ベールの向こう




それは、唐突な問いかけだった。
「ねぇ、ルージュは何で生まれた場所とか、家族とかのことをおしえてくれないの?」
「……は?」
あまりに急な問いに、ルージュは思わず間抜けな声で一言返事を返すことしか出来なかった。
「だって、リトラはリアって国で生まれたって言ってるし、
ペリドおねえちゃんだって、生まれたところのお話してくれたよ?
でも、ルージュだけだれにも話してないじゃない。」
「……妖術師は、そういう自分の情報を他人に教えたりしないもんだ。たとえ、金を払った雇い主でもな。」
自分の情報は、性別と種族、それからこなせる仕事のランクくらいしか人には教えていない。
リトラに雇われてからは、食べ物の好みくらいは教えるようになったが、
必要以上に自分の情報を漏らさないことは、彼にとって常識だった。
「えー……でも知りたいよ。」
「何度聞いても俺は答えないからな。
無駄なことしてないで、脳みそ筋肉女にでも構ってもらえ。」
そっけなくルージュにあしらわれたフィアスは、それ以上食い下がることなく素直にアルテマの元に去っていった。
アルテマおねえちゃんは脳みそ筋肉女じゃないよ、と一言抗議して。
それを横目で見送ると、ルージュは瞳を閉じた。

道義も倫理もない、裏社会。あるとすれば組織の掟とそこでだけ通じる道徳だけだ。
ルージュは巣立ってからずっと、そんな社会で暮らしていた。
今のパーティに加わって結構時間もたっているが、信用はしていても信頼はしていない。
リトラやアルテマのような素直なメンバーが聞いたら、まず間違いなくわけが分からないと答えるだろう。
まったく、単純な連中はこれだから困ると思わされるのが関の山だ。
別に嫌いではないが、ルージュはいわば「陽性」の要素を持つメンバーばかりで、
ルージュが思うような「陰性」の要素を強く持ったメンバーはいない。
リトラはまだ他のメンバーに比べれば多少「汚い」が、
ルージュに言わせればそれは単に世間慣れしている程度で、いわゆる裏社会の人間ではない。
たまには、ブラックなネタを遠慮なく言い合える相手がほしい。
それが、ルージュの日頃抱える欲求だった。
フィアスのように身の上話を聞いてこない、割り切った付き合い。
まるで大人のようだが、ルージュはそういう付き合いくらいしかまともにしたことがない。
真に心を許したといえる他人は、人間の寿命をはるかに越える年数の中に、いったい何人いただろうか。

と、そこに思索を打ち切る存在がやってきた。
「やっほー、アンタこんなところに居たんだね。」
薄い、銀に近い灰色の髪に、銀の瞳。前髪には紫のメッシュが入った少女。
最近パーティに加わった凸凹3人組の一人・上級魔族のナハルティンだった。
「……なんだお前か。」
「ご挨拶だねぇ、パープルはタカビーなわけ?」
「……お前の方がよっぽどタカビーだろ。」
常にハイテンションな彼女は、一見魔族らしからぬ性格に見える。
魔族といえば、悪魔と同じように狡猾で、残忍で気まぐれといわれているからだ。
ルージュも最初は拍子抜けしたほどだ。
「そーかなー?ま、別に他人がアタシの事をどう思っててもいいけど。
ペリドちゃんと一緒にいられれば、アタシはそれでいいしね。」
隣に座っていいかとも聞かずに、ナハルティンはルージュの隣にすとんと腰を下ろした。
さも当たり前というようなその態度に、ルージュは呆れながらも反論はしない。
反論すれば、見事な屁理屈が返ってくるだけだろう。
「そーいやあんた、妖術師だったよね。」
「……ああ。」
フィアスと同じことを聞かれるのかと思い、ルージュは顔には出さないもののうんざりする。
「ま、アンタは自分の事しゃべってくれそうにないし、無理には聞かないけど。
他の連中に散々聞かれてうんざりしてそうだし。」
「……ほー、よく分かったな。他の連中から聞いたのか?」
「まーね。フィアスちゃんがさっきすねてたから聞いたんだよね。
したら、教えてくれないってふくれてたから、ついでに根掘り葉掘り聞いちゃったよん。」
「ついでにかよ……。」
こいつならやりかねんと、ルージュは半分あきれたようなまなざしをナハルティンに向けた。
しかし彼女は悪びれた様子もなく、何がおかしいのかケラケラと笑っている。
「だってさー、どのくらいになるかはわかんないけど、一応旅の仲間だしね〜。
とりあえず面白そーなネタとか情報は集めとくに限るでしょ?」
不思議なことに、彼女はルージュの隣には遠慮なく座っても、彼に不快感を与えることはなかった。
「……まぁ、そうかもな。」
「ノリ悪いねぇ〜。
ま、ミステリアスってやつかもしれないけどね、アンタの場合。」
「ありきたりなことを言うんだな。」
「そーかな?でもアンタ、別にくら〜いってわけじゃないし、無口でもないし。
アタシは思ったことははっきり言うのがポリシーなの。……その方が楽しいしね。」
「……そんなものか?」
「あたしはね。ていうか、そーいうアンタも結構やってるじゃん。」
ナハルティンにそう指摘され、ルージュは日頃の仲間とのやり取りを思い描く。
なるほど、確かにアルテマやリトラをからかうときは、彼にしては思ったことを素直に口に出している。
そうやって返ってくる反応をみるのは、確かに楽しい。
「まぁ、その通りだな。」
「でしょ?あ、それとさ。」
「?」
ナハルティンの言葉に、ルージュはやや怪訝そうな顔つきになる。
「同じ闇に属する者同士、ちょっとでも仲良くしない?
アタシはあの子達と違って、別にアンタの過去になんて興味ないけど。」
「ほー、お前、面白そうなネタは集めるに限るんじゃなかったのか?」
わざと意地悪な声でそう告げると、ナハルティンはおかしくてたまらないというように笑い出した。
何がおかしいのかと、ルージュは首をひねる。
「わかってないな〜、そういうのを無理やり聞き出すのは、スマートじゃないでしょ?
教えてくれればそっちの方がいいけど、別に知らなくても困んないし。
それに、さ。」
「……それに?」
「ベールの先にいる子と話すのに、いちいち仕切りのベールを引っぺがす必要はないでしょ?」
含みを持った、得意げな笑い。
「なるほど、顔を隠して話をしたいそいつにはありがたい対応だな。」
フッと、ルージュがかすかに笑う。
そして、気が済んだとばかりに立ち去ろうとする彼女の背に、一言投げかけた。
「ベールの向こうからでいいんなら、しばらくお前の話に付き合うのもいいかもな。」
「そうこなくっちゃね♪」
あっけらかんと笑った彼女は、軽く手を振るとそのまま振り返らずに立ち去っていった。

過去は知らずともいい。ただ、今だけが真実―――。

こんな女なら、話につき合わされるのも、悪くはない。


―END―  ―戻る―

ルージュとナハルティン。加入直後のようなので、20……何話でしょう(爆
何しろ話が長いので、もういちいち覚えてません。
ハイとローでテンションにはずいぶん差のある2人ですが、意外に相性いいです。2人とも根が黒いから(笑
てか、ガキがする会話じゃねえよとか、その締め方はカップリング小説のつもりかとか、
かーなーりー突っ込みどころ満載。でも、ワンシーン切り抜きタイプがかけてよかったです。
絵がないと描きにくいんですが、今回はそうでもなく。
……そうか、キャラに勝手にやらせればいいんだと悟った次第です。
こいつらがやりたければそれでいいですよね、うんうん。