さにわんらいログその2


目次
主と主の時代についての雑談 (和泉守兼定&堀川国広)
霊媒体質はつらいよ (石切丸&依代の審神者)
散策はおやつの得 (三日月宗近with女審神者4人)
今夏のファッション談義 (山姥切国広&乱藤四郎&火輪の審神者)
晩夏の布事情 (山姥切国広×鴇環の審神者)

 


主と主の時代についての雑談
指定刀剣:フリー お題:審神者のはなし

帰りは友達と遊んでくるといって、演練後に主人が刀剣達と別れたのはつい先ほど。
帰り道、今日の演錬に参加した部隊の隊長である和泉守は、
現在盛大にため息をついていた。
「兼さん、大きなため息だね。」
「女ってのは、どーしてああもキャーキャー騒ぎたがるんだ?」
演練に一緒に参加した知人の女審神者3人を誘って、
帰りは焼肉だと大はしゃぎしてゲートに飛び込んでいった主のことを思い出して、
和泉守はげんなりした顔になった。
「やだなあ、そういう風に出来てるからじゃないか。」
「だけどなあ、たまの休みに自分の用事優先ってのは薄情じゃねぇか?」
本丸では、主の帰りを首を長くして待つものは多い。
今日一緒に演練に出かけた部隊の者もそうだし、遠征に出かけている部隊もそうだろう。
上司を名乗るなら、もう少し部下に時間を割いてくれとぼやく。
ふてくされている相棒の姿に、堀川は苦笑した。
「それを主さんに言ったら、また血走った目で怒られるよ?」
「だからお前に愚痴ってるんだろうがよ。」
「うん、知ってる。」
何しろ、刀としての体しかなかった頃からの長い付き合いだ。
考えていることなんて、お互い大体わかっている。
「可愛げねー女だぜほんっと。野郎並みにでっかいせいじゃねえかあの可愛げのなさは。」
彼らの主は、近侍の山姥切国広並みに背が高い。女性としては、現代でも割合稀少な水準である。
おまけに勝気で負けん気が強く、和泉守のような喧嘩っ早い部類の刀剣と口論になっても、
全くひるまないどころか押し切ってくる。
口喧嘩の練度が高いわけではないので、彼の勝率は地味に低かった。
「まあ、大目に見てあげなよ。仕事をサボってるわけじゃないんだから。」
「でもどーせ夜遅くまで遊ぶんだろ、あいつ。」
「そういうものらしいからね、今の時代の女の子は。」
彼らの生きた時代では信じられないことに、現代の女性は夜遅く、
それこそ日付が変わる頃まで出歩く事に抵抗がない者が多いらしい。
仕事であったり遊びであったり、理由は様々だが、いずれにしろ時代差がすごい話である。
「ありえねー。どんだけ平和ボケしてる時代なんだよ。」
「どれだけって、女の子だけで隣の町に行ける位の時代だよ。
僕も行ってみたいなあ。」
主の生きた時代には興味がある。
本霊からある程度2200年代の情報をもらっている刀剣も居るのだが、堀川は割と疎い部類だった。
「やー、無理だろ。短刀連中すら連れ出せねえ悪法があるんだろ?」
「ああ、もしかして山姥切から聞いた?」
「聞いた聞いた。『銃刀法』だろ?糞だな全く。」
「やだよねー、あれ。」
全本丸の刀剣達に、現世の不要な法律に関するアンケートをとったら、
恐らくぶっちぎりの一位を取るであろう銃刀法。
政府視点では治安を維持するためのとても大切な法律なのだが、
刀剣にとっては現世での主を護衛する最大の邪魔物であり、天下の悪法だ。
この法律、審神者からもせめて短刀を持ち出せるくらいに規制を緩くしろと再三要望が出ているのだが、
現在改正はなされていない。
「あ、銃刀法で思い出した。」
銃つながりで、あるものを思い出して、堀川は手を打った。
「どうした?」
「短刀達が欲しがってた水鉄砲、注文してもらおうと思ってたんだよね。」
「いいんじゃねえか?後回しで。」
「兼さんも覚えておいてよ。僕が居る時に帰ってくるか分からないし。」
「わーったよ。」
がりがりと頭をかきながら、投げやりな返事がよこされる。
短刀達は、主が土産や取り寄せで持ってくる2200年代の品物が大好きだ。
好奇心旺盛な子供の姿と精神をとるせいか、新しい文化へのなじみは特に早い。
「ところで、主さんは今日何時ごろに帰ってくると思う?日付が変わる前か後で言ったら。」
「さーなぁ。俺は後にかける。」
二次会だなんだといって、帰りは0時を少し回るだろう。
それが大体、現代の遊び場に行った時の主のパターンだ。
「うーん……じゃあ、僕は前に掛けるな。」
「お?主に甘いじゃねーか。贔屓か?」
「いやあ、そうでもないよ。冷静な分析したつもり。」
だって今日遊ぶ子達の中に、前の時よりお堅そうな子がいたからね。
という言葉は、胸の中でだけ呟いた。

