Lv6:ガラクタの墓場(アルトネ・サージュパロ)



※アルトネリコ・サージュシリーズにおいて要となる、
対象の精神世界に潜る事によって、心の傷や悩みを通して絆を強くし、
内側から心に直接刺激を与える事で詩魔法を編み出す(心の深い所で発生するものほど強い)という設定の一部を使用。
(心の奥で生まれた魔法の方が強い→信頼関係が強ければ深層に潜れる→
→深く信頼する相手がいる方が強い魔法を習得できる。)

基本事項
・精神世界は複数の階層に分かれている。
浅いところは普段の意識に近い。
深いところには本人も意識しないような潜在願望などがある。
・各階層には、本人の精神の一面を現したその階層のぬしが居る。
顔は同じだが、一部分の抽出でしかないので言動や衣装が違う。

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機械の力で接続された鴇環(ときわ)の審神者の心の中に、山姥切は潜っていく。
もやもやした感覚はわずかな間。
視界に映った景色はすぐさま明瞭になっていく。
深層意識に分類されるこの階層は、一見して分かる荒みようだった。
ざあざあと、止まない雨が降っている。
打ち捨てられたガラクタが、どこを見ても転がっている。
崩れかかった建物は、黒い沼地に沈みかけている。
その片隅の、今にも沈んでいきそうな廃屋の中で、山姥切は鴇環の姿を見つけた。
自らを無価値と断じる側面を具現化した『鴇環』は、
暗く濁った柘榴石の目で山姥切を見つめる。
さながら、澱で淀んだぶどう酒のようだ。
彼女が己を隠すように纏っているのは、泥と血で汚れ、生地の損傷も激しい茶色のローブ。
露出しているのは、頭と首、手先、すねから下。
だが、本来瑞々しいはずの素肌はかさつき、汚れと細かな傷で埋まっている。
この荒んだ階層の主にふさわしい、みすぼらしいものであった。
「来なければ、良かったのに。」
立ち尽くす彼女から、始めに投げかけられた言葉は、率直な拒絶だった。
精神の深層では、たとえダイブに成功しても、心理的抵抗は大きい。
また、エゴがむき出しになるため、
日頃の言動との相違は大きく、ダイバーを傷つける言動も増える。
それでも、本気の拒絶でなければ、決して追い出されるような圧力は感じる事はない。
という事前の説明がなければ、彼は怯んでいただろう。
何しろ、これもまた紛れもなく彼女の一面であり、決して偽者ではないのだから。
「どうしてそこまで、私に執着するんですか?
鍛刀もまともに出来ない落ちこぼれに、同情したからですか?」
鴇環の言葉は、やはりとげに満ちている。
「あんたは、俺が国広の打った名刀だから惚れたのか?」
容赦ない自己否定を体現した出で立ち。
それに心を痛めながら、彼は恋人に問いかける。
「そんな事は……。」
「違うというのなら、何故俺の言葉を信じてくれない?
どうしたら、あんたは俺の想いを受け入れてくれる?」
怯んで縮こまる鴇環の傍に踏み込み、腰を抱き寄せる。
びくりと肩を跳ねさせたその体の柔らかさは、現実世界の彼女と同じだった。
「なあ、鴇環。あんたが俺に教えてくれたんだ。
あんたを肯定する言葉を、あんた自身に拒絶される事は、こんなにも心苦しい。」
山姥切は、生まれ故に卑屈な言動が目立つ性格だ。
だが、それを仲間がどれだけもどかしく思っているか、彼は鴇環と恋仲になった事で知った。
好ましく思うという事実を当人が受け入れないという事は、寂しいものだ。
「どうすれば、俺の言葉を受け入れる?なあ。」
「……っ!」
「あんたを身籠らせればいいのか?
それとも、このまま連れ去ってしまえばいいのか?」
問いかけは矢継ぎ早に連ねられる。
彼が鼻をうずめた鴇環の肩口からは、立ち上る花の香り。
言葉を発する数に連れ、形勢も変化していく。
精神内での優位が、完全に山姥切に移ろうとしている。
「……末席とはいえ、神の執着を侮るな。」
鋭い翠玉の目が、見開かれた柘榴石の目を射る。
愛しい恋人に心からの想いを疑われて、彼は平静さを欠いていた。
傲慢な神の側面が首をもたげる。
自らの想いを受け入れてくれという、文字通りの魂の叫びは、
波紋のように広がり互いにぶつかる霊力の波をうねらせる。
うねりはにわかに強くなり、脆弱な人間の魂を丸ごと揺さぶる。
ピキピキと、空間全体に小さく不穏な音が響く事にも気付かない。
「あ……国広、さん……。」
「あんたが、おれをこれ以上疑うというんなら――。」
わずかに開かれた桃色の唇に、無理矢理口吸いしようとした時。
「この馬鹿っ!壊す気?!」
「!――ある、じ?!」
文字通り、突然降って沸いた火輪の審神者に側頭部を殴りつけられて、我に返る。
弾みで鴇環の体を手放してしまい、その隙に彼女は後ずさった。
「何やってたんだか知らないけど、ぶっ壊れるサイン出てたから来たの!
ったく、いい加減にしな!」
鴇環を背にかばうように仁王立ちして、火輪は眉を逆立てた。
しかし、乱入で乱れた空気もつかの間。
しどろもどろだったはずの鴇環の空気が冷え切った。
「……そう。」
「鴇環……?」
空気の変化を感じ取り、山姥切は息を呑んだ。
「やっぱり、敵いません。」
ふふふと、鴇環が顔を伏せたまま肩を震わせて笑う。
「あは、あはは……やっぱり、そう。」
「……あ、やば。」
火輪が顔を引きつらせる。
鴇環の精神の変調を悟り、一旦山姥切を落ち着かせるために強制的に介入した彼女であったが、
それがうかつな判断だったと悟った。
「分かってました。分かってたの。――そうでしょう、国広さん。」
くすくすと、鴇環は濁ったままの目で笑う。
そして、その姿がどろりと溶けて消える。
この世界もまたどろどろと溶け落ち始めた。
「鴇環!くそっ、何なんだ、これは?!」
「知るか!弾いてこないから余計わかんない!!」
確かに、無理をすれば踏み止まれる山姥切と違い、
鴇環と同種族の火輪が弾かれていないという事は、拒絶による崩壊ではない。
じゃあ何だと思う暇もなかった。
危険な兆候だと困ると思ったのか、火輪は自分の意思で離脱した。
山姥切が呼び止める暇もなく、彼女の姿はぱっと消える。
この階層は完了したという事なのか、機械による接続解除の音が聞こえた。
移ろい行く視界の中で、鴇環の歌声が聞こえた。
“叶わない、敵わない。鳥は太陽にはなれません。
それでも私は願ってしまう。嫌わないで、見捨てないで。ずっとずっと――。”
最後の一小節が山姥切に聞こえる前に、鴇環の精神世界との接続が完全に遮断される。

“――愛して欲しい。”
恋しい男の耳に届かなかった言葉は、無意識下の闇に飲まれて消えた。



―END―  ―戻る―

文中の台詞「あんたは、俺が国広の打った名刀だから惚れたのか?」を使って、何かネタを作ろうとしたのがきっかけ。
何となく精神世界内だと使いやすそうだと思ったので、パロ設定のネタに。
どちらかといえばサージュよりの精神世界の想定。