Anniversary 〜サイト2周年記念作品(DLF)
 

 もしも、もしも。空の高み、雲の隙間から見下ろしたなら。べったりと塗り広げられたタールか、若しくは濃紺の色ガラスの光てかった平面上へ、ポツンと張りついた小さな点にしか見えないかもしれないくらいに、それはそれは小さな帆船だ。明るい色味の船体に白木の手摺り。舳先飾りは丸ぁるい羊のとぼけたお顔。そもそもはとある資産家のお嬢様のクルーズ用にと作られた代物なだけに、どこかしら愛嬌があって可愛らしいのだが、その割に…船首と後甲板の大砲は最初から搭載されていた辺り、今時の物騒な海への警戒も怠ってはいなかった小さなキャラベル。主帆には、ぶっちがいの大腿骨の上に麦ワラ帽子をかぶったドクロを描き、その上のフラッグにも同じマークを戴いた海賊旗ジョリーロジャーを掲げている。小さいがその分、足回りは途轍もなく優秀で、世界一優秀な航海士の指揮の下、どんな嵐も海王類も、天まで届く伝説の海流さえも難なく御しては乗り越えて来た強者つわものであり。また、無頼の海賊たちや凄腕の賞金稼ぎ、無粋な海軍からの追撃にあっては、それがどれほどの大陣営からのものであれ、比類たぐい稀なる戦闘能力を保持する乗組員たちの軽やかな活躍の下、こちらもあっさりと打破して来た奇跡の船。その名を"ゴーイングメリー号"という。


  「なんか失敬だぞ、お前。」

   ………はい?

  「"奇跡"とは何だ、奇跡とは。」


 筆者からのご紹介へ、むむうといかにも不満げに頬を膨らませた彼こそは、この船の船長さんにして"麦ワラ海賊団"の頭目、モンキィ=D=ルフィというまだ十代の少年で。小柄で細身で、不揃いに梳き削いだ黒髪に丸ぁるいおでこ、大きな琥珀の眸をした童顔の、お船によく似て愛嬌たっぷりな男の子。今は少々"ぷんぷくぷー"と不機嫌そうなお顔でいるが、日頃はそりゃあもう、屈託のないお日様のような笑顔が目映くて。個性豊かなクルーたち全員から、さりげなく大事にされている"元気の素"だ。勿論、無邪気なところが憎めないから…なんてな、お甘いことが理由ではない。破天荒で掴みどころがなく、思慮が浅い割に過ぎるほどに行動力があるが故、厄介なトラブルをわざわざ"お持ち帰り"するという、まったくもって油断も隙もあったもんじゃないお子ちゃま船長。それぞれに一端
いっぱしの信条なりマイ・ルールなりを持っていて、それぞれなりに独特な矜持を固めているクルーたちにとっては、本当に本当に困り者な"船長さん"であるのだけれど。平生のそれらのポカを"…たく、しょうがねぇな"で諦めさせてしまえるほど、実は実は奥行きの深い人物で。こう見えても"海の男"としての覚悟や腹積もりは生半可なそれではなく、命の重みをよくよく知っている上で、それを賭けても良いとする、誇りや意気地の意味も、約束や絆の価値も、実はきっちり判っている男前。生き馬の目を抜く、それこそ油断のならない"修羅の海"にあっても、決して尻込みはせず。あまりに要領が悪くて、その不器用さや滑稽さを笑われても、最後にはきっちりと、爽快なまでに全て覆しての"勝利の頂"にいる、純粋100%、金むくの実力の持ち主。辻ごとに立つ吟遊詩人たちが、そして後世の歴史家たちが、その名を語り継ぐだろうこと間違いなしの、未来の"海賊王"候補。目指すは"ひとつなぎの秘宝・ワンピース"だっ!!


