甘味大戦

〜ライバル・蹴落とすべし〜



寒い寒い、新年が来て1ヵ月半近い時期。
バロン、トロイアの二ヶ国では、翌日のバレンタインデーに向けての準備が盛んだ。
女性達は勿論、それにかこつけて菓子の材料や器具を売ろうと、その筋の店も大忙し。
たまたまバロンに居た戦士達もまた、この日を忘れてはいなかった。

―バロン城・セシルとローザの部屋―
「と、言うわけで手伝って♪」
語尾に音符もしくはハートを飛ばしたローザが、冷ややかな眼差しをよこすシェリルの肩にぽんと手を置いた。
「……子供じゃあるまいし、ご自分の力だけで作ったらいかが?
それとも、ろくに料理さえ出来ないの?いい年して……」
ローザの心に、最後の一言がラグナロクよりも鋭く突き刺さった。
もっとも、それでも彼女はめげない。何故かというと、邪神・シェリルは伊達に何千年も生きているわけではなく、
魔法以外に料理なども達者だったりするからだ。が、それを彼女らに役立てるかは別問題だが。
「そんな事言わないで手伝って〜。
あなたの助けが無いとだめなのよ〜!!」
ローザは半ば涙目。何故かといえば、もちろんそれ相応の理由がある。

事は一週間前にさかのぼる。
「もうすぐバレンタインだよね、ローザ。」
ローザとリディアが、楽しく喋っていたとき。
「そうよね、今年はセシルにどんなの贈ろうかしら……♪」
そんな事を言いながら、うっとりとしていた。すると、唐突にカインがやってきて通りすがりに一言。
「せいぜい、セシルを卒倒させるものを作らんようにな。」
ぼそっと、しかしはっきり聞こえる大きさでローザの耳にそれは届いた。
ぷっつんと、ローザの中で糸が切れた。
「な、何よ〜〜!!私がいつセシルを卒倒させたのよ?!」
むきになって怒る彼女を、楽しそうにカインが見て笑っている。ただし、嫌な笑い方で。
「毎年のバレンタインデーに、奇抜なものを作ってその度にだろうが。
お前の頭は、ニワトリ程の記憶力も無いのか?この菓子音痴。」
そう言われると、(都合が悪いから自動消去していたと思われる)記憶が蘇る。
お手製ポーションの素チョコを食べて、危うく味覚が死にかけたり、
体が強くなると言う謎の原料入りのケーキを食べて意識が飛んだなど、
贈った数だけその悲劇はある。(かくいうカインは、まずさでその上を行っているが・・)
「失礼ね!私はただ、セシルの体にいいかと思ってやってるだけなのよ!!
ねぇ、リディアも何とか言ってやって!」
これは事実である。
ただ、それが全て裏目に出ただけで。空回りかもしれないが。
「う、う〜ん……。」
と、言ったきり彼女は黙り込んだ。
「そんなに言うなら、見てらっしゃい!
今年こそ、セシルが喜んでくれるおいしいチョコケーキを作ってやるわよ!!」
と、まあこんなしだいである……。

が、そう大見得を切ったもののいきなり上手になれるはずもなく。
かくして今、リディアと一緒に泣きついているわけである。
ちなみに、リディアはリディアで何か色々指南して欲しいらしい。
「ねぇ、お願いだよ〜!」
母親においていかれそうな子供の目で、がしっとシェリルの腕にしがみつく。
中身がまだ子供だからこそ出来る顔だ。半分以上本気であるし。
「仕方ないわね、少しなら手伝ってあげるわ。」
何故かリディアに甘い。単純に子ども扱いとも言うが。
シェリルは種族を問わず、子供相手には甘いのだ。二人はこの瞬間、心でガッツポーズを決めた。
「ただし、そこだけ代わりにやってあげるなんて事はしないわよ。
期待しないことね。」
要は、アドバイスだけ。が、それでも二人には十分な朗報だったらしい。
さっそく準備に取り掛かった。

