月夜見  〜怖い夢 (“悪夢”より改題)
                初出 『船長独占禁止』サマ


「………っ!」
がばっと撥ね起き、急くような息をする。
息をするのがつらい。
何だ、なんだった? 急いで確かめなくちゃならないこと。
下をのぞき込んで、目を見開く。
不安定な姿勢だったからか、ハンモックが捩(よじ)れてクルンと回り、
そのままドタンと床まで落ちたが、痛くはないのを幸い、部屋から飛び出す。
サンジがちらっと目を覚ましたが、それ以上は起きて来ない。
"やれやれ、またかい"という顔で薄く笑って目を閉じる。

船の中を下から探して、甲板に上がって、やっと見つけた人影は、
あぐらをかいた後姿が月の光で逆シルエットになっていて、
ワインか何かだろう酒の、
大ビンからのラッパ飲みという大雑把な月見酒を楽しんでいた。
「…? ルフィか?」
気配を察してか、肩越しにこちらを見やって声をかけてくる。
髪を短く刈った頭に大きな背中、耳元に小さく光った三連のピアス。
いつもと何ら変わりのない様子だが、
こちらは力が抜けて、その場に崩れるようにへたり込んだ。

         ◇

全身に真っ向からの月光を浴びていきなり現れたルフィは、
こちらからの呼びかけに返事もせず、
へたり込んだそのままの四つ這いでぱたぱたと近寄って来て、
埃だらけの手で膝頭に掴まり、腕の中へもぐり込んで来ると、
胸を肩をよじ登ってこっちの顔をまじまじと見つめ、
「…良かったぁ〜っ。」
顔をくしゃっと歪めて、見るからに安堵して首っ玉にしがみついて来たから、
「???」
良くは分からなかったが、とりあえず"よしよし"と背中を撫でてやる。
"…まだ酔ってはないよな、俺。"
見下ろした小さな背中。
あれほどの膂力を秘めているとは信じられない細い身体。
自分が鎧う肉置きへ、いつも衒いなく無邪気に纏わりついて来る温み。
だが、今夜はすがるような力がこもっているようで、
「どうしたよ。何か怖い夢でも見たか?」
「…うん。」
「どんな夢だ?」
またあのシャンクスという男の夢だろうか。
だとすれば…もう慣れたとはいえ、やはり気が重い。
…と、思っていたら、
「お前の夢だ。」
「ああ"?」
なんだぁ? 喧嘩を売りに来たのか? こいつ。
…だが、ちょっと待て。
夢とはいえ俺が怖がらせたとして、
じゃあ何でまたわざわざ本人を探して安心するんだ?
矛盾に気づいた俺へ、ルフィは続けた。

「ゾロがいない夢だ。」

「………。」
「そんな奴は最初からいないって、みんなが言って、
 どこを探してもいなくって。
 人込みん中に見つけて追っかけても見失うし、
 凄げぇ離れたトコにいるのを呼んでも振り向きもせずにいなくなるし。
 やっと近づけても、俺んこと、知らねぇ奴みたいに見るんだ。」
肩の辺りから紡がれる声。訥々とした調子のものだったが、
「…それで?」
訊くと、息を詰めるような間があってから、
「………胸が痛くなって目が覚めた。」

 ぎゅうっと、しがみつく手に力がこもる。

"………。"
こんなに怖かったらしいルフィには悪いが、
それが仄かに嬉しい自分に気がつく。
誰かから求められるというのは久しく覚えがなかった。
海賊狩り。血に飢えた野獣。
せいぜい怖がられ、遠巻きにされ、
人斬りの腕は買われても、俺自身を請われることはなかった。
慕われる…なんて甘いものは、今更くすぐったい。
だが、
『呼んでも振り向きもせずにいなくなるし。
 やっと近づけても、俺んこと、知らねぇ奴みたいに見るんだ。』
それが怖かったと、ルフィはそう言う。
胸が痛かったとしがみついて来る。


最初は二人。沖釣りに使うそれのような小さな小船。
航海術もないという、お粗末で悲惨な、
だが、夢だけはでっかい、結構楽しい道行きだった。
それが、いつの間にやら船もデカくなり仲間も増えた。
船長の"行くぞ!"への応じの"おうっ!"がハモれるまでになった。
グランドラインに入って海賊王になろうというのだ、
このくらいは当たり前の過程だろうさ。
いちいち確かめずとも、似た者同士だ、奴の考えてることくらいは判るし。
けど…目に見えない距離が生じたことへの実感はあって、

「なあ、どっこも行かねぇよな?」

"ルフィ?"
わざわざ身を離し、こちらの顔を見上げて訊く。
こいつも同じなんだろうか。
だから…以前はなかった"纏わりつき"が増えたのだろうか。

 個性豊かな顔触れだから尚のこと、
 皆それぞれの好きにすればいいと構えている割に、
 例えばバラティエでの騒ぎの最中に逃亡したナミを追ったように、
 仲間という絆はこいつにとっての生命線であるらしい。
 一番先頭の舳先に乗っかって、
 仲間たちに背を向けて、真っ向からの向かい風を一番に受け、
 仲間たちに背を預けて、味方を一片も疑うことを知らない彼が、
 ふと確かめたくなった…それだけ遠くなったと感じたということだろうか。

「仲間になるって約束したよな? だから、いなくなったりしないよな?
 二度と負けねぇって約束もしたから、先に死んだりもしねぇよな?」
「…まあな。約束は守るさ。」
ちょいと溜めた部分に珍しく気づいたらしい。
「なんだよ。何かあんのかよ。」
口唇を尖らせるが、
「いや…。」
言葉を濁した俺だった。
何だよ、よく覚えてやがるじゃねぇか。
そう思ったから面映ゆくなったのだ。
胸板に添って間近になった童顔がじっと見上げてくる。
黒々とした眸。宝珠のような潤みの中へ天上の月を浮かべた眸。
「判ったよ。もう一回約束すりゃあ良いんだろ?」
照れ隠しもかねて、わざとらしく大きな息をついて、
「俺はお前の仲間だから、
 勝手にどっか行ったり先に死んだりしねぇ。
 ん〜と、とにかくずっと傍にいる。………こんで良いか?」
一応は"誓い"だから、相手の瞳を見据えて言うと、
「ん、良い。」
打って変わって"にっぱーっ"と満面の笑み。
…ったく。
半分寝ぼけてやがるクセして、
人の酒の邪魔すんじゃねぇよ、こいつはよ。
「ほら。満足したんなら、部屋ん帰って寝ろ。まだ夜中だぞ?」
「やだ。また同じ夢見るかもしんない。」
「ああ"?」

         ◇

ここで寝ると言って聞かないルフィを相手に、
またぞろやりとりが続く様を見やって、
「撥ね除けられると思います?」
「まず無理ね。仕方がないから膝を貸す、に、5000ベリー。」
「じゃあ俺は、
 寝ついたところで部屋まで運んでやる、に、5000ベリー。」
「あら、それじゃあ、賭けにならないじゃない。」
サンジとナミが、顔を見合わせあって苦笑する。
どんな悪夢も食ってしまえる頼もしい仲間たち。
そんな彼らを微笑ましげに真円の月が見下ろしていた。

           〜Fine〜  ( 01.8.6.〜8.7. 改訂 8.9.)



  *夢の話がやたら多いのは、
   別ジャンルのお話の影響が出ているせいだろうなぁ。
   芸のない奴で、すいません。(泣)
   こちらもまた、
   月下星群の『月の雫』の兄弟話みたいになっちゃいましたね。
  

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