さにわんらいログその1


目次
色違い (加州清光&風花の審神者)
出迎え時の一幕 (薬研藤四郎&山姥切国広&火輪の審神者)
聞くまでもないこと (江雪左文字&幽霧の審神者)
お仕着せ (鶴丸国永&幽霧の審神者&依代の審神者)
切り札を乱発させないで (歌仙兼定&依代の審神者)

 


色違い
指定刀剣:加州清光 お題:カラフル

それは風花が審神者になってまもなくのこと。
まだ加州清光と五虎退しか居ない本丸の昼下がり。
縁側で清光と風花は、マニキュアを互いに塗るという話になって、まずは清光が彼女の爪に塗っていた。
三角の耳状の飾りが付いた紫の頭巾と、共布の狩衣を、
ピンクの膝上ワンピースの上に纏った彼の主人は、
紺色の長い癖毛を、背中の下の方で2つ分けに縛った、可愛らしい少女だ。
あいにく素顔は見せてもらったことがないが、
口元だけでもくるくる動く表情がよく分かるので、清光にとっては飾り甲斐のある主人である。
「清光君って、赤しか持ってないの?」
片手がもうすぐ塗り終るというとき、風花がふとそう口にした。
「うん、主にもらうまでは赤だけだったよ。」
「あ、違うの。マニキュアじゃなくて、それ。」
「これ?」
風花が空いた手で指差したのは、清光が首に巻いている長いマフラーの方だった。
「うん、それ。」
「そうだね、これはこの色しかないや。」
顕現時から身につけている服の一部なので、マフラーに色違いの替えは存在していない。
「せっかくだし、万屋に行って、マニキュアとお揃いの色のを買いに行かない?」
「えっ、いいの?」
「うん!後、髪の毛の紐とかも見に行こうよ!
清光君可愛いから、きっと何でも似合うよぉ〜♪」
思わず目を輝かせた清光に、風花も楽しそうに声を弾ませて応じる。
女の子はいつの世も着飾るのが大好きだ。
「へへ、やった!ねえ、いつ行く?」
「う〜ん、初めてのお給料が入ったらかな?
いつもらえるか、こんちゃんに聞いてみるねー。」
「忘れないでよ?」
「忘れないよ〜。」
念押しをすると、風花はまた楽しそうな声を上げて笑った。

後日、初給料日後の初休日に、
風花は約束通り清光を万屋に連れてきてくれた。
店は現代にある大型スーパーのような立ち位置で、品揃えは幅広い。
そのためか、いつもそこそこ客が多い。
「服はどっちにあるっけなー?」
就任後日の浅い風花は、ここで買い物をしたことがまだほとんどない。
きょろきょろと見回していると、ちょんちょんと清光が彼女の肩を叩いた。
「あっちじゃない?」
「あ、あっちかー。」
いわゆる紳士小物の売り場は、1階の奥の方だった。
本丸の景趣を自由に設定できるためか、ここには常にオールシーズンの商品が置かれている。
現世の店ではお目にかかれない、ちょっと不思議な光景だ。
もちろん、マフラーも置いてある。
