故郷の白綿



それは、夜も遅くなってからのことだ。
今日朝から妙に底冷えがする日で。
おまけに朝から曇っていたので気温もほとんど上がらない寒い一日だった。
寒がりのノルンが寒い寒いとごねてうるさい声を尻目に、
これは来そうだなとデルサスは1人予想を立てていた。
「……ん?」
横目で見た窓に、チラチラと白い影がよぎる。
なんとなく嫌な予感がしたデルサスは、読みかけの本を伏せて窓を開けた。
「うっわ〜……降ってやがる。」
底冷えがして、天気が悪いと言う段階で予想していたから、
それほど驚くことでもない。
窓の外を見ていかにも嫌そうなデルサスのそばに、唐突にマレッタがやってきた。
「どうしたんだ?嫌そうな顔をして。」
「いや、雪が降ってるからよ。
この分だと明日までにゃ結構積もるぜ。つっても、5cmか10cmが関の山だな。」
デルサスに言わせれば積もったうちに入らないと言ってもいいが、
こちらの人はそうは行かない。
きっと、明日は道のあちこちで滑って転ぶ通行人が多発するであろう。
ちなみにその被害は、降った翌日よりも数日後の方がより大きいと付け加えておく。
「あぁ……なんだ、雪か。そんなに嫌なものか?」
「あたりめーだ。
こっちじゃ大して降らねぇけど、デランネリ村はあの通りだろ?
毎年毎年、夏以外は年がら年中雪下ろしに追われてるんだ。
雪下ろしするほど積もんねぇって分かってても、見るだけでブルーになるぜ。」
村を出る前、父にせかされて屋根に上り、くたくたになりながら積もった雪を下ろす日々。
それゆえに、カボックに来て初めての冬、
雪下ろしを一度もせずに済んだ事には狂喜乱舞したものだ。
「だから、俺は雪があんまり好きじゃねえ。
カボックじゃ大人も結構雪が嫌いじゃないみたいだけどよ……正直理解不能だぜ。」
そんな彼にとって、デランネリ村に行ったときの、
雪を見て喜んだリイタやノルンの感覚は理解不能である。
珍しいからと言うのは分かるが、
あの面倒な重労働を毎日やらされても喜べるかと、こっそり毒づいたりもした。
「まあ、お前はあそこに行った時に愚痴をこぼしていたくらいだしな……。
私は、雪が嫌いじゃないが。」
「おめーも?」
やはりこちらの出身だから、たまに降るとうれしいのだろうか。
お堅い彼女も雪が嫌いじゃないと言うのが、少し新鮮に思えた。
普段の様子に似合わない、子供っぽさのようなものを感じる気がする。
「ああ。珍しいのもそうだが……。
雪には兄さんとの思い出もあるからな。
小さい頃は、積もらないかと期待していたくらいだ。」
「……あー、そんなら納得。
俺も思い出はあるっていやあるけど……ろくなのねぇし。
木を蹴って遊んでたら雪が落ちてきて埋もれたとか、首から下埋められたとか、そんなんばっか。」
思い出せば思い出すほど、あほらしかったり情けないものばかり出てくる。
懐かしい思い出をめでるように微笑む彼女が、このときばかりは少しうらやましい。
具体的に内容を言わないが、
ほほえましい思い出で雪の記憶が構成されているに違いなかった。
「ふふっ……お前らしいな。」
「おいおい……おれってそんなに三枚目キャラに見えるのかよ?」
さすがに自分で二枚目だと酔っているわけではないが、
惚れた女に情けない思い出を『お前らしい』と言われれば、さすがにへこむ。
男は誰でも、好きな女性の前では格好をつけたいものなのだ。
「いいじゃないか、少しくらいそんなことがあっても。
小さい頃から完璧な人間より、そのくらいの方が人間としては面白いと思うぞ。」
「ま、そりゃそうだけど……。」
しかし、そういわれてもデルサスの男心はそう簡単に納得できない。
だが、マレッタはそれにちっとも気づいてくれそうにないので、
何となく口を濁してしまう。
「まだ言いたりないのか?」
「いや、何もないです……。」
別にマレッタは脅したわけではないが、デルサスはそれ以上言い募らないでおいた。
