Albatross on the figurehead 〜羊頭の上のアホウドリ

   BMP7314.gif 小っちゃな勇者の大冒険 BMP7314.gif 〜チョッパーBD記念
 



          




 昔々の あるところ。魔の航路“グランドライン”の只中に浮かぶ大きな島の内陸に、とある王国がありました。海では数多くの海賊たちが、秘宝を巡り覇権を巡り、そりゃあ壮絶にしのぎを削っていたそうですが、土壌にも気候にも恵まれていたことから、その王国は至って平和で穏やかで。シロップ城に君臨する偉大なる王様の慈悲深い統治の下、それはそれは豊かに安泰に栄えておりました。

  ――― そんな平和な国でしたが。

 建国から数えても初めてかもしれない、とある“影”が差しました。王侯貴族や国民たちの誰ぞかに、天世界の神様への不敬やら大地の神様への不遜・傲慢やらがあった訳でもございません。それが不幸でも幸いでも“完璧”だとか“永続”だとかを許さじとする、ある意味、神様からの試練でもあったのでございましょうか。

  「勇敢なる騎士、トニートニー・チョッパーよ。」
  「え? あっあっ、俺か?」
  「これこれ。王の御前であるぞ。控えおろう。」

 不意にご指名を受けてキョロキョロしちゃった小さな彼こそ、このドラムランドのシロップ城に務めし、国王直属の騎士たちの中でも最も勇敢で聡明な剣士。小さな体に勇気と元気が目一杯詰まった、皆の憧れ、トニートニー・チョッパーという若き騎士です。つやのあるサテンの衣装は、彼の地位が高いことを意味する豪奢な刺繍や紐飾りで飾られており、肩章にて留められたる真っ赤なマントに、腰には宝石を象眼した柄や鞘も見事な守護剣。だってのに、頭には緋色の山高帽子なのが何だかアレですが、それこそが彼のトレードマークでもありますので、そこはまあまあ…悪しからず。王が壇上の玉座につきし大広間には、たくさんの重臣たちや騎士たちが王からの重大な発表を拝聴するためにと居並んでおり、その真ん中の深紅の絨毯が敷かれた拝謁の場へと進みいでたる、実はトナカイさんの小さな騎士へ、国王は威厳をもってこう告げました。

  「勇敢なる騎士、トニートニー・チョッパーよ。
   今からそなたに、北の山の魔王退治を申し付ける。」
  「えっ?えっ? そ、そんな、急に言われてもっ!」

 慌てふためく小さな騎士の、狼狽の声へと覆いかぶさって。周囲に集まりし人々が、一斉に“おお〜っ”という歓声を上げました。あの、巷で噂の魔王を退治しに行かれるのですって? それはまた大変な。そうそう、何と大変な貧乏くじを…じゃあなくって、あわあわ、げほんごほん。
「そなたも噂くらいは聞いておろう。」
 王がしみじみと首を振り、難儀なことだと言わんばかりの気鬱なお顔をして見せて語ったのが、ここ最近、遠い遠い北の辺境地方から届きつつある、とある魔王の噂話で。
「何時から何処からやって来たのかも判らぬ、姿さえ見た者はないという謎ばかりの大魔王が、北の辺境地方の古城に住み着いたらしくての。それは手ごわい配下の者を率いておって、日々、近在の民たちへ難題ばかり吹っかけておるとか。」
 領民の負いたる難儀は、そなわち我が王家の難儀。一刻も早く駆けつけてやり、その魔王を倒して平和を取り戻してやらねばならぬ。そこで、お前が行ってはくれぬか? 国王は膝下に控えたる小さな騎士へとお声をかけます。
「あわわ、えとえっと…。」
 遠い遠い北の地でのそんな恐ろしい魔王の討伐だなんて、いくら勇敢な騎士様であれ、たった一人では心許なく。
「軍勢は? いかほど仕立てていただけましょうか。」
「それがなぁ〜〜〜。」
 城も城下も冬支度のあれこれで忙しくてなぁ。今年は早くも先日来から降り始めておる雪への対処、雪囲いの設置やら何やらで、兵は既に割り振り済みなのじゃ。
「よって、誰一人残ってはおらんのだ。」
「え〜〜〜っ!!」
 はっとして周囲を見回せば、あれほど広間中に詰めていた人々たちも、そそくさと持ち場へ去っているではありませんか。