しかも、何故か計ったように清光が持っているものとよく似た幅のものだ。
「わ〜、そっくり!もしかして、みんな色違い買いに来るのかな?」
「まあ、よその俺も同じ本霊から生まれた分霊だしね。欲しくなったのかも。」
「そうだねぇ、ありそう〜。ねえ、何色がいい?
お金一杯あるから、何本でもいいよー!」
「え〜、どうしようかな……。」
色は全部で10色もあるらしい。
形の違うものを入れれば、さらに選択肢は増える。迷いどころだ。
そうだ、と清光は閃いた。
「ねえ、せっかくだから主が選んでよ。」
「え?わたし??」
風花が自分を指差して目を丸くする。
頭巾の下なので目元は清光には見えないが、動揺は手元と声にしっかり出ていた。
目は口ほどにものを言うというが、そこが隠れても彼女はとても分かりやすい。
「うん、こんなに一杯あると迷っちゃうし、せっかくなら主が選んでくれると嬉しいなーって。」
「え〜、センスそんなにあるわけじゃないよー?
お父さんへのプレゼントくらいしか、男の人のプレゼントって選んだことないし。」
「いいの、センスとかじゃなくて、主が俺のために選んでくれたのが欲しいんだから!」
愛されたがりの彼らしい要求である。
しょうがないなあと言いつつ、まんざらでもないように笑って、
彼女は赤みのある紫色とレンガ色を選んだ。
「ピンクも似合うかなーって思ったけど、清光君は男の子だもんねー。
だから、レンガ色と紫色。どっちも大人っぽくて素敵でしょ?」
「うん、いいね。しかもこれ、主の頭巾の色みたい。」
紫の方のマフラーをつついて、清光はにこりと笑った。
「え?あ、ほんとだ!お揃いか〜。」
指摘をされて、彼女がびっくりした声を上げる。
どうやら本人は気付いていなかったらしい。
「主は嫌?」
「え?え?そんな事ないよ!清光君が嫌じゃないんなら、紫買うよ!」
「じゃあ、決まりー。」
清光がちょっとしょげたような顔をしたら、
必死で手を振って否定する主は、愛嬌があって可愛らしい。
「ねえ主、また買い物連れてってよね。」
「うん、もちろん!」
買うものが決まったので、中央にある会計に品物を持っていく途中、
清光は早速次回の約束を取り付けた。
「今度は俺が主に見立ててあげるからさ。」
「何を選んでくれるの?」
「ふふーん、何だろうね。その時までじっくり考えとくから。」
「ほんと?やったー!」
嬉しそうに手を握りこんで喜ぶ仕草をする風花は、
服を贈られる意味なんて特に深読みせずに喜んでいる。
時代による文化の違いもあるのだろうが、その素直さは清光が好む主の良さであった。
実際、この提案は単純なマフラーのお礼なので、深い意味はない。
「約束だよ?」
「うん。だから、空いてる日を後で教えてよね。」
「はーい♪」
尻尾があったらパタパタ振ってそうな彼女の頭を、
清光は気付けばポンポンと撫でていた。