 


霊媒体質はつらいよ
指定刀剣:石切丸 お題:手ほどき?

本日も一人加持祈祷に勤しんでいた石切丸の元に、今日は彼の主が訪れていた。
濃い灰色の髪をリボン型に結った、藤色の巫女袴の女審神者・依代。

彼女は切実な願いを持って、自分が従える立場の刀剣に伏礼をしていた。
「お願いです、石切丸様。
わたくしに、悪霊避けの護符の作り方を伝授していただきたいのです。」
「ああ、私でよければ。」
快諾した瞬間の依代は、面布で目元が隠れていてもバレバレなほど明るくなった。

「それにしても、悪霊避けの護符なんて、どこで使うのかな?」
用意した小さな木片に、依代と共に術式を書きながら、石切丸が尋ねた。
本丸は付喪神とはいえ、神々のたまり場である。
ちょっとやそっとの雑霊が入り込む余地はないだろう。
「もしかして、近々現世に?」
「はい。週末に、祖父母の墓参りに行く予定がございまして。」
審神者の号に依代と名付けられるだけあり、
石切丸の主は強い霊媒体質の持ち主である。
審神者としての素質より、神の媒体たる巫女としての素質の方が高い位だ。
「しかし、墓参りは昼間だろう?」
「念には念を……と思いまして。
お恥ずかしい話ですが、わたくし、いわゆる心霊スポットでは百発百中で取り付かれるほどでして。
中学生の時、友人に無理に誘われて肝試しに行った時は……もう……。」
依代は言葉を濁してしまったが、落ちは大体想像がついた。
雑霊に取り付かれて、収拾がつかなくなったのだろう。
彼女は物腰柔らかい人間だから、そうなると分かってても断りきれなかったのかもしれない。
「それは災難だったね。さて、後はこの術式に祝詞で霊力を吹き込めば出来上がりだよ。」
まずは手本を見せるため、石切丸が術式を書いた木片に祝詞を唱えて神力を吹き込む。
「知っているとは思うけど、祝詞は一言一句同じである必要はない。
大事なのは、込めるべき思いを間違えないことだ。」
「はい、分かりました。」
今度は依代が祝詞を唱える。霊力が彼女の持つ木片に吹き込まれた。
「……いかがでしょうか?」
「ふむ……。」
木片を受け取り、石切丸はしげしげと眺める。
霊力は正しく術式に付与され、正常に働いているように見えた。
「うん、合格だ。初めてでこれだけ出来るなら十分すぎるよ。」
「良かった……ありがとうございます。」
ほっと息をついて、依代は微笑んだ。
これの出来栄えで墓参りの成否が左右される気分であった彼女にとって、
石切丸の押してくれた太鼓判はありがたいものである。
「ついでに、墓参りの日がつつがなく終わるように、祈祷でもしておこうか?」
「まあ。お気持ちは大変ありがたいことですが、身に余ります。
わたくしには、教えていただいた護符で十分でございます。」
本当にそう思っているのが、この主の神に対する謙虚なところである。
初期刀の歌仙にとっては少々頭痛の種らしいが、
神社暮らしが長い石切丸にとっては、敬虔で感心な巫女として結構だと思えた。
巫女ではなく審神者なのだが、こういう接し方に慣れているので仕方がない。
「それでは失礼いたします。お邪魔いたしました。」
頭を深く下げた後、依代は静かに部屋を辞していった。

