もうすぐ春がやってくる。そんな季節の折だった。

止まぬ氷雨




さぁぁぁと、静かな音が規則正しく響く。しとしと降る雨が、町の石畳を濡らしていく。
そろそろ日が暮れようかという頃だ。春がすぐだという頃なのに、折から降り出した雨はずいぶんと冷たい。
もう少し空が気分を変えたら、雪になりそうなほどに。
突然降り注いだ雨を見て、人々は大慌てで家路を急いでいた。
町の近くの森で遊んでいた子供達も、一人また一人と帰っていく。
そうして、最後には銀髪の子供だけが残った。ぽつんと一人で残されたその子供は、まだ5、6歳だろうか。
子供らしい大きな瞳は、優しく波打つ海の色。
「……みんな、帰っちゃった。」
今日もみんなと一緒に遊ぶ事は出来なかった。
ずっと木陰で、他の子供たちが遊んでいるのを見ていただけだ。
本当なら彼だって同じ年頃の子供と一緒に遊びたいが、とても彼らの輪には入れそうに無かった。
それというのも、町に下りて最初に話しかけた子供たちの反応のせいだ。
「ねぇ、いっしょに遊んでもいい?」
おずおずと話しかけた彼・セシルにその子供たちの中のリーダーはこういった。
汚い物を見るような嫌な目で。
「やだ。お前、変な色してるから。」
変な色とは、目ではなくて髪の毛の事。バロンに限らず、大体髪の色は茶系か金もしくは赤系で大体片付く。
それに続く色も青系、珍しいところで黒だ。後の色は、大体他種族との混血。
セシルのような銀髪など、当然この辺りの人間にある色ではない。
だからよその民族、もしくは他種族の特徴や事情をろくに知らない町の大人は口をそろえてこういった。
「魔物の子だ。」と。「化け物に違いない。」と。
それを親や周りから聞いて鵜呑みにした彼らには、何の悪気も無い。
魔物は危ない。勿論その子供も。危ないものとは一緒にいてはいけない。単純な方程式だ。
そう、とても単純かつ残酷な。
しかし、セシルはそう思われていることを知らない。
優しすぎる彼には、他人が根拠のない理由で自らを厭うとはわからなかった。

「……雨、やまないなぁ。」
静かに降り続ける雨の中、セシルは木陰から一歩も出ずに座っていた。
迷子になったら、自分を拾ってくれた王様に迷惑がかかる。
幼いながらも人を思いやる心を持った彼は、そう思ってここに座っているのだ。
でも、いつまでたっても誰も木陰の前にはやってこない。
仕方なく、セシルは一人でとぼとぼと来た道を引き返し始めた。


まだまだ雨は降り止まない。
くしゅんと、セシルは小さくくしゃみをした。
雨にぬれたら風邪を引くから、ぬれないようにと侍女に言われた事を思い出す。
だが、今はそんなことはどうでもよかった。
「お空も泣いてるのかな……ぼくみたいに。」
つうっとつぶらな瞳から涙が漏れて、慌ててそれを乱暴に拭い去る。
そして、ふと空を見て考えた。空でも泣くのだから、魔物でも泣くのかも知れない。
王様はお優しいから、一人ぼっちで森に捨てられていた魔物を拾ってくれたのだろうか。
所詮魔物には人間と仲良くする術はないのだろう。
とめどもなく過ぎ去る思考に、ただぼうっと流されながらセシルは歩いていた。
帰る方向はこっちであっているのかとか、そんなことはもう頭の隅にも置かれていない。
こんなに悲しいのも涙が出るのも、全部この冷たい雨のせいなのだろうか。

やがて雨はみぞれに変わり、湿っぽい雪と雨が交互に街路を濡らし始めた。
たった一人で城へと帰るセシルも濡らしながら。
本物の雨はいつか止むが、心に降る雨ははたして止むのだろうか。
少なくとも、まだ雨は止まない。


―END―  ―戻る―

書きかけてからずいぶん放置していたものを引きずり出して完成させました。
かなり以前にあったバケツのちびセシルとシチュエーションがかぶってますが、それが挿絵に該当していたような文です。
ちなみにこの話の時期は、カインやローザと知り合う少し前です。
なかなか友達が出来ないと見たバロン王が、見かねていい家の子を紹介するとか、そんな感じです。