 


出迎え時の一幕
指定刀剣:薬研藤四郎 お題:?

「帰ったよー、野郎共ー!」
本丸を照らすかりそめの太陽がすっかり沈んで、
そろそろ夕飯の支度を始めようかと思い立つような頃合い。
玄関の方から、年若い少女の声がかかった。
「大将のお帰りだぜ、近侍殿。」
「ああ。」
出迎えに行くぞと薬研が言外にせっつけば、書き物をしていた山姥切が、筆を置いて立ち上がる。
初期刀であり、ずっと彼女の近侍を勤める彼は、現世と本丸を行き来する多忙な女主人の出迎えが習慣だ。
「お、今日は薬研もお出迎え?」
玄関に行くと、そこには波打つ深紅の髪をポニーテールと編み込みのカチューシャにした少女が立っている。
彼らの主・火輪の審神者だ。
山姥切より少し低い程度の長身に、丹色の膝上丈の着物ドレスという出で立ちは、
彼女のここでの仕事着である。派手な格好だが、本人も派手なのでよく似合う。
「近似殿を手伝ってたんでな。」
「ほうほう、感心だねお兄ちゃん。いい子だー。」
勝気なレンガ色の目を細めた火輪に、薬研はぽんぽんと肩を叩かれる。
彼は短刀達の中では割と年長の外見と精神なのだが、
背が打刀並みの主人には、どうも他と大して変わらぬお子様らしい。
声音の使い方がそう言っている。
「どう、少し慣れてきた?」
「ああ、おかげさまでな。」
扱いのささいな不満は一旦横に置いて、問いかけにそう答える。
来てまだ数日の薬研は、現在本丸内で行う刀剣達の仕事を一通り経験する期間だ。
その一環で、今日は山姥切の仕事を手伝っていた。
昨日までは食事当番や畑仕事などの当番も行っていたので、そろそろこれで一通り経験した事になる。
「こいつは書類仕事も得意みたいだからな。助かる。」
「へー、それは良かった。そんじゃ、明日もお願いしよっか。」
その提案に異論はないと、山姥切が首肯した。
火輪がさっと手元の端末を起動して、恐らくは今決めた内容を打ち込んでいる。
主従の会話は息の合ったものである。
彼らの付き合いはまだ2ヶ月にも満たないというが、薬研の眼にはそうは見えない。
主は派手な出で立ち通りの自信家で、翻って山姥切は端正な顔を布で隠してしまう卑屈な性格と、
かなり対照的な性格だ。
しかし、仕事に関しては2人ともきっちりしているので、そこで気が合うのかも知れない。
「なー、大将。ここの近侍ってのは固定なのかい?」
「うん?やりたいの?」
興味本位で尋ねてみれば、火輪は鳩が豆鉄砲を食ったようにきょとんとしている。
この本丸に先にやってきた粟田口の兄弟などは、彼女にそういう事は聞かなかったらしい。
山姥切も少し驚いたような顔をしていた。
「そりゃー、俺っちは刀だし。しかも短刀といえば懐刀だろ?
主の側に侍るってのは結構良いものだぜ。」
「そんな下らない理由か……。」
呆れ顔で山姥切が嘆息した。
「よく言うぜ旦那。あんただって、図体はでかいが考えてる事は一緒だろ?
あんたも刀だもんなー。」
「うるさい。」
わざとらしく薬研が言ってやると、山姥切が布を目深に被りなおしてそっぽを向く。すねたらしい。
体こそ年かさで大きいが、存外子供っぽい振る舞いをする打刀である。
「別に恥ずかしがる事ないだろうよ?
刀ってのは主に携行されて振るわれる、それが喜びじゃあないか。
それとも近似殿は別のことが嬉しいのかい?」
「ああ、確かにそれが本能だ。で、それをそんな風にわざわざ言い立てるお前は何がしたいんだ?
俺をからかって何が楽しい。」
「おっと、こりゃからかいすぎたかな?」
真面目な男だとは思っていたが、ちょっとした冗談もお気に召さないらしい。
「はいはい、くっだらない事で喧嘩しなーい。まんばさんももうちょい煽り耐性つけな。
そんなんじゃ苦労するぞー。」
「ほっといてくれ。」
「あんたの真面目なのはいいところだけどさあ、
そんなんじゃこれから来る連中におもちゃにされるよー?
お子様の煽り位、もうちょっとスマートに返しなっての。」
「おい大将、俺っちがお子様ってのは聞き捨てならないな。
これでも本性は超が付く骨董品なんだぜ?見てくれで判断してもらっちゃあ困るんだが。」
「はー?見た目年齢アンダー12はお子様でしょ?
くやしかったら、あたしの身長抜いてみなー。」
「おっと、これは俺の堪忍袋の緒を試す気かい?喧嘩なら全力で買うぜ。」
外見や精神年齢がおおよそ本体の仕様で決まる不老の付喪神は、もちろん背が伸びるという事はない。
それを承知でその台詞とは、端的に言えば喧嘩を売っている以外の何物でもなかった。
「おーっと、薬研君も煽り耐性はなかったかなー?」
「何の勝負だ……。もういいから、厨(くりや)に行くぞ。
あっちからお呼びがかかる頃合いだ。」
低レベルな煽り合いに呆れた山姥切が、時間を理由に話を強制終了にかかった。
「おおっとそうだった。大将と喧嘩してる場合じゃなかったな。」
「ん?今何時だっけ。」
「6時を回った。」
「ああ、じゃあ行ってきてよ。あたしは荷物片してから行くー。」
狙い通り喧嘩は止んで、火輪は2人に手をひらひら振りながら、自室に向かっていった。
「ちゃんと手伝いに来いよー。出来上がってから来るのはなしだからなー?」
「はいはい。わーかってるっつーの。」
口を尖らせる彼女の投げやり具合に、こんな事で子供っぽい反応をする人間には、
子供扱いされるのはやっぱり少々癪だなと、薬研は内心思っていた。
身長の件でまんまと煽られた件は、高い棚の上に置き去りにして。

 


聞くまでもないこと
指定刀剣:江雪左文字 お題:?