  ………あまりに物凄い戦い続きだもんで、
     時々忘れてませんか? この最終目標。
こそこそ…




            ◇



   「………あ。」

 軽快な船足で進む愛船の、穏やかな波に揉まれてゆったりと上下する甲板の上。さぁっと横切って行ったのは何かの陰だ。こんな大海で陽射しを遮って宙空を渡るようなものは珍しく、いつもの指定席、羊の上から顔を上げた船長さんの大きな眸に、
「鳥、か。」
 彼らの頭上の遥か上空をゆったりと飛んで行く、一羽の鳥の姿が見えた。此処からは蒼穹に張りついた胡麻つぶみたいに、小さく小さく見えるけど、
「あれって結構大きいんだろうなぁ。」
 誰に問うでなく呟いたルフィに、
「そうね。スタミナだとか考えると、小さな鳥には無理な"渡り"ですものね。」
 応じた声の主は、その白い手に古ぼけた麦ワラ帽子を持っていた。
「はい。航海士さんが"出来ました"って。」
「おおっ、サンキューvv」
 御馳走やカブトムシ以外には
(笑)あまり物欲のないルフィが、その分を全て偏らせる勢いで唯一こだわる"宝物"。子供の頃に憧れの大海賊から とある約束とともに預かった帽子であり、どんな苛酷な冒険にも戦闘にも必ずかぶってゆくものだから、あちこちひどく擦り切れていて。それでも大事にして手放さない彼なもんだから、見かねたナミが時々繕ってくれたりする。あの、ちゃっかりしっかりした彼女には珍しくも"完全無償"という気配りであり、
「凄げぇ〜、新品みたいだ!」
 思わぬ手品を見せられた小さな子供みたいに、素直に驚いて嬉しそうにかぶって見せる様子の幼
いとけなさがまた、配達係をいいつかった考古学者嬢の口許へ、それは優しい苦笑の蜜を誘った。風に飛ばされないようにとつけられた顎紐をちゃんと回して装着完了。標準装備の態勢に落ち着いて、さて。
「なあなあ、さっきの鳥。」
 ルフィは物知りな考古学者さんへ、話の続きを持ちかける。
「俺、前に見たことあんぞ。」
 まるで幼い子供のような、ちょびっと得意げな言いように、ロビンは風に散るつややかな髪を指先で押さえつつ、漆黒の瞳を細めてにっこりと微笑って見せる。
「そう。それは運が良いことね。」
「そうなんか?」
「ええ。こんな広い海の上で…他のに比べれば大きいのかも知れなくても、たった一羽で飛んでる存在ですもの。それとたまたま出食わす確率って、どれほど低いか。」
 季節の変化を察知して、寒い国から暖かな国へと"渡り"をする鳥は少なくないが、その大半は島沿い陸沿いのコースを取る。例え水面に浮かぶことが出来、そこから飛び立てる種の水鳥であれ、どんな海流なのだかも判らない大海原の真ん中ではそうそう休息出来るものでなく。また、スタミナがある大きな鳥であっても、
「大空を好き勝手、自由気儘に飛んでるように見えても、飛ぶために軽くなった身には大した武器もないんですものね。」
「そうなんか?」
 ええと頷き、あれでも実は大変なのよ?と小さく苦笑するロビンに、ふ〜んと感心したような声を聞かせてから、
「そっか、そんな鳥に何度も逢うなんて、俺って凄いぞっ!」
 単純に喜んで見せるルフィだったが、
「…あのな。」
 そんな彼らの後方。いつものように柵に凭れて甲板に腰を下ろしていた剣豪さんが、何やら物申すと言いたげなお顔になって、二人の会話に割って入った。
「いくら稀な巡り合わせでも、それが必ずしも"運が良い"とばかりは言えねぇだろうがよ。」
 長い脚の片膝を立ててそこに肘を載せ、ちょこっとばかし上体を前に倒した格好は、彼のように雄々しく男臭い人物がやってみせると、いかにも抗戦的な構えに見えて、
「忘れたのか? 前に見たことがある、どころじゃねぇ。お前、あの鳥を捕まえようとして、逆に掻っ攫われたんだぞ?」
 ゾロと出逢った海軍基地のあった町、シェルズタウンを旅立って何日目だったか。航海術もないままに大海原を漂流中、あまりの空腹から、頭上を通過中だった鳥を捕まえようと自慢のゴムゴムで飛び上がったまでは良かったが、逆に相手に咥えられ、どことも知れない方角へ連れ去られてしまった船長さんで。ちなみに、あの怪鳥は"ピンキー"という可愛い名前なのだそうで。………誰が、どういう基準でつけたんだろう?
う〜ん
「ああ。そういや、そんなことも…あったっけ?」
 小首を傾げてにんまり笑い、大したことではなかったようなルフィの言いようにムッとしたか、
「あったんだよっ。選りにも選って、旗揚げの のっけで躓
つまづいたんだ、忘れてんじゃねぇよっ!」
 ゾロはついつい口調を荒げた。ちなみに。その後、とある島に到着した…というか、バギー玉で驚いた鳥に落っことされたルフィは、そこにあったオレンジの町にてナミと出会い、追いついたゾロと二人、バギー一味を平らげてしまったのだが。

