無理は禁物


戦いが激しさを増せば増すほど、傷は増える。
ゴルベーザとの戦いは、気がつけば地底に舞台が移っていた。
地底の苛酷な環境で生きぬく魔物たちは、地上のものよりもかなり手ごわい。
戦闘の過酷さは当然増し、前衛をサポートするローザも気が抜けないことが多くなっている。
テントを張って今夜は野宿という時間にも、白魔道士としての仕事が残っていた。
「……ふう、これでお終い。大丈夫?痛まない?」
「ああ。ありがとう、ローザ。」
ケアルラを使っての手当てが終わったセシルの体には、傷跡ひとつ無い。
戦いの中で鍛えられた白魔法は、いつもながらお役立ちである。
「もう……あんまり、無理はしないで。」
手当てを始める前のセシルは、浅くは無い傷があちこちにあり、それは痛々しいものだった。
その傷の中には、ローザをかばった時のものも含まれていたから、彼女にはいたたまれなかった。
旅に出てからと言うものの、何かとセシルに迷惑をかけてばかりという引け目の上に、
自分がきっかけで怪我を作らせたのだから無理もない。
「すまない。いつも心配かけるね。」
「そうね。おかげで私の寿命、10年くらい縮んじゃってるかもしれないわよ?」
「あー……本当にごめん。」
軽口の裏に見えたローザの本音に、セシルは神妙な顔で謝ることしか出来なかった。
ついつい我が身を省みずに助けようとする癖が、心配の種になっているという自覚はある。
しかも根っからの騎士道精神のような性分なので、ローザにこの先も心配をかけ通しになる事は目に見えていた。
「ねぇ、セシル。」
「ん?」
改まってどうしたんだろうと思って、セシルも何となく姿勢を正す。
「あなたが怪我をするの、私は見たくないの。」
「僕だって、君が怪我をするのは見たくないよ。」
「最後まで聞いて。かばわなくていいとか、そういう話じゃないから。」
「?」
きょとんとしていると、ローザが自分のポーチからずっしりと重たそうな袋を出してきた。
彼女はそれを、そのままセシルの前に置く。
「はい、これ。」
「お金じゃないか。どうして?」
「地底に降りる前、バロンに寄った時に持ってきた貯金よ。防具が痛んできてるでしょう?
全員分は足りないけど、あなたとシド、ヤンの分くらいは買えるはずよ。」
「でも、本当にいいのかい?」
防具を新調すれば確かに怪我もずいぶん減るだろう。
だが、彼女がこつこつと溜めてきたであろうお金を、そのまま貰い受けていいのだろうか。
セシルにはかなりためらいがあった。すると、ローザは明るく笑ってこう言った。
「いいのよ。お金は有意義に使わないと。貯めてたって、当分家に帰れないんだから意味がないわ。
それに、お金で安心が買えるなら安いものじゃない。
私も助かるし、ここは日頃働きづめの白魔道士を休ませると思って、ね?」
「分かった。君の気持ち、受け取るよ。」
お茶目にウインクまで飛ばされたら、ここは素直に従うのが一番だ。
うかつに辞退なんてしたら、笑顔がふくれっつらになってしまう。過去に何度かやって懲りたから、セシルは心得ている。
「明日にでも買いに行きましょうね。毎日の事ですもの。早い方がいいわ。」
「ははは……ずいぶんせっかちだね。」
「誰かさんが戦うたびに怪我を作るもの。善は急げって言うでしょう?」
くすくす笑って、ローザは立ち上がる。遅れてセシルも立ち上がった。
「あ、いい匂いがしてきたわね。」
テントの入り口の隙間から、するっと入り込んできたいい香り。
「シド、今日は何を作ったんだろうね。」
「楽しみだわ。」
2人は口々に言いながら、食事の支度が進むテントの外へ出て行った。


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セシロザ。これも書きかけで置いてあった小話です。
ローザさんお金持ち。まるで奥さんが家の危機にへそくりを出してきたような絵面ですが。
貯金を惜しみなく渡してもらえるセシルは愛されてます。まあ、前衛の皆のためですが。