明後日の二日前




※前提となるお話(18禁):賽は投げられた by格子縞さん(リンク先はpixivです。)
■他作品からの引用設定
・刀剣の衣装は自身の霊力で生成(衣装変更も自由)
・刀剣を審神者が人間姿で現世に連れ出せる。

山姥切が行う近侍の仕事に、ちょうどいったん区切りがついた頃。
主である火輪の審神者が、先日言っていた現世の仕事の1つから帰ってきた。
帰ってきて幾ばくもないうち、火輪は不意にこう言った。
「まんばさーん。明後日デートでしょ?着てくもん決めたわけ?
現世はいつものかっこじゃ行けないんだからさー。」
「考えている余裕なんてあるわけないだろう。
あんたのせいで仕事が多いからな。」
ちくりと嫌味を言ってやれば、彼女は片眉をぴくっと吊り上げた。
「はぁ?風呂入ってる時とかあるでしょー。
ったく〜、このあたしの近侍なんだから、
適当なかっこで行ったら布焼き討ちだからね?!」
現世でファッションモデルをしている彼女は、非常に美意識が強い。
美男美女は、適当に掴んだTシャツにジーンズでも様になるというが、
彼女はそれを良しとしないのだ。
当然、側近である山姥切にもその価値観を要求するというわけである。
「着替えるといってもな……。」
山姥切は露骨に渋面を作る。どうせ己は人ならざる付喪神。
装うことに関心の強い仲間ならいざ知らず、彼は自らをみすぼらしく見せる事に考えが向く。
無論、主の恥になっては困るので、しかるべき場で隙なく整える事はやぶさかではない。
しかし、それ以外の目的で装うというのは、困った事に門外漢である。
思い描けば装束は自身の力で変容させられるが、
発想源がないことにはどうしようもない。ない袖は振れぬという奴だ。
「やっぱねー。あんたの事だから、そんな事だろうと思ったわ。
ったく、あの子は今頃コーデに悩んでるって言うのにさー。
あんたもちょっと位考えろっての。」
悪態をつく火輪が放ってきたのは、男物の服だった。
上着は、現世の若者が着ているような前開きのパーカーにポロシャツ。下はいわゆる綿パンだ。
ジーンズ程カジュアルではなく、生真面目な山姥切の私服にはお誂え向きである。
「どーせあんたの事だから、目立つのやなんでしょ。
その辺でいっくらでも売ってる量産型を持ってきてやったぞ〜。ご主人様に感謝しな〜♪」
「この現物を、そのまま着ていけと?」
動きづらい衣類でもないので、着た所で困りはしない。
しかし霊力で生成していない服は、いざという時とっさに戦装束に変える事も出来ない。
そういう意味では、少々の抵抗がある。
現世が安全地帯ならいいのだが、審神者は敵方から狙われる存在だ。
同時代の歴史修正主義者のみならず、未来から狙われる事例すらある。
いざという時に、恋人を守る妨げになっては困るのだ。
「別に。好きにすればー?
あたしはおしゃれしてくる鴇ちゃんと一緒に居て、
恥ずかしくないかっこしてれば文句ないしー。」
「……分かった。」
可愛い恋人が、山姥切と過ごす時間のためにめかしこんでくるのだ。
そこを強調されれば、彼女に恥をかかせない身だしなみとして彼の中で認識される。
「あー、そうそう。ちゃーんと褒めてやんなよ?
現世デートなんてお初なんだからさ。」
「ろくな返事を出来たためしがないんだが、それでもか?」
どうかと聞かれても、着飾る事に疎い身には、似合うとか可愛いか位しか返しようもない。
気が利く洒落者の燭台切や、お洒落な乱ならいざ知らず、
詳細に答えられた事は一度もなかった。
そもそも、彼女の装いが可愛くなかったためしがない。
と、のろけではなく大真面目に彼は思っている。
「あんた馬鹿ー?スルーとかありえないし。
『いいんじゃない?』もだめだけど、スルーとかそれ以下だからね。分かった?」
要求の程度が高くないかと反論したかったが、山姥切は言葉を飲み込んだ。
女心に関しては、女主人の忠告は聞くに越したことはない。
それ位は冷静に判断できる。
「お、物分りいいじゃーん。よーしよしよし。」
「俺は犬か。」
ぞんざいな物言いにむっとして言い返すが、それでひるむ主なら苦労はない。
もっとも彼女の神経が綱より太いからこそ、ぶっきらぼうな山姥切と、
それなりにやっていけるという側面もあるのだが。
「なーにー?それとも、マジで頭ぐりぐりされたかった〜?」
「お断りだ。あんた、分かってて言ってるだろう?」
「とーぜんじゃん。」
このアマ。和泉守だったら、そう言って眉を逆立てるような心境に陥る。
火輪は、山姥切をおちょくるのが生きがいなのだろうか。
仕えるべき主人であり、恋を成就に導いた立役者でもある彼女は、
山姥切にとっては頭の上がらない存在ではあるのだが。
だが今この瞬間、身の内に沸いた冗談めいた殺意は、やはり本物であった。
――あんたが男だったら、一発殴ってるところだぞ。――
背丈こそ彼と並ぶほどに長身でも、
やはり女であるからと配慮は忘れぬ彼の、内心の恨み言。
それを知ってか知らずか、それとも何か別の用事でもあるのか。
火輪は山姥切を放置して、さっときびすを返した。
「じゃ、また後でねー♪」
「もう好きにしてくれ……。」
がっくりと肩を落としてぼやきながら、引き出しの取っ手を引く。
デート当日の服を渡されたので、ついでに確認しておく気になったのだ。
真面目な彼は、あらかじめこうしてきちんと準備をしている。
それなのに、つい今しがたまで服が後回しだったのは、単に苦手分野だったからだ。
よその山姥切国広は知らないが、
ごく標準の範囲に収まる分霊であるこの山姥切は、装う事が苦手である。
「……よし。」
引き出しに入っている長財布の中を確認する。
紙幣と別のしきりに入った、有名テーマパークのワンデイパスポート。
株主優待券という奴で、その辺りに売っている代物ではない。
火輪が、現世のモデル業の伝で受け取ったものである。
2人分の入場券は、次のデートに欠かせない大切な物だ。
そういえばと、山姥切は思い起こす。
次のデート先を、支給された端末からメッセージで伝えた時、
彼女から届いた返事は、常よりも心なしか楽しげに見えた。