「さて、今日の祈祷は……。」
依代には断られてしまったが、ここはやはり彼女の墓参りの平穏を祈願しておくべきだろう。
大幣を手にとって、石切丸は早速祈祷を始めた。

 


聞くまでもないこと
指定刀剣:三日月宗近 お題:?

暇な時に散策をしていると、徘徊するなだの迷子になるなだの、
日頃散々な言われようであるが、気ままに出歩くというのは色々と良い事があるものなのだ。

それは昼下がりの厨(くりや)に立ち寄った時の事。
「立ち入り禁止★」と可愛らしい文字で書かれた張り紙がされた戸を開けると、
そこでは主とその友人の女審神者3人が、何やら料理しているところであった。
「良いにおいだな。何をしておるのだ?」
「わぁっ!」
俺が声をかけると、肩を跳ねさせて主は仰天した。
この主、何かとあれば面白い位良い反応を示すので、
本丸のみながついちょっかいをかけたくなる愛い娘だ。
料理をするためか、いつも着ている紫の狩衣を脱いで、
その下にある桃色の被り着(ワンピースというらしい)1枚になっている。
「まあ、三日月宗近様。ええと……お飲み物がご所望でしょうか?」
主の隣で、たすきがけをした巫女装束の審神者・依代が、遠慮がちに問うて来た。
彼女は主にとって、現世での学び舎から付き合いのある先輩だ。
「いや、楽しそうな声が聞こえてきたのでな。つい覗いてしまった。」
「立ち入り禁止って文字シカトしないでよねー、三日月おじい。」
恐らく狐面の下で呆れ顔をしたのは、火輪の審神者。
こちらも身軽な格好をしている。内番で刀剣がするような格好だな。
「別に見られて困るものでもないし、いいんじゃないか。」
「おお、寛容だな。」
「別に……。」
山姥切のように目深に頭巾を被った娘は、依代の元で修行中の見習い審神者・幽霧。
愛想がないぶっきらぼうな性分だが、良い気性だとは彼女の元の鶴丸の言い分だ。
しかし、俺の背だと上から覗く格好になるから、まともに顔が見えないのは困ったところだな。
「ところで、人払いをして何を作っているのだ?」
「スイカのフルーツポンチだよー♪
上手く行ったら、今度からみんなのおやつになるの!」
主が声を弾ませてそう言った。なるほど、練習だから見せたくないということか。
「材料はあれなのか?」
「ええ、そうです。他の具材の下ごしらえは済みましたので、
そろそろスイカを切ろうと思っていたところでございます。」
「そうであったか。」
広い作業台の上には、切り分けられた寒天の器や果物に混ざって、
スイカが丸ごと1玉置いてある。包丁を添えたまな板の上に
「火輪、切ってくれないか。君が一番力があるだろう?」
「えー、でかいし切りづらくない?まー、いいけど。」
幽霧の審神者に話を振られた火輪の審神者が、一瞬だけ嫌そうな顔をした。
確かにここにおいてある包丁と比べると、スイカの方が大きい。切りづらかろう。
「ふむ。なら俺が切ろう。半割りでよいか?」
「え?あ、うん!」
部屋の中で抜くにはちと狭いが、本体を抜いて一振りする。
うむ、正確に半分に割れたな。我ながら上々だ。
ふと目をやった主達が、あっけにとられている顔もなかなか面白い。
「ちょっ、包丁使わないの?!」
「はっはっは。刃渡りが足りぬからな、使い慣れた方で切ってしまった。」
「て、天下五剣のひ、一振りが……!」
主以上に動転している依代の審神者は、おろおろとしながらそう口走る。
常々彼女の近侍が嘆いておるが、もう少し刀を気安く見た方が良いと思うぞ。
刀は、別に人切り以外に使ってはならぬという道理はないのだ。
「っていうか、台所で太刀抜く?!普通?!あっぶないでしょ!」
「当たるようなへまはせんぞ?」
「そういう問題じゃない。」
火輪の審神者も幽霧の審神者も手厳しい事だ。
確かに狭いところに太刀は向かんが、これでも距離くらい測ってるぞ。
審神者たるもの、もう少しどっしり構えた方が良いと思うのだが。
「あー、つっこむだけ無駄か。まあいいや、スイカくりぬこ。」
「三日月さん、ちゃんと刀は水洗いしてね?べたべたになっちゃうよ。」
「うむ、わかった。流しを借りるぞ。」
さすがに果物の汁をそのままにして鞘に納めると、後で始末が悪い。
蛇口の水でしっかり流してから水気をふき取る。
現世で俺の本体を管理する者達がこの光景を見たら、泡を吹くやも知れんな。
ああ、それを言ってしまえば、スイカを切る時点でそうか。
主達は、4人で手分けしてスイカの身をくりぬいたり、他の支度をしたりと忙しない。
だが、もうすぐ出来上がるようだ。
邪魔をしないようにしていると、やがて作業台から声が上がった。
「出来たー!」
「ちょっと色が寂しいかなー?」
「次は、寒天に色を付けてみたらどう?」
「あ、いいですねそれ。」
手を叩いて喜ぶ主に、色味の話をする他の面々。
ふむ、年頃の娘達の話は傍目に眺めるだけでも良い暇潰しだ。
「三日月さん、試食しますー?」
「おーい、味見してないけど。」
「大丈夫よ。さっき確認してるから、食べられないって事はないわ。」
「じゃあいっか。」
口々に言いながら、手際よく配膳していく。
さすがに立ち食いはどうかと依代の審神者は気にしているようだったが、
現代の主達の家と違い、ここは居間と一続きの構造ではない。
手間をかけさせるくらいならここでよいだろう。
と言ったら、かの審神者はずいぶんと恐縮していた。
他の者は、主も含めて大して気にしておらぬのだが。

