(例えば、「仙道のどんな所が好き?」と聞かれても、1分や2分で話せる内容にまとめられるはずもなく、結局「語り尽くせない!」と答えてしまう、そんな調子です。)
そこで、せっかく自分のサイトがあるのだし、今回改めて、言葉を尽くして思考を絞って、言い訳しないで仙道の魅力を語り倒してみたいと思います。

もちろん、彼の魅力を一言二言で表現することはできません。それは、自分にとっては例えば「愛とは何か?」を一言で表せと言っているのと同等です。(真顔)
なので、今回のテキストは、「自分の中の仙道像とどれだけ突き詰めて向かい合えるか」について、自分への挑戦という意味合いも持っております。文章量としても恐らく長めになるかと思いますので、おヒマな方だけお付き合いいただければと思います。(長さもネタの一部です。)
また、これは今更言うまでもないかとは思いますが、彼から受ける印象や、原作中での彼の行動や言葉の解釈は人それぞれだと思います。「自分はそうは思えないな」と感じることもあるかと思います。こんな(=頭のイタイ)やつもいるのかー、と、生温く見守っていただければ幸いです。
なお、バスケの知識に関しては全くの素人で、全部想像で書いているだけなので間違ってることもあるかもしれません。その点は申し訳ありませんがご了承くださいませ。

***

まず、仙道の魅力を語るにあたって、どういう側面から切り込んでいこうかと考えました。
彼の魅力というものは、例えばバスケの才能もその一部ですし、周囲を和ませる笑顔、冷静で穏やかなメンタリティ・・などなど、様々な要素が私達読者の中で分かち難く渾然となった結果であるわけですが、それを少しずつでも分析して取り出していかないことには、なんやかんやで「仙道いいよね」で終わってしまいます。なので、まずは

1、外見の魅力
2、内面の魅力
3、自分の個人的思い入れ

の3点に分けて論じてみたいと思います。また、そのあとで

4、何故自分は仙越がいいのか

も付随的に語りたいと思います。




1、外見の魅力
え、というか、「仙道はカッコいい」というこの命題に異議がある人は手を挙げてください。(真顔)
うそです。すみません。
「仙道は濃くてキモチワルイ」という方が結構な割合でいらっしゃる事実は重々承知しております。
何を隠そうこの私めも、原作を初めて読んだ頃には仙道は全くもって眼中になかったし、仙道仙道言ってる今ですら、正直言って原作で真面目に細かく描き込まれたコマの仙道より、点目の仙道や緩い顔のほうが好きです。(例:魚住さんに「ウチの仙道がやる」と言われてビックリ→苦笑いする表情とか、花道の坊主頭を初めて見て「おお」と言ってる点目のコマとか、彦一が茂一に対して「なんか因縁の二人なんすか」と言ってる後ろで、どこ見てるんだか分かんない仙道とか)
そして、仙道が好き過ぎるがゆえに、原作を読むに当たって自分の目に「仙道の顔が濃く見えないフィルタ」がしっかり掛かっていることは自覚しております。仙道ファンを標榜している自分ですらそれくらいなので、仙道が特に好きではない、という人にとっては言わずもがなであることは想像に難くありません。

ただ、これはファンゆえの贔屓目なのですが、実際の高校生くらいのあんな感じの風貌、と見たとき、多分そんなに濃くはないと思うんですよね。すみません自分で言ってる意味が分かりません(笑)
ええと、つまり、漫画としてシリアスさや造形の立体感を出すために線を描き込んだりすることが必要なため、あるいは多少描き分けの便宜や、「美形キャラ」という記号的な表現のために、眉を濃くしたり下睫毛を加えたり、ってことはあったのではないかと思うんですよね。そういった漫画的な表現を除いて、一人のあどけなさの残る高校生として彼を見たときに、果たしてそこまで濃いってことはないのではないかな?と個人的には思っております。実際にああいう子がいたら、普通にかっこええ高校生君だと思います。(贔屓目)
また、この点については、個人の好みの影響が大きいのかな、とも思っております。例えば、彼の対極にあるようなあっさり大和顔の土屋氏が好みの方などからすれば、理解できない一面はあるかもしれません。

