北区尾上団地の中枢に、「地域住民の健康」「公共の福祉」を求めて貢献して
いる医院がある。その名も「ときわ医院」。院長は南山中学・高校から福島県立
医科大学を卒業したS25の佐久間秀和さん。
愛知県済生会病院の勤務医を経て、愛知県住宅都市整備公団の推薦により、
実家近くの尾上町に、地域医療の向上を目指して開業したのは1998年10月。
開業の折の医院登録にあたり、本来、医院名の通例とされる医師の名字の「佐久間医院」にも、地域名の「尾上医院」にも目をくれず、申請した名前が「ときわ医院」だった。「名字」「地域名」以外の名を冠した医院名の登録には、理由を明記することが義務付けられた。県庁の申請窓口でその理由を問われた佐久間医師は、こう答えた。「私の母校 南山の同窓会は常盤会です。その名前から音をとり、ひらがな読みにしました」
母校への想いを、開業する医院名に託すほどの愛校心は、どこから生まれたのか?それは医師を志すきっかけとも絡み合って、“必然”と呼ぶに相応しいものかもしれない。
病弱だった少年時代、小学校の出席率は半分。それでも勉強はできた。中学進学時、「T海中学」を希望したが、あろうことか「T海中学」の校医から、病弱であることを理由に、受験断念を進言されたという。明晰な頭脳を持ちながら、入学の夢を断ち切らねばならなかった少年の心は、どれ程傷ついたことだろう。
その挫折と苦悩を受けとめ、繊細な感受性を受け入れ育んでくれたのは、南山中学男子部であり、時の校長フーベルト・フラッテン神父だった。それでも子供の無邪気な残酷さから「どうして、T海中学へ行かずに、南山へ入ったの?」と聞く小学生の同級生たちに、健気にも決まってこう答えたものだった。「だって、ボク、坊主頭がイヤだから・・・」。負けず嫌いな少年でもあったのだ。
内科・小児科・外科・リハビリテーション科
新マッサージ師在院・労災指定医・院内処方
「いつも、白衣の下はノーネクタイなんですけどね」と ほころぶ笑顔は優しい。
HOMINIS DIGNITATI (人間の尊厳のために)
自由で穏やかな南山でのキリスト教教育は、その後の人格形成に大きなものをもたらすことになる。相変わらず成績トップの中高時代。けれどもやはり体育の授業に出席できないことから、特待生になることだけは叶わなかった。その悔しさをバネにして、当時の男子部からの合格は「快挙」と言われた公立の医学部に挑戦。「男なら闘え!」という南山の恩師の励ましで、見事に、県外受験者競争率49倍の超難関「福島県立医科大学」合格の栄光をつかんだ。
しかし、福島県内の超エリートたちが集まってくる県医大には、「自分とは異質な空気があった」。勉強ばかりで競り勝ってきた合格者たち、ともすれば他人を蹴落としてまでという気配もあり、それは「人間の尊厳」「自由・平等・友愛」の精神を教えられてきた南山出身者の自分とは明らかに違うものだったと気づいたという。
医師となり地域のホームドクターとして、一日平均50人からの患者を診る現在も、その精神は変わらない。「医師として心がけることは、まず患者さんの苦しみを取り除くことですね。それがたとえ風邪であっても、心臓病であっても・・・」と、開口一番に。在宅医療・訪問診療・訪問看護にも心血を注ぐ。寝たきりの自身の母上の介護も、長男として立派に果たしている。
世界史、日本史にも造詣が深いが、机の上には、保険薬事典に並んで聖書も見える。
マタイ福音4章「人はパンだけで生きるのではなく神の口から出る一つ一つのことばによる。サタンよ、退け」が座右の銘。40日間の断食を終えたイエスを誘惑し、試そうと言い寄るサタンにイエスが放った言葉。医師として人として厳しく自分を律している証。
「これからの医療現場に求められるものは、“globalization”(地球化国際化)で、これからは、患者のためにも医療世界も市場開放されるべきであり、必要とあらば外資の参入も認めるべきだ。」との考えも、南山で受けた自由な発想の賜物だとか。“真のリベラリスト”は、「男なら闘え」の恩師の格言を守りつつ、眠れぬ夜には、愛読書としている聖書をひも解く日々である。
読売新聞将棋大会準優勝。毎日新聞東海アマ王将位決定戦 準優勝の腕前。
毎夜インターネットで将棋盤に向かう。真剣にパソコンに向かう姿に「3歳の娘にパパのお仕事は将棋?と言われてショックだったなぁ」・・・「おんぶ」でスキンシップする優しき父親でもある。
コレクションは万年筆。
中学生の頃、お年玉で買った5000円のペリカンの万年筆を使っていた。今、最も気に入っているのはモンブラン149だが、1950年代のものでなければならない。手作りのよさがあり書き味は抜群。e-bayオークションにて購入し、支払いはPaypalによってスムーズに行うことが出来る。1950年代のレア物を手に入れるため、e-bayオークションを のぞくことが多い」。
写真は、モンブラン149の1950’sモノ。
3歳と6歳の一男一女。
南山小学校への関心も入試説明会に3500組が参加したと聞き「国公立医学部より難関」と驚きを隠さない。
「闘う男」にも例外はある。17才年下の「元ミス小牧」の妻には「決して闘いは挑まない」愛妻家。
最後に、患者の苦しみや家族の悩みに寄り添い立ち向かう医師の立場から、メルマガ愛読者に向けての言葉を頂戴すると以下のメッセージが返ってきた。
旧約聖書「ヨブ記」第1章ヨブの言葉
「主は与え、主は取られる」
このことを第2章でヨブはわかりやすく言い換えています。
「私たちは 幸いを神から受けるのだから
わざわいをも 受けなければならないではないか」
現代医学は驚く程の発展をとげ
治らない病気まで治せるようになってきています。
しかし、どうしても治せない病気・治せない障害は存在します。
私が常盤会の方々に伝えたいのは、たとえ白血病になっても
むしろ白血病になったことを神に感謝できるよう
つまりは、神の試練を受けいれられるようになって欲しいということです。
〜佐久間 秀和〜
このメッセージから、「ときわ医院」佐久間院長に“Mr.常盤会”の称号を贈りたいと思うのは私だけだろうか?
取材 塩野崎&阿部
写真 成川