  「……………あ。」

 不意にルフィが発したのは、何かしら思い出したぞというようなカラーの声だった。だのに、
「??? どうした?」
 ついさっき声を荒げたのも忘れ、眉を上げると気遣うような声をかけたゾロだったのだが、
「ん〜。」
 何か言いたげな、そのくせ唇をきゅっと結んで、どこか複雑そうなお顔になって。どうしたと訊いて来たゾロの顔を"じぃ〜〜〜っ"と見やっていたものの。

  「……………いや、いい。」

 彼には珍しく、何かしら…奥歯に物が挟まったような態度と雰囲気のままに口ごもり、そのままぴょこっと、甲板の上へ降り立って。そそくさと主甲板の方へ降りてゆく。

  「???」

 まだ食事の時間でもないし、おやつならシェフ殿が此処まで運んで来てくれる。お気に入りの舳先、羊頭の上。他の遊びに向かうのでない限り、もしくは眠くて昼寝に入るのでもない限り、此処から離れるなんてこと、まずはない彼であるのにと。パタパタ遠くなる足音を横目で聞きつつ、怪訝そうに眉を寄せていた剣豪さんだったのだが、

   「………あ。」

 随分と遅れて、何にか気がついたらしい。その表情が弾かれてから、意志の強そうな口許が微妙に引き絞られる。
"そういや今日は…。"
 そのまま口を噤んで物思いに耽る彼に、
"可愛らしいことvv"
 見栄えは屈強で立派な男衆なのに、こんなささいな機微にも ふとそよいで波立つ胸の裡
うち。それをきっちり隠し果おおせられないような、年齢相応の幼さをこんな間近に見てしまい、一部始終へ居合わせた綺麗なお姉さん、思わず口許に小さな微笑を浮かべてしまったのだった。




            ◇



   「ル〜フィ〜。」


 おやつの時間だってのに、やっぱり上甲板へは帰って来ない船長さんで。特製の"氷の器"に盛られた、水色も涼しげなスパークリング・ソーダゼリーを運んで来たシェフ殿は、ぬるくなる前にとっとと呼んで来いと、腰の重い剣豪を急かすことしきり。………もしかしたら、さっき様子が訝
おかしいままに上甲板から離れたルフィをキッチンからでも見かけていて、余計な気を回してのことなのかも…と、そこまで気がつくようなゾロであるなら苦労は要らない。
"…というか。そういう如才がない奴だったなら、ルフィも惚れなかったんじゃないのかな。"
 そうですね、サンジさん。それ以前の もしかして。海賊狩りという路線から外れることもなく、この船にさえ乗ってなかったかも。とはいえ。そんな鈍チンで野暮天な彼とても、ちょいと不審だったルフィの様子には、何かしら思い当たるところがあるらしい。

  "………。"

 仲間や自分の誕生日や記念日の類は沢山あれど、1つだって覚えていた試しのないルフィ。それは彼がいつだって"明日"のことしか考えていないからだと、仲間たちも半ば納得済みで。こっちも…自分の誕生日を毎年他人から教えられているような剣豪なので、それへは特に、思うものも含むものもないのであるが。

