これもある種の度胸試し



ポッキーゲームという、他愛無い遊びがある。
使うのは、20世紀からとある老舗製菓会社が売り出している菓子。
自然発生的に生まれた遊びなので、正式なルールは特に無い。
よくあるのは、2人が両端から食べ始めて、先に口を離すか折った方が負けというものだ。
ルールは至って単純なのだが、折らずに食べ進めればいつかは口が合流するという仕様上、
最終的にキスに至るのが主眼の遊びという話も流布して久しい。
何故か23世紀現在もしぶとく生き残るこの遊び。
悪ふざけと縁遠い恋人が居る鴇環(ときわ)の審神者は、
自分には無縁とすっかり安心しながら、
この時期限定の栗味のポッキーをのんびり食んでいた。


もみじが舞い散る、執務室前の縁側にて。
「やっぱり、栗っておいしい……。」
ぽりぽりと音を立てて、栗入りのチョコのポッキーを食べる。
鴇環は月並みの女性らしく、甘いものが好きだ。
もちろん、栗味のポッキーも守備範囲だ。
しかもこのポッキーは、丈が短めで、
その代わりにたっぷりとチョコをまとっているタイプだ。
甘い秋の味覚が病み付きで、すでに一箱の半分が消えている。
「あるじさまー。やまんばぎりがきましたよー。」
軽い足音を立てながら、今剣が来客を知らせる。
鴇環の恋人である、火輪の審神者に仕える山姥切がやってきた。
時間を端末で確認すると、ちょうど約束の時間少し手前になっている。
「あ、はい。ちょっと待っててくださいね。」
縁側に置き去りにするのもと思って、
鴇環はいったん蓋をしたポッキーを持ったまま出迎えに行った。

