めぐり愛。
| 東京の夜は明るい。 塔矢行洋は、自分の前で頭を下げる記者から視線を外して、小さく溜息をついた。 「インタビューならどこでもできます。今の時間なら、閉まっている店のほうが少ない」 少し辺りを見回す仕草を見せる。 記者との約束は20時、東京帝国ホテルのロビーで待ち合わせだったのだが…。 「しっ、しかし…」 担当者の手違いで、部屋を手配出来なかったのだ。 行洋は、謝罪している時間があるならその間に取材を始めてもらいたい、と心の中でもう1度溜息。記者のハッキリしない態度にもどかしくなり、行洋は踵を返した。 「せ…先生…?」 「近くにいい店がある。そこでどうかね」 「申し訳ありません…」 担当者の面目丸潰れである。行洋は声に出さずに意地悪く笑った。 「こ、ココです…か?」 「ここでは不服かね?」 「あ、い、いえっ!ただ、意外だなぁと思って…」 ヘビに睨まれたカエルの様にちぢこまりながら、記者は答える。 「よく言われるよ」 行洋は記者の言う事など気にも留めず、「虎屋菓寮」と書かれた看板をくぐった。 常連のようで、行洋の姿が見えると店員は何も言わずに一行を奥の個室に案内した。 「先生、今日は何になさいます?」 注文を訊こうとする店員の言葉を遮り、記者がまくしたてた。 「時間が無いから適当にお茶でも持って来て」 「“適当に”とはお店の方に失礼だろう、季節の練り切りセットを人数分」 行洋は記者を静かにひと睨みした後、店員に優しく告げた。 「…あの強面の人達はナニモノなんですか?」 裏で茶器を温めながらは先輩に耳打ち。 「あら?さんは先生を見るのは初めて?入ったばかりだものね。よくいらっしゃる常連さんだから覚えておくといいわよ」 「先生…って?」 「囲碁界では有名らしいの。新聞で見たりしない?」 「囲碁の事なんて…さっぱり…」 「ふふ…そうよね」 すっかり萎縮してしまった記者を尻目に、行洋は運ばれてきた緑茶を口に運ぶ。記者はしどろもどろになりながらも、しかし仕事だからとインタビューが始まった。 インタビューの内容に脈絡が無く内容も薄い。ウンザリする行洋の救いは、目の前に置かれた和菓子。インタビュー終了後、行洋の皿には何も残っていなかった。 「では先生、ありがとうございました」 「折角の菓子がまだ残っているが、いいのかね?」 「け…結構ですっ!」 記者たちは相当居心地が悪かったようで、緑茶に少しだけ口を付けるとそそくさと退出の準備を始めた。 「では、私はもう少しここに残ります」 そんな記者たちを余所に、行洋は再び湯飲みを口に運んだ。 「さん、コレ、お包みして」 「さっきのお菓子…食べなかったんだ、勿体無い」 手付かずの練り切りを1つずつプラスチックのケースに収めながら、は表情を曇らせた。 「でもね、先生が全部お持帰りになるそうよ」 「へぇ…そういう事する人には見えないですよね」 は先程チラリと見えた行洋の顔を思い出してみた。 「そこが先生の善い所なんじゃないかしら?じゃ、コレ、先生にお持ちして」 そう言って先輩に包みを渡される。見慣れた虎の絵が描かれた黒い紙袋が、何故だかもっと大切なもののように感じて両手で受け取った。 「失礼致します」 お茶の換えと先程の菓子を持ち、粗相の無い様慎重に個室に入る。包みは部屋の隅に置き、茶を煎れ直した。 「どうぞ」 「あぁ、ありがとう。持ち帰りを頼んでしまって済まないね。女房も息子もコチラのお菓子が好きでね」 「光栄です」 その時初めて行洋との目が合った。優しく笑うを見て、行洋の表情が明らかに変わった。 「きっ、君…!」 「え…きゃっ!」 いきなり行洋の手がに伸びる。その拍子に、湯のみが倒れてしまった。こぼれた茶は、どちらにもかからずに被害は免れたが、湯飲みは床に落下し割れてしまった。店内にそぐわない派手な音が耳に痛い。 「さん!?大丈夫?」 音を聞きつけて他の店員達も室内に駆け込む。 「……?」 行洋は何か考えているようだが、周りの店員はそれどころではない。上得意に粗相をしたとあって、表情も険しい。 「もうっ!あれだけ注意しなさいって言ったでしょう?先生、大変失礼いたしました!」 「申し訳ございません…」 もしょんぼりと頭を下げる。 「君が謝る事ではない。悪いのは私だ。皆さん、私は本当に大丈夫ですから」 一通り片付け終わると、何度も謝罪しながら店員達は個室を後にした。 「あ、君……さん」 「はい…」 戸を閉めようとしたをもう1度引き止めた。は暗い表情のまま行洋の近くに進む。 「本当に済まない事をしたね。後でキチンと悪いのは私だと言いなさい」 「いえ…そんな…私こそ…」 「それから…君の下の名前は…」 突然問われて、も一瞬たじろぐが、そのまま素直に答える。 「と、申します。失礼致しました」 そのまま退出しようとしたのだが、隅にあった湯飲みの破片を見つけ、それを拾い上げた。先程完全に片付けられなかったようだ。 「…痛…」 しかし一難去って又一難。今度は破片で指を切ってしまった。 「どれ、見せてみなさい」 行洋も立ち上がっての手を取る。傷口からうっすらと血が滲んでいうのを見て、懐からハンカチを取り出すと、指にそっとあてがった。 「こんなに厚みのある焼き物で指を切るなんて、相当ドジですよね」 は恥ずかしくて、口調が早くなってしまう。 「あ、あの……ありがとうございます」 「君の煎れてくれたお茶を、又飲みに来るよ」 大きな手で暫くの間の手を包んでいた行洋も、彼女が真っ赤な顔で俯くと、慌ててその手を離した。 最後まで申し訳なさそうにしょんぼりとした表情が忘れられない。あの後、自分のせいでは上の人間に叱られてしまったんじゃないかと考えると行洋の胸は痛んだ。 「…しかし…本当によく似ている…」 こんなにも気持ちをかき乱されたのは久し振りだと、行洋はタクシーの中で瞳を閉じた。 |
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初のヒカ碁ドリー夢です…。
名人との出会い編、という事で。
きっと私の父と同じ位の歳だと思うのですが、行洋氏、渋すぎですよね。
口調も難しいです。
ヒロインは学生さんでアルバイト中、でもいいですし、社会人で働いていると考えて下さってもいいです。
ご自分の年齢でお楽しみ下さい。
虎屋の菓寮は1回だけ入った事がありますが、そんなに高級感がある様な雰囲気では無かったです。
でも値段が高かったな。
行洋氏と和菓子って、何だか可愛らしくてお似合いだと思いませんか?
名人夢になると、やっぱり問題なのは不倫になってしまうという事ですよね…。
私は悲しいドリー夢はイヤなので、あまり不倫チックにはしない方向で書いてゆくつもりです。
もともと私の性格が、自分と自分の大切な人が幸せになれるならあとはどうでもいい、というタイプなので
そんなにドロドロしない話になると思われます。
私がもし不倫する事になったら、向こうの家族を優先して欲しいし、奥さんと分かれるとか言って欲しくないです。
妻子のある人を好きになってしまった時点で普通の恋愛や幸せな結婚なんて望まないし
さっきまで奥さんを抱いていた、と言われた後のセックスも全然平気。
なんつって、語ってしまってごめんなさい…。
03・03・25