  "そっか。今日は…。"

 ある意味で"運命の日"だ。色々な気候に偏った海域がアトランダムに散らばっている"グランドライン"の航海では、ついつい日付への感覚も混乱しがちになるものの、この日だけはそうそう忘れてはいけない日ではなかろうかと、この剣豪が苦笑混じりに噛みしめたくなる日。そう。あのシェルズタウンの海軍基地、処刑場にて二人が初めて出会った日、なのである。

  『…見世物じゃねぇんだ。とっとと、うせな。』

 何日も飲まず食わずで日向に晒され、衰弱し、ボロボロに乾き切っていた筈の魔獣。それを観に来た、お上
のぼりさん風の小僧。
"あんな何でもない出会い方がなぁ…。"
 そ、そうなんでしょうか。結構、劇的なシュチエーションだったと思うのですが。まあ確かに、わざわざゾロを目当てにやって来たルフィの側はいざしらず、ゾロの方は…まさか、あの後、あんな風などんでん返しに巻き込まれようとは、思いもよらなかったに違いない。赤の他人へと構えられた狡猾な企みごとへ我がことのように腹を立て、海軍に楯突いて、居並ぶ銃口の前へ何の躊躇もなく立ち塞がった少年。例えその身には…ゴムゴムの実のお陰様でまるきり支障がなくたって、次には刃物が繰り出されることくらい分かっていた筈だ。本来なら全く関わりのない敵意の真っ只中。そんな危険の中に立ちはだかる義理も必要もなかった彼だのに、身を張って庇ってくれた小さな背中は、当時のゾロにはあまりにも鮮烈な存在であった。今にもそこへと堕ちかかっていた、野獣や鬼神、人ならぬ冷血の身への転落に、最後の歯止めをかけてくれた人。


  『約束だ、海賊には なってやる。
   だがな、一つだけ言っておく。俺は自分の野望だけは貫くぞ。』

  『野望?』

  『世界一の剣豪になることだ。
   俺が野望を断念するような羽目になったら、その時は腹を切って俺に詫びろ!』

  『世界一の剣豪かぁ。いいねぇ♪
   海賊王の仲間なら、そんくらいになってもらわなきゃ俺が困る。』


 ゾロを仲間に引き入れたのは、勿論のこと、その桁外れな戦闘力に目をつけてのこと。だが、ルフィの彼なりの言いようによれば、海賊王の仲間に相応しい、強くてカッコいい奴だったからだ…とのことで。言葉をあんまり多くは知らない彼だから、そんな簡単な言いようになっているものの、

  『目指すは"最強"!』
  『背中の傷は剣士の恥だ。』

 世に様々な"強さ"がある中で、強靭な自負とちょいと頑迷な矜持という、不器用で融通が利かなくて要領の悪いゾロには何とも相応しいそれらに支えられた、今時には珍しいくらいに剛直な"強さ"。それが気に入っての勧誘で。しかもしかも、性格も物の把握の仕方も全く同じではない筈なのに、何につけ気が合うところがまた嬉しい。一も二もなく同じ判断をするのではなく、彼にとっては本意ではないが…でもルフィはこう考えたんだろうなと察してしまえる、微妙な"以心伝心"とか。こんな凄い奴とそういうものが通じ合っているのが、こんなにも大好きな相手に全部理解されているのが、嬉しくて嬉しくて堪
たまらないルフィであるらしく。

   ――― ………。

 何かしら決意したなら、何も言わないまま、まずはその視線だけを真っ先に向けてくる。それへと"しゃあねぇな"という無言の苦笑を返せば、満足そうに笑って見せる。そんなツーカー、実はゾロの側でも…格別の"特別扱い"なようで、ほこほこと擽ったい。クルー全員からの特別な存在。そんな"王様"の側からの恩賜を独占出来ることが嬉しいだなんて、何だか子供じみた優越感だなと思うものの、

  "美味しいばっかじゃないんだよな、これが。"

