銘々春画事情



それは、ある日の書庫での事だった。
それも、和泉守が管理を担当する春画を納めた本棚のある一角。
人目を忍んで訪れた山姥切が、そこから一冊本を手に取った時だ。
「へぇ、またそっち系か?」
後ろからかかった和泉守の声のせいで、山姥切の眉間にしわがよった。
「あんたには関係ないだろう。」
「いやぁ、本にはあんまりこだわりなさそーだったあんたが、ここ最近決まってきてるからよ。」
ぎくりとする。自覚はなかったが、傍目には分かるものなのか。
「……俺が何を読もうが勝手だろう。」
そう、誰がどんな春画を読もうが勝手だ。
主からして、春画を「ほーら野郎共ー、男子必携の書だぞー。」などとのたまった始末だ。
各々が好きに手に取ればいい。その程度のものだ。
だというのに、この妙に世話好きなところのある男は、俺の春画事情に首を突っ込みたがる。
はっきり言って迷惑だ。
「実は清楚巨乳が好みだったか、ほー。」
「切られたいか。」
「やだね。」
ふてぶてしい態度に神経が逆撫でされる。
堀川、こいつを引き取ってくれ。そう願うも、洗濯当番の兄弟が都合よく現れるはずもない。
「そう恥ずかしがんなって。いいよなそういうのも。
こう、恥じらいってのが味だよなあ。」
「あんたの好みなんて聞きたくないんだが。
そして、何故俺がそこに価値を見出してることになってるんだ。」
「お、違うって?んじゃどこだ?なあ、言ってみろって。」
堀川。本当に今すぐこいつを引き取ってくれ。
鎌をかけられた事に後から気付いた俺は、天を仰ぎたくなった。
この男、本当にどうしてくれよう。
「話すつもりはない。俺はもう行く。」
「へいへい。つれねーなぁ。」
大して気にした風でもなくいって、やっと和泉守は諦めたようだ。
まったく、とんだ災難だった。
本棚から出してきた春本にちらりと目をやる。
和泉守が指摘したとおりのしとやかな風情で、かつ長い髪の娘の絵。
言われてみれば、確かに最近はこんな雰囲気のものばかり選んでいる。
何故かなど、少し考えればすぐに分かる。密かに思いを寄せる、鴇環。彼女と似た雰囲気のものばかりだ。
実に下らないが、これもまた業という奴なのだろう。自制しようにもどうにもならない。
いや、本能の場合、下手に押さえ込むとむしろ厄介だ。
適当にあしらわねば、日々の役目にすら支障をきたす。
「あぁ……嫌になるな。」
穢れを知らぬようなたたずまいの少女を、妄想の中で餌食にする。
睦み合う仲ならいざ知らず、ただ一方的に思いを寄せる段階で、このような思考に至るのだ。
本能とは全く身勝手だ。
閨であの娘の体を暴きたいと、甘い声を聞きたいと、男の我欲が渇望する。
あの日に恋情を暴き、欲する事をそそのかした主は、こうなる事を知っていてああ言ったのか。
だとしたら、何と恐ろしい事か。
俺が鴇環に劣情を抱えていると聞いたところで、驚かないだろう。それが何より恐ろしい。
だが、それよりも。そうやって自己嫌悪する割には、恋を諦める気にはなれない。
それこそが劣情以上に厄介だと、俺は薄々悟っていた。



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まんば君のエロ本の趣味は、好きな人が出来るまではこれと絞れる明確な好みが乏しそう。
というアレな発想が根底にあるネタ。