家出



紅葉さん(@rion_vir_yume)の女審神者・真宵ちゃんと、彼女の刀剣達が登場する小話。
真宵ちゃんの設定→審神者設定(別窓)


出かける時はきちんと書き置きをするようにという約束を、初めて破った。
どこに行くのと尋ねる、本丸のどの短刀よりも舌足らずで幼い声。
「お前をいじめる刀が居ない本丸だ。」
首をかしげている幼い付喪神は、私の言っている事を半分も理解出来ていないのかもしれない。
何といとけないのだろう。生まれたばかりでは、例え神であっても人間の幼児と変わらない。
私が覚えていない、祖父母が亡くなってからの数年も、ずっと傍らにあった形見の短刀の化身。
本丸に来た時は、確かに付喪神の宿らない短刀だったそれが、
いつのまにか心を得て、私の力で持って実体を得た。
――皆、きちんと本丸の一員として迎えてくれると思ったのに……!――
ある朝顕現した彼を見て、私はとても嬉しかった。
おぼろげな記憶の中、祖父がずっと大切にしていたその想いが、ついに花開いたと思った。
忘れてしまった私の代わりに亡き祖父母を覚えている彼が、対話に応えてくれる身になったのだ。
だから私は、朝一番に刀達に彼を紹介したのだ。
私と一緒に本丸に来たこの子を、きっと彼らは迎えてくれると思って。
それなのに、ああそれなのに。
あの凍りついた大広間の空気を、きっと私は一生忘れる事はないだろう。
「どうして。」
そう唇を振るわせたのは、どの短刀だったか。
泣きそうな顔、苦々しげな顔。物言いたげな顔。誰も彼もが、祖父の形見を拒絶した。
最後の頼みの綱とばかりに、私を一番理解してくれる近侍に視線をやった時。
苦りきった顔で、国広は言った。
「……そいつの顕現を、解く事は……できないのか?」

その後の事は、どうも覚えていない。何か叫ばれたような気もするが、全く記憶にない。
気付けば貴重品だけ持って、形見の短刀の手を引いて本丸を飛び出していた。
置いていけば、知らない所で何をされるか分からないと思った。
意味もなくやってきた万屋の片隅に立って、端末でとある男審神者の元に連絡を入れる。
彼ならきっと、助けてくれるだろう。
見慣れない付喪神を連れた私に、通行人が怪訝そうな視線を投げかけていくのは黙殺する。

いまだに不思議そうに大きな瞳を揺らす、形見の短刀。
きっと、あの大広間で向けられた視線の理由すら、ぴんと来ないほど心が幼いのだろう。
この子は私が守ってやらなくては。
「大丈夫だ。」
きっと彼らは分かってくれる。今日の事が笑い話になる日が来る。
自分に言い聞かせて、私は繋いだその手に力を込めた。


――一方その頃――(薬研視点)

弱ったことになった。まさか、大将が形見の短刀を引っ張って家出しちまうとは。
本丸は阿鼻叫喚。特に弟達の心境は地獄絵図だ。
自分達が一番の守り刀だと思ってたのに、
主様は、主君は、あいつを選んだんだとさっきから大騒ぎになっている。
正直、俺っちも大体同じ気分だったりする。自分でもびっくりする位萎れてる。
もし弟達に泣き出す奴が居なかったら、取り乱してたのは俺じゃないだろうか。
鯰尾兄と骨喰兄が、俺と一緒に弟達を慰めるのに回ってくれてるが、落ち着く気配は今のところありゃしない。
いち兄はといえば、他の旦那方と一緒に、家出先に選びそうな本丸を探してる。
叔父貴はお供の狐の鼻を頼って、万屋の辺りに行ってないか見に行った。
何しろ、知り合いが少ない大将だ。しらみつぶしに探せばすぐに見つかると思いたい。
けど、もし現世に逃げてたら?大将は財布を持って出てる。
そっちに逃げられたら、どこに行くか俺達は見当も付かない。
何しろ現世は、今じゃ金さえあれば一日でこの国の端から端までひとっ飛びだ。
そんな不安は、体のでかい連中にもあるんだろう。
「あっちに行かれたら、お手上げだぞ……。」
国広の旦那が頭を抱えて、ちらっとこぼしてたのが聞こえた。
そもそも、大将があんな突飛な事をしでかす事自体、全員予想外だ。
「いやぁ、いきなり土地勘がない所には行かないだろ?
子連れ?で迷子になったら困るって、人間なら考えるだろ。」
「それはそうだが、今まさに常識破りをしているんだぞ?真っ当な思考だと思うのか。」
御手杵の旦那の意見は、ちょいと楽観的過ぎやしないか。
そう思ったのは国広の旦那も同じで、目が据わってる。
「まあまあ、落ち着いてくださいお二方。今は他の本丸の返事を待ちましょう。」
「よく落ち着いてられるな、一期。」
国広の旦那が、いち兄をじろりと睨みつけた。
気持ちは分かるが、八つ当たりは勘弁しちゃくれねえか。
「弟達があの調子で、長兄の私まで取り乱したらどうなると思いますか。
弟達のみならず、みな浮き足立ってる現状で。近侍殿こそ、今一度冷静になっていただかねば。」
「……確かに。」
「いち兄の言う通りだ。あんたがしっかりしてくれなきゃ、みんな途方に暮れちまうぜ。」
「……。」
いち兄に加勢した俺に対する返事はこないが、多分これで冷静になってくれるだろう。
いや、なってくれなきゃ困る。あんたはこの本丸の大黒柱なんだ。
その願いが通じたのか、国広の旦那は大きく息を吐いた。
「ひとまず、主がいつ帰ってきてもいいように本丸内を整えておこう。
朝から何も手をつけてないからな。畑はともかく、馬が放り出されているのはまずい。
他の本丸から返事が来るまで、まだ当分かかるだろうが、
探しに行っている連中から連絡が入ったら、すぐに俺に繋いでくれ。」
「よしっ、じゃあ俺は馬の様子を見てくる。朝からほったらかしのはずだしな。」
御手杵の旦那が、多分虚勢なんだろうが、元気のいい声で答える。
やっと、いつもの本丸の空気が少し帰ってきそうだ。
「ああ、頼む。一期は弟達についててくれ。あんたが居ると居ないとじゃ大違いだ。」
「ええ、お気遣いありがとうございます。弟達の事はお任せを。」
頼りになるいち兄も、やっとこっちに戻ってくる。
相変わらずお通夜状態の弟達も、もう少ししたら捜索隊に加われる位に復活するに違いない。
だが、しかし、それにしてもだ。
「勘弁してくれや……。」
大将への恨み言が思わずもれるのは、帰ってくるまでは勘弁して貰いてえな。



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形見の短刀が、もしも顕現したらという話。全員焼餅大魔神になったせいで、主はぐれた。