  「みんなの薄情者〜〜〜っ!」

 ホンマやね。
(苦笑)
「じゃ、じゃあ、王様はお暇なのではありませんか?」
 おいおい、チョッパー。選りにも選って、誰に何言ってるかなぁ。
(笑) とはいえ、こちらもまた、かつては自らも戦場にお立ちになり、その勇名を広く知られた国王様だそうなので。例えお一人でも何十人分ものお力を発揮して下さるのではと、チョッパーがうるうるとつぶらな瞳を潤ませて、期待を込めて言いつのれば、
「う、う〜ん。わ、わわわ私が駆けつけてやりたいのは山々ではあるが。」
 お鼻の長い、ウソップ国王。少々焦りながらも、一応は感慨深げに唸ってから、
「だが、残念ながら私には“城から離れてはならない病”という不治の呪いがかかっておってな。」
「え〜〜〜っっ!! 呪いが〜〜〜っ?!」
 そうでなければそのような魔王の1匹や2匹や千匹くらい、自慢の神剣にてばっさばっさと薙ぎ倒してくれようものを。あれはまだ私が王子だった時代の話。東の海に現れて、人々を苦しめていたサメの大魔王を退治したのも私だし、南の荒野に現れて、放牧されていた羊を片っ端から食ってしまった大食らいな鬼を、この神剣で叩き切った武勇伝はもう話したかな? 広間に飾られし肖像画は何を隠そう、その時の活躍を描いた作品で…などなどと、何かしら誤魔化したいのか、それとも興に乗ってしまわれたのか。昔日の勇姿を滔々と語り始めた国王様であり。片や、純真純朴でもある騎士チョッパーは、大きな瞳を期待に潤ませ、わくわくとお話を聞き入る態勢に入ってしまったものだから。………おいおい、あんたら。魔王退治はどうしたんだね。そんな広間へ、

  「勇敢なる騎士チョッパーさん。」

 不意なお声がして、はいといいお返事をしたチョッパーだったが、大広間には自分と王様と、王のお傍から離れる訳には行かない近衛隊長の3人しかおらず。あれれぇ? と小首を傾げていると、足元の赤い絨毯に、幾つもの手首がパパパパ…ッと並んだから、あわわ、びっくり。………とはいえ、その手首が指さした方をそぉっと見やれば、大きく刳り貫きになった戸口の片側に身を寄せて、チョッパーもよく知る、すらりとした女性神官が立っておられる。
「あ、なぁんだ。」
 そのお方は、ニコ=ロビン様といい、風や大地の気の流れを読むことが出来、天文や歴史など様々な学問に秀い出ておいでなため、政治にかかわる運気への占いや助言を担当なさっておいでであり。聡明で見識も深く視野も広く、ともすれば大臣たちよりも頼りになるというお方。そんなお人がチョッパーをこっそりと手招きしておられ、ほてほてと駆け寄れば、
「このまま聞いていると何時間かかるか判りませんからね。」
 にっこり笑って、王の御前から辞去してもいいよという切っ掛けを下さった。それからそれから、
「王がお命じになられた魔王退治は、どうあってもあなたに遂げてもらわねばなりません。」
 ロビン様はそうとも付け足され、ええ〜〜〜?っと眉を下げ、小さな子供が苦手なお使いを言い渡されたようなお顔になったチョッパーへ、それは優しくにっこりと笑い、
「大変な旅になりそうですが、大丈夫。あなたは本当に、勇敢で素晴らしい騎士なのですから。」
 励ましのお言葉を下さって。そそそ、そんなことねぇよう…と、頬を染めつつ恥じらいのダンスをちょいと一差し、踊りかかった勇敢なる騎士さんへ、
「はい。これを持ってお行きなさい。」
 神官様が手渡したのは錦の袋が1つ。組み紐の通された口を開けば、赤ちゃんの拳ほどの大きさの赤・青・緑の大きめな水晶珠が入っています。
「これらは魔法の水晶珠です。」
 ロビン様は、それは優美な長衣の裾にしわがよるのも埃がつくのもお気になさらず、ちんまりと小柄なチョッパーと目線が合うようにとわざわざ屈み込んで下さり。その水晶珠の説明をして下さいます。
「どれにも不思議な力が籠もっています。いいですか? 困ったことが起こったら、この中の1つずつを順番に“ランブル”と唱えながら齧りなさい。」
「ランブル?」
 復唱したチョッパーに、神官様は和やかな笑顔とともに頷いて下さり、
「魔法が発動するための呪文です。いいですね? この珠たちは、どんな武器や食べ物、金貨よりも役に立ってくれますからね?」
 だから。資金が尽きたからって、そこいらの道具屋で売ったりなんかするんじゃありませんよと。路銀には困らぬよう、王家発行のプラチナカードを支給しますからねと、
「…なんか、いやに現実的なような。」
「あら、だって。王様の命を受けた騎士様だっていう証しもいるでしょうし。」
 無駄遣いしてはいけませんよ? 小さな村ではカードが使えないかも知れませんから、先を見越しての路銀の補充は小まめにね、と。やっぱり何だか、妙に所帯臭い会話を交わしてから。王様の英雄譚が聞こえて来る大広間を背後にし、小さいけれど勇敢な騎士チョッパー、お城を後にし、北の辺境へ出発することに相成りました。

