「そこは見捨てられた地だと、船乗りは言った。
私もまたそう感じた。なぜなら、遠くから眺めただけでもその島は十二分に寒々しく、
とても生き物など住めないだろうと思ったからだ。」
(400年以上前の、トロイアの男性冒険者の手記より。)

氷の島




人は、今まであちらこちらの土地を開拓し、住めないと思われていた場所へ移住してきた。
他種族が呆れるくらい旺盛に。だが、そんな彼らでもここだけは住めないとあきらめた土地がある。
―グレイシャー島だ。
ここは、一年中雪と氷に閉ざされている。
降り積もった雪は解ける事が無く、いつまでも積もり続けるだけ。
周りを囲む寒々しい海には永久流氷が浮かび、その上には寒帯特有の海の魔物たちがいる。
人間がいないわけではないが、数は少なく文明を持たない。
住んでいる生き物は、ほぼ皆厚い毛皮を持っていてなおかつ大柄。
ブルードラゴンや白竜、海にはシードラゴンもいる。
特にシードラゴンがよそ者を嫌い、ことごとく船を転覆させる事も人間が移住をあきらめる原因になった。
が、何よりも外の人間が住むには彼の地の自然は過酷すぎる。
作物が育たず魔物は強い。土地勘のない人間が住めるほど生易しいところではないのだ。
それにくわえ、地吹雪やホワイト・アウトといった極寒の地特有の自然現象も多い。
特にホワイト・アウトは最悪で、生き物が持つ五感が全く役に立たなくなる。
風か氷を操る力を持たない者が巻き込まれたら、去るのを待つしかない。
そう、シヴァは説明してくれた。
「リディア、イフリートからもらった毛皮は着たわよね?」
「うん。だって、凍えちゃうもの。それにしてもこれ……本当にあったかい。」
リディアが着ているのは、フレイムビーストの毛皮だ。
炎に焼ける事が無いそれは、これ自体が熱を持っているので普通だと暑くて着ていられない。
だが、冬のホブス山や試練の山などでは逆に普通の防寒具よりも軽めで暖かいものとなる。
特にこのグレイシャー島では、この下に冬物の服装で丁度良いくらいだ。
裏を返せば、これを脱いだら凍死するという事。
「それなら良かった。それじゃあリディア、どこに行きたいの?
こんな所にわざわざ行きたいってせがんだんだから、どこかお目当てがあるんでしょう。」
からかうような調子で聞いてきたシヴァに、リディアは妙に上機嫌な笑みを浮かべた。
どうやら図星らしい。
「もっちろん。ねぇ、シヴァが一番好きなところに連れてって!」
「わたくしの?」
「うん。だって、シヴァは地界に来るといつも行くんでしょ?
あたしも『天使の階段』が見てみたくなって。」
天使の階段は、グレイシャー島のある一箇所でだけ見られる現象だ。
グレイシャー島は天界に近い場所なのか、時々天から柔らかな光がやや斜めに差してくるのだ。
運がよければ、本当に天使が通る様子を見る事さえ出来るという。
長かった冒険も終わり、少しだけそういうものを楽しむ余裕ができたから行ってみたいのだ。
「ええと……あそこは、リディアだと氷付けになるからだめよ。」
シヴァは顔を引きつらせた。彼女がお気に入りの場所は、
とある事情があって人間やよそ者は立ち入りを認められない。
シヴァは、氷に属する幻獣だから別だが。
「え?これを着ていても?」
だが、それを知らないリディアは納得いかないといった面持ちで首をかしげる。
どうしても連れて行くわけにはいけないので、シヴァはある代替案を思いついた。
「そうなの、ごめんなさい。
でも、代わりにいいところに連れて行ってあげる。
『天使の階段』が見られるかどうかは運次第だけれど、きっとリディアなら気に入るから。」
「え、本当?どんなところなの?」
好奇心と期待で頬を紅潮させてリディアが問うと、
シヴァは悪戯っぽく口元に人差し指を当てた。
「行くまでの、お楽しみ。」

途中から吹雪き始めた雪原をしばらく歩いていると、目の前に雪をかぶった森が現れた。
チョコボの森より少し大きいくらいのサイズはありそうだ。
「いいところって、あれ?」
「そう。ここからは、わたくしが連れて行ってあげるから。」
そういってリディアを抱えると、シヴァは吹雪に乗って森へとワープした。