よく考えれば、2人きりで邪魔者がいないというおいしい状況。
日頃なかなかマレッタの好感度を上げられないデルサスにとって、これは絶好の機会だ。
「そうだ、これからいっぱい飲まねえか?」
「今からか?」
もう夜も遅いのにと、マレッタの驚いたような呆れたような返事が語っている。
「かるーくだよ、かるーく。雪見酒っていうのも、乙なもんだぜ?」
飄々と笑って、先程とは打って変わって機嫌が良さそうだ。
その変わりようには、マレッタも理解に苦しむものがある。
「別にかまわないが……さっきは雪が嫌いだと言ってなかったか?」
「ばーか、いい女といいムードで飲む酒ってんのはな、特別にうまいもんなんだよ。
つもりさえしなきゃ、雪だって悪くねえからな。」
先程の少々うんざりした気分も本当だが、
これでもこちらに来てから考えが変わった。
雪を見て故郷での雪にまつわる愚痴をこぼしたら、
「どうせ積もんないんだから、いっぺんそんなの忘れて見てみろよ!」と、昔ピルケに一喝されてからだ。
実際、積もらなければ雪も少しはかわいくなった。
さすがに気障な詩人ではないから、「冬の妖精」とまでは口が裂けても言えそうにないが。
「まったくお前と言う奴は……言ってることがころころ変わるな。」
「シチュエーション次第って奴だよ。
おんなじもんでも、状況が変わればよくなるんだって。」
自分は雪を見ても大して面白くもなんともない。
だが、そばにいる奴がそれで喜んでいるんなら、それでもいいか。
故郷を離れてから時間が経てば経つほど、そう思えるようになった。
「さ〜てと、お前何飲む?」
話しながら2人は台所に向かい、
デルサスは棚に置いてある酒を物色し始めた。
「ティンクルカノンがあれば、それでいい。
なかったら他のカクテルでかまわないぞ。」
「OK。んじゃ、俺は獄辛焼酎といくかね。」
「またそんな強い酒を……。」
デルサスが酒好きで、かつ体もそれについていけるほどの酒豪体質とは知っているが、
そもそも強い酒にいい感情がないマレッタは顔をしかめた。
「堅いこと言うなって。」
「まったく、言っても聞かない奴だな。
だが、胃に悪いからせめてつまみくらいは食べるんだぞ。」
そう言ってマレッタが出してきたのは、癖の強いブルーチーズ。
人によってかなり好みが分かれる代物だが、
デルサスとマレッタはわりと好きな一品だ。
酒を2つとつまみのブルーチーズを持って、雪が降る外に出た。
「ふう……やはり外は寒いな。」
「じゃ、俺のマント入るか?」
「……結構だ!!」
素直じゃないというか、なんというか。
そこが彼女の魅力でもあるだけに、デルサスはマレッタに言わせれば下品な笑いを浮かべるだけだ。
本人はニコニコしているつもりだが。
と、マレッタが一回家の中に戻り、また出てきた。
「ん?」
「どうせ、その……一緒に入るなら、
こっちの方が大きい上にあ、あったかいからな。」
ばふっと言う音を立ててデルサスの肩を覆ったのは、
ベッドから剥ぎ取ってきた大きな毛布。
隣には、どういうわけでと聞くほうが馬鹿な理由で耳を赤くしたマレッタ。
「んじゃ、カボックじゃ珍しい雪に乾杯といきますか。」
「……ああ。」
チンッとグラスがぶつかって音を立てたが、
照れているのか、マレッタは目もあわせてくれない。
それでもデルサスは、いつものようにからかったりせずにこの状況に満足することにした。
うかつにからかってしまえば、この貴重なチャンスは一瞬でおじゃんになる。
役得を得るには、役をしっかり全うしなければいけない。
今はその役になりきろうと決めたデルサスが、
上機嫌でグラスに口をつけた。



―完―  ―戻る―
発掘した書き溜め分です。更新ネタを探してたらひょっこりと。
デルサスとマレッタは、結構いい雰囲気のカップルだと思います。
あまり表には出てこなかった記憶がありますけどね。