あ、もう十分ですか。はい。仙道は濃いってことでいいです。
以下、「仙道は適度に濃い」ってことで話を進めさせていただき、本題である「仙道の外見的な魅力」を論じていきたいと思います。

まず、全身的なスタイルですが、身長190cm、体重79kg。BMI値は21.8。この数値を見るだけでも、ナチュラルな8頭身、高い腰骨、長い脚、広い背中をありありと想像できます。
79kgという体重だけ見ると、女子からすれば重い=太っている?と感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、BMI値はごく標準で、数値的に見れば決して太ってはいません。むしろ、筋肉は脂肪より約1.2倍重いので、体積的には少なく見える(=締まって見える)のではないかと思います。茂一の特訓でバスケットに打ち込んでいる毎日で、無駄な脂肪がつく余裕があるとは思えません。体脂肪率は恐らく一桁です。(想像)
まして、スピードとスタミナを兼ね備えたエースプレイヤーなわけですから、バランスよく伸びた手足、無駄のないしなやかな筋肉、硬い腹筋、引き締まったふくらはぎ・・と、世の女子が憧れ、腐女子がハァハァする身体を持っていることは間違いないと思われます。
それから、このへんからそろそろ想像の域に入ってきてしまいますが、試合中でもよく通る艶のある声(多分)、ボールを器用に扱う長い指(多分)、筋肉でしっとりと張り詰めた肌、人好きのする端整な顔立ち・・!これ以上、男性の身体的な魅力として何を挙げたらいいでしょうか?ナニのデカさですか!?そ、そんなの・・言うまでもないじゃないですか・・。(赤面)
うそです。小芝居しました。すみません。

※なお、女性で時々「背が高すぎる男の人は威圧感があって嫌」とか、「話すときに首が疲れてしんどい」とおっしゃる方もいらっしゃいますので、背が高いことがすなわち誰にとっても魅力であるとは限らないことは付け加えておきます。かく言う自分も、スラムダンクと仙道にはまるまでは、別に男性の身長なんて気にしてもいませんでした。(が、今となってはこの通りです。)

そして、上述の「適度に濃い」顔立ちについて。
このへんからいよいよ想像が勝ってきちゃってますが、一言で言えば、多分きれいに左右対称の、端整な顔立ちをしているんじゃないかと思います。彫りの深いくっきりした二重目蓋、長い睫毛、深い瞳の色はその穏やかな優しさを映すようで、横顔が綺麗なのは、鼻筋が通っている証拠。微笑めば、整った唇から白い歯が覗いて・・。うん、そろそろこのへんにしといたほうがいいような気がしますが、きっと肌も滑らかで(多分)、ヒゲもそんなには濃くないんじゃないかなーと思います。根拠ないですが。(というか、願望ですが。)

それから、仙道の魅力を語るにあたってやっぱり外せないのは、そのおおらかな笑顔ではないでしょうか。練習試合での花道に対しての「はっはっはっうんうん」に代表されるように、周囲を和ませ、試合中にあっては仲間たちを安心させてくれる、屈託のない笑顔。背が高く隙のない容姿をしている仙道は、一見では近寄り難い印象を相手に与えてしまうこともあると思います。しかし、彼の笑顔が持つ力は、その内面の穏やかさや器の大きさ、また親しみやすさを感じさせるに十分で、色々な意味で目立つ彼が、周囲に溶け込んで上手くやっていくための一つの要素となっていると思います。そして、普段にこやかにしている分、ふとしたときに見せる真剣な表情は、きっと彼の端整な顔立ちが一層際立って、ぞくりとするようなエロさ美しさで見るものを惹き付けることでしょう。

このように、原作中で数値的に決定していること、また、絵として直接的に描かれること以上のことは、私達読者が想像して意味付けをしていくほかはありませんが、いち仙道ファンの人間が彼を(脳内で)どんな風に眺め回しているか、理解の一助となれば幸いです。要するに、身体も顔もたまらなくエロい魅力的ということです。




2、内面の魅力
ここまで、仙道の外見的・身体的な魅力をいささか暴走気味で語らせていただきましたが、いくら自分がメンクイでも、仙道が人格的に薄っぺらいイヤーな奴だったとしたら、こんなに好きになったりなんかしません。敢えて断言しますが、仙道の魅力の本質は、その内面にあります。

