審神者の奥儀×7


目次
連理共墜(れんりきょうつい)  (幽霧の審神者)
紅鏡乱刃 (火輪の審神者)
連城の璧 (依代の審神者)
妖の太刀 (風花の審神者)
梟の地舐め (鴇環の審神者)
閃光神槍 (若竹の審神者)
大鎌斬 (笠氷の審神者)









■連理共墜(れんりきょうつい) 
効果:術者の被ダメージの数倍のダメージを対象1体に与える。

それは幽霧の審神者と鶴丸が、依代の審神者の刀剣達と出陣した際の事。
交戦時、敵の短刀は審神者が対峙すると面倒な相手だ。
懐に素早く潜り込み攻撃するので、実にうっとうしい。
幽霧は、よけ損ねて出来た右半身の3つの傷を、冷めた目で一瞥した。
「主、下がれ!!」
彼女に攻撃してきた短刀を一撃で葬った鶴丸が、幽霧に命じる。
言われた通りに前衛と距離を取った後、彼女は口を開く。
傷をただの厄介者で終わらせない呪術を、彼女は心得ていた。
「絡むは因縁。もつれるは運命。抗えぬは宿命。
真紅の糸を首に結う。亡者は招く、落ちたる果てのその場所に。」
幽霧の体から流れる血が、生きた糸のように敵の槍に伸びて絡みつく。
血の糸は、彼女の呪いから敵を決して逃さない。
「共に地獄に参ろう。……さっさと死んでくれ。」
詠唱が完了すると同時に、血の糸は瞬時に槍の体に食い込んだ。
彼女の負傷とほとんど同じ場所に、
しかしそれよりもはるかに深い傷を刻み付けて、血の糸は黒く変色して消える。
片腕を深く傷つけては、本体である槍は満足に振るえまい。
一矢報いた喜びで、幽霧はにやりと笑った。







■紅鏡乱刃
効果:陽+火属性全体攻撃。防御力無視。

「また出やがったな、検非違使共!!」
現れた軍勢を前に、和泉守が舌打ちした。
「傷が深い奴は無理をするな。
刀装の耐久度が十分残ってる奴は、俺に続け!」
仲間を気遣いながら、山姥切が先陣を切った。
敵対する勢力の中でも、特に強靭な検非違使の軍勢。
すでに先の戦いでも彼らに出くわし、
後衛の火輪の審神者も含めて、大なり小なり怪我や刀装の損傷が出ている。
―ここは一気に、始末しなきゃね!―
霊力を惜しんでいる暇は無い。出だしと掴みが肝心だ。
「赤銅・灼熱・黄金・王者。金烏(きんう)よ踊れ。三叉(さんさ)の足を踏み鳴らせ。
降れ紅炎。焼けよ怨敵。純なる陽気、其は苛烈な裁き。
日輪の刃よ、凶徒を滅せ。炎熱の司よ、我が名において顕現せよ。」
火輪の霊力が溢れ出す。
検非違使達の頭上に、太陽を模した輝く炎の輪が浮かぶ。
「紅鏡乱刃!野郎共、目に物を見せてやんな!」
炎と太陽を意匠化した、火輪の審神者紋。
それを刻んだ金色の鉄扇を、検非違使に向かって振りかざす。
霊力に強い陽と火の気を宿した火輪とこの術は、すこぶる相性がいい。
顕現した炎の輪が砕け、灼熱の刃となって敵に降り注ぐ。
頑強な敵の付喪神達の体が、次々と切られて焦げていく。
「おーぉ、ついにお披露目か!」
和泉守が、ひゅぅっと口笛を吹く。主の切り札を、彼らが目にしたのはこれが初めてだ。
「今のうちに、一気に始末するぞ!」
「任せてください!」
山姥切の号令に、そばの鯰尾が応じる。
降り注ぐ赤い刃は、不思議と味方を傷つける事は無い。
太陽の火の雨を援護として、火輪の刀剣達は一気呵成に攻め上げた。