そういうわけで、新作の菓子の相伴にあずからせてもらうこととなった。
「うーん、やっぱりフルーツポンチはいいねぇ〜。
甘酸っぱくて最高だぁ〜♪」
主は口元をとろけさせんばかりだ。
おなごといえば甘いものが好きなのは、主も同じなのだ。
「シロップは簡単だし、料理苦手な連中も手伝えるし、
これならしょっきりも楽でいいかなー?」
火輪の審神者は、本丸で作る手間の思案か。
作る方にとってみれば、確かにそこは欠かせぬか。
「三日月さん、甘さはどうかなー?男の人には甘すぎたりする?」
「うむ、ちょうどいいぞ。甘味嫌いでもなければ文句はあるまい。」
「やったー!これでおやつメニューに昇格けってーい!」
「あ、ああ。」
主が、いきなり隣の幽霧の審神者を取って喜び始めたものだから、彼女は戸惑っているようだ。
よほど嬉しいらしい。主のこの感情表現が素直なところは、分かりやすくて実によい。
「私の本丸でも、今度出してみましょ。
皆様に、喜んでいただけるといいな……。」
4人とも、今日の手ごたえは上々といったところか。
「ふむ、ほとんど食べに来たようなものだが、俺も少しは役に立てたようだな。」
「ううん、試食してくれてありがとう!あ、でも皆には内緒だよー。
今度出すときに、びっくりしてもらいたいもん!」
確かに、俺だけ先に食べたとなれば、後でうるさかろう。
もちろんだとうなずいておく。
「おかげで、持って帰ってまんばさんの口に突っ込む手間が省けたわー。あはは!」
俺の意見が役立ったらしく感謝されてしまったが、
感謝するのはむしろこちらの方だな。
何しろ、4人の審神者の手製の新作菓子を、他のみなに先駆けて食べてしまったからな。
うむ、真に馳走であった。よくよく考えれば、俺以外皆おなごであるしな。「ハーレム」という奴か?
たまにこういう役得があるから、暇なときの散策というものはやめられん。