仙道が持つ、穏やかでおおらかな魅力というのは、原作でも随所に見ることができると思います。例えば、湘北との練習試合のとき、喧嘩腰で食って掛かる花道を笑って歓迎したり。花道の「なんでオレをマークしねえ!」という素人らしい無茶な言い分にも、バカにしたりせず「一人で二人マークはちょっとムリだ」とちょっと抜けた返答を真面目に返したり。県予選で敗退したあとで、血気盛んな岸本と対照的にのんびり釣りをしていたり。
しかし、仙越をされているお嬢様方の多くは、仙道がただのらりくらりしただけの人間ではないことは見抜いていらっしゃることと存じます。やるときはやる男だから、彼はかっこいいんです。

例えば、海南戦で「これからはもうぜったい抜かせない」と言ったとき。
いくらチームメイトたちを落ち着かせて冷静さを取り戻させるためとはいえ、それが実際に実行できなければ、元も子もないだけでなく、彼のエースとしての説得力、信頼性を失ってしまうことにも直結します。そして、それは現在の陵南がチームとしての地盤を失ってしまうことに他ならないわけであり、その意味で仙道は自分の言葉の重み、賭けるものの重大さをよく分かっていると思います。その上でのこの言葉。「海南の攻撃は、8割方牧さんを起点始まる」と言って。自分が一人で、その8割を背負う、と。
魚住が「仙道の言葉には不思議な説得力がある」と言っているのは、そのカリスマ性以前に、なんのことはない、仙道がエースとしてチームメイトたちの信頼をいつも裏切らずにプレイで応えてきた、その毎日の積み重ねの総体に過ぎないのです。仙道はあの場面で、自分の信頼を賭した言葉を仲間に掛け、そして、(一度牧さんに正面から抜かれましたが)以後自分の言葉の通り、牧さんと対等に渡り合い、試合を引っ張っていきます。そうやって、常にチームメイトたちの信頼を背負いながら、有言実行できるところが彼のひとつの強さであって、大人になって社会を経験した自分から見ても、憧れと尊敬の念を抱かずにはいられません。そして、そうやって一つ一つの場面を自分の力で乗り越えていくことによって、またそれが一つの経験として蓄積していき、彼の揺るがない安定感の礎となっていくのだと思います。

ただ、仙道がそのことをどれだけ「チームのため」という大義名分を持ってやっているかは、本当のところは分かりません。純粋に、自分が勝ちたいから、そのためにチームを一番いい状態にさせているだけであって、もしかしたらチームメイトたちの個人的な感情なんてどうでもいいのかもしれません。仙越サイトにあってなんという暴論。
しかし、仮にそういう可能性があったとしても、やっぱり彼はチームメイトを大事にしていると思います。IH予選の湘北戦でミスをした植草に、自分から「ワリィ」と謝って茂一の叱責を一人で被ったり。海南戦で牧さんに突っ込んで吹っ飛ばされた越野も、ちゃんと手を貸して起こしてあげています。湘北戦後半で、魚住が赤木のディフェンスから仙道をフォローすべく「首ふり」をしたことも、仙道はちゃんと見逃さず「ナイス魚住さん」とさり気なく一声かけてますし、魚住の「こういう仕事はオレに任せろ」という言葉に、彼の身体を張った覚悟を感じ取り、チームに一番必要な仕事(点を取ること)を為すべく動いたことも、魚住の意気込みに応えるいう点で、広い意味での共感能力であると思います。

また仙道は、決して、何があっても、チームメイトたちを責めません。上記の植草への「ワリィ」の件もそうですが、湘北戦でリバウンドが取れない福田と菅平に「キッチリ取っていこう」と励まし、自分でもディフェンスのフォローに入ったりしますが、そのことで相手に責任を感じさせたり恩を着せたりするような言動は一切しません。海南戦で魚住が退場したときも、「ドンマイ」と声を掛けるだけで、その後のチームを一人で背負い、ただその時々で勝つための最良のプレイをするだけです。そこに、過ぎたことへの執着や、チームメイトを責める気持ちは、一切感じ取れません。ただ、エースとして、何も語らず、勝敗の全責任をその肩に負うだけです。あ、涙が・・。