■連城の璧(へき)
効果:対象の無機物(刀剣・刀装など)を完全回復。生物には無効。

夜戦である京都の池田屋周辺に出没する敵は手強く、特に素早い槍が厄介だ。
「うーっ、またですか?もう、やりはあきましたよ!」
「言っていても始まりません。倒すまでです!」
傷を負った今剣と前田が、敵と切り結びながら言葉を交わす。
夜戦には分があれど、打たれ弱い短刀達には、この槍はとても嫌な相手だ。
これが昼なら、守りが堅い大柄な刀種の仲間から援護や庇護を受けられる。
だが彼らは一般人程度にしか夜目が利かない。まして、狭い市中の戦いは不利極まる。
そんな場では、短刀や脇差のように小柄な方が有利だ。
しかし、すでに何度もこの槍が居る部隊と戦い、
こちらの手傷は無視できない程度に深くなっていた。
体勢を立て直さなければいけない。
自らもいくらか傷を拵えた依代の審神者は、
前衛で奮戦する刀剣達の回復を行う事にした。
唱えるのは、全ての審神者が扱う低位の修繕術ではなく、
破壊寸前の器物さえ新品に戻す高位の秘術。
「癒し給え、直し給え。毀(こぼ)れ一つ逃さぬように。
癒し給え、接ぎ給え。数多の傷を、一つ残さず消し去り給え。」
欠けた刃に元の鋭さを。数多の打ち傷が残らず消えるように。
依代は深く真摯に願う。
「天之御影神よ、瑕疵を癒し給え。連城の璧。」
加護を授け給えと祈るのは、彼ら刀剣と縁も深い鍛冶の神。
強い修復の力となった光が、部隊全員の傷を速やかに癒す。
あっという間に全員無傷だ。
「さすがですね、主君!」
部隊長の前田が、破れの消えたマントを翻して依代を賞賛する。
動きの切れも、傷のあった先ほどとは異なっていた。
「皆様、どうぞご存分に。」
傷はいくらでも直しますと付け加えて、
依代は続けて援護の術の詠唱に入った。










■妖の太刀
効果:無属性中範囲攻撃。敵を吹き飛ばす。

偵察に失敗したために、有利な陣形が敷けなかった。
それが元で、形勢はややこちらが押され気味。
じりじりと下がる戦線を、破るなら今のうちか。部隊長である鳴狐は、そう判断した。
「主殿、あの辺を吹き飛ばせませんか?」
敵が顕現させた刀装兵がまだ数多く残る場所。
そこを差して、鳴狐のお供は言った。
「うん、まっかせてー!」
力強く風花の審神者が返事した。
しかし普段使う術では、敵の刀装を削るにしても威力が心もとない。
ならばと、彼女は取って置きの妖術の詠唱を始める。
「閃く瞬き。輝く切っ先。至高の美は無慈悲な銀。」
妖力が風花の手の内に集う。
集う力が、刀剣達の携える刃のように冴え渡る。
「鋼の繊月引き絞り、星をも断たん!妖の太刀!」
白銀に輝く大きな光刃が、敵を3体まとめて弾き飛ばす。
「ありがとう。」
「どうせなら、もう一発いっとく?」
弾んだ声で、うずうずとさせながら問いかける風花に、鳴狐は首を横に振った。
「これで十分でございます。
後は、高みの見物とお願いいたしますよ、主殿!」
お供の狐が、機嫌よく尻尾を振って軽口を叩いた。
守りを突き崩してしまえば、後はこちらのもの。
もとより、実力が隔たっている相手ではない。
きっかけさえあれば、不利は簡単にひっくり返してしまえるのだ。
鳴狐の手の内で、彼の『鋼の繊月』が煌いた。









■梟の地舐め
効果:無属性中範囲攻撃。敵を吹き飛ばす。

鴇環(ときわ)の審神者は、内気で心配性。
荒事には向かない性格だという事は、自他共に認めるところだ。
それでも彼女は戦場に同行する。それはひとえに、彼女が心配性であるが故に。
彼女は打たれ強い刀剣を鍛刀出来ない。
その分負担をかける仲間への、償いのようなものかもしれない。
刀剣のための修繕符を、己のための治癒符を携え、彼女は今日も戦場に立っていた。
―皆頑張ってるもの。私だって!―
自分の頬から流れた血を、取り出した紙の形代に擦り付ける。
血液にも霊力は含まれる。
少しでも術の威力を上げるため、彼女は迷わず利用した。
「安息を乱すならず者には、音もなく舞う夜の使徒の鉄槌を。
其は沈黙の狩人。静寂を守る賢き暗殺者。梟の地舐め!」
形代は人よりも遥かに巨大な体躯の梟となり、低く滑空して敵の群れに突っ込む。
触れたものを弾き飛ばす力によって、敵刀剣の体勢と陣形が崩れた。
「主にしては、強気な攻めだねぇ。悪くないよ。」
残り一つの刀装にも大きなひびを拵えた青江が、
いつもの調子の軽口で主人を褒める。
「ええと、これで大丈夫そう?」
「十分!さ、主は下がってて。後は俺達がやるよ!」
いまいち不安そうな鴇環を、加州が励ます。
青江共々構え直して、地を蹴った。敵の懐に一気に踏み込む。
「どうせなら、連携と行くかい?」
「へへっ、それもいいね!」
青江がにやりと笑みを浮かべ、加州もまたそれに笑みを返す。
今なら、うまく連携が取れそうだと、2人は確信する。
体勢が整わない敵の大太刀の刀装を、先に飛び込んだ青江がまとめて弾く。
続けざま、加州が丸腰になった大太刀本体を横一文字になぎ払った。
屈強な巨躯が、あっという間に地に崩れた。
―すごい、二刀開眼?!―
鴇環は思わず息を呑んだ。
初めて目にした脇差と打刀の連携攻撃。
まさか自分が出陣に同行した時に拝めるとは思わず、鴇環は彼らの勇姿に思わず見とれてしまった。
これならきっと、残りの敵もすぐに倒せる。
被害が少なくて済みそうだと思った彼女は、そっと息をついた。