 想う相手から見込まれていることへの悦びは、だが、見限られたら…その高みから突き落とされたらキツいぞという"両刃
もろはの剣"でもあって。どうでも良い相手ではない。大剣豪になるまでは二度と絶対に敗けないからと、この自分がわざわざの誓いを立てた人。それだけに。彼にだけは嘘はつけないし、弱みも絶対見せられない。それはまるで、曇りのない鏡だ。彼の瞳に誰にも恥じることのない自分を常に映していられるか。
"そっちは別に、意識なんざしねぇけどよ。"
 そうでしたわね、それよりも。もっと厄介でもっと難しいことがある。彼なりに例の"腹切り"の約束をきっちりと覚えているからなのか、戦闘の最中にゾロが少しでも庇うと必ずヘソを曲げる船長さんで、

  『俺はゾロんこと、俺を守るためにって引き入れたんじゃねぇっ!』

 もう少し突っ込んで本音を言うなら、そのカッコいい剣劇を…凛然としていて鮮烈な戦いぶりを一番の特等席で観たいから。だからだから、自分なんかを庇うなと、敵襲より怖い大目玉を、これまで何度喰らったことか。
"………。"
 そうは言われても…と、短く刈られた浅い緑髪を大きな手でほりほりと掻きながら、ついつい零れる溜息が一つ。彼は"特別"なのだから、詰まらない雑魚に消耗させてる場合じゃない。よほどのこととか、それなりの格の相手でない限り、その手を煩
わずらわさせるなんて勿体ないと思えてしまうのだからしようがない。自分なんぞが手を貸さなくとも、勝手にどんどんと夢に向かって飛び立ってくような奴だと分かっているのだが。それでもなお、この手を、この身を、いかようにも使ってほしいと思う自分がいる。足場が悪いなら抱えてやろう、踏み台になってやろう。眼前に背の高い草原が広がるなら、掻き分けて道を作ってやろうと、そうまで思う自分がいる。
"見くびってる訳ではないんだが…。"
 無論のこと、自分の中にもあの野望が相変わらず常温で待機中であるものの、特別な彼に加担する快感は、保護欲や何かとも微妙に異なる種の、甘やかな擽ったさで自分を衝き動かしてしまう。まるでちょっとした媚薬のようだなと、柄にない詩的な例えが浮かんだことへ苦笑して。

  "……………。"

 ぴたりと彼が立ち止まったのは、常に微妙に動いている船体の真ん中。軽快に疾走中の船の揺れとは、少しばかり違うリズムで軋んだものがあったから。やや高めの腰に差したる三本刀。その鍔の辺りに肘を引っ掛けた、いつもの余裕の立ち姿のまま…しばらく何事か考えていたようだったが、

  "…やっぱ、あそこか。"

 すっきり絞られたおとがいを晒すように、真っ直ぐ空へと振り上げられた精悍な顔が見上げたのは。何かあった時なぞに、お元気だけれど小さな船長さんがいつも登る…この船の中で一番高い場所。真下から見上げたところでは、これといって違うところなぞ見受けられず、何も分かりはしないのだが、何かしらを嗅ぎとったらしきゾロに躊躇はない。
「…よっと。」
 剣豪さんのがっしりと重厚で雄々しい体は、されど案外と軽やかに颯爽と動くから。手をかけた索具綱の縄ばしごをあっと言う間に上り詰め、天空に突き出した見張り台へと辿り着く。丸い腰高枠に囲まれた1坪弱ほどの空間を覗き込めば、丁度真ん中に突き立ったメインマストに背を預け、お膝を立てて座り込んでた麦ワラ帽子の船長さんが、
「………。」
 こっちの気配に気づいていながら、だがだが知らん顔して動かない。

  「ルフィ。」
  「…なんだ。」
  「何を拗ねてるよ。」
  「拗ねてなんか、ねぇもん。」
  「ふ〜ん。」

 水掛け論になっても詮無いと思ったか、ゾロはそれ以上を突っ込まない。掛け合いが途切れて、
「………。」
 やっぱりお顔は上げないままな船長さんだが、最初の位置のまま、手摺りの枠に軽く手を置き、宙空に立ちん坊のゾロに、
「………。」
 お膝を も少し胸元へと抱え込んでスペースを空けて、此処に上がんなよという態度。それを見やって、ひょいっと中へと踏み込んだ剣豪さんは、
「…なあ、ルフィ。」
 何か話しかけかけたのだが、