海南戦の延長に入る直前、「よーし最後まであきらめるな!」と声を掛けてコートに出る仙道。仙道自身は、この時点で陵南が海南に勝てる可能性がもう残されていないことは分かっていました。それでも、同点に追いついたことを心から喜び、海南に勝てるかもしれないと沸き立つチームメイトたちに、そんな自分の心情を悟らせることなく、恐らくは最後まで全力でプレイしたのでしょう。勝利を諦めていない仲間たちの前で、エースである自分が投げやりなプレイなどできるはずはありません。もう勝てる道は残されていない、という冷静で的確な状況把握ができるだけの能力と、それでも最後までチームを引っ張り続けなければいけないという責任感。その葛藤は、仲間たちの中にあって、誰とも共有できるものではありません。ただ一人、自分の心の中だけに収めて、試合終了の時を迎える仙道。その気持ちを考えると・・!!

仙道に対して、孤高という言葉を使うことは簡単です。が、それでも私には、仙道はチームの一員であることを望んでいるように思えます。
思うに、「2年になってパスに楽しみを覚えてからプレイスタイルが変わった」と池上に言わしめるくらいには、パスで周囲を活かして立体的なゲーム組み立てができることに楽しみを感じられていて、それができるくらいには仙道はチームメイトたちを信頼しているのだと思います。きっと彼にとって、自分のパスでチームを動かして自由に試合を組んでいけることは、それまで「点取り屋」としてプレイしていた時にはなかった奥深さを感じさせ、新たな創造性を刺激されるような魅力があったのでしょう。
ただしそれは、パスを受け取る側、つまりチームメイトたちが普段から密にコミュニケーションを取って彼の意図を汲み取ろうとしてくれるから、仲間として認めて心から信頼を寄せているからこそできることであって、そのことは仙道自身もきっとよく分かっているのだろうと思います。パスは、意図を汲んで受け取ってくれる相手がいるからこそ成立するものであって、その点で逆に言えば、初めは意図が伝わらずに内心もどかしい思いをすることもあったと思います。しかし、それでも自分を信頼してついてきてくれる仲間たちの存在は、ある意味で仙道にとってもありがたいものだったのではないでしょうか。というか、そう思いたい。
1on1勝負を挑んできた流川に対して、「それがわからねえうちは おめーには負ける気がしねえ」と言い切れたのは、点を取るだけのプレイヤーだった昨年以前から比べて、この1年で得たものが確固たる自信のひとつとなっているからだと思います。「あの」流川に対してそう言い切れるくらいには、彼が陵南で得たものは大きかったのではないでしょうか。

そして実際、仙道はチームメイトたちから慕われています。彦一が仙道を慕っているのは、まだ入学したてで彼の華のあるプレイや「天才」という称号・存在感に惹かれている面が多少ありそうなところは否めませんが、他のレギュラーメンバーたちが仙道のちょっとしたアシストプレイに対してタッチをしたり、海南戦で後半終了間際に同点に持ち込んだ時に駆け寄ったり(抱きついたり)しているのは、海南と同点に持っていったという嬉しさや興奮もあるでしょうが、彼の人徳や信頼感、チームメイトとしての一体感のなせる業であって、いくら嬉しくたって嫌いな奴に抱きついたりはできません。
仙道ほどの才能の持ち主で、仮に周囲との能力の差が歴然としてあるとすれば、得てして、嫉妬ややっかみや反発などによってチーム内に軋轢が生じることは少なくないと思います。しかし、陵南において仙道とチームメイトたちの間にそのような居心地の悪さは見受けられません。福田が仙道を意識して張り合っているような描写も1年の時点では描かれていますが、今はむしろ互いの理解者として信頼関係にあると言えます。

そのように、仙道が周囲と友好的な信頼関係を維持しているのは、やはり彼の人格的魅力に拠っているところが大きいと思います。仮に、仙道が自分の能力と同等のものを相手に強要するような性格だったら? あるいは逆に、周囲を拒絶して個人プレイに終始していたとしたら? 今のような陵南の姿はなかっただろうと断言できます。仙道は、「自分にできることが他人もできるとは限らない」ということをよく理解して、天才と呼ばれるなりに周囲を尊重・受容して信頼を築いていく術を自然に身に付けているのでしょう。どんな育ち方をすればそんな風になるのかは正直分かりませんが、とても高度なことだと思います。