■閃光神槍
効果:雷属性中範囲攻撃。防御力無視。

いくら敵が弱い戦場だとしても、武功を立てようと狙わないように。
援護に陰陽術を使う時は、隙が少ない詠唱が短いものを。
と、出かける前に三日月や陸奥守に釘を刺された。
しかしそれ位の忠告では、結局落ち着いていられない。
それは、やはり若竹の審神者も血気盛んな少年という事だ。
世が世なら、元服したてで初陣に逸る若武者といった気分だろう。
前衛の剣戟の音に紛れて、彼の詠唱が響く。
高い霊力と今までの修行の賜物で、彼の陰陽術の威力はとても高い。
故に、大技を試したくて仕方が無かった。
アレが決まれば、この辺りに出没する青い敵刀剣は敵ではない。
「光輝よ降れ。縦横無尽に駆け抜けろ。灰色の天幕は今降りた。
雲間で光るは神威の顕現。轟き渡るは主の号令。ほら貝が鳴り響く戦場を――。」
その時、影から審神者の彼を狙って飛び出した敵の脇差が現れた。
若竹の目はその姿を認める。だが、振り上げられた刀を見ても動かない。
「――吠えて穿つは貴公の宝槍。閃光神槍!」
脇差の切っ先が肩口から鎖骨の辺りを掠める。
それでも術への集中を保ち、彼は最後の一息で唱え終えた。
眼前の脇差と前衛の敵を、天から下った雷の槍が一直線に貫き通す。
至近距離で発動させたため、衝撃で術者の彼も軽く吹き飛んで尻餅をつく。
「いてっ!」
「何しちょる!」
今の術の発動地点を、しっかり見ていたのだろう。
血相を変えた陸奥守が飛んできた。
「ちょっとミスっただけだよ!」
「無茶はいかんと言うたろうが!術らぁて唱えずに、大人しくしとき!」
「向こうが勝手に飛び出してきたんだよ!!」
言い返しながら、これは絶対後で三日月と一緒になって説教の嵐だなと、今から若竹はうんざりした。
このモンペ共と、彼が密かに毒づいたのは言うまでもない。









■大鎌斬(だいれんざん) 
効果:風属性全体攻撃。刀装強制破壊。

「主、敵の気配だ。」
蜂須賀が険しい表情でそう告げた。今日は早めに撤退して、帰ってゆっくりしよう。
そう決めた時に限って、余計な通りすがりに出くわす。
「やれやれ、敵さんは仕事熱心で困るよ。」
わずらわしいなと、笠氷の審神者は嘆息した。
「何だっていいだろうがよ。
出くわしたんなら、切りゃいいだけだ。だろ?」
「まあ、そうだけども。……同田貫、お前さんは元気だな。」
目をぎらつかせた同田貫に、いっそ感心する。
彼に限らず、蜂須賀も他の4名の刀剣も、みな先程と目の色が違う。
しかし、明確な戦意をたぎらせる彼らとは違うものの、普段穏やかな気性の笠氷も、殺意は沸いている。
出鼻をくじかれて、少々うんざりしているのだ。
「研ぎ澄まされた大鎌を、風の使いが振り上げ給う。
値踏みするは命が価値か。羽根より軽いと断じて嗤う。」
そばに控えていた、蜂須賀と同田貫がいち早く動く。
付き合いが長いだけあって、主人の意図を読むのも正確だ。
刀装から投石兵を顕現させ、こちらに近づこうとする敵を牽制する。
「汝らに裁きを逃れる術はなく、空と共に薙がれるが定めなり。大鎌斬!」
風の大鎌が、敵の短刀の軽い体を弾き飛ばす。
いっそこのまま地平の彼方まで飛んでいってしまえばと、戦いの最中にしては笠氷は少しのんきに考えた。
―まあ、もうすぐあの世まで飛ばされてしまうかな?―
鮮やかに戦場を舞う自慢の刀剣達の活躍を眺めて、彼はそんな事を思った。



―END―  ―戻る―

設定上だけの存在にするには惜しかったので、審神者の使う陰陽術を使ったネタ。
どれも威力は戦闘でいい線行く代物。