  「今日が何の日か、覚えてたか?」

 ルフィの側が先んじた。やっと上げて見せたお顔の真ん中。大きな眸から真っ直ぐ見上げた視線のその先を、びしっと思い切り、人差し指にて指差す彼で。その線上にあった…自分の鼻の頭を見やることとなったゾロは、
「…すまんな。」
 調子のいい嘘がつけない不器用者。
「さっきのお前の様子を見るまで忘れてた。」
 悪びれず、素直に白状すると、
「むうっ、しょうがない奴だなぁ。」
 ぷくぅと膨らませた頬も幼
いとけなく、こちらもまた思ったそのままに、明らさまな不機嫌さをご披露下さる船長さんで。手摺り枠に凭れたままでいた剣豪さんは、だが、
「処刑場でのやりとりは覚えてるさ。」
 にやっと笑うと、こうも付け足した。
「あんなとこにわざわざ詰まんねぇもんを見に来た、物好きの顔とかさ。」
「なんだとー。」
 いかにも幼い仕草で拳を振り上げて見せるルフィのお顔を、こちらも いかにも和んだ様子で目許を細めて見やりつつ、
「それが"今日"だったってのを覚えてなかっただけだ。」
 ゾロは…それは男臭く"くすり"と笑う。耳朶に揺れるは三本の金色のピアス。少年期を過ぎてどのくらいなのか。頬骨の高い、大人びた面差しが…不意に真顔になって。

   「約束はちゃんと覚えてる。」

 それ以上の"何がどう"とは続けずに、靭
つよい眸が見据えてくるのへ、

   「…………。」

 瑞々しい潤みをまとって深色の、琥珀色の宝珠のような瞳が。僅かばかり、大きく見張られ、口許が悪戯っぽい笑みに"にい"と真横へほころんで、

   「なら、良いっ!」

 蒼穹に響いたは、張りのある高らかな一喝。殊更に嬉しそうなお顔になった小さな船長さんが、両の腕を伸ばしてくる。それへと上体を倒して応じた青年の、長い腕は愛しい人の温みを確かめるように、薄い胸を、小さな背をくるみ込む。潮風を帆に孕み、進むは広大な青と蒼と藍の続く海原。出会って向かい合って、お互いのこと、何も知らないままに仲間になることを約束して。並んで駆け出したつもりが、気がつけば。この小さな船長さんの小さな背中を、いつもいつも眺めている自分。ここ一番という時に、何の衒
てらいもなく飛び出してく彼を、自分はいつまで追えるのだろうか。そんな風にさえ思うほど、あっと言う間にこの胸の中を一杯に満たすほど充満した、彼の存在感の大きさよ。

  "…もっともっと、強くならにゃあな。"

 彼の目映さに眩んだ視野の中、うっかりと野望が霞んでしまわぬように…。















   ……………で。



   「そうかい、そうかい。せっかくのおやつ、今日は要らねぇんだな。」
   「にゃ〜〜〜っっ! サンジ、俺、食べるからっ!
    水色ゼリー、食べたい〜〜〜っ!」


   お後が よろしいようで。
(笑)




  〜Fine〜  03.7.2.


  *7月4日をもちまして、拙サイトも2周年を迎えました。
   塵も積もれば山となる。
   とんでもない量のお話に、自分でも呆れるばかりなのですが、
   これも"ゾロル"萌え煩悩のなせる技。
   燃え尽きるまで頑張ろうと思っておりますので、
   皆様どうかこれからも、よろしくお付き合いくださいますように。

  *今作品は"DLF"といたします。
   お気に召しましたなら、どうぞお持ち下さって構いません。
   BBS(掲示板)へ一言下さると嬉しいです。
   それではではvv


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