―ふわふわ森―
「あ、シヴァだ〜!」
「ほんとだ〜★いらっしゃーい!」
森に到着してすぐに迎えてくれたのは、カラフルなまん丸の毛玉の群れ。
もとい、まん丸の体に短い手足と尾を持ったパサラ達。
上にちょこんと突き出た小さな半円の耳を器用に動かして、こちらが移動してきた音を察知したのだ。
シヴァの僅かなワープ音を聞きつけるのだから、大したもの。
「きゃ〜、かわいい〜!!シヴァ、この子達は何ていう種族なの?」
木や雪の陰から次々姿を現した可愛い生き物たちに、
目をきらきらさせながらリディアは思わずシヴァに聞いてしまった。
「パサラよ。元々は天界にいた種族の一部が降りてきて、その子孫の一種と聞いているわ。
見ての通り元気一杯で、危害が無いと分かれば人にもなつくし、
普通の人間はもちろんあなたも知らない魔法が少しだけ使えるそうよ。」
知らない魔法と聞いて、リディアは驚いた。
かわいい見かけによらず、人語を喋るし魔法も使えるのだからすごい事だ。
「へ〜……すごーい、魔法も使えるんだね!」
感心して、ちょうどリディアの目の前までやってきた緑のパサラに話しかけた。
リディアと色がおそろいだから、あっちも興味がわいたのかもしれない。
「そうだよ〜ん。そんじゃあ、使ってあげよっか?」
シヴァの方にやってきていた白いパサラが、ずいぶんとご機嫌な様子で申し出た。
「いいの?」
「とまっていくんでしょ?おうち作ってあげる〜。」
えっ。と思っている間に、緑のパサラと白いパサラが二人そろって魔法を唱え始めた。
どんな魔法であろうと、詠唱中に集中を乱すとろくな事が無いので黙って見守る。
「ディム!」
「アクア!」
ドッスンと重い音を立てて、どこからとも無く現れた小さな岩が雪の上に落ちた。
次いで、水の塊がその隣にある雪のでっぱりに人が入れる位の穴を開ける。
水の塊ははじけるように消え、雪のでっぱりはカマクラ状になった。
「はい、これテーブル。」
「アクアで雪山に穴あけたから、あそこに泊まってねv」
「あ、ありがとう。……びっくりした。」
あれよあれよという間に知らない魔法でテーブルや泊まる家ができて、
リディアはこの状況に少々頭が混乱していた。
「そんなにびっくりした?」
「リディアは古魔法を知らないもの。当たり前よ。」
シヴァは思わず苦笑する。
「そっかー。えっと、リディアでいいんだね?」
「あ、うん。よろしくね。」
話しかけられて正気に戻ったリディアは、緑のパサラと握手した。
「わかった〜!お腹空いたら、その辺の木から適当にとって食べてね。
いっぱい取ってもなくなんないから。」
「うん、教えてくれてありがとう。
それにしても、本当にいっぱい実がなってるのね。」
辺りを見渡すと、どの木もどの草も重たそうなほどたわわに実っている。
実がついていない木や草は未熟な個体だけだ。
「ふわふわしっぽのおかげだよ〜。」
「ふわふわしっぽって?」
「元々天界にいたこの子達のご先祖が、
食べ物が少ないこの世界でも暮らせるようにと獣の神・フォーヴが与えたアイテムの事よ。
これさえあれば、例え砂漠でも緑の平原と化すと言われるほど植物に力を与えてくれるらしいわ。
トロイアの土のクリスタルの力を、もっと局地的にして強力にした感じね。」
それでこれだけの草木が、こんな寒いところでも立派に育っているか。
シヴァの説明を聞いて、リディアは納得した。
「いいな〜。ちょっと分けて欲しいくらいかも。」
昔旅をしたダムシアンが一面砂漠だったのを思い出してリディアは言った。
今は王となったギルバートが、砂漠は水と食べ物に苦労するんだと話していたのだ。
「欲しいの?うーん、でも人間にはふわふわしっぽの赤ちゃんはついていかないから無理だよ〜。」
(赤ちゃん……??)
リディアは不思議に思ったが、とりあえず作ってもらった家で今日はもう休むことにした。

