隣は遠い




「ごめん、僕……そういうことは今、考えられないんだ。」
出来るだけ相手を傷つけてしまわないように、
精一杯気遣ってセシルはそう言った。
人気のない建物の裏手と、この気まずい空気。
彼らがここにいる理由は、それだけで自然とおおよその想像がつくものだろう。
「……そっか。ごめんね、セシル君。
時間、無駄に使わせちゃって……あ、バイバイ。」
たぶん、自分でも何を言っていいのかわからない様子で、
栗色の髪の少女はそれだけ矢継ぎ早に言い切ると、セシルの前から走り去った。
走り去る少女が、ちょうど角を通りかかったローザの目の前を横切る。
一瞬よぎった少女の目は、涙でもこらえているように真っ赤だった。
見ないで済ませてしまえばよかったのだが、
幼い時からの弓の鍛錬の賜物か、ローザの目はそれを見逃さなかった。
彼女が走ってきた角の先を見れば、
予想していた通り、そこにはセシルがいた。
一瞬目が合ってしまい、気まずそうにセシルの方から視線を外してしまったが。
告白される現場を見られてしまったのだから、当然のことだろう。
だから、言葉を探して四苦八苦するセシルに、自分から声をかけた。
「大丈夫。気にしないで。」
「ローザ……。」
「いいのよ。それだけ、みんなに慕われているってことじゃない。
それに……こういう時に会っちゃうのも、
運の神様のいたずらだと思えばいいのよ。ね?」
私は気にしていないからと、ローザは努めて自然になるように笑った。
セシルは幸い、あまり他人の感情にさとい方ではないから、気がつかないことを祈って。
「でも……。」
それでもローザの気持ちを何となく知っているセシルにしてみれば、
気にしないで済ませられるはずがない。
ローザの笑顔が無理しているものだとは、さすがに気がついている。
それが、セシルの前で醜い姿や情けない姿を見せたくないからだとは、
気がつかなかったが。
「ほら、後でカイン達と約束してるんでしょ?
早く行ってあげないと、嫌味言われちゃうわよ。」
何か言いたそうなセシルに、無理に背中を押すような言葉をかける。
この笑顔を無理して作るのも、なかなかつらい。
だが、それ以上に彼の前でいやな自分をさらけ出したくはなかった。
「……わかった。ローザ、またね。」
「うん、またね。」
何か言いたそうだったセシルを見送ってから、
ローザはふうっと息をつき、顔を曇らせた。
「ふぅ、危なかった……。」
セシルの姿が見えなくなったことを確かめてから、ようやく一言漏らす。
正直に言えば、セシルが承諾するはずがないとわかっていても、
さっきのように告白されている現場を見るのは胸が痛い。
好きな人が他の女性と一緒に居るから、というのが一番大きい。
それと、もう一つ。
―今告白すれば、自分もさっきの子みたいになるのよね……。
あれは、他人事ではないのだ。
今のセシルは恋愛自体を避けている。恋に臆病などということではない。
その理由は、彼が王に拾われた孤児であるということに起因するのだ。
今でこそ、そんな過去を思わせるような要素はないが、
カインや彼の昔からの友人たちによれば、
昔は親が居ないばかりに色々とトラブルもあったという。
そして、小さい頃からずっと、
彼は育ての親である王の恩返しをしたいと思っているとも。
だから今の彼に、騎士になるために必要な剣や勉学以外のものに構う余力はない。
つまり、恋愛をするなどもっての他というわけである。
第一、孤児である男と付き合うことを、大体の親は認めないものだ。
庶民の家でさえそうなのだから、
ましてローザのような貴族の家庭は推して知るべし、である。
もちろん、ローザもそれはわかっている。
彼女が想いを明らかにしてしまえば、
セシルを快く思わない母親に引き離されてしまうことは目に見えている。
それに彼は優しいから、ローザの想いに応えられない自分を責めてしまうだろう。
ローザもまた、セシルには迷惑をかけたくないと思っている。
彼は誰よりも、人に傷ついてほしくないと思っている人。
けれど、彼が進もうとしている道は、誰よりも人を傷つけるだろう。
なんという皮肉だろう。
王に恩を返すためとはいえ、あまりにも彼に向いていないように思える。
彼は弱くはない。ただ、戦士になるには優しすぎる気がするのだ。
きっと、他の人の倍は悩み、苦しんでしまうだろう。
だから、ローザはセシルを支えてあげたいと思う。
隣に立てなくても、後ろでそっと見守ることなら出来るに違いない。
得意の弓を生かせば、後ろから彼の助けをすることはたやすいだろう。
だが、ローザが望むのはそのようなことではない。
出来るのなら、その傷を癒す方を選びたいのだ。
そのためにとる道はただひとつ。
もうじき、ローザも今後の身の振り方を決める年になった。
始めるのなら、今が一番いい。
家に帰ったローザは、以前から決意していたことを母に告げることにした。
「母さん。私、白魔道士を目指すわ。」
一人の白魔道士が生まれる道のりが、始まった日だった。



―完―  ―戻る―

む、難しいですね。恋愛系はだめみたいです。
果敢に挑んでみましたが、あえなく玉砕の体をさらしております。
ローザ片思い状態です。セシルの側に居たいがために、彼女は白魔道士を目指したとか。
ゲーム中では相当大胆ですが、
思春期の頃は相当我慢していた面もあると思います。
欠片ほどでもそれが書けていれば、まだましなのですが。
考えてみればもどかしいのもラブラブも、時期をずらせば両方出来ますね、セシロザって。ある意味お得?