しとしとと降る雨は、この居間の縁からぼんやりと空を見上げる少女には良く似合っている。
そのように、江雪左文字は感じた。
少女は見習いの審神者。職務上の名を幽霧という。
柳煤竹の作務衣に、灰緑色の前掛けという服装は、
もし身につけるものがそれだけだったなら、地味ながら活動的に見えただろう。
だが、彼女の纏う雰囲気は、静かに降るこの雨のように陰気だ。
目深な柳鼠のフードと口布で顔を隠し、枯草色の髪はわずかに覗く目元すら覆いがちだ。
顔も体も極端に露出がないので、最初は彼女が男女どちらか迷う者も居る。
「止みませんね。」
「……そうだね。」
江雪が沈黙を破って話を振ると、何の感慨もなさそうな淡白な返事がよこされる。
こちらを振り返りもしないのは、気が乗らないのではなく、彼女の性格ゆえだ。
愛想がない奴だが、嫌ってるわけじゃないから流してやれと言ったのは、鶴丸であった。
彼女がこの本丸に身を置く理由を作った男は、
飄々としたいたずら好きでありながら、気の利く性格である。
一人静かに過ごす事を好む江雪にとって、愛想の良し悪しは瑣末な事。
元より気にしないという旨を伝えると、「それなら良かった。」と彼は笑っていた。
そんな取りとめもない思考がよぎるのは、やはりこの雨ゆえか。
「君も、雨は嫌い?」
「いえ。適度な雨は恵みです。それに、この音は心を穏やかにさせてくれますので。」
「そう。鶴丸は、退屈だと言ってる。」
ぶっきらぼうに言う彼女の鶯色の瞳は、相変わらず雨を見ている。
ぼんやりとした瞳は、どこか虚ろだ。
今日に限らず、彼女の素の表情は大抵このようなものである。
そんな様子は、あまり他人の内面に踏み込まないで静観する江雪の目にも気にかかった。
だからある時、鶴丸にぽろっとこう言ったのだ。
―あの方は、号の通りの方ですね。―
「ゆうぎり」という音に、源氏物語で知られる「夕霧」ではなく、「幽霧」と当てたのは、
あの不意に掻き消えてしまいそうな、不確かな虚ろさだろうか。
―縁起でもない事を言うな、君は。―
まだ繋げたい言葉が残っていたのに、咎めるような言い方で鶴丸は割り込んできた。
明らかに不快に思っているようであった。
―すみません。良い名ではないでしょうに、皮肉な事だと思ったのです。―
―ああ、そういう事か。そうだな、それなら俺も同意する。―
黙っていれば儚げに見える白雪の付喪神は、金の瞳を閉じてそういった。
彼は見た目に反して、場を明るくする才に長けた男だ。
白い装束を汚す事も厭わずに、好奇心や興味の赴くままに活動する。
そして戦では、血を浴びて雄々しく舞い、さながら猛禽のように頼もしい。
しかし、彼の主人である幽霧は違った。
たまに鶴丸に驚かされれば年相応に動揺するし、
尊敬しているこの本丸の主・依代の審神者の前では、目にほのかな憧憬を宿す。
けれども彼女は、始終存在が薄く感じられるのだ。
いつも覇気がなく、物思いに沈んでいるように見える。
そして、それは江雪一人の所見ではないのだろう。鶴丸は、何かにつけて彼女を構う。
驚かすための時もあれば、他愛の無い雑談であったりもする。
煙たがられてもやめないのは、きっと彼女の素の表情が嫌いなのだろう。
驚きがなければ心が死ぬと公言する彼にとって、
虚ろさを目に宿した主人は、心が死んでいるように見えるに違いない。

―そっとしておいても、良いとは思うのですが……。―
問いかけるまでもなく、彼女はきっとつらい経験を短い生涯でいくつもしてきたのだろう。
心の傷は治りが悪い。彼女の瞳から憂いが去るまで、何年もかかるに違いない。
平安の世からずっと世を見続けてきた鶴丸も、それは知っているだろう。
それでも彼は、早くその憂いを取り払ってやりたくて、憂う隙をなくそうとしているのか。
詮無い考えが、雨の日ははかどる。

「雨が、止むとよいですね。」
思案の海に耽りながら、不意に江雪は呟いた。
「……恵みの雨じゃ、なかったのか?」
怪訝そうな顔をして、幽霧は江雪の方を見た。
「いいえ、こちらの話です。」
かりそめの空が降らせる雨は、まだ当分降り続く。
―あなたの胸中に降る雨は、いつ止むのでしょうね。―
かの白い付喪神が雨を嫌うのは、外に出られず退屈であるという事ばかりでもないのではないか。
そんな仮説が、ふと江雪の頭をよぎった。

 


お仕着せ
指定刀剣:鶴丸 お題:?