― 一方その頃、ロビンの自宅 ―
この広めの台所の中は今、甘い香りで充満していた。それはもう、吐きそうなくらいに。
「ぐぇぇぇぇ……も、もうオレしにそ・・うっぷ。」
情けなくも、グリモーが甘いチョコの香りに殺されかかっている。
その様子を呆れながらプーレが横目で見た。
「グリモー……そんなに嫌なら外行けば?」
その言葉は、どこか冷ややかだった。窓の下で座り込む彼もまた、何処か覇気が無い。
そんな中、元気なのが2人。パササとエルンだ。
彼らは、ロビンも巻き込んで普段使っている巨大な鍋でチョコを溶かしている。
傍から見れば、怪しい魔女の実験。
ちなみに、この巨大な鍋一つでどうやって湯せんの状況を作り出しているかといえば。
“ふ……俺なんて、どうせ、ど〜〜〜せ……。”
六宝珠が一つ、火のルビーが発している程よい熱の力だった。
彼が鍋を加熱しているおかげで、鍋が二つ無くてもチョコが溶ける。
今溶かしているチョコはコーティング用。本体はとっくに仕上がっていた。
直径1mはあろうかという馬鹿でかいトリュフチョコの脇に、直径6cmから20cm程のトリュフチョコがゴロゴロたくさん並んでいる。
ちなみに一般的な大きさは、おおよそ3cm程度とされる。
一番大きいのは大食らいのパササ用。小さい方は他のメンバー用だ。
どれもこれもきれいな丸だが、どうやって作ったのかは謎であった。
「それにしてもよ〜……ちょっとあれはでかくねえか?やっぱ。」
ロビンが呆れ顔で、整形して板の上においてあるチョコを指差す。
ちなみに、そろそろ完璧に固まった頃だ。大きいのがやや不安定に揺れ動いているのは、見ないことにされている。
「ねぇねぇ、とけたかナ?」
パササが、湯せんをしているロビンに声をかけた。
ちなみに、かき混ぜる棒はロビンの実家の売り物だ。手広い商売をする家だから、何でもあって便利だった。
「ん、そろそろいいな。おし、あっちのチョコもってこい。」
ロビンが板の上のチョコを指差した。
エルンとパササが、ちょろちょろ走っていってそれを持ってくる。
「持ってきたよぉ〜。」
小さいものは、ロビンが持っていたフライパンに並べる。
入りきらないものは、別の食器や調理器具の上に並べていく。
「よし。んじゃ、このおたまで……。」
やはりロビンが持っていたおたまで、溶けたチョコをすくってフライパンの上に並べられたチョコにかけていく。
かけ終わったところで、今度はそれを転がして全体につくようにする。
これは、ロビンでは無くエルンがやった。
「じゃあ今度はあっちだね。プーレ〜、グリモー〜持ってきテ!」
いよいよ大物。それだけに、取り扱いは要注意。プーレとグリモーが二人がかりで、そ〜っと台の板を押して動かす。
ぐらぐらぐらぐら、いびつな球体のトリュフチョコがわずかに揺れている。そして、唐突に均衡は崩れた。
「ぎゃ〜〜!!!」
グリモーが叫んだが、時遅し。
「わ〜〜〜!!!!」
ボッチャーーーーン!!
あっという間に、パササを轢いたトリュフチョコはそのまま何故か鍋にダイブ。
哀れパササはチョコ共々チョココーティング……という程度の被害で済むわけが無い。
当然の如く鍋から飛び散るチョコが、
その場にいた者全員、さらに石造りの台所の床と壁までも、部分的にチョココーティングしてくれた。
「おいしくなっちゃったぁ……。」
ずれたエルンの発言にも、全員つっこめなかった。