そして、彼が周囲から信頼されている一つの要素に、どんなときでも冷静で穏やかで動じない、確たる安定感があるのではないかと思います。それは、プレイのみならず、言動やメンタルな面においても言えると思います。例えば、練習試合に遅刻しかけても、「寝坊です」と堂々と正直に言って慌てず試合に臨む様子。あるいは、湘北戦で点差を広げられて集中が切れかかる場面で仲間に掛けた「まだあわてるような時間じゃない」という冷静な言葉。黒板漫画で、キャプテンという重役に任命されても相変わらずのんびりと釣りを楽しんでいたり。
状況がいいときも悪いときも、一喜一憂しない。大喜びしたりしない代わりに、凡人ならうろたえて希望を見出せないような状況でも、動じずに冷静に、実現可能な道筋を示してくれる。不安がるほどの危機じゃない、奇跡が起こらなくても自分達の力で現実的に乗り越えられる、と思わせてくれる。そういう安心感が、チームメイトたちに「仙道がいるから大丈夫」と思わせる、心の拠り所となっているのではないかと思います。

それから、恐らくは多くの方がお気づきだと思いますが、仙道がもし何事においても完璧で隙のない人間だったら、きっと私達は彼に対してそんなに親しみを持つことはできないでしょう。それは私達読者に限らず、陵南メンバーたちにとっても同様だったと思います。
バスケットの才能とは裏腹に、仙道のどこか抜けていてとぼけた言動は、相手にツッコミの余地を与えてくれますし、「自分も完璧でなきゃ」という余計な気負いを要求しません。それが、ありのままを受容してくれるような穏やかな雰囲気を醸し出していると思います。
また、そういった安心感とは相反しますが、どこかほっとけなくて気に掛かる要素も、彼は持ち合わせている気がします。つまり、仙道なら何をするにも一人でも大丈夫だろうけど、それだけに、繋ぎとめるものがなくてフラッとどこかに行ってしまいそうな危うさというか。そういった、安心感だけではないある種の危うさが、彼の魅力を一層奥深くしているのではないでしょうか。と付け加えておきます。


ちょっと話は外れますが、よく仙道はサボリ魔みたいな描かれ方をされることが多いのは周知の事実かと思います。それは同人コンテンツのみならず、むしろ原作と黒板漫画でもそういった場面が多く描かれています。例えば、流川が陵南の体育館に乗り込んできたときも、仙道は練習に来ていなかったですし、(途中で流川と鉢合わせすることから、だいぶ遅れてのんびり向かっている途中だったと思われる) あるいは、陵南メンバー達が湘北vs三浦台の試合を観戦しているとき、仙道は一人で自販機でアクエリアスを買って飲んでいます。
ですが、さて、仙道は本当にサボリ魔なのでしょうか?
自分の考えを先に述べさせていただくと、もしかしたらそこまでではないのではないかと思います。根拠はいくつかあって、

・茂一の言葉
「あの」茂一が、「みっちり鍛えてきたつもりだ」と堂々と言うくらいには、仙道はキツイ練習をこなしているのだと思います。その結果、ルーキーのときと比べて、高頭が「あんなにディフェンスがよかったか」と驚くくらいには変化をもたらしています。更に言えば、ゴリ曰く、「ディフェンスほど地味な努力を必要とするものはない」「毎日の地道な積み重ねしかないんだ」と。つまり、それだけの地道なフットワークの強化を、仙道はこの一年でやってきたのでしょう。現に、海南戦の前に茂一が「今までの練習を思いだせ」とメンバー達に語りかけた際、周りの越野や池上と同様、仙道も顔を青くしています。1試合40分間走り切って疲れを見せることのない仙道がそれだけになるのですから、恐らく女子が想像するには余りある練習量だったのだと思います。