常ならばフードに隠れたまま、ろくに向けても来ない虚ろな鶯色の目が、
深く煮詰めた怨念に淀んでいる。ある意味、日頃の何倍も生き生きとした瞳だ。
大変ポジティブな解釈をすれば。
「覚えてろ……。」
地獄の底を這い回る亡者のように恨めしげなコメントを残して、
鶴丸の主である見習い審神者の少女・幽霧は、服を抱えて部屋に引っ込んでいった。
部屋の中から、衣擦れの合間に「くそっ。」だの「最悪だ。」だの、
各種悪態が聞こえてくることに関しては、彼は華麗に無視した。
世の中、水に流すことは大切だ。
この本丸に存在するトイレだって、不浄のあれこれを綺麗さっぱり流してくれる。
水に流す行為は偉大なのだ。
「だが、君の大好きな先輩からの贈り物だぞ?」
ふすま越しににっこりと顔と声に上機嫌な色を乗せて呼びかける。
「うるさい、黙ってろ!!」
案の定、罵声が飛んできた。
―いやあ、着せ替え1つで恨み言がすごいもんだな、我が主は。―
ふすま越しに漏れてくる恨みがましいオーラには、さすがに苦笑せざるを得なかった。

現在この主従は、鶴丸曰くの着せ替え1つで恨む恨まないの騒ぎである。
世の中の諸兄諸姉は、恐らく彼が着用者の羞恥を煽るような、
ろくでもない衣類を押し付けたと推察するだろう。
しかし、よその本丸の鶴丸はともかくとして、ここに居る鶴丸は別にそんな愉快な事はしていない。
むしろ普通の女性だったら、喜んで受け取る範疇のものを渡したのだ。
何しろ、極々普通の白を基調としたゆったりしたチュニックである。
下には上品な緑青色のくるぶし丈のズボン。割と足の線に沿う、いわゆるスキニーに近い類のものだ。
彼女の年頃なら好む者は多いだろう。しかもプレゼントも彼の独断ではない。
彼女の指導役である依代の審神者から、
「似合う服をご一緒に見立てて下さりませんか?」と頼まれた結果だ。
神に仕える巫女のように付喪神達を尊び、後輩たる幽霧にも何かと親切な依代の事を、
当然彼女は慕っている。
ぶっきらぼうで思ったことを飾らずに言う癖のせいか、依代を赤面させる程度には良く思っているのだ。
そんな人物の依頼という大義名分があるというのに、
「覚えてろ。」とまで言われるのは、その上下セットに鶴丸の趣味を包み隠さず放り込んだせいだろう。

審神者といえど、特に現世で学生の身分であると、本丸と現世を週に何度も行き来するものは多い。
国が定めた義務教育期間の学生である幽霧も、例外ではない。
制服を着て週3日の登校日に現世へ出て行く彼女の姿は、すっかりおなじみである。
ただ、それとはまた別に、普段着で現世に外出する日もある。
こちらは依代が、学校と本丸の往復では味気なさ過ぎるという理由で、
「私のわがままに付き合って」という名目で週1日連れて行く日だ。
そこでの装いが、先の鶴丸への相談に繋がる。
幽霧の格好は、制服が一番色目が鮮やかであるというレベルで、とにかく地味だった。
まず、色がいけない。華美を禁じた時代に流行ったという、四十八茶百鼠の類の色ばかりを着る。
ついでに組み合わせも悪い。何故か色味や明度差が似通った色ばかり組み合わせる。メリハリがない。
花盛りの10代の少女がこの有様。同じ女性として、依代は結構嘆いていた。
「まだ若いんですよ。いえ、わたくしも十分若い方ですが、彼女はもっと若いんではありませんか。
それなのに、若いうちしか着れない物を全然着ないなんて……。
ええと、鶴丸様にお尋ねすることでもないかもしれませんが、その……もったいないと思われませんか?」
控えめな言い方で隠しきれていない憤慨のようなものをこめて、
依代は幽霧のファッションセンスについて、鶴丸に直訴してきた。
彼女も彼女で派手な色好みではないのだが、清楚な色が好きなのであり、お洒落自体は大好きだった。
白っぽい色を好んで着るので、趣味に関してはちょっと気が合うと思ったのは鶴丸の秘密だ。
ともかく、お洒落をさせてあげたい。
自分からの贈り物というだけだと辞退されかねないので、
2人からならといえば何とか押し切れないかと、そう依代に頼まれた。
自分の主の格好についての苦言なら、洒落者の燭台切ではないが物申したいことはあった鶴丸だ。
二つ返事で引き受けて、普段彼女が絶対に着ない物ばかりを候補として提示した。
「こんなのはどうだい?」
依代の端末の画面に表示された様々な服から、
白を基調としたチュニックと、茜色のくるぶし丈のズボンを指す。
「まあ、素敵でございます。
ええと……僭越ですが、下はこちらの色の方が少し抵抗がないと思うのですが、
いかがいたしましょうか?」
日頃赤を着ない彼女に、鮮やかな赤は抵抗が強いのではと気遣って、
依代は鶴丸が目を留めたズボンの色違いを提示した。
あえて本人の趣味を外したプレゼントとはいえ、
贈るからには少しでも気に入ってもらえる余地は残したいものだ。
「んー……まあ、最初だしなあ。これ位で勘弁しておこうか。」
彼女の意図は理解できたので、この辺りが妥協点だろうと、鶴丸は提案を受け入れた。
服を買うのは、今回が最後というわけではないのだ。
「では、注文を確定しておきます。
ありがとうございました。鶴丸様に相談して正解でございました。」
「こういう相談だったら、またぜひ頼むぜ。大歓迎だ!」
「ええ、でしたら、またお言葉に甘えさせていただきます。」
こんなに正面からべた褒めされることは、そういえば同じ刀剣から出すら滅多にないなと、
そんな事を考えながら、鶴丸は彼女の前を辞したのであった。