 


今夏のファッション談義
指定刀剣:山姥切国広 お題:綺麗なひと

眩しい日差しが降り注ぐ、火輪の審神者の本丸。現代でも、今は夏を控えた季節。
ぐずついた梅雨空の合間に注ぐ日差しは、思いのほか苛烈である。
そんな季節柄、夏の装いについては人間達の間で目下の関心事となっている。
長い縁側で、女性の格好もたしなむ乱藤四郎が、主の横で携帯端末を覗き込んでいた。
「ねえ、これ着てみたいなあ。」
「いいねー、似合うんじゃない?」
波打つ蘇芳の髪をポニーテールにまとめた長身の女主は、レンガ色の釣り目を細めて笑った。
「こっちもいいなー。あ、でもサイズないんだ。残念ー。」
「あー、これなら一番小さい奴をちょっと調整すれば着れるんじゃね。
裾切ればいけるいける。あたしがやってあげるよ。」
「ほんと?さっすが主!」
爪先までばっちりめかしこんだ華やかな火輪は、
裁縫が女子の必須教養から遠のいた時代生まれには珍しく、洋裁が得意だ。
丈を切り詰めてしまう事位はお手の物である。
そうやって見目の華やかな主従が話に花を咲かせていると、
収穫かごを抱えた金髪の青年がやってきた。山姥切国広だ。
『おっつかれー!』
揃った声でかかるねぎらいの言葉に、ああ。と、短く彼は返す。
「何してるんだ?」
「新作衣装のチェックだよ。華やかでいいよね〜。」
いつものかと、山姥切は納得した。
かごを縁側の上に下ろして、火輪を挟んで乱の反対側に腰掛ける。
「ちなみに、僕が欲しいのはこれ。」
「……また女物か。あんたの兄弟が呆れるぞ。」
乱が楽しそうに指差したワンピースは、鮮やかな朱色と黄色のものだ。
歩けば裾が綺麗に広がる長い丈のそれは、とても華やかである。
「えー、いいじゃん。主とお揃いなんだから。」
口を尖らせた彼に言われて改めて画面を見れば、
確かに着用図を見せるために火輪がそのワンピースを纏った写真が掲載されている。
彼女はファッションモデルなので、雑誌上でこうして様々な装いを見せる。
売れっ子である彼女は、雑誌以外にも様々なメディアで、世の女性の羨望を集めているという。
それはいいのだが、何故その装いに刺激される存在に乱まで入るのかという点については、山姥切は甚だ疑問だった。
「……揃いだから問題なんじゃないか。性別をわきまえろ、性別を。」
「えー、着たいものを我慢するなんて精神衛生に悪いよ。
僕は誰かさんと違って、素材を台無しにする趣味はないしね。」
べーっと、乱は舌を出して挑発した。
当てこすられれば面白くなく、山姥切の目が不快を理由に細められる。
「どういう意味だ?」
「そりゃ、あんたの思った意味でしょ。暑っ苦しいから脱ぎなよ、それ。」
「剥ぐな!」
