とある写しの恋煩い
―2話おまけ・とある審神者の強欲な持論―
欲しいものは、周りを蹴落として押しのけてでも得るもの。
火輪の審神者は、華々しい芸能界が、そういう場所だと知っていた。
目立つ仕事や位置を得ることだけではない。それは色恋沙汰においてもそうだった。
男も女も、野望でぎらぎらとしている世界。
そんな所にいたからには、彼女は強欲であった。
上に行きたい、一流になりたい。長く売れたい。
彼女はそれらを叶えるだけの素養があった。
母譲りの美貌。嫉妬に潰されない強靱な精神。多忙に耐える頑健な肉体。
普通の人間なら、条件が揃わず妥協する部分で、そうせずに済む才覚があった。
故に彼女は、野心が強く育った。
故に彼女の目には、優れた素養を持ちながら、
それを誇れずうつむく山姥切が、奇異に映った。
初期刀の性質を学ぶ就任前の講習で、事情は聞いている。
それでも、理解は頭で理屈を解するに留まり、腑に落ちなかった。
彼は欲しい癖に諦める。手が届かないと決めつける。
実体を持たず、何一つ意のままにならなかった時ならいざ知らず、
肉体を持って顕現した今でさえ。
彼にも、得たいという欲求自体はあるのだ。
精神が高ぶる戦場で、それは顕著である。
“俺は偽物なんかじゃない!”
渾身の一撃で斬り伏せる時、彼は魂の叫びのように雄叫びを上げる。
お前の価値は唯一無二の本物だと、父の傑作たる見事な切れ味と、
純粋に彼個人だけに捧げられる評価が、認める言葉が、欲しいのだ。
だが、それが無い物ねだりとでも思っているのか。
彼は予防線を張るように、卑屈な言葉を積み重ねる。
本当に欲しい物は、もはや諦めていると言わんげに。
それが火輪にとって、どうにも共感しがたい事であった。
故に彼女は、時々思っていた。
もっと素直に欲しがればいいのにと。
そんな彼の日頃の態度だからこそ、火輪はあの日の山姥切の様子にすぐさま気付いた。
試合開始前、相手の審神者に目が釘付けになるなんて、初めてのことであった。
あまつさえ、二度声をかけてやっと主人に気付く始末。
こんな事は、日頃ならありえないことだ。
あまりの分かりやすさに、正直に言えば彼女は大笑いしそうだった。
彼は一目惚れしたのだ。初恋だ。
試合中も集中できずに、たびたび観戦席に視線を送っていた。
見ている先は、火輪と話している相手。鴇環(ときわ)の審神者。
人見知りらしく、あがりつつ懸命に会話していた彼女は気付いていなかったが。
間違いない。会ったばかりの彼女に、山姥切は執着している。
本歌との比較しか出来ない人間は死滅しろとか、
刀は見てくれより切れ味を見ろとか、
そんな悪態や本音さえ素直に吐けないあの男が。あからさまに恋慕の情を見せたのだ。
会ったばかりの鴇環の審神者が気になって仕方がないと、顔に書いたのだ。
これに興味を引かれなくて、何とする。
年頃が近い事を口実に、火輪はまんまと鴇環の審神者の連絡先を手に入れた。
近々役に立つことは、あの時にもう確信していた。
せっかく自由な体を得たのだ。思うがままに生きればいい。
火輪はそう思っているからこそ、山姥切の自制心をあえて粉みじんに破壊した。
何しろ彼は、今までの刃生で欲しかったものを得られないまま数百年過ごしたのだ。
ならば恋した人間の女一人手に入れたって、
今までの不満の解消には足りない位だろう。
手足があり、口がある。助けを請える他者が居る。意思を叶える手段がある。
欲しがればいいのだと、ぎらつく炎陽は地で笑う。
―END―
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とある写しの悪魔な主人のおまけ。
火輪の審神者は上昇志向が強くて、欲しいものは実力でぶんどる主義の御仁。