男の内緒話



暇な午後のある時だった。
今日も些細なことでストレスをためたリイタは、にくきぅ手袋の件以来すっかり仲が良くなったアーリンに愚痴をこぼしていた。
「だってデルサスに言ったら絶対からかってくるし……。
でもノルンじゃ、そもそもわかってくれそうにないから。
アーリンなら余計なこと言わないでちゃんと聞いてくれるじゃない。」
単に人と話すのが得意ではないから、当り障りのない相槌しか打てないのだが、
どうやらリイタはそれでいいらしい。
「あたし、男の子ってよくわかんないなって思うことがあるんだ。」
「……どんな時に?」
「クレインが他の女の子にやさしくしてるときとか。」
アーリンは飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
しかし、吹き出せばコーヒーがどこかしらに悲惨なしみを作るので、必死にこらえて飲み干す。
「女の子って、下心抜きでやさしくしてくれる人には結構弱いんだよね。」
「そういうものなのか……。」
アーリンは女性ではないし、プレイボーイでもないので女性心理はさっぱりだが、そういうものらしい。
確かに優しくされれば、誰だって悪い気はしないとは思うが。
「うん。だって、そういう人めったにいないじゃない。
大体かわいいから〜とか、好みだから彼女にしたいな〜とかそんなのばっかりだよ?
あたしも何回かナンパされたことあるけどさ、みーんなニヤニヤしてサイテーだったし。」
思い出して腹が立ったらしく、リイタは細い眉を吊り上げた。
彼女が言うような輩は、血の気の多い連中が多いわりに治安のいいカボックにも結構いる。
夜の酒場に入れば、それこそ一山いくらで売れるくらいは軽いだろう。
理由こそ違うが、アーリンもゴロツキに絡まれて一蹴してやったことがあった。
「おまけに結構かっこいいしまじめだし……。
ちょっと優柔不断だけど、よく考えたらもててもおかしくないんだよね。」
女性に疎いアーリンはどう答えていいかわからなかったが、
女性であるリイタが言うのならそうなのだろうと考えた。
「そういえばアーリンも、知らないところで相当もててるよ。
この前ノーマンさんが教えてくれたけど、結構すごいって。……あ、ごめん嫌だった?」
「……。」
気が付かないうちに眉間にしわが寄っていたらしい。
しかし、別に嫌だったわけではない。
「いや、気にしなくていい。
……俺に夢中になる女の気持ちがわからなくて、頭が痛いだけだ。」
「あ〜……アーリンのファンの子は、
あたしもついてけないところがあるからね〜。
女のあたしもわかんないもん。わかんなくて当たり前だって。」
彼女たちと同じ女性であるリイタにも分からないらしい。
それなら、アーリンがいくら考えても分かりっこないだろう。
一人納得して、早々に考えを放棄した。
「……そうか。」
「ところで、話変える?」
さすがにあまり盛り上がれる話題ではないと感じたらしく、リイタから提案してきた。
「ああ、かまわない。」
「じゃあ、あれにしよ〜。あのね――。」
いい話題を思いついたのだろう。
今までとは打って変わって、リイタは楽しそうに話し始めた。


一方。
2階から階下の2人の会話を立ち聞きする格好になったクレインは、出るに出られず往生していた。
本当は1階に用があるのだが、これでは降りていけない。
(アーリン、よく我慢して聞いてられるな……。)
一方的に若干ライバル視している相手だが、
リイタの話によく付き合っていられるな、と一種の尊敬の念を抱いていた。
何しろ女の子の話はあちこち飛ぶ上に終わりを知らない。
デルサスに至っては色々苦い経験があるらしく、
「女の話に付き合うんなら半日つぶす覚悟をしろ」と、言い切っていたくらいだ。
それだけに、黙って聞いていられるアーリンは素晴らしい忍耐力の持ち主だろう。
少なくとも、クレインはそう思っていた。
聞いているそばから、また話が飛ぶ。
「そういえば、クレインって誰か好きな子いるのかな……。」
「お前じゃないのか?」
さらっと返したアーリンの言葉で、リイタの顔がぼんっと火を噴いた。
「え〜?!だってそりゃあ……大事にはしてもらってるみたいだけど。
でも……クレインのことだから、単に仲間だから当然だって思ってるかもしれないじゃない。
だって、女の子にならみんな優しいし。」
話題がきわどい。クレインは余計出られなくなった。
今出て行ったら、確実に気まずくなるだろう。
後何分、ここで立ち聞きしていればいいのだろうと思い、軽く憂鬱になってくる。
「まぁ……確かにあいつのことだからな。
ありえない話じゃない。」
「でしょ?!も〜、クレインのそういうところがあたし嫌なの!
気があるかないか位、はっきりして欲しいのに……。」
「無理だな。あいつは優柔不断なところがあるし。」
アーリンの口から発せられた「優柔不断」という言葉が、
クレインの頭に重くのしかかった。
確かに自分でも押しに弱い方で、
つい迷ってしまうことが多いと思うが、人から言われると相当こたえるものだ。