  「………ホントに俺一人でも大丈夫なのかなぁ。」

 おいおい、おいおい。主人公がのっけから、そんな頼りないことを言わんで下さいませな。






            ◇



 ドラムランドは“グランドライン”の中でも屈指なほど、たいそう広い島の内陸部に拓けた王国で。首都でもあるシロップ城の城下を中心に、やや北寄りにその領地が広がっており。主な産業は農耕牧畜。国内流通は結構発達してもいるが、海からはちと遠いせいか、外国からの新しい文化が入ってくるのはなかなか遅い。よって、駆動系の動力での移動という機巧・機械がまださほどには発達・普及しておらず、長旅には馬車を仕立てるか食料などなどを積んだ荷馬車で発つか。ほとんどが“徒歩”と変わらぬ装備と覚悟で発たねばならないのが現状であり。
「北の辺境か…。」
 ほてほてという自分のこのペースで一体何日かかるのだろか。せめて、荷馬車くらい借りて来てもよかったかな。次の宿場で借りてみようか。ああでも、俺ってあんまり御すのは上手じゃないんだよな。動物の言葉が分かるもんだから、ベテランの馬なんかには舐められちゃうことしきりでさ。怠け者の馬なんかにあたった日にゃあ…と、何だか楽しくない思い出か何かにぶち当たった模様。
「〜〜〜〜〜。」
 小さな騎士様、少々しょげてしまったか。小さな荷物を提げた肩を、力なく落としてとぼとぼ歩く。冬が近いのは何もシロップ城の城下だけではなく。街道にも他の旅人の行き来する影は少なくて。こんな季節、新しい年も間近いって頃合いに、独りで旅の空にいる者なんてそうそうは居ないということか。乾いた道には堅くなった轍の跡が幾つか。それらの一つに、俯いていた小さな騎士様、なのに躓きかかって“おとと…”とたたらを踏めば、本人も予期しなかったタイミングにて、低く下がったその頭上を、横薙ぎに通過した凄まじい疾風があり、

  ――― え?

 帽子の分も合わせての何センチか。立ったままでいたらば間違いなく頭に何やらが当たっていたらしいなというのが察せられ、背条に冷たいものが走り、人より少しほど長い目の毛並みがざわわと立った騎士様であり。
「な…っ!」
 マントを翻すほど素早い反射で数歩ほど、後ずさり半分に飛びすさっての間合いを取れば、

  「ちっ、素早い野郎だ。」

 街道の片側、放ったらかされてあった雑木林が少々鬱蒼としていたというような木立の側から、ざんっと飛び出して来た影があり。
「な、何者だっ!」
 腰から剣を抜き放とうと…放とうとして、刀身の長さに手古摺り、つっかえているチョッパーだったりしたもんだから。
「ほほぉ、一応はそんなものを提げてもおったか。」
 ちんまりとした姿しか見てはいなかったか、勇ましい装備など目に入ってはいなかったらしき襲撃者。ふふんという笑い方さえ、どこか居丈高であり、
「このところ、旅人も通らぬものでな。腹が減って腹が減ってどうしようもなく。そんなところへと出食わしたは、巡り合わせの不幸というもの。どうか俺を恨むなよ?」
 ずんと高みからの物言いをする態度の傲慢さへと、むっと来たあたりはまだ負けん気が強かった、勇敢なる騎士チョッパー。
「ううう、うるさいなっ! こんの、平たい顔のエイもどきがっ!」
「なっ!」
 いや、さっきまでココヤシ村の激闘篇のビデオ観てたもんで。あのエイの魚人って、何て名前でしたっけね? 年末