・練習試合の遅刻
茂一が、仙道がなかなか来ないことに対してハラハラ慌てふためいているのは、逆に言えばこれまでそういうことがなかったからなのかな、とも推測できます。つまり、仙道が何に関しても遅刻常習犯で、「いつでも時間通りに来ることはない」と認識しているのであれば、単に「またか」となるだけで、そこまで慌てることはないでしょう。
ただし、彦一は「時間におおらかな人やから」と言っていますし、魚住も仙道が来たときに「来たか・・」と呆れ顔で言っていることから、恐らく部員達の間では、仙道は時間にルーズということは十分認識されているのだと思います。ん、あまり反証になってないか。

・いくら天才と言っても
バスケットは、サボリサボリでできるほど、甘いスポーツではないと思います。(素人意見ですが。) よく、プロの音楽家が「1日でも楽器に触らない日があれば、そのブランクを回復するのに3日かかる」と言うように、極限まで研ぎ澄まされた身体能力と感覚を維持するには、毎日の鍛錬がどうしても必要不可欠です。バスケットで言えば、筋肉の柔軟性やスタミナを維持する意味でも、毎日積み上げている練習をサボることは得策ではないと恐らく仙道もよく分かっていると思います。多分。
(ただし、仙道にとって同じレベルで切磋琢磨できる仲間がいない、というモチベーション不足はあり得るかもしれません。)

それから付け加えますと、IH予選敗退後に釣りをしていた場面に限れば、彦一が大阪に個人的に視察に行っていることから、練習はオフの日だったのではないかと思われます。つまり、自主練をしないまでも、公式にサボっているわけではないのでは、と思います。(いや、実はしっかり練習日で、彦一はちゃんと手続きを踏んで休みをもらってる・・という可能性もありますが。)

いろいろ例を出しましたが、個人的には「仙道は努力を知らない天才ではない」ということを主張したいです。


さて、話を本編に戻して、次に進みたいと思います。



3、個人的思い入れ
ここまで、なるべく客観性を期するためにできるだけ原作からの根拠を引き合いに出してきましたが、ここからは完全に自分の個人的な感じ方になってきちゃいますので、根拠とかは出せないと思います。すみません。

で、結局のところなんで仙道が好きかって言うと、多分普通に好みなんだと思います。身も蓋もない。
今まで自分が好きになった人や、街を歩いててかっこいいなーと目が行く人を思い出してみると、どうも
・黒髪
・目がパッチリしたの濃い目の顔
・平らな眉
・前髪を上げておでこを出してる
って人が多いことに気付きました。坂■憲二とか普通に好きだし。
(まあ、これも、ニワトリとタマゴみたいなもので、どっちが先でどっちが後なのか・・ってのは厳密には言えないかもしれないんですが。)

※ちなみに、うちの姉(流川ファン)は
・切れ長の目のキツネ顔
・前髪を下ろしておでこを隠してる
のがいいらしいです。同じ家で育った姉妹でこんなにも正反対になるものか、と思います。

かつ、性格的な好みもかなり仙道がドストライクなのだと思います。
・穏やかで情緒が安定している、受容的で無茶言わない
・頭がいい
・でも抜けてる、ユーモアがある
・それなりの良識がある
・適正な自意識
このへんとか。多分そうなんだと思います。
4番目の、「良識」ってのもちょっと曖昧な言葉ではありますが、例えば「道にツバを吐く仙道」が想像できない、とか、そんな程度で十分です。

ただし、5番目の自意識については、自分の中では結構重要です。いや、この辺とかはほんとに自分の好み以外の何物でもないんですが(笑) どんなに顔が好みでも、ナルシストは苦手なんですよ・・!自分が、自分大好き人間なので。自意識がぶつかっちゃうのでしょう。
どんなにカッコいい人でも、「オレってカッコいいだろ」って色合いがちょっとでも見えちゃうと、もう、即座に萎えます。うわーやだやだ、って思っちゃいます。
ですが、仙道には不思議とそれを感じないんですよね・・。なんなんでしょう。カッコいいと言われ慣れて、どうでもよくなっているということも考えられますが、恐らくそれよりも、人格が成熟していて適正な自信で自立していて、周囲に表層的な自己アピールするような無駄な必要はないのかもしれません。あるいは、天然か。天然・・!!!!(悶え中)
仙道のナチュラルな魅力は、自分にとっては非常に重要なファクターです。

