寵愛歌/蝶哀歌



紅葉さん(@rion_vir_yume)の女審神者・真宵ちゃんと彼女の山姥切国広の話。
真宵ちゃんの設定→審神者設定(別窓)


それはある時、とある本丸に招かれた際の事。
そこに、若竹の審神者と風花の審神者の姿もあった。
「見てみろ、国広。歌ってるみたいだ。楽しそうだな。」
「……そうだな。」
布のすそを引く真宵に促されて視線をやる。

庭の木々の陰に、赤い大きな敷物が敷かれている。
短刀達にせがまれた2人が、そこで交互に歌っていた。
奏でていた音が途切れたのを見るに、ちょうど曲の切れ目だったようだ。
何やら彼らが話した後に、次の曲に移る。
「哀れ哀しや黒揚羽。愛でて巡るは蜘蛛の糸。」
風花の澄んだ声が、短刀の奏でる音に合わせ、ゆったりと出だしを歌う。
物悲しい旋律に載せた、その一節に、真宵の山姥切の表情は凍った。
「哀れ哀しや討たれ落ち。縛り縛られどこへゆく。」
入れ替わり、若竹の声が継ぐ。
それは夢で聴いた旋律。真宵の境遇を歌った歌。
彼女の山姥切が、時の繰り返しの始まりに見た、凄惨な記憶を織り込んだものだった。
「……国広?」
「……何でもない。」
顔色が変わった近侍の様子を、ただ事でないと気付いたのだろう。
真宵がうかがうように顔を覗き込む。うまく取り繕えたか、彼女の山姥切には自信がない。
「夢の果て消え失せた、愛しの蝶はどこ?」
「枯れた花畑、蝶探し巡る。求め、索(もと)め、足掻いて。」
あの日、変わり果てた本丸の姿に戦慄し、最後の希望に縋って手酷く裏切られた。
あの凄惨な絶望を、彼の魂は忘れたくても忘れられない。
「幸断ち切れて、珠、毀(こぼ)れ落ちても。」
何度繰り返しても、零れ落ちていく大事な命。
その時々で変わる真宵の死に様の光景が、脳裏を瞬間的に駆け巡る。
「揺らぐ月を読み、」
「霞む虹を掛け、」
『古森、子守と定むか。』
重なる審神者の声が、皮肉めいて聞こえる。
どんなに順風満帆に見えても、今度こそ違うと信じても。
巡りを記憶する今の山姥切の記憶は、その希望を否定する。
今の平和はあまりに脆く、時が来れば必ず壊れてしまうと嘲笑う。
『揚羽落ちるなかれ。呪う洒落歌。』
国広と、気遣わしげにもう一度声をかけた真宵の声は、もはや耳に入らなかった。
「百歳(ももとせ)巡りて参れど、九十九(つくも)は惑いて敗れる。」
「五十(いそ)の香りはいつの香や。」
「かすれた縁(えにし)頼り、契り、募り、手取り、点れば。」
『最後に見えるは消えた夢?』
数え歌のような、語呂合わせのような。言葉遊びは一層顕著に高らかに歌われる。
九十九(つくも)とは、真宵の山姥切が察するとおり、付喪であるのだろう。
真宵と繋いだ縁の行く末に希望があるのか、歌は彼の心を揺らす。
『其は流される波間の小船、子の星亡くして羅刹に堕ちる。
朽ち行く社(やしろ)、嘆きが宿る。蝶の無念の呪いは赤く。』
壊れた本丸で待ち受けていたのは、愛しい主の無事な姿ではなかった。
断末魔の叫びを残した短刀の破片は、彼の理性を残らず刈り取り、
仲間殺しの禁忌にさえ手を染めさせた。
「追えど捉まらぬ道を、失せて留まらぬ生命を。」
「諸行無常なる道筋は、阿防羅刹高らか嗤う。」
歌の調子が変わり、2人の声が互いに追いかけるように重なる。
歌詞は一層皮肉めいて、無駄な足掻きと責め立てる。
「救う道なくただ迷う。哀れ哀しき戦神(いくさがみ)」
「楽園。彼、手にすると言う。
されど無道の百鬼無限のごとくはびこり、楽土蓬莱など到着する道はなし。」
真宵の山姥切が絶望の果てに狂乱し、禁を破ってまで願った事を、この歌は容赦なく否定する。
彼の望みは地獄の鬼が腹を抱えて笑う程、愚かだと断じるのだろうか。
隣で真面目に歌に聞き入る真宵は、幸か不幸か、ざわめく近侍の胸中を知る余地はない。
「今、祈ろうか。其の蝶がために。
桜花を地に満たし、願掛けましょう。」
風花の声が、また一転して穏やかに歌い上げる。
悲哀と皮肉に満ちた歌の中、浮いていると感じるほどに優しい歌詞。
それは、真宵の安寧を願う内容だからなのだろうか。だが、それも一瞬。
『揚羽落ちるなかれ。縛る呪い歌。』
重なる声は、再び慈悲を手放して皮肉を歌う。
この歌が何の歌であるのか、片時も忘れさせぬとでも言うのだろうか。
「四十(よそ)見て学ばず遠ざけ。三十(みそ)の花枯れ止めずに。
「二十(はた)の目遮り、眠ろうか。」
『十待ち黄泉路に人はつく。』
短刀達が奏でる旋律が止まる。
真宵の数奇な命運と、山姥切の足掻きを歌った歌。
少なくとも、彼女の山姥切にはそうとしか思えない歌は、ここでようやく終演となった。
「よく聞くと、怖い歌だったな……。」
演奏の邪魔をしないよう、ずっと黙っていた真宵が、小さく呟いた。
彼女は、自分の身の上が歌われた歌とは夢にも思っていないだろう。
何も知らなければ、愛でる蝶を亡くして嘆く神のありようを皮肉っただけの歌だ。
真実を知るとすれば、彼と、そして。
意を決して彼は風花と若竹に近づき、こう尋ねた。
「その歌は……どこで?」
務めて平静を保って尋ねると、2人は揃って首をかしげた。
「……さぁ?」
「覚えてないよ。」
「……こんな、当世風と程遠い歌の出所を、忘れるものか?」
いつの世も主流から外れた空気の歌はあるだろう。
だが、ありふれた流行歌から遠い毛色の歌を、どこで聞いたかも忘れるなど。
真宵の山姥切は認めたくなかった。
「そう言われてもなあ。歌なんて一杯あるじゃん。」
「わたしもバンブーも、同じ歌知ってるのはびっくりしたけどねえ。」
「そんだけだよなー?」
「ねー。」
若竹の目は、心外だというような色をしていた。
目元が見えない風花の口元も、似たようなものだ。
だが、山姥切には薄ら寒く感じて仕方がない。
2人の性格は、考えがすぐに顔や口に出る類だと、彼も知っている。
そうであるというのに、真宵の山姥切は疑ってしまう。
彼らが、真宵と近侍の真実を知ってなおとぼけているのではないか、と。



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真宵ちゃんの国広君の背筋をぞわっとさせたかっただけの話。
結局、何故この二人が歌を知っているかは迷宮入り。