名刀視点は為政者視点



※政府も刀剣男士もビジネスライクでクール。一般人基準だと若干薄情な冷静さ。
※単発設定。他の話とは関連性がない。


とある本丸に、落ちこぼれの審神者が居た。
その審神者は、政府が全国民に義務付けている検査に、
かろうじて引っかかる程度の、才の乏しい審神者だった。
鍛刀をすれば二度に一度は失敗し、刀装は並刀装ばかり、稀に銀が出来れば万々歳。
手入れも苦手で、重傷の刀剣を一振り修復すれば、霊力を使い果たしてその日は鍛刀も刀装も作れない。
術師としては、頭の痛くなるような適性のなさである。

では、軍師としてはいかがだろうか。
こちらもまた才能がなかった。
もっとも、これについてはこの御仁を責めるのは酷というものであろう。
元々一般人階級の出の人間に、戦の才能を求める方が難しいのだから。
審神者も政府が開催する講習に積極的に参加するなど、懸命に勉強した。
だが、それでようやく凡庸な采配が振るえる程度。
明らかに悪手と言うことはなかったが、
歴代の優れた武将達を見続けてきた刀剣達には、歯がゆい采配でしかない。
審神者が刀剣達に戦場での判断を一任するようになったのは、当然の帰結であった。
多くの同胞達もそうしているし、実際庶民出身の審神者に、名采配を見せろというのは酷である。
それを刀剣達も理解していたため、これで責めたり、関係が悪化することはなかった。
審神者は自分の非才を理解していたため、
刀剣達の采配に異を唱えず、素直に委ねたためである。


だから、審神者と刀剣の関係が壊れてしまったのは、
必要なものが色々と足りなかった。としか言いようがないのであろう。
落ちこぼれの審神者は、審神者業が二年目に差し掛かった頃、政府から手厳しい通告を受けた。
このまま改善が見込めないなら、貴殿を解雇するという、事実上の最後通告だった。
慢性的に平均を大きく下回り、改善の見られない戦績。
向上の見えない術師としての能力。一向に種類の増えない刀剣。
審神者は常時募集中の政府も、さすがに無能を飼っておく余裕はない。
1ヶ月後に改善の兆候が見られなければ、
後任の審神者に業務を引き継いで辞職すべし。という通告を出すのは、仕方のないことだった。
その決定は、客観的に見て妥当であると刀剣達が判断し、
それに審神者が勝手にショックを受けたのも、恐らく仕様のないことだった。