それから、先日一つ気付いたことがありました。どうして自分がここまで仙道のことが気になってしょうがないか、その一つの答えでした。それは、上述の2章で散々語ったこととも関係するんですが、
「背負ってるものが多すぎて絶対大変なはずなのに、そんなにあっけらかんとしてていいのか!?」
ってことがどうしても気に掛かるんです。
つまり、仙道が陵南の中で負っているもの、その肩に掛かる重さは、17歳(16歳かもしれない)の高校生にしては余りあるはず・・ということは、ちょっと考えればすぐに分かる。そう、周りからしてもそれは一目瞭然であるはずなのに、本人はその重さを一切感じさせることなく、むしろ飄々として、心の中に溜め込んだ蟠りがあるわけでもなさそう。それがどうしても気に掛かる。どうしたらそんな風になれるんだ?という憧れよりも、どちらかというと「お前はそれで大丈夫なのか!?」って気持ちです。仙道からしたら、恐らく何か無理をしてるわけでもなく、大きなお世話なのだろうけど。
願わくば、本人が自分のことを一切心配してない(ように見える)だけに、その分、側にいる誰かがちゃんと彼のことを心配してあげてほしいなー、って思っています。あいつは一人で大丈夫だからといって、一人にしないであげてほしい。そんな気持ち。




4、何故自分は仙越がいいのか
と、そんな流れでこの内容に入るわけですが・・。うーんと、肩透かしかもしれませんが、自分はとりあえず原作を初めて読んだころから「陵南の6番君は仙道のことが好きなんだろう」ってなんとなく思ってました。根拠ねえ(笑)
この辺のことは、あちこちで語ってるような気もするので、「またその話か」って思ったらごめんなさい。適当に聞き流してください。
上でも語りましたが、自分は原作を読んだ当初は、仙道のことは全く興味がなかったし、まして陵南の事情なんか全然気にも留めてませんでした。とにかく、花道の成長と湘北というチームの生き様(?)を追うことで、心がいっぱいだった。感動した。
基本的に今もその気持ちは変わりませんが、やっぱり仙道の気持ちや取り巻く状況を掘り下げて考えるうちに、遠いSD界の陵南高校の情景に思いを馳せることが多くなっております。

なおここから先は、話の性質上どうしても、他CPの方や、越野ファンの方には感覚的に理解しづらい内容が多くなるかもしれません。ここで語られているのは所詮少数派の戯言ですので、そういうヤツもいるもんだなー、と受け流していただければ幸いです。

さて、仙道ファンだというと、「どうして仙越なの?」とか「なんで●×■じゃないの?」とかは聞かれることがあります。はい、その疑問は自然なことだと思います。
越野といえば、バスケの才能があるわけでもないし、特別目立つ美形ということでもない。セリフも少なくて、人格や性格も原作ではよく分からない。あるのは、茂一の「負けん気が強い」という表現と、牧さんに突っ込んで吹っ飛ばされたり、花道に食って掛かって吹っ飛ばされたり。そんなの。あ、なんか涙が・・。
うーん、でも、自分でもほんとによく分からないんですが、他に選択肢なんかないんです。
原作を読み始めた当初から、「このセンターわけのガード君は仙道が好きなんだろう」って、何の根拠もなく思ってたのもそうなんですが、全くもってよく分からないことに、自分がSDのキャラクターたちの中でリアルに感情移入できるのが、なぜか越野君だけなんです・・。ほんとに、なんでなんだろうと思うんですが。
上で「感情移入」って言葉を使いましたが、言うなればもっと生々しい、「依童になってくれる」とでも言ったらいいのか。「身体を貸してくれる」ような感じです。SD界の住人ならざる自分が、そこに意識(というか、生霊?w)を飛ばして、目で見えるもの、耳に入る音、呼吸する空気、沸き起こる気持ち・・そんなものを、越野君を通して自分が知覚することができる。そういう存在なんです。
すみません、このへんは、越野ファンの方からしたら「何を馬鹿げたことを」って思うかもしれない。すみません。ということを前提で、それでもあえて書こうと思います。(じゃないと理由を説明できないので。)
自分でも、「なんで仙越なんだろう」って思って、他のCPを妄想しようとしたり、話を読んでみようとしたこともありました。でも、だめで・・。(ん、なんかアヤちゃんに対するリョータの気持ちみたいになってきたぞ。) どうしてもしっくりこない。魂と身体の形が合わないみたいな違和感があって、ありありと感情や感覚を想像できないんです。
それから、多分タイプ的に自分は「ラブラブ状態を眺めたい」という欲求よりも、とにかく、誰かの目線で仙道を見ていたい。側にいたい。微力でも何か力になりたい・・っていう思いが強いんだと思います。すみません。なんかすみません。
(2011年5月10日追記:誤解のないように付け加えたいと思いますが・・私は「越野になって仙道を幸せにしたい」と思っているわけではありません。自分みたいなしょっぱい人格のうんこ野郎が、そんなことできるわけがない。ここで言う「誰かの目線で仙道を見ていたい」ということは、自分が越野君になることではありません。いわば、越野君の神経伝達信号を“傍受”するというか。感覚や思考を、次元を超えて遠くから受け取るような感じです。そこ(SD世界)に、自分の人格は存在しませんし、させたいとも思いませんのです・・ご了承ください。)
加えて、これは本当に個人的な感覚なので怒らないでほしいのですが・・。仙道には、陵南の中でちゃんと居場所があってほしいなと思っています。高校生にとっては、自分の学校や部活での生活が日常の大部分を占めると思います。そこが、願わくば仙道にとって気を許せる相手のいる、居心地のいい場所であってほしいと。