客間に向かうと、いつものように大人しく座って山姥切は恋人を待っていた。
主の姿が見当たらないのは、今日は現世に行っているからなのだろう。
「こんにちは。来てくれて嬉しいです。」
「……待っていた。ん、何だそれは。」
「あ、これですか?秋限定のお菓子です。
そっか、審神者通販や町じゃ売ってませんもんね。」
都合上、現世で売っている限定商品は、なかなか審神者の町や通販では取り扱いが無い。
山姥切が物珍しく思うのも当然だろう。
「好きなのか?」
「そうですね、甘いものはみんな好きですし。
今の時期、栗っておいしいですよね。」
秋が旬の果物や木の実は数多いが、限定商品に多く用いられる栗もまた、おいしい季節である。
甘いものなら、和菓子も洋菓子も喜んで食べる鴇環にとっても、好ましい食材だ。
「そうか。……ところで。」
「はい?」
山姥切の問いに、きょとんとした顔で鴇環は首をかしげる。
「乱の奴が、主が現世で買った長いポッキーで、
自分の兄弟とポッキーゲームをしていた。」
「え?」
唐突に振られた話の内容によって、鴇環の思考回路が固まる。
恋人の口から予想外の言葉が出てくれば、それも当然だが。
「先に折るか口を離した方が負けという、度胸試しだと豪語していてな。
終いには粟田口の連中で、二人組を作って対抗戦をやっていたが。
ずいぶんと盛り上がっていて、面白そうに見えてな。」
「あ、あれは宴会ゲームですからね!
そんな風に、『みんなで』競争する時は面白いらしいですよ。」
鴇環はつい、一部を強調してしまう。
彼女が読む漫画やライトノベルでは、
実に甘いカップル版のポッキーゲームが本編や番外編などで登場するが、あれは例外だ。
ちなみに宴会の余興用には、最近この時期限定で全国販売される、
大きなポッキーも人気らしい。
「そうか?」
「そ、そうです!」
彼が現世の実情に疎いことに期待をかけて、鴇環は力一杯言い切った。
ここで興味を持たれたが最後、鴇環の小鳥の心臓は爆発する。
「それと、あれは同性でやるんですよ。ほら、遊びですから!」
「この間、審神者の町の喫茶店がやっていた割引では、
2人組なら異性でも同性でも構わないと書いてあったぞ。」
「?!」
そういえばと、鴇環は一瞬遠くなりかけた意識の中で思い出す。
審神者の町にある、とあるカフェ。
そこは11月に入ってから、ポッキーゲームをその場でやるか、
自分がやったという証拠になる写真を見せたら、
ポッキーが刺さっているメニューが安くなるキャンペーンを行っている。
―そういえばこの前、風花ちゃんと依代さんがやったって……。―
ただ単に、ポッキーの両端を2人でくわえた写真を持っていったというだけだ。
ともかく、見事パフェに割引が適用されたと、風花の審神者が楽しそうに話してくれた。
「え、嫌ですよ。やりませんからね!」
割引目当てというならいざ知らず。
その目的すらない鴇環には、ポッキーゲームをわざわざ彼と行う理由は一つもない。
だが、山姥切は全くひるまない。
「あんたみたいな若い人間は、遊びには目が無いんじゃないのか?」
「も、物によります!!私は、ポッキーは一人で一本全部食べたいです!!」
大真面目な顔で聞かれたところで、こればかりは流されたくない。
鴇環は必死である。
何しろ手元にあるポッキーは、よりによって通常のものより短いタイプなのだ。
こんなものでポッキーゲームをやる羽目になったら、もう最初から終わりが見えている。
―何で私、ポッキー置いてこなかったのかな……。―
せめて置き去りにしていれば、思い出す事も無かっただろうに。
「別に、余興なら大したものじゃないだろう?
折れるか口を離せば終わるんだからな。」
ぼそっと山姥切がぼやく。
確かにその通りなのだがと、鴇環の混乱はより深まる。
―さすがに、そう簡単に流されてはくれないか……。―
おろおろする恋人をよそに、彼の思考回路は不純を極めていた。
なかなか自分からは触れてくれない、恥ずかしがり屋で臆病な恋人と、
合法的にキスの距離に持ち込むという目論見。
話術が不得手でも、今日は諦めない。
何しろ、そこに都合よく材料があるのだから、
「一度だけでいいんだが。」
「え、えぇー……藤四郎の子達じゃだめなんですか?」
「何が悲しくて、男とやらないといけないんだ。」
別にそこまで山姥切は気にしないが、
ここは少々大げさに言わないと交渉できない。
「い、一回だけですよ!」
真っ赤に頬を染めた彼女の言葉を聞いた山姥切は、内心でガッツポーズを決めた。
無駄な熱意が叶った瞬間である。
鴇環は渋々という顔で、彼の目の前に座る。
そして、栗味の短いポッキーを出した。
「じゃあ、反対からどうぞ……。」
意外にも自分からくわえた彼女は、チョコのついた方を向けてきた。
ぎゅっと目をつぶってるのは、間近に迫られる耐性がないためである。
キス待ち顔などと言ってはいけない。
―本当にやってくれるとは……。―
何事も、まずは頼んでみるものである。
鴇環を見初めてからというもの、彼は欲して手に入れる喜びをずいぶんと覚えた。
無論、今は感慨にふけっている場合ではない。
くわえたまま待たされるというのは、ささやかに大変なのだ。
言いだしっぺの割には、恐る恐るという体で山姥切は反対側のポッキーをくわえた。
柔らかいチョコレートが、あっという間にとろける。
これは、早く食べないと悲惨な気がする。
何より、食べ切ってしまえば当初の不純な目的も達成だ。
距離の近さに彼もつい目を閉じて、無心で短いポッキーをかじる。
そして、あっという間に柔らかい鴇環の唇に行き着いた。
「っ?!」
鴇環が驚いて飛び上がる。
「ちょっ、えっ、国広さん?!は、早すぎませんか?!
わ、私、一口も進んでませんよ?!」
「うちの本丸の連中は、これ位の速さで食べ進めていたぞ。」
いけしゃあしゃあと、山姥切は言い放つ。
嘘ではない。藤四郎兄弟の競争では、さくさくといいテンポで食べていた。
「……甘いな。」
「はいぃ?!」
「いや、栗が。」
「あ、あぁ!そ、そうでしょうね!!ポッキーですからね!
しかも、栗のは毎年甘いですからね!!」
一瞬、まさか自分の唇がという少女漫画的な連想をしてしまった鴇環は、
恥をごまかすように声を大にした。
べた過ぎる発想は、死ぬほど恥ずかしいものだ。
「き、気に入ったなら……残り、あげますけど。」
「いいのか?」
「いいです。もう、さっき半分位食べてます……。
あっちに戻ったら、また買えますし。」
今の精神状態では、彼女は残りを食べる気にはなれなかった。
本当なら好きな味だが、やむをえない。
期間限定とはいえ、今の時期ならまだ購入できる。
―少し、ごり押し過ぎたか……?いや、問題ない、のか?―
押し引きのさじ加減は難しいなと思いながら、
山姥切は受け取った栗味のポッキーをぽりぽりとかじりながら考え込んだ。



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他愛無いポッキーゲーム。モデルのポッキーは、ポッキーミディ。
それにしても製造元、23世紀でも営業中とはご長寿である。