若人の苦悩はセンブリの味

〜悩みの種はどこまでも〜



恐怖のバレンタインデーから1ヶ月。
この日は、ご存知のように先月幸運にも女性から贈り物をもらう事が出来た男性が、
財布や彼女の好みと戦いながら選んだお返しを渡す日だ。

バロンにおけるホワイトデーも、その原則に変わりはない。
先月この日の告白を受けていちゃつく者、
せっかく苦労して考えたお返しが気に入ってもらえなかった者等々、それぞれにそれなりにドラマがある。
そしてここに、悩める若者が一人。

「……お返し、本当にどうしよう。」
深刻な顔をして頭を抱える彼・セシル。
先月ローザのチョコプリンでひどい目にあったものの、まじめで律儀な彼はローザへのお返しを懸命に考えていた。
「おい、今日が当日だぞ。」
今日は日曜日。バロン兵学校も訓練が休みなので、
寮にあるセシルの部屋にカインが押しかけてダラダラ過ごしていた。
セシルと同室のロビンは2人そっちのけで、先ほど友人のジャックやディベストと交換した大量のエロ本を読んでいる。
「分かってるよ、でも決まらない……ってロビン!
ワイセツな書籍は寮に持ち込み禁止!!」
「うっせーなー風紀委員長。おれの優雅な読書の邪魔すんじゃねーよ。」
その優雅な読書の対象になっている本は、
月刊ウッフンアッハン3月号だったり、週刊ピンクエンジェル2月4週号だったりするが。
この手の本は自分達の年では買えないはずなのだが、一体どこで買っているのだろう。
「優雅とは到底いえない下劣な品性の持ち主にかまってる場合か。
お前、今日中に決められなかったらこの間よりもひどい目に会うぞ。」
「う゛……。」
セシルの頭に、2年前の悲劇が蘇る。

「セシルがくれるなら、お返しは何でもいいの!」
といった彼女の言葉でかえって途方にくれたセシルは、とうとうホワイトデー当日になっても何も渡す事が出来なかったのだ。
セシルは誠心誠意謝ったが、ローザの嘆きは深かった。
「ひどいわセシル!私のことは遊びだったのねーーーー!!!」
そもそもまだ恋人じゃないというつっこみも受けつけず、
バーサーカーローザがセシルをあやうく殺しかけたのは、まだ記憶に新しい。
その後天然バーサクが解けたローザは、後でセシルに号泣しながらひたすら謝り続けた。
以来セシルは、何があってもお返しは欠かしていない。

「でも……花束は去年あげたし、おととしはマシュマロをあげたし……。
去年と同じ物って言うのはちょっとあれだよね。」
「そんなこといってるから、いつまでたっても決まらないんだろうが。
男なら男らしく、かぶってもいいからさっさと決めろ!」
バンっと、苛立ったカインがテーブルを叩いた。
「う〜……分かってるけど……。」
カインが叱咤しても、セシルはますます頭を抱えるだけだった。
「だったらよ〜、商店街に行って決めてこいよ。現物見たら思いつくかも知れねーぜ?」
「お前にしてはいい考えだな。」
カインがわざとらしく感心したように言うと、ロビンはそれだけで堪忍袋の尾を切らした。
「おめーはいちいちうっせーんだよ!!!」
けんかが始まりそうになったとき、セシルがガタっと音を立てながら立ち上がった。
今度は何だといいたそうな色の違う2対の目が、彼の方を向いている。
「僕の部屋で喧嘩はやめてくれよ。でもロビン、いいアイデアをありがとう。
今から出かけてくるから、帰って来るまで部屋を空にしないでくれ。」
いきなりどんよりとした雲が振り払われた、くっきりとした快晴の笑顔。
不気味なくらい清々しいその笑顔に、カインとロビンはそろって首をかしげた。

セシルが出かけてから約二時間。
日が暮れかけた頃にセシルがローザの家にやってきて、少々恥ずかしげにホワイトデーの贈り物をローザに渡して帰って行った。
「セシルのプレゼント、今年は何かしら。……あら?」
セシルが苦心して選んだプレゼント。
期待に胸を躍らせて簡素な包みを開けると、2冊のハンドブックが。
それは、「危ない植物の見分け方」と「野営に必携!食べられる草と違う草」だった。
「きゃ〜、うれしい〜♪後でもう穴が開くぐらい読まなくっちゃ!」
セシルがくれたんですもの〜。と、言ってローザは舞い上がったまま部屋へと戻っていった。

(これで……来年は安心かな?)
門限までに寮に戻ったセシルは、自分のプレゼントをローザが気に入って読んでくれる事を祈っている。
しかしセシルは気がついていない。
ローザの愛の空回りを防ぐために必要なものが、本ではない事に。


―完―  ―バレンタインデー編へ―  ―戻る―

タイトルの「センブリ」は、お腹にいいらしい薬草の一種。千回振り出しても苦いらしい凄まじい代物だとか。
こんなんでもセシロザです。愛ゆえの苦悩なのですから。
ところで以前、この小説の背景画像は「かこう絵」のスタンプでやった背景でした。
シェアウェア(?)なのにレイヤーがないんですが、その代わりペン先の数は多かったという……。
今は消失して手元にないですが、まだあるんでしょうかねえ。