“えっ、あそこなんですか?!
えっと、私もしばらく行けてないんで、色々変わっちゃってるかもって思うんですけど、
ちゃんと色々、当日までに調べて、行きたい所決めておきますね。
あ、それと、あるか分かんないですけど、
国広さんも、何か興味ある所あったら、言ってください!”

どちらかといえば驚きが勝っていたように読み取れたが、
それこそが、滅多に見られない浮かれてる彼女のありように思えた。
端末を覗く彼女の表情を知る手段がないのが、残念な位だ。
いっそ端末が羨ましいと思いかけた彼は、相当重症だった。
――行きたい所を決めておく、か……。――
かのテーマパークは何分広く、一日では遊び切れない場所であると、
あらかじめ火輪から聞いてはいた。
だから、現世に疎い山姥切ではなく、鴇環の方が段取りを整えておくのは当然の事なのだろう。
何の事はない、出来る人間が仕切るだけだ。
特に気に留める事無く、流すところだろう。
だが日頃遠慮がちで、こちらから話を振らないと要望を口にしない彼女が、
率先してこのように言う事は物珍しい。
――ひとまず成功……となったら、いいんだがな。――
長財布を戻し、受け取った衣類も適切な場所に片付けたところで、
パタパタと軽い足音が廊下から聞こえてきた。
今日の昼から、件のテーマパークの見所を扱う特集を組んだ情報番組が始まるのだ。
行く前に雰囲気を掴んでおくべきだと熱弁した乱の提案で、
共に視聴する約束をしている。
時計を見れば、確かにもうじき始まる頃合いだ。
「切国ー、そろそろだよー!」
「分かってる。今行く。」
間仕切りを開けて近侍部屋に飛び込んできた乱に応えて、山姥切は腰を上げる。
昼時の情報番組は、この本丸内にもファンは多い。
集まっている彼らに、デートの事で冷やかされるのだろうなと思いつつも、
彼は大して気にした風でもない顔で、乱の後を追った。



―END―  ―戻る―

格子縞さんのお話に火輪の山姥切と鴇環の審神者を登場させていただいた所、ふと思いついた小ネタ。
普段の設定では書けない話なので新鮮。