手刀で薙ぐような火輪の襲撃から、山姥切はとっさに愛用のぼろ布をかばった。
まったくもって、油断も隙もない。
気温が本格的に高くなってきた先月下旬頃から、彼女のぼろ布に対する目は格段に厳しくなった。
理由はただ一つ、暑苦しいという点に尽きるのは理解しているが、これは彼にとって譲れないところなのだ。
「あんたねー、それ真夏も被る気?
やめてよねー、見てる方が糞暑いんだけど〜。」
「あんたみたいに、晒して平気な神経をしてないんでな。」
美貌を商売道具にする稼業故に、容貌に自信のある火輪とは、山姥切は違う。
だから脱ぐのに抵抗があるという意味で返事をしたのに、
彼の主はぴくりと片眉を吊り上げた後、馬小屋の方に向かって声を張り上げた。
「おーい、ずおー。馬糞もってこーい!
顔面偏差値国立大級が、全国民に喧嘩売ってるから制裁しなー!」
「なっ……俺が何をしたって言うんだ?!」
「黙んな、顔面偏差値国立大。」
「何だそのあだ名は……。」
言いたい事は大体分かるが、本名よりも長ったらしい謎の称号に、山姥切は閉口した。
いつの時代も、勢い任せの言動というのは混沌に満ちている。
「主ー、鯰尾兄は、今日遠征だよー?」
「あー、そうだった。」
肩にすりんと頭を擦り付けた乱がそう注釈すると、
残念と、わざとらしいまでに大げさに火輪は肩をすくめて息を吐く。
もちろん山姥切は、彼が留守でよかったと心底から思った。
鯰尾は、戦の時はきちんとしているのに、どうも本丸に居る時は悪乗りする嫌いがある。
その上で主の命令をきっちり遂行という仕事モードがミックスされたら、悪夢しか見えない。
「ったく、顔位減るもんじゃなし。夏の間くらい我慢すりゃいいじゃん。
つーか、被ってる方が目立つってのに。」
「うるさい。外見の葛藤に美醜は関係ないんだ。」
贅沢といわれようが、容貌を話題にされる事自体が疎ましい彼にとって、
自らの身を隠す布は目立とうがなんだろうが必需品に変わりはない。
ひざを抱える、いわゆる体育座りの体勢で、ぼろ布の裾を引き寄せる。
完璧に隠れる、山姥切のふてくされ体勢の完成だ。
「切国ってめんどくさいよねー、ほんと。」
やれやれと、乱まで肩をすくめる。
そういえば彼は、己の容貌を自覚してフル活用する側の性格である。
こんなところは主とよく似ているなと、山姥切はふと思った。
「主の自信家なところ、ちょっとは分けてもらえばよかったのにねー。」
「後付OKなら、今からでもカスタムするんだけどなー。」
山姥切の卑屈振りを好き勝手槍玉に挙げる麗しい主従には、彼はもう言い返す気も起きなかった。
分けてもらえるものなら、いっそ分捕りたかったと、思わなくもないのだが。