シェリルから色々アドバイス(と制止)を受け、どうにかこうにか完成間近。
ローザはスポンジケーキを焼き上げた後で、リディアは最初からチョコを溶かす準備に入る。
ちなみに、指南していたシェリルは子供達に上げる分をとうに作り終えていた。
作る量は二人の何倍もあるというのに。
それはともかく、チョコをひたすら刻み続ける間に、湯を沸かして湯せんの支度。
刻み終えたら、それを金属ボウルに入れて湯を張った鍋に浮かべて溶かす。
「さあてと……後はこれをかけて出来上がりv」
初めてで相当てこずっていたのか、
ローザとあまり変わらないタイミングでリディアが仕上げにかかる。
ケーキにチョコクリームを塗っていたローザは、一瞬我が目を疑う。
(ちなみにクリームの泡立てはリディアが呼んだイフリートの仕事。溶けないのか……?)
「ちょっと……リディア、そ、それは……?」
何か、黒いもの。普通の果実の隣に、それがぽつんと二つばかりあった。
チョコではない。まるで岩のようにごつごつした、真っ黒な塊。
これは一体、何だろう。人が食べるものには、到底見えないが。
「え?幻界に居たときに、食べられるよってタイタンが言ったから、もらったの。」
それがどうかしたの、といわんげに小首をかしげる。が、その可愛い仕草が逆に恐怖だった。
いくら信頼している幻獣からもらったものとはいえ、少しは疑って欲しい。
純粋培養の彼女には、出来ない相談だとわかってはいるが。
しかし、熟練しているはずのシェリルは何故ここでつっこまないのか。
「あ、あのね、リディア……。」
ローザは思わずどもりながら、リディアを止めようと必死になる。
いくら毎年変なものをつい入れてしまう彼女でも、害があったり噛めない物は絶対に入れない。
「大丈夫だよ〜ローザ、ほら、いい香りもするし。」
と、言いながらリディアがその黒い塊を差し出す。近づいて嗅いでみると、確かにいい香りがした。
ローザはこの臭いに覚えがある、あれは、どこでだったろうか。
一度、同じ匂いの物を食べたことがあるのだ。
「……確かにいい香りね。う〜ん、まあリディアがどうしても使いたいなら止めないわ。」
止めても、意外に強情なこの少女は聞かないだろう。
まあ、体に害は無いものと思い、好きにさせてやることにした。
シェリルが、その瞬間くすりと不敵に笑ったのも見ずに。

―その頃のコテージ内―
「出来たーーー!!」
アルテマの雄たけび、もとい歓喜の声が響き渡る。
他の2人(ペリド・フラインス)が出来上がった頃に、ようやっと彼女の菓子が完成したのだ。
二人は、手伝わされて心身ともにずたぼろ。死屍累々。
「よ、よかった……。」
どこかやつれた様子で、ルーン族のペリドが力なく笑った。
人が良く、大人しめなために無理やり手伝わされた結果がこれだ。
「師匠……あたい、もうじき、逝くかも……。」
シェリルの押しかけ弟子である悪魔の子供、フラインス。彼女もまた、巻き添えを食った。
「ふ〜、これで野郎ども見返せるよ。あれ、二人ともどうしたの?」
額の汗をぬぐって心地よいため息をついた後、ちらりと後ろを見て惨状に気がつく。
手伝ってくれた、ではなく無理やりやらせた二人が、床にごろごろ転がっている事に。
ついでに、周り中には使用した調理器具(全てリトラのバッグ内に入ってた)が、
ぐちゃぐちゃに散乱していたりもする。
(だ、大体たかがドライフルーツ入りマフィン如きに、何で3時間もかかるわけ?!)
お互いにギリギリ伝わるくらいの掠れた声で、フラインスがぼやく。
(全くですよ!おまけに何回も失敗して……もう何回生地を作り直したことか!
また無駄遣いでリトラさんに怒られちゃいますよ!!)
ペリドもそれに激しく同意したようだ。実際、相当材料を無駄遣いする羽目になった。
このパーティは、フィアスの種族特徴のためにただでさえ食料費が全く馬鹿にならないというのに。
けちなリトラが、完全にぶちきれる光景は目に見えていた。
「さ〜て、早速渡してくるかな〜?」
そんなこともつゆ知らず、アルテマは意気揚々とコテージを出て行こうとした。
が。
「片付け位自分でしろ〜!こんの体力馬鹿アーンドにぶちん女ぁぁぁぁ!!!
オメガーーーやっちゃええ〜〜〜!!」
完全に怒りに支配されたフラインスの命にややびびりつつ、素直にオメガは従った。
次の瞬間、アルテマだけ見事に氷付けにされた。
あとには、出来立てほかほかのマフィンだけが残されたという。