「可哀想な人。」
20歳をいくつか過ぎた女審神者は、報告書を読みながら顔を曇らせた。
彼女は、落ちこぼれ審神者の本丸を引き継いだ後任だった。
「悪い人間じゃなかったんだ。ただ、才がなさ過ぎたんだよ。」
前任の初期刀であったという、歌仙兼定。彼は困ったように笑っていた。
「あなた、ずいぶん冷たいのね。初期は二人三脚だったんじゃないの?」
「そう言われても困ってしまうな。
やめる間際の主の取り乱しようは、百年の恋も冷める有様だったしね。」
「知ってる。だから、冷たいって言ってるんじゃない。」
報告書には、政府の通達を冷静に受け止めた刀剣達に対して、
審神者の方が大いにショックを受け、そのまま現世に逃げて戻らなかった。と書いてある。
政府は一応探したらしいが、あまり人員は割かなかったようだ。
引き止めるほどの価値もない、という事だろう。
体よく厄介払いできた。と思っていたのかもしれない。真相は不明だが。
「最後の務めを果たさずに逃げた主に、情けをかけろって?
無理を言わないでくれ。まったく……むしろ、こちらが嘆きたい位だね。
せめて最後まできちんと主として、まっとうしてくれると信じていたかったんだよ。
それまでは、及ばないなりにきちんと真摯に仕事に取り込む、
誠実な人間だったんだから。」
女審神者に答える歌仙の語気は、やや荒い。
前任の初期刀であった彼は、前任の誠意だけはその時まで買っていたのだ。
前の主に情けはないのか。そう女審神者は問いかけたかったが、やめた。
色々と、思うところが出来たのである。
「……そうね。あなた達は、立派なお殿様をたくさん知ってるものね。
でも、私達は凡人のぺんぺん草だから。
あいにく、そんなに立派になれないのよね。」
彼女は、眉尻を下げてそう言った。
刀剣男士達は、人々が思い入れを深く持ち、大切にしてきた名剣名刀の化身。
それ故に、歴代の持ち主はみな高貴な身分である事がほとんどだ。
人の上に立つ者ならば、こうあらねばならぬ。
という思いと理想は、きっと現代人が考えるものよりも何倍も具体的で、強固なのだろう。
彼女自身、それに前任が応えられる器ではなかったという事は、分かっていた。
善良だが無能。雑にまとめれば、それに尽きた。
しかし彼女は一般人である。
後もう少し才能があれば、任務が続けられたろうに。
そんな風に、本来なら引継ぎで話をする機会があったはずの前任に、同情してしまうのだ。
何の相談もなく放り出された刀剣ではなく、同族である前任の方に。
「僕達だって、君達に将軍や大名のような胆力は求めないさ。
元より、持ち合わせているとも思っていないよ。
だけどね、もう少し現状を真摯に受け止める程度の常識は持ち合わせて欲しかった。
引継ぎを放り出して逃げ出すなんて、情けないにも程があるよ。」
だけど、と言いかけた口を女審神者はつぐんだ。
実際、引継ぎを前任が放り出したせいで、ここの刀剣達もこんのすけも、
ついでに後任の彼女もずいぶん困らされたのだ。
本丸の現状と日常業務の勝手を掴むだけで、何日もかかってしまった。
お役ごめんでやけになっていたとはいえ、勝手な振る舞いに迷惑をこうむったのだ。
「こんな事を聞いた私のことは、失望する?」
「別に。君は文句は言ったが、仕事は今のところきちんとこなしている。
現世に帰って行方をくらませるなんて、
馬鹿なやけを起こさない限り、僕達は君を信じるよ。」
「ならいいけど……。」
「重ねて言っておくけど、君がきちんと仕事をする限りだからね。
君と僕達は、自らの存在する歴史を守るために、共闘する同盟関係に過ぎない。
友人や身内のように、ぬるい関係ではないよ。」
「分かってるわ。勘違いなんてしない。」
歌仙が予防線を張るまでもないと、女審神者はそう思った。
前任の顛末を聞けば、そんな甘ったるい幻想に浸れるはずもない。
むしろ、無理だとすら感じていた。
彼ら刀剣男士は、常に審神者の味方というわけではない。
政府の方に利があると思えば、そちらに味方する。
彼らは忠臣だが、都合のいい傀儡でも人形でもないのだ。当然だろう。
利害が一致するから協力する。ただそれだけと思った方がいい。
彼らが歴史を守るのだって、自らを作った刀匠達、ひいては我が身を守るために戦っているのだろう。
その役に立たない主人であるならば、
審神者といえど庇い立てする道理はない。
「それなら安心だ。上手く僕達を使ってくれ、主。
……さすがに、失意の底に落ち込んで萎れた主を、二代連続で見たいわけじゃないからね。」
「それはどういう意味なの?
しょっちゅう持ち主が変わるのは、落ち着かないから嫌っていうこと?」
女審神者が、じろりと睨みつけるように目を向ける。歌仙は再び苦笑いを浮かべた。
「いや、単純な理由だよ。
落ち込む主人の顔を見るのは好きじゃない。そういう、理屈抜きの感情的な理由さ。」
「……どうだか。」
「すまないね、主。
僕達はどうも、政治的な判断として好ましいかどうかで、こういう物事は見てしまう。
だからか、君達の心に寄り添うのは難しいようだ。
いたずらに傷つけたいというわけでは、ないのだけどね。」
新しい主人の、けんもほろろな冷たい声音。
そんな態度にしてしまったことはすまなく思うのか、彼は丁寧な言葉で弁解した。
「……ええ、分かってる。付喪神、だものね。」
歌仙の言葉に、嘘偽りはないのだろう。
付喪神は、神の中でも人間に親しみを持ち、愛したいと願う種族だ。
わざわざ持ち主の心を曇らせて弄び、踏みにじるような、
そんな意地の悪いことで喜びを見出したりはしない。
持ち主が悪人であったり、悪人の主人のせいで荒んでいたりといった、特定の条件でない限り。
斜に構えてしまった女審神者も、それは頭で理解している。
「そう、あなた達は偉い人の考える事を知っている。理解できる。
私達は、偉い人の考える事が分からない。理解出来ない……。」
正面の机に向き直り、女審神者は歌仙に背を向けた。
そして、まるで自分に言い聞かせるように、ゆっくりとのたまった。


―主……か。何て頼りない響きなんだろう。―
戦国の世は、出来の悪い主人を倒して部下がのし上がる。
そんな事もあったなと、女審神者は諦めたような笑みを浮かべた。
無論、彼らは人間よりよほど忠義に厚いから、
人間が堕落しない限り、そんな事はないのだが。
それでも、主としてふさわしくなければ、政府の手でその座はあっさりと陥落する。
それに対して、刀剣が感傷的に引き止める事はない。
共に歴史を守る戦友足りえるからこその、主従の絆なのだ。
客観的に見て政府の辞職勧告が妥当なら、刀剣達とて引き止める道理はない。
彼らはそれを、冷静に判断できる器を持っている。
感情にとかく判断を左右されがちな一般人には、持ち得ない為政者の器だ。

刀剣男士と審神者の関係は、良くも悪くも戦の効率に重きを置いた関係である。
冷徹な現実を目の当たりにした女審神者の心は、
本人も知らぬうちに、冷たく硬い殻に籠もってしまった。
それは客観的に見れば、子供が駄々を捏ねてふてくされるような、つまらないものである。
ここも住み込みの職場と思えば、実に馬鹿馬鹿しい感傷だ。
そんな審神者に、刀剣達が手を焼かされる事となるのか、
はたまたビジネスライクに淡々と平穏に付き合えるのか、それはまだ分からない。
ただ、人間というのは気難しく面倒くさい生き物である。
今後、この本丸の刀剣達が、思わぬところでこの主人に手を焼くこととなるのは、
恐らく不可避の未来であろう。


―END―  ―戻る―

冷戦状態の引継ぎと前任の初期刀の話。
刀剣男士は基本的に権力者の手元にあった面々が多いから、
こと政治に関しての感覚は、ど庶民の審神者達と時々ずれるのかなって言うのが発想源。