 


晩夏の布事情
指定刀剣:全刀剣 お題:夏の終わり
月半ば、お盆の時期は連日かんかんの照り暑さで茹っていた本丸も、
審神者と刀剣の憩いの場である時空の狭間の町も、今日は暑さが一休み。
現世と気候が連動している設定の場所で、しのぎやすいこの陽気。
「秋も近いな。」
「そうですね。」
にわかに近づく秋の気配。心なしか風も涼しい。
店が立ち並ぶにぎやかな通りを、2人の男女が連れ立って歩く。
片方は刀剣男士・山姥切国広。もう片方は、鴇環(ときわ)の審神者。
顕現容易な打刀と、少女の審神者という組み合わせは、
誰も物珍しく思わないほど、ごくありふれている。
ただ、彼らは主従ではない。それぞれ別の本丸に所属する存在だ。
山姥切は、ここには居ない火輪の審神者という蘇芳の髪の女主人を持つ。
鴇環もまた、本丸に自身の刀剣を抱えている。
そんな彼らは、今は役職をしばし忘れて、
恋人としてひと時の逢瀬を楽しんでいるところであった。

「これでやっと、この布ともおさらば出来る……。」
はぁ、と深いため息をついて、山姥切は自身が被っている布を軽く引いた。
透ける紗織りの白い布は、通常彼が被る布ではない。
普段の布は、初夏に暑苦しいという理由で主人の火輪に没収されたのだ。
この布は、夏場の被り布としてよこされた代替品だ。
「あらら。結局、その布は好きになれなかったんですね。」
「当たり前だ。身を隠す役に立っていないだろう?」
「うーん……それはそうですけど。」
肩甲骨の辺りで切りそろえた亜麻色の髪を揺らして、鴇環は茶を濁したように呟く。
布が気に入らない恋人の、ふてくされた顔を見上げながら、
彼女はぼんやり思うのだ。
―この布の方が何だか神秘的だし、
顔もちょっとは見やすいから、私は好きなんだけどなあ……。―
秋が深まって気温が低くなったら、山姥切の主人も元の布を返してくるだろう。
そうなったら見納めなので、鴇環としては少し残念だ。
「何だ……?あんたも、俺の布は嫌いか?」
「え?ううん。今の布、結構似合ってるって……その、思って。」
じっと見ていたのを怪訝に思った山姥切は、物言いたげに見下ろしてくる。
驚いた彼女は、慌てて取り繕った。
「……前にもそんな事を言ってたな、あんた。」
あれはもっと暑い盛りの頃である。
紗織りの布を被ってやってきた山姥切を見た彼女は、驚いて眼を丸くしていた。
こんな装いで来なければ良かったと、彼がひしひしと感じていた所に、彼女は言ったのだ。
似合っていて驚いたと。
「そういえば、あの時も全然嬉しそうじゃなかったですね。」
「当たり前だろう。」
山姥切は、むっとした顔をした。
鴇環の声音が楽しそうなものだから、からかっていると感じたのだ。
「かっこいいんだから、隠さなくてもいいと思いますけど。」
「今、俺の前で顔を隠してるあんたには言われたくないな。」
面布で隠れた彼女の顔をじっと見ながら、山姥切はすかさず言い返す。
思わぬ反撃だったらしい。鴇環の肩がびくっと跳ねた。
「ええっ、だって……これは審神者のルールだから仕方ないじゃないですか。
特に公共の場だと、ちゃんと隠してないの見つかったら怒られちゃいますし。」
反論された鴇環が、面布を手で押さえて困惑する。
審神者は、素性を知られないように用心が欠かせない仕事である。
審神者号の使用にしても、本命の目的は刀剣との力関係逆転防止ではなく、
本名から素性を探られる事を防ぐためである。本人と家族の安全のためだ。
顔を隠す事を推奨されるのも、目的は同じである。
この辺りにも治安維持のために、警備の役人が巡回している。
素顔をさらして歩いていたら、彼らに注意されてしまう。
「ふ……冗談だ。顔を晒して歩けなんていわない。」
本気で困惑しているそぶりを見せる彼女の真面目さがおかしくて、
控えめながらも、山姥切の口からはつい笑い声が漏れた。
「うー……。分かりました。もう、もったいないって言いません。」
決まり悪そうに鴇環が呟いた。
そこまで要求はしていないのだが、
追求されて気持ちの良いことではないので、あえて彼は訂正しない。
「なあ。」
「はい?」
きょとんとした鴇環の顔を見て、ふと思う。
そういえば、面布の下の顔は今まで覗けたためしがない。
今の話題で、山姥切はそれを思い起こした。
よくよく考えれば、いまだに彼は恋人の瞳の色を知らないのだ。
彼女は彼の面差しを、布に阻まれがちとはいえ、造作を一通り知りえているというのに。
「いや、何でもない。」
まるで、己が打たれた時代よりも昔の慣わしのようだと、山姥切は思う。
それでもこの夏が終わり、秋が来て深まって、その先か、それとも冬が訪れる前か。
いつか思いがもっと深く通じ合えば、
夏でも透けない面布の下に隠れた鴇環の瞳の色を知れるだろうか。
その日が出来る限り早く来る事を、彼はひそかに願った。



―END―  ―戻る―

さにわんらいのログその2。