そして現在。
着替え終わったらしい幽霧が、ふすまの隙間から這い出る幽霊よろしく、のっそりと顔を出した。
「着替えた。これでいいか?」
フードは外しても、口布は外さなかった幽霧が、ぶすっとした顔でぼやいた。
2人で見立てた服は、ちゃんと似合っていた。
「おー、いいじゃないか。見立てた彼女も喜ぶぞ。」
「わざと白をぶち込んだ犯人の癖に、白々しい……。」
「確かに提案したのは俺だが、同意したのは君の敬愛する彼女だぞ。」
それを指摘すると、幽霧はぐっと一瞬うめいた。
彼女は本当に依代を慕っている。こう言われたら、絶対無碍に出来ない程度には。
「だから君を恨むんじゃないか!!何で白なんだ、何で!!」
「心外だな。黄色も入ってる。」
「ほとんど白じゃないか!!せめて、せめて百歩譲って、黄色がベースならましだった……!」
幽霧は、汚れやすいという実利上の問題以外でも白い服が嫌いだ。
本人曰く似合わないとのことだが、いざ着せてみると説得力は微妙である。
枯草色の髪も鶯色の目も、肌の色味も、別に白い服の邪魔はしない。
まあ、そうであるから鶴丸は容赦なく白を選んだわけだが。
「そう腐るな。師匠とのお出かけにもちゃんと着ていくんだぜ?」
「……次に出かけた時は、自分で買ってくる……。」
からかう鶴丸に反撃せず、がっくりうなだれた幽霧だが、着ないとは言わなかった。
優しく美人の師匠には弱いのだ。
「ああ、買ってくるといいさ。ただしいつも買う色以外でな。」
「鬼、悪魔、邪神。」
「お、人でなしとは言わなかったか。抜け目ないな。」
呪詛を吐きながらも妙に冷静な主人がおかしくて、くつくつとのどの奥で鶴丸は笑った。
当然睨まれたが、ひよこに威嚇されるようなものである。

後日、現世に依代と出かけた幽霧が、
向こうで依代に頼み倒されたのか鶴丸の指定を律儀に守ったのか、
いつもよりほんの少しだけ鮮やかな緑の服を買って帰ってきたのは、また別の話。

 