吹雪の一晩が明けると、目覚めたリディアの目に飛び込んできたのはきらきら輝く結晶。
そう、太陽の光で輝くダイヤモンドダスト。
「わぁ……きれ〜い。」
思わずため息をつくほど美しい光景に、思わず見とれた。
シヴァのダイヤモンドダストも素敵だが、天然のこれは初めてなだけに感激もひとしお。
そう思いながらふと視線を森の奥の方に移すと、
やや遠くの方で空からうっすらと金色の光が差していた。
まるで、神でも降りてきそうな雰囲気をかもしている。
「あ、天使の階段だ!」
「え、あれが天使の階段なの?」
リディアの目には階段というには無理がある気もするが、
斜めにすっと光が差しているので見ようによってはそう見えるかもしれない。
「そう。天気がいいから、少し離れてても見えたのね。」
「ふわふわしっぽがある辺りなら、よくみえるよ〜。
いってみたいー?」
「えー、ポポル〜いいのー?」
「ヘーキヘーキ。だって、シヴァと一緒じゃん!」
その自信は、一体どこから来るのだろう。
こんなんじゃ悪い人にだまされちゃうよと、自分のことを棚にあげてリディアは思った。
「あ、そっか〜。じゃあ大丈夫!
じゃ、ポポルが案内するからよろしくね〜♪」
「えー、あんたはこないの〜?ぷぅ、わかったよ。」
つれない仲間の態度にぷうっと体を膨らませたものの、
空気を吐いてリディアの方に向き直る。
「じゃ、こっちだよ〜。」
ぴょんぴょん雪の上を飛び跳ねて、
そういえばここに来る前に、シヴァがパサラの事を「雪の妖精」と呼ぶ事もあると教えてくれた。
人間が足をとられる雪の上を軽やかに跳ねる様を見ていると、
確かに「妖精」という気がしてくる。
慣れない雪道を、シヴァに助けられながらやっとの思いで歩き続けた。
そして、ようやくふわふわしっぽがある森の最奥にたどり着いた。
距離はたいしたことは無いのだが、何しろ雪がすごいのでくたびれてしまう。
「あれがふわふわしっぽ?」
「そーそー。ここの長老の木はいっちばん古い方だから、おっきいでしょ?」
「そ、そうだね……。」
大きく枝を広げた長老の木のうろに、
森の宝であるふわふわしっぽが安置されている。
一番太いところで大人の一抱えもあるそれは、大きいを通り越して巨大だった。
「群れが手狭になったりして森を離れるパサラやカーシーには、
必ずあれが種みたいなものをこっそり持たせるの。
その種みたいなものが、いわばふわふわしっぽの赤ちゃんなの。」
「へぇ……。」
いかにも触りたくなるような白くて柔らかい毛皮と、
動物の尻尾のようなふっくらとしたライン。
くるまって眠れたらどんなに暖かくて気持ちよいだろう。
最初は単純なネーミングだと思ったが、
効果に見合った仰々しい名前よりはずっと似合っていると思えた。
「もう少し待ってたら、また天使の階段が見えると思うよ〜。」
「うん、わかった。」
天使の階段は、ここに来る途中に消えてしまっていたらしい。
待つ間は暇なので、少し周囲を散策してみる事にした。
やはり気になるのは、大きなふわふわしっぽと、それをうろに納めた長老の木。
長老の木には見た事のない実が実っていて、
それらはまるで虹のように、どの実も色がばらばらだった。
大きさはリディアの両手に乗るくらいだろうか、それほど小さいわけではなさそうだ。
「これ、なんていうの?」
「ネクタリクサーだよ〜。とってくるから、一緒に食べよ〜ね★」
そういうと体をぷうっと2倍以上に膨らませて、
ふわふわと実がたくさんついている枝に着地した。
ちょうど良く熟れた実だけを、惜しげもなくぶちぶちともぎ取る様子は豪快ですらある。
「はい、とれたよ〜♪」
「わぁいい匂い〜。ありがとう!」
甘いような、とにかくなんともいえない食欲を誘う香りだ。
「私もいただいていいかしら?」
「もっちろん!はい、シヴァの分〜。」
早速かぶりつくと、少し固めの皮の中にとろけるような柔らかい果肉が詰まっていた。
その味はなんと言ったらいいのだろう。今まで食べたどんな果物よりおいしい。
「あ、天使の階段だ……。」
柔らかい金色の光が、空から斜めに差し込んできた。
間近で見るそれは、さっきよりもずっときれいで神々しく見える。
森の宝・ふわふわしっぽを抱えた長老の木があるからかもしれない。

“グレイシャー”には氷河という意味があるという。
トロイアの神話によれば、神が世界中の寒さをこの島に閉じ込めてしまったから、
年中雪と氷に閉ざされてしまうような極寒の孤島になったといわれている。
そして、そのおかげでこの世界は一部を除いて氷に閉ざされるような事はなくなったらしい。
―グレイシャー島。雪と氷に守られた島。


―完―  ―戻る―

グレイシャー島観光は大変です。
パササとエルンはこんな寒いところで毎日暮らしていたわけですが……。
そりゃ、いきなりあったかい地方にきたら熱くて(あえて暑いではない)ばてますな。
FF4の世界は基本的に一部を除いて極地方らしきものがないので、
設定場所はトロイアとダムシアンの間の海にある、森がある先割れスプーンもどきの島です。(否ダークエルフの洞窟
季節外れですが、毎日連続真夏日記録を更新する暑さなので、
気分だけでも納涼ということで。納涼を通り越して納寒疑惑ですが。
そうだ、ちょっと気温を足して見ましょうか。
+36度+(−30度)=+6度。うわ、さっむぅ〜……冬じゃないか!