引っ付きたがりの布お化け



人肌が嫌いな付喪神はいない。
刀剣だったか、それとも違う器物であったか、どこかの付喪神がそう言っていた。
手にとって振るう器物であれ、身に着ける器物であれ、
はたまた家屋に置かれる器物であれ。
皆等しく、人間に触れられることを厭わない。
付喪神というものは、己に体と魂を与えた親種族に対して、
本能的に親しみを覚える傾向にある。
そして、本性が人に使われるために生まれた器物ゆえに、人と触れ合うことを事の外好む。
だから付喪神には引っ付きたがりが多いのだと、
親種族たる人間は、苦笑交じりに語るのだった。


ちらちらと、本丸に雪が降っている。
細かな雪の粒は軽やかで、昼頃からずっと降っている。
これは恐らく、どっさり積もるであろう。
古き良き日本家屋の建築様式を取る本丸は、
しっかりと壁や窓に断熱措置が取られているものの、やはり底冷えがする。
締め切った客間には、一組の男女がいた。
この本丸の主人である、火輪の審神者の初期刀である山姥切と、
客人である鴇環(ときわ)の審神者。
茶菓子をお供に、部屋の中から庭を眺めていた2人は、
恋人らしくぴったりと寄り添っている。
「……そろそろ離してくださいよ。」
少し困ったように、鴇環が亜麻色の髪を揺らして呟いた。
彼女の肩は、恋人の腕にしっかりと抱き寄せられている。
「女に冷えは大敵だろう。」
「あの、部屋が暖まるまでで、いいと思うんですけど……。
もう、暖房効いてますよ?」
確かに訪れた当初の客間は、今日の寒さが強烈なために十分温まっていなかった。
だから、山姥切が自分のぼろ布の中に恋人を引き込むというのは、
十分実利があったのだ。
しかし現在、暖房は設定温度まで暖めきっている。今は気温を維持する段階だ。
もう離れても、全く問題はない。
「……。」
「あの、何で黙っちゃうんですか……?」
山姥切は恋人の抗議を黙殺して、むしろ腕の力を強くする。
彼にしてみれば、寒さは最初から寄り添う口実であった。
何しろ彼の恋人は、自分から触れてくるのは、せいぜい手先位のもの。
奥ゆかしいといえばそれまでだが、山姥切は人間の男ではなく付喪神。
恋人との距離は近い方が好ましく、今の距離感はまさにちょうど良いものであった。
「……嫌なのか?」
「い、嫌じゃないです。でも、あの……恥ずかしいんですけど。」
落ち着かない心境で、鴇環はそわそわと視線を揺らしている。
柘榴石の目が、畳に行ったり障子に行ったり、せわしない。
「あんたもそろそろ慣れたらどうだ?」
「ら、来年位になったら……多分。」
「遠いような近いような……微妙な按配だな。」
一年はあっという間といえばそうだが、
早く距離の近さに慣れて欲しい山姥切からすれば、少し遠い気もする。
それでも、慣れるなんて無理だと言わない辺りは、やはり彼女の誠意だろう。
「縁側に出るか?」
「あ、はい。」
ひとまず気分転換でもさせようと思い立ち、山姥切は鴇環を誘う。
外は冷えるので、彼女は長押にかけてあったハンガーから、上着を取って羽織る。
暖房の聞いた客間から出ると、きんと冷え切った空気が肌を刺した。
「寒いですね。」
「この分だと、夜になったらもっと冷え込むだろうな。」
鴇環が降る雪に手をかざす。
人肌の熱に触れ、雪はすっと溶けて消えていく。
そのほっそりした指先を、山姥切は何の気なしに見つめていた。
「……どうかしました?」
「いや。」
不思議そうな鴇環の問いを、曖昧に言ってごまかした。
触れたら溶けてしまう雪を見て、山姥切はふと我が身を省みる。
かりそめとはいえ、人間の男の体を得たこの姿の便利な事といったら。
自分の意思で動けるし、触れて不快な体温でもない。
それがどれだけ恵まれている事か、ふとした時にその僥倖をしみじみと噛み締める。
そんな些細な幸運を喜ぶ心地は、
隣の恋人に出会ってから、彼はより一層多く知れたような気がしていた。
「なあ、鴇環。」
「何ですか?……あ。」
再び自分の肩に伸びてきた腕に、何かを察して彼女は声を上げた。
そして、小さく笑い声を漏らす。
「もう、結局こうですか?」
「寒い。」
「上が、その布一枚だからじゃないですか?」
「そうかもな。」
今度は自分の寒さを口実に、結局彼は再び鴇環を抱きこんだ。

付喪神に、人肌嫌いはいないのだ。



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さにわんらいログ。これだけ1つ余ってる形になったので、潔く1ファイルとして独立。
指定刀剣:全刀剣 お題:君の温度で溶けてゆく