薔薇屋敷で優雅な午後を



薔薇屋敷という屋敷がある。
その名の通り、薔薇が咲き乱れる美しい屋敷だ。
ここはバロン屈指の貴族であり、
代々有名な騎士を輩出してきたファレル家の別荘である。
咲き乱れる薔薇の中には、「フェイバリット・ローザ」という名の薔薇もある。
ローザの誕生祝に贈られた花だ。他にも薔薇はたくさんある。
ちなみにこの薔薇園、近々新しい花が加わる予定だと言う。


「ローザ、居るかな〜?」
初めて来た場所への興奮を抑えながら、備え付けの呼び鈴の紐を引っ張る。
リンリンと鈴が鳴ってから少し待っていると、大きなドアが開いた。
「いらっしゃいませ、リディア様。お待ちしておりました。
さぁ、どうぞお入りください。」
白いエプロンをしたメイドが、リディアを案内する。
「お邪魔します。」
バタンと少し大きな音を立てて、扉を閉めた。
屋敷の中にも、ほんのり薔薇の香りが漂っている。
薔薇を模したような調度品や内装が、ファレル家がいかに由緒ある家系かという事を伝えているようだ。
それらは数こそ少ないが、どれもこれも質にこだわった長く使える一品である。
バロンの貴族は、騎士の家系が多い。
見た目も勿論、実用に耐えることにこだわるのだろう。
そんな事を考えながらメイドについていくと、中庭に面した渡り廊下に出た。
中庭も、玄関の庭園のように薔薇が植わっている。
ただ、少しだけ控えめではあるが。
「ローザ様、リディア様がおいでになりました。」
メイドに呼ばれ、中庭に備え付けられた白いテーブルセットの椅子に座っていた女性が振り返る。
淡い金色の髪とオレンジがかった赤い瞳。
バロン王妃、ローザ=ハーヴィだった。
元の姓はファレルだったが、結婚したので当然変わっている。
「いらっしゃい、待ってたのよリディア。
あ、あなたはもう下がって良いわ。ご苦労様。」
これからは女同士水入らずで話したい。
そんな意もきちんと汲んで、メイドは軽くお辞儀をしてから下がった。
「ローザ、久しぶり〜!元気だった?」
2人になるや否や、緊張の糸がどこかへ飛んで行ったリディアがローザに飛びついた。
「ええ、勿論!だって、風邪を引く暇も無いもの。
あっちこっちバロンが襲撃した国の復興援助に行ったり、会議に出たり……。
ほとんどセシルと一緒だけど、もう夜までギッチギッチなのよ!
おかげでお肌も髪も何だかぼろぼろになっちゃって。
最近はそうでもないけれど、バロンに居ない日の方が多かった月もあったくらいなんだから。
退屈しないけど疲れちゃうわ。」
と一気に言って、ローザは声を立てて笑った。
ローザのこんな楽しそうな顔を見るのは、リディアは本当に久しぶりだ。
「そんなに忙しいの〜?!
あたしも幻界で色々やってるけど、そんなに忙しくないよ〜!」
ひえ〜っとリディアはおののいてしまった。
いつもはつらつとして、外見とは裏腹に体力があるローザが「疲れる」と聞いて、
もしローザの立場に自分が居たらと考える。
きっと、一週間たたずにギブアップするに違いない。
リディアはどうしてかローザと比べると体力があまり無くて、すぐにばててしまう。
その癖一回休むと誰より早く回復するから、
「子供みたいだ。」とカインやエッジにからかわれた事もしばしばあった。
「そうなの?うらやましいわ〜。ねぇ、代わってくれない?」
「もー、無理だってば〜。」
ローザは本当にうらやましそうだ。
日々仕事に忙殺されているようだから、無理もない。
「だって、せっかく結婚したのにセシルとイチャイチャ出来ないのよ?!
これじゃ何のために結婚したか分からないじゃない!!」
―イチャイチャって……。
ドンッと派手な音を立ててテーブルに拳が打ち付けられた。
ローザに力説され、リディアは後退りしかけてしまう。
セシルが絡むと妙に怖いのは、いつもの事なのだが。
―そーいえばカインが、ゾットの塔以来二人の密着度?上がったって言ってたっけ……。
どうでもいい事を思い返しながら、
リディアはひたすら力説し続けるローザにあいまいに相槌を打った。
セシルが絡むと、本当に人が変わる。
恋は魔物とはよく言ったものだ。
バッグに炎をしょっているローザは、もはや目の前のリディアが見えているかどうかすら怪しい。
「何やってるんだお前ら……。」
『きゃーーーーーーーーーーーっ!!!!』
突然乱入してきた低い声に飛び上がり、
耳をつんざくような異口同音の大絶叫が中庭はおろか屋敷中に響き渡った。
隣に家が無いからいいものの、いい近所迷惑だ。
現に、叫ぶ原因を作った張本人がうるさそうに耳を指で塞いでいる。
「うるさいぞお前ら。使用人が驚いてるんじゃないのか?」
『誰のせいよ!誰の?!』
自分の所業を山より高い棚の上に上げた低い声の持ち主、もといカインはそう言った。
驚かされた方は、いまだに怒り心頭。
「まったくもう!それで、何の用?」
ぶすーっとした様子で、リディアが素っ気無くカインに問う。
その顔には、「女の子の会話の邪魔するなんてどーいうつもり?」とでかでかと書いてあった。
分かりやすい子である。
「おいおい、ずいぶんな態度だな。
折角いい物をやろうと思ったのに……。」
これ見よがしに、カインが残念そうなため息をつく。
手元を見れば、なにやら袋状の物体を持っているようだ。
「え、いい物?!何、それ。」
ころっとリディアの態度が変わった。
毒気を抜かれたように、きょとんとして袋を見る。
サイズが小さいので、あまり大きなものではなさそうだが。
「残念だが、お前の態度が悪かったからこれはなしだ。」
ひょいっと軽く手を上げるだけで、小柄なリディアが頑張って手を伸ばしても届かなくなる。
これはけっこう悔しいものだ。
「む〜か〜つ〜く〜!見せてくれるだけでもいいから〜!」
「お前もしつこいな。」
まるで子供同士のようなやり取りに、
思わずローザは吹きだしそうになった。
「もう、カインも意地っ張りねぇ。ちょっと位見せてあげてもいいじゃない。」
笑いをこらえつつリディアに味方すると、
カインはフッと鼻で笑った。
「それは出来んな。子供はちょっと甘い顔を見せると、すぐ図に乗る。
おんぶにだっこというだろ?」
「誰が子供よーーーー!!!」
完全に子ども扱いされたため、リディアのコンプレックスにダイレクトに響いた。
理性の糸が焼き切れたように、顔を真っ赤にして怒っている。
「カイン、それはちょっとひどいんじゃない?」
さすがにリディアがかわいそうなので、
少々カインを非難するように言ってみてもどこ吹く風といった様子。
「心配するな。こいつはこの位じゃへこたれんぞ。」
「余計なこと言わないでよ!」
「まったくもう……カイン、罰として今日は中庭に立ち入り禁止!
話があるなら、後でじっくり二人だけですればいいでしょう?」
痺れを切らしたローザが、ぐいぐいとカインを廊下に押しやった。
「珍しく強引なんだな。」
さして困った様子も見せず、カインは素直に廊下に行った。
「ほっとくといつまでもやってるじゃない。
私はセシルじゃないから、気長に仲裁なんてしないわよ。
リディアの機嫌を直す身にもなってよね!」
むくれたリディアの機嫌ばかりは、
さすがに幼児のそれのように簡単に直ってはくれない。
「全くもう。小さい頃から全然変わらないんだから!」
「そうなの?」
「そうよ。私、女なのに一度も口げんかで勝てなかったのよ?!
もー、だれかあの意地悪腐れ竜騎士を何とかして!!」
女の方が口げんかは強いはずなのに!と力説するローザに、
人にもよるんじゃないかなとこっそりリディアは思った。
「だからね、今度お返しするのよ。」
「?」
悪戯好きな小悪魔の笑みを浮かべたローザは何を考えているのだろう。
よく言えば純粋で、悪く言えば鈍感なリディアにはよくわからなかった。

