ひんやりおてて



夏は暑い。
現世と本丸を行き来する依代の本丸は、季節を現世と連動させている。
そのためこの本丸も暑かった。本日の気温は31度。
近世でこの国が最も暑かったとされる21世紀に比べれば可愛いものだが、この気温も十分暑い。
鶴丸は、恨めしげに本丸の太陽を見上げる。
白い肌は太陽に焼かれて、今にも真っ赤に焦げてしまいそうだ。
彼が刀ではなく人間だったら、今頃日焼けの痛みに悶絶していたに違いない。
「いやぁ、人の身にはこの暑さはこたえるな。」
「だろうね。」
木陰のかかる縁側から、年若い少女の無機質な相槌が入る。
彼の主人である幽霧の審神者だ。
この暑さのせいか、枯草色の長い前髪から覗く鶯色の目は、いつも以上に死んでいる。
その隣では内番で疲れた小夜が、丸くなって転寝していた。
「君はよくそんなに厚着で居られるなあ。」
自分も休憩しようと、鶴丸は幽霧の隣に座った。
「いつものフードを被ってるだけじゃないか。
さすがに作務衣一枚しか着てないよ。」
和装の中で比較的袖の幅が少ない、薄手の布で仕立てた作務衣の上着。
それ単体なら確かにまだ涼しげだが、
柳鼠の色も重苦しいフードを被っていては、かなり暑苦しい。
「それが厚着っていうんだ。
こんな暑いところに居ないで、大広間にでも行ったらどうだい?
あそこは冷房が入っているはずだが。」
「さっきまではあっちに居たよ。だけど、冷えすぎたから逃げてきた。」
「ああ、冷え性か。」
鶴丸は納得した。女性に冷え性持ちは多い。
色白の鶴丸が評すと我が身を棚上げになるが、彼女は紙のように白く血の気に乏しい肌だ。
いかにも血の巡りの悪そうな風貌なので、冷え性といわれればむしろすとんと腑に落ちる。
「で、こんな所に居るというわけだ。」
「ずっと居れば暑いけどね。
でも、あっちだと今度は冷えすぎる。面倒だよ。」
大広間の冷房は、刀剣達が快適に過ごせる温度に合わせてある。
そういえば、本丸の主である依代の審神者も、大広間に来る時だけは千早を羽織っている。
夏は暑さを理由にあまり羽織らないのだが、やはり冷えるのだろう。
「ところで主、珍しいな。」
「何が?」
「いや、君から触ってるからな。」
「ああ、これか。」
鶴丸が指差したのは、転寝している小夜の額に当てられた幽霧の手だ。
彼女はあまりスキンシップを好まない。自分から触れる事は稀だ。
しかも、相手は積極的にそれを要求しない小夜。二重に珍しい。
「冷え性の有効活用さ。」
「そんなに気持ちいいものなのか?どれどれ。」
「あ、こら!」
鶴丸は幽霧の抗議を無視して、空いている手を掴んで自分の額に当てる。
炎天下なのにひやりと冷たい彼女の手は、とても気持ちがいい。
「あー……こりゃいいな。小夜もはまるわけだ。」
人肌としては相当に冷たいが、氷の刺す冷たさではない。
勝手に涼を取られた幽霧の目は、氷のように冷たいが。
「暑い。」
心底うっとうしそうに、幽霧がぼやいた。
肌の色こそ鶴丸は雪のような白さだが、彼はあいにく冷えとは無縁だ。
まして内番で動いていたのだから、その分体には熱がこもっている。
見た目は白く涼しげでも、触れば普通に熱い。
「まあまあ。しばらくこうしてくれ。」
「何も出来ないじゃないか。」
「どうせ座ってただけなんだからいいじゃないか。あー涼しい。」
「僕の話を聞いてくれ。」
食い下がって抗議しても、鶴丸は一向に解放する気配がない。
手がぬるくなるまでの辛抱かと、幽霧が諦めるまで、後幾ばくもなかった。



―END―  ―戻る―

酷い冷え性持ちは、夏場でも氷のように手が冷たい。
と、ある時思い知った思い出から生まれたネタ。
鶴丸は色白だけど、体温は他の刀剣男士並みにありそうだなっていう話。