切り札を乱発させないで
指定刀剣:フリー お題:ひだまり

暖かな春の日差しが、本丸を照らす。
そこにさかさかと、庭を竹箒で掃く音が聞こえていた。
音の主は、この本丸の審神者である女性・依代(よりしろ)。
六芒星を描いた面布で目元を隠し、藤色の巫女袴に白の千早という格好は、
女性の審神者にはよくある巫女風の出で立ちだ。
そこに、濃い灰色の髪をリボンの形に結って個性を添えている。
彼女はふと手を止めて、空を見上げた。今日もいい天気だ。
春の景観にしているため、本丸のあちらこちらに花びらが舞い散っている。
掃除は大変だが、掃いているのが花吹雪なら悪くはない。
竹箒を一旦置いて、ちりとりに集めた花びらを袋に詰める。後で燃やす場所に運ぶのだ。
ここは広いので、それもなかなか重労働だが。
「ふう……。」
ひとまず一袋ふさがったので、一旦口を縛っておく。
結構疲れてきているので、ついため息が出た。
「まだやっていたのかい?」
そこに、一人の刀剣がやってきた。雅を愛し、この春の景色も好んでいる男。
依代の初期刀である歌仙だ。
「歌仙様。ええ……思っていたよりも、たくさん散っておりまして。」
「そろそろ休憩にしたらどうかな。朝からずっとやっているだろう。」
昼食の片づけを終えてから、かれこれ2時間以上経っている。
歌仙の記憶が正しければ、ぶっ続けのはずだ。
少なくとも、途中で様子を見に来たときには、今のように作業中だった。
しかし彼女は時間の感覚が飛んでいるのか、そうだろうかとばかりに首をかしげる。
「後もう一袋分集めたら、休憩しますね。」
「さっきもそう言っていなかったかな?」
「……そうでしたでしょうか?」
「ああ。」
どうやら没頭していて、本当に時間の感覚が飛んでいるようだ。
この流れで歌仙はそう確信した。
「後もう一袋だけ……。」
「神命だよ。一旦休憩にしよう。」
「……承知いたしました。」
歌仙が言った言葉は、対依代の最強の切り札だ。
口元を一瞬反論したげにそわそわさせたが、依代は結局折れた。
歌仙様もお人が悪いと、彼女は心の中でだけ反論する。
「こんないい日和の時に、下ばかり見ているのはもったいない。
良い茶菓子もあるんだ。お茶に付き合ってもらうよ。」
「では、ご相伴にあずからせていただきます。」
甘いものは依代も好きだ。淡いピンクの口紅を引いた口元が、楽しそうに弧を描いた。

普段歌仙は茶室などで楽しむことが多いのだが、
今日は暖かく天気がいいので、縁側でお茶をすることになった。
2人でお盆を挟んで、まったりとおやつの時間というところだ。
「やれやれ。あんまり僕に切り札を切らせないで欲しいね。
君は仮にも僕の主なんだから。これじゃあ、どっちが主人だか分かったものじゃない。」
上品な甘さの羊羹を黒一文字で切りながら、歌仙は先程の件を嘆いた。
主に対して最高の切り札である「神命」だが、
使うたびに主従関係の形に疑問が深まる諸刃の剣なのだ。
だが、依代は全く気にしていない。
「そう仰いますが、本丸の管理者こそわたくしですが、
人が神の主人を名乗るなど、恐れ多いと存じます。」
きっぱりと彼女は言い切った。何の迷いも疑問もない口ぶりだ。
その態度は、部下を咎める上司ではなく、主君を諌める臣下のそれである。
「君は審神者に昔から憧れていたと、こんのすけが言っていたけど。
その辺も承知でなったんじゃないのかい?」
どことなくすねているような声音で、歌仙が言う。
審神者は付喪神を従え、使役する存在だ。
神社の神を崇めて奉仕する神主や巫女とは、同じ神に関わる仕事でも少々趣が異なる。
神社と神々が好きな彼女なら、そんな初歩的な違いは十分承知しているはずだ。
「それは、神々に側近くお仕え出来るからでございます。
ですから、毎年欠かさず近くの神社で巫女として奉仕しておりましたし。
小さなお社でしたから、正月と祭りの時だけでしたけれど。」
就職先を微妙に間違えてるんじゃないかと歌仙は思ったが、
基本的に審神者は政府が任命するものである。
―いや、僕らも神の端くれだし、祭り上げられて悪い気はしないんだけど。―
ただ、神社暮らしが長かったり、
美術品として珍重され誉めそやされ続ける歴史が長かった刀剣と比べて、
歌仙はそういう待遇に慣れていない。
おだてられすぎてこそばゆいというか、据わりが悪いというか、
とにかく、神社に祭られる神のように接されると、戸惑いが勝つのだ。
元々道具の付喪神である彼らは、人間に親しみ、使ってもらう事が楽しいという本能が強いのだ。
「もう少し偉そうにしたっていいんだ。どうかな?」
「恐れながら、謹んで辞退させていただきます。」

さすがに今度は、神命の切り札は使わなかった。



―END―  ―戻る―

pixivにアップしたさにわんらいのログ。