話が全く終わりそうになかったので、クレインは諦めて違うことを考え始めた。
何であんなに二人は仲がいいのか、クレインは不思議で仕方がない。
アーリンは無口で冷静沈着。リイタは思ったことがすぐ口に出て、感情の起伏も激しい。
性格は正反対なので、ただ趣味がなぜか似ているという一点だけが思いつくだけの共通点。
それでも結構仲がいい。騒いだりしているわけではないが、
少なくともリイタは一緒にいて楽しいらしい。
表情を見ている限りではアーリンの方もまんざらではなさそうだ。
そういえば、最近リイタと一緒にいる時間が減った気がする。
買い物のときは今も必ずくるが、他はそうでもない。
だからかクレインは、時々のけ者にされたような、複雑な気分にされるときがある。
「よーぉ若人よ。恋のお悩みか?」
「なっ……何言ってるんだよ!」
いつの間に来たのか、にやにや意地の悪い笑いを浮かべてデルサスがクレインの肩に腕を回してきた。
彼はまるで、いたずらを思いついた子供のような目をしている。
こういう目をしているときは、絶対ろくでもないことしか頭にないのだ。
「いや〜、おまえが物思いにふけりながらリイタを見てるからよ。
これはそっち系の悩みだと俺の勘が働いてたんだ。」
「そんなわけないだろ!おれはただ、あの2人が何で仲がいいのかって……。」
デルサスは時々、クレインに言わせればとんでもない憶測で物を言う。
実はあながち間違ってもいないのだが、自覚のないクレインにはわからない。
「もろに俺の読みがあたってそうな事いうなー、おまえ。」
「だからおれは……もういい。あっち行ってくれ。」
ニヤニヤ意地悪く笑うデルサスに腹が立って、クレインはぷいっと顔を背けた。
子供じみた反応に、デルサスも苦笑いするしかない。
「おいおいすねんなよ。……ま、仲が良いわけはあれだな。
あいつらはやっぱ趣味が似てるからな。」
「それはおれだってわかるよ。
だけど他にも理由がありそうでさ、でもわからないから考えてたんだよ。」
趣味が違っても、人間結構仲良くなれるものだ。
逆に、趣味が似ていても性格が合わなければうまく行かない。
少なくとも、話好きのリイタと無口なアーリンという組み合わせが成り立つ理屈は、クレインにとっては大きな謎なのだ。
「あー……そりゃたぶん、アーリンのやつがリイタを刺激しないせいだろ。」
「刺激しないって……怒らせないってことか?」
「お、珍しく鋭いな。ま、そういうことだ。
おまえとか俺だと結構けんかになるだろ?
リイタだって好きで怒ってるわけじゃねえし、特におまえ相手に怒ると疲れるからな。」
「なんだよそれ……?」
ずいぶんな言われように、クレインはむっとした。
どういう意味なんだと、視線で問い詰める。
するとデルサスは、やれやれと大げさに肩をすくめた。
「おまえ鈍いから、怒ってもわかってもらえねーってあいつは思うんだよ。
その点、アーリンのやつは余計なこと言わないし、
適当に流してるかどうかは置いといて、黙って聞いてくれるし。
リイタにしてみりゃ、普段言えない愚痴を言いやすいんだろうよ。あいつは口も堅いしな。」
「じゃあ、おれは嫌われてるのか?」
具体的に比較されると、いくらクレインでも軽くへこむ。
リイタに嫌われているのかもと思うと、なおさらへこむのはなぜだろうか。
切ないため息が口から漏れた。
「いやそうじゃねえって。
おまえはおまえ、アーリンはアーリンでそれぞれ好きなところがあるんだよ。
おっと、いっとくけどこれは恋愛の好きじゃねえから誤解すんな。」
「そっか……そんなものなのか。」
「さっきから何を話しているかと思えば……。」
リイタから開放されたらしく、アーリンが上に上がってきた。
「ごくろーさん。しっかし、おまえもよくあいつの長話に付き合ってられるよな。」
「確かに時々話がいきなり飛ぶと、つながりがわからなくなるが……。
まぁ、聞いていられないほどじゃない。」
その言葉を聞いた瞬間、デルサスは一種の衝撃を感じた。
こんな人間が世に居るのかとか、そんな系統の衝撃だ。
「それだけで心の底から尊敬するぜ、俺。アーリン、お前は英雄だ。」
「……おれも。」
こっそりクレインもつぶやく。
はっきり言わないのは、何となく男のプライドが邪魔したからである。
だが、気持ちはデルサスと一緒だ。
「話の内容はまちまちだが、表情がころころ変わるのはなかなか面白いぞ……。」
「確かにコロコロ良く変わるよな。」
喜怒哀楽をそのままストレートにわかりやすく出すので、
鈍いクレインでもはっきりわかる。原因は別として、だが。
「むしろ、お前らがあんまり崩れないんだろうが。」
「そうか?」
すかさずデルサスがつっこむと、クレインもアーリンも揃って首をかしげた。
2人とも、あまり自覚がないらしい。
「リイタとかノルンに比べればな。」
あの2人に比べればデルサス自身もそう崩れはしないのだが、それはこの際無視だ。
「比べられても……。」
困惑して、クレインが視線を泳がせる。
「ま、いいとか悪いとかはいわないけどな。
そうだ、ちょっと手伝って欲しいことがあるんだったぜ。
お前らちょうどいいから来い。」
「何をすればいい?」
「酒の運搬だよ。下の親父さんの出入りの酒屋がな、腰を痛めて品物を卸せないんだと。
だから俺らに取りに行ってもらえないかって、直々のご指名だぜ。光栄だろ?」
「そりゃ大変だな。早く行こう。」
お酒がなければ、下の酒場で商売しているノーマンは仕事にならない。
いつも世話になっているのだから、これくらいは当然だ。
3人は足早に出て行く。
男達の話は、たぶんまだ続いているだろう。


―完―  ―戻る―

書きかけて長いこと放置されていたブツ。題名の割に、リイタが結構出張ってます。
何気にアーリンが聴き上手扱いなのはなぜなのか(知るか
更新するものがないので、拾い上げて加筆しました。
小説の更新もご無沙汰だったので、丁度いいですね。
最近イリスの小説はさっぱりですが、書きかけでも見返してみると、
やっぱりキャラはいいキャラがいっぱい居たよなと、しみじみ思ったりします。