2人のおくすり



かつて魔技師の村に、2人の兄弟が住んでいた。
2人は、妹のビオラが物心つかない頃に両親を亡くしている。
村の外の森に採取に行った際、運悪く魔物に襲われたのだ。
まだ幼いビオラを養うため、兄であるコルドは両親から教わった魔技師の技術で生計を立てていた。
今日も、村に出入りの商人に売るための薬を調合している。
「ふぅ……。後はこれをすりつぶして……。」
親がいない2人の生活は、決して楽ではない。
コルドは魔技師として薬などの調合はしているが、
駆け出しである彼が作れる物では、売り上げは高が知れている。
2人で生活するのがギリギリといったところだろう。
家事なども、ほとんど彼が引き受ける。
負担は大きいが、それでもコルドが音を上げないのは、妹がいるからだ。
たった一人の肉親で、かつ年が離れていることもあり、
コルドはビオラをたいそうかわいがっている。
元々両親が生きていた頃からそうだったが、
2人を亡くしてからは、前にも増してかわいがるようになったのだ。
もちろん、猫かわいがりしているだけではない。
生活に必要なことを、まだ小さい今のうちからきちんと教えている。
包丁の扱い方から雑巾の絞り方まで、
根気よく丁寧に教えているのだ。
もっとも、魔技師の修行だけは、近所にいる腕利きのおばさんに任せている。
未熟な自分が中途半端に教えるよりは、
きちんとした技術を持った人間に教わったほうがためになる。
そのためビオラは、午後は毎日おばさんの家で勉強しているのだ。
時計を見ると、そろそろビオラがおばさんの家から帰ってくる頃合だった。
「ただいまぁ〜!」
ばたんとドアを開けて入ってきた、小さな少女。
おとなしそうなこの子が、コルドの妹・ビオラである。
「おかえり。今日はおやつがあるよ。」
「え、ほんとに?!」
ビオラの顔がぱっと輝く。
贅沢が出来ないこの家において、
おやつはめったに食べられないご馳走のようなものなのだ。
「うん。薬草を取りに行ったら、木苺があったんだ。
テーブルの上にあるから食べなよ。」
「うん!」
早速ビオラはいすによじ登って、
テーブルの上の木のボウルに入った木苺を食べ始めた。
赤や黒に熟した木苺は、ちょうど食べごろ。
指を果汁で真っ赤に染めながら、ビオラは夢中で食べている。
「あれ、お兄ちゃん食べないの?
いっしょにたべよーよ〜。」
「ん、これ終わったらね。あとちょっとだから。」
今はちょうど、調合が終わった薬をビンにつめる作業中だ。
これが終われば、今日の仕事は終わりだ。
後は、明日商人が来るのを待つだけである。
すぐに作業は終わり、コルドもビオラと一緒に木苺を食べ始めた。
「あのね、今日は薬を作ったんだよ。
ちゃんとできたねって、おばさんにほめてもらったんだ♪
ほら、これだよ。」
ビオラが愛用の肩掛けかばんの中から、小さな薬ビンを取り出してコルドに見せた。
練習なので、コルドが作ったものよりも量は少ない。
「へ〜、よかったじゃないか。ちょっと見てもいい?」
「うん、いいよー。」
ビオラから薬ビンを受け取って中を見ると、
緑色をした軟膏状の傷薬が入っている。
よく混ざっているようで、見た目はちゃんと売り物になっているようだ。
「ちゃんときれいに出来てるじゃないか。
う〜ん……うかうかしてるとビオラに抜かされちゃうかも……。」
実際ビオラには才能があると、おばさんから聞かされている。
まだ習い始めてから日が浅いが、努力次第では村でも五本指に入ること間違いなしだろうとの事だ。
事実、ビオラは飲み込みがいい。
例えばコルドが習得に2週間かかったことを、彼女はたったの5日で覚えてしまったこともある。
「じゃあ、お兄ちゃんがゆだんしてると、ビオラが先に一人前だね〜。」
「お、お前なぁ……。」
無邪気に言い放ったビオラの言葉に、コルドは苦笑いするしかない。
かわいい顔をしているが、ビオラは時々きついことを言う。
油断してると、時々ぷすりとやられるのである。
「そうだ、ビオラと一緒にお薬つくろ?」
「え、今から?
でも、さっきおばさんちで作ったんだから、疲れてるだろ?」
薬を作るには集中しなければいけないので、
これでも結構疲れることだ。
午後の数時間とはいえ、幼いビオラにはかなり疲れることのはずだが。
「ビオラのお薬も、商人のおじさんに売ってみたいの。
ねー、いっしょにやろうよ〜。」
「しょうがないな〜……でも、たくさんは作らないよ。
そんなに材料残ってないんだから。」
やる気満々のビオラは、言ったところで聞かないだろう。
苦笑いをしながら、コルドは席を立った。
今日はもう調合する予定はなかったが、作業場に今度は2人で座るようだ。
それから2人が作った薬は、いつもよりも出来がよかったという。

うららかな午後が終わりを告げる、夕暮れの頃のことである。



―完―  ―戻る―

ビオラとお兄ちゃんの在りし日の光景です。10000&15000ヒット記念の小説なので、お持ち帰りもOKです。
公式設定がほぼ無いので、兄の名前は勝手に付けました。ドイツ語で弦楽器という意味です。
終わりをまったく考えなかったので、終わり方がかなり無理やりです。
普通にほのぼのな話を書いたのは久しぶりの気がします。
ちなみに題名は、やけに薬が出張ってるという理由で命名。