―午後3時―
ローザは勿論真っ直ぐセシルの元へ。と、思ったら「大人の時間」までのお楽しみだとか。
一緒に来てくれなかったのを至極残念に思いながら、リディアはさっさと皆に配り歩くことにした。
「エッジ〜、カイン〜、セシル〜!」
離れたところに見えた、見慣れた影を大声で呼ぶ。
「あ、リディア。どうしたんだい?そんなに急いで。」
走ってきたリディアに、セシルがまず話しかける。
「あのね、バレンタインだから皆のために作ったんだよ。
はい、セシルはこれ。」
と、言って薄紫の包みをセシルに渡した。難しいラッピングに苦労したのだろう、所々しわやよじれがある。
「ありがとう、リディア。」
にこりとセシルが笑う。
「どういたしまして。はい、こっちがカインだよ。」
濃い黄色の包みをカインに渡す。こちらも包装で苦労した痕跡がある。
「すまんな、頂いておこう。」
と、言ってカインはすぐに荷物袋にしまいこんだ。
「エッジはこれね。」
茶色の包みをえエッジに渡す。
「お〜、リディアありがとよ〜!!」
と、言ってそのままリディアに抱きつこうとして、カインにどつかれた。
「て、てめえなにしやがる……。」
「リディアに変な虫がついたら、幻獣に申し訳がつかんからな。なぁ、セシル。」
そういって鼻で笑う。話を振られたセシルは、苦笑するだけ。
「エッジ、セクハラやめてっていったでしょ!!」
そして、グーパンチがエッジに叩き込まれた。腹に。

それから、エッジは他のメンバーより一足早くバロン城の客間に舞い戻った。
勿論、リディアお手製の菓子を早く食べたかったから。
包みを開けると、そこには不恰好なトリュフチョコが入っている。
「リディアが俺のために……!」
それだけで感涙してしまった。さっそく、一個目を食べる。

ガキッ。

歯が、欠けるかと思った。あごの骨が、砕けるかと思った。
これは、リディアの日頃の恨みの結晶なのか?
エッジの脳内に、これだけの事が一瞬で駆け巡った。
しばし悶絶。
「あぁああ……リディアぁぁぁ……お前の愛(?)が、硬ぇよぉぉぉ……。」
エッジの涙は、痛みが引いてからもしばらく止まらなかった。

―その後―
『トリュフ?』
ローザのすっとんきょんな声が、城の厨房に響く。
「そう。あれは、ロックトリュフって言って一番硬いものよ。幻界の、タイタンが居る辺りでしか取れない貴重品。」
リディアが使った「何か黒い物」の正体が気になって、ローザは思わず聞いたのだ。
彼女の答えに、博識だな〜と、感心している場合ではない。
「ねえ……ていう事はあなた、知ってたのよね?」
冷や汗をたらしつつ、ローザが問い詰める。
「まあね。」
飄々(ひょうひょう)とした様子で、なんの悪びれも無い答えが返ってきた。
「何で……止めなかったのよ〜〜!!」
これは珍しい物好きなエッジに上げるんだといって、リディアはあれを2つ包んでいた。
他の二人の分は、あらかじめ調べておいた好物だけだったからセーフだが。
「エッジが食べちゃったら、どうするつもりなの?!」
いや、実はもう手遅れだが。
「どうって事は無いわ。私には何の関係も無いもの。
それに……人間の男が無様な様をさらしているのは、面白いしね。」
そう言って、背筋がぞくりとするような、妖しい笑みを浮かべた。

バレンタインの恐怖は、まだ終らない。

―完―  ―戻る―

やっちまったよオイ!!な、ネタです。オリキャラが、がばがば出てすいません。
どこの世界に、直径1mもあるチョコがでてきたり、それが人を轢いたりするんでしょうねえ。
後は、駄洒落的なトリュフ(入り)チョコ。これはエッジにはかなり不幸でした。
ごめん、エッジ。何だかめちゃくちゃですが、後日オチを書く予定です。
2日も遅れたお侘びの代わりにというか……まだあげてない人が居るので。

(2010/7/17 加筆修正)