黒揚羽



紅葉さん(@rion_vir_yume)の女審神者・真宵ちゃんと、彼女の初期刀兼近侍の山姥切国広が登場する小話。
真宵ちゃんの設定→審神者設定(別窓)

―哀れ哀しや黒揚羽。愛でて巡るは蜘蛛の糸。―
童歌のような節で、よく通る歌声が聞こえる。
―哀れ哀しや討たれ落ち。縛り縛られどこへゆく。―
藍色の闇の中。
山姥切しか色のなかった空間に、溶けた染料が凝ったように、逆さまになった少女が現れた。
幾度目の巡りで見た娘だろうか。
爛々と、被り物の下の目が緑の燐光を放っている。
その腕が抱えているのは、山姥切が恋い慕う、黒髪の女主人・真宵。
彼より小柄な少女に抱かれているせいか、
元々すっぽり包めるほど小さな姿が、より小さくみえた。
「主……!」
手を伸ばしたいのに、体は全く動かない。
目の前の得体の知れない少女の腕から、今すぐにでも奪いたいというのに。
「可哀想、可哀想。この子はとっても可哀想。」
歌声と同じ声が、弧を描いた口元で語る。
「ねえ、これを見て。」
少女がぱちんと指を鳴らす。
主の首に、体に、べったりとまとわりつく、粘ついた縁の糸。
そのうちの一本、翠玉の色の物を、少女は指先でつまみ上げる。
「神様って怖いよねぇ。付喪神って怖いよねぇ。
人間大好きなあなた達。大好きなご主人様を、逃がさないようにぐるぐる巻き。」
あははと、明るい笑いが響く。
よく通る年頃の娘らしい声。しかし、山姥切には大層耳障りだった。
「主と離れたくないと願って、何が悪い……!
縁付けて、また出会いたいと願う、それ自体に何の罪科(つみとが)があるという。」
「うんうん、仲のいいお友達も、大好きな家族も、いつまでも一緒に居たいよねえ。
仲良し夫婦が、生まれ変わっても結婚しようなんて、言うもんねえ。
人間もそうだもん。妖魔だって同じだよ?多分神様もそうだよねえ。
でもさあ。――40以上の神様がそうしちゃったら、どうなると思ってたの?」
一拍間をおいて、ぐっと少女の声が低く冷たくなった。
冷え冷えと底冷えするようだ。
「可哀想な審神者ちゃん。無理矢理に神様の所に引っ張られて。
何度やり直しても、ねばねばの糸が、この子の運命をおかしくしちゃう。」
くるくると、粘液が滴る縁の糸を細い指が弄ぶ。
いくら強く引っ張っても、全く切れる気配はない。その声は、山姥切達を責める。
「こんなんじゃあ、幸せになんてなれっこないよ。」
一等冷たい声が、山姥切を突き刺した。
「違う……俺は、俺達は――!」
この少女を今すぐ切り捨てて、今すぐ主を手にしたいと、再度願う。
だが、どれだけ念じても、指先一つ動かせない。耳を塞ぐ事さえ叶わない。
「もう、諦めちゃえば?ちょっと一緒に居られればいいやって。
どうせ幸せになんて出来っこないんだから、それしかないもん。」
そんな事はないと、反論できない。繰り返した出会いと別れ。
その中で、主が幸福だと賛辞出来る巡りは、果たして一度でもあっただろうか。
悔しいが、少女の指摘は正しいと、山姥切は痛感する。
そして、はたと気付いた。
―ああ、そうか。この娘は、俺を咎める良心が混血の姿を借りたものか。―
この少女は、記憶が正しければ妖の末裔。
遠い昔、人間を見初めた妖が残した血を継ぐ存在。
初代の夫婦が幸せだったかは分からないが、とにもかくにも次代に繋がり、
子孫は人の世に混じって、ろくな自覚すらなく生きている。
いわば、異種婚の平穏な結末の体現。己が渇望して未だ手に入らない、夢の果て。
「それでいいんじゃない?どうせすぐ、また会えるんだし。
毎回悲惨な落ちになるのだけ我慢すれば、ねえ?」
容赦なく傷をえぐるのは、己の一面であればこそ納得がいく。
因果の糸を主自身が許せども、彼は彼を許せない。
そう思った時点で、山姥切は少女の声が耳障りとは思えなくなった。
ただただ、隠れていた傷が血を吹き上げるほどきしむだけ。
「それでも俺は……主と共にありたい。
何度この身を裂かれようが、心を焼かれようが!
この手でいつか、幸せにしたいんだ……!」
血反吐を吐くような思いで叫んで、顔を伏せる。
「そっか、そっかあ。」
少女の声が、いきなり柔らかくなった。布越しに頭を撫でられる感触がする。
その撫で心地が妙で、はっと相手を見上げた。
彼女は腕に抱えた主の手を取って、山姥切を撫でていた。
目の色は深緑。輝く燐光は消えている。
「忘れちゃだめだよ。その気持ち。」
ぽんといきなり、少女が主を山姥切に放る。
至近距離で放られて、受け取る体勢を整える暇もなく。
主と折り重なるように後ろに倒れた。
「愛し愛しや黒揚羽。恋うて求むは翠玉(みどりだま)。
愛し愛しや舞い降りて。巡り巡りてここに来ん。」
先程と同じ節回しで歌い上げると、数多の六花となって少女は消えた。
すっかりその姿が消えた頃。
自由になった体で、倒れ込んできた格好の主を抱き締めた。
「忘れるものか……。だって、そうだろう?
あんたが望み、受け入れてくれたから、俺は――。」
壊れ物のように主を抱き締めながら、しかし彼はいつしか自嘲に唇を歪めた。
最後の最後で、幻を纏った良心さえも、結局己に甘いのかと。
「ふっ……。だから、俺は主を救う事が叶わないんだろうな……。」
彼女の平穏無事な来世を願うなら、どうすべきかなど分かっているのに。
そして彼の意識も、いつしか闇に溶けていった。



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意味深な夢ネタをやりたかった話。縁の糸の強固さ=べたつき。
文中にあるとおり、何度目かのループで見た審神者(ここでは風花)は、彼の良心の擬人化表現。