他の仙道系のCPの方からすれば、越野は仙道のことを全部理解できるような器でもないのに、ってなるんじゃないかと思います。(想像ですが。) それはあり得ると思いますし、仕方のないことだと思います。それでも、私は越野がいい。
きっと私自身、上で語ったみたいに仙道の気持ちや思いを色々想像するけれど、それでも、仙道の本当の気持ちを知ることはできません。逆立ちしたって、生まれ変わったって無理。仙道の心は仙道しか知ることができません。それでも、思うことをやめられない。そういうもどかしさを彼の周りで一番知っているのが、自分には越野君に思えるのでしょう。海南戦で同点に追いついた仙道に無邪気に抱きついて、勝てるって信じて、負けて悔しがって・・。越野君、何にも分かってないんです。なぜって、凡人だから。(でも、それは彼の力量からしたら仕方がないことで、仙道だってそれを責める気持ちは毛頭ない。)

思うに、二次元でない現実の人と人との関わりだって、相手の気持ちを100%知ることはできないです。言葉を聞いて、表情を見て、立場を考えて、こういう気持ちなんだろうな、って想像するしかない。そういう意味で、越野君と仙道の間にある歴然とした隔たりには、ファンタジーの甘さはなくて、むしろ分かりやすいリアリティがある。そういった制約のある中で、どうやって本当の意味で相手を思い遣るべきか?って命題が、自分の興味にずっと引っかかっているような気がします。

もっと、仙道と同じレベルで気持ちを共有できるキャラとくっつけてあげた方が仙道にとっても幸せなんじゃない?ってのも、理屈としてはよく分かります。尤もだと思います。だけど、それでも、その理屈以上に「仙道が、越野君と一緒にいて幸せになってくれたらいいな」って願望が強いのだと思います。その願望が、私の妄想の源泉であり、私が仙越を好きな理由。
(ただし、うちの越野君は仙道のことが大好きなので、もしも自分と一緒にいることで仙道が幸せになれないということがあれば、きっと自分の気持ちより仙道の幸せを取ると思います。うちの越野君はそういう子なので。)




以上、この上なくダラダラと語らせていただきました。一個人の考えることですし、抜けている視点や思い至らないことも沢山あると思います。が、こんな感じで仙道のことばっかり考えてるアホもいるんだなーと思っていただければ幸いです。あるいは・・何かの拍子で「仙道のことはただの変態だと思ってたけど、ちょっと見直したかも」なんて思っていただけたりなんかしたら、もう万々歳の万です。そうだったら本望です。
仙道はいいやつなんだよ!!!!!!!!!!(唐突)
こんな長い文章を最後まで読んでくださいまして、本当にありがとうございました!





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