後日、薔薇屋敷に一株の薔薇が届けられた。
ファレル家お抱えの庭師が、育てていた新種の苗である。
是非ともローザに名づけてもらいたいと頼まれた物だ。
庭師から届けられた時にはもうつぼみがついていたその苗に、
頼まれたとおりローザは早速名前をつけた。
庭師が今度薔薇を届けにくると聞いた時、黄色だったら絶対この名前にしようと決めた特別な名前だ。

“ラヴァー・オブ・グリーンフェアリー”

輝くような黄色い薔薇の名は、緑の妖精の恋人という意味だ。
黄色なのに何故「緑の妖精」という名がついているのかというと、
ローザのちょっとしたいたずら心である。
「うふふふ、もし気がついたらきっと真っ赤になるかもしれないわね。」
いたずらが成功した瞬間を想像する子供のような顔で、
ローザは楽しそうな声を漏らした。
後でこの薔薇をリディアとカインに送るために、ローザは弾むような軽い足取りで私室に戻った。




―完―  ―戻る―

しばらく放置されていたブツですが、何故かあっさり完成。
完成直前で放置していた模様です。ローザの悪戯は手が込んでいますね。
カインはともかく、リディアは気づかないという気が自分でもします。(え
ともかく溜まってるやつがなんとか1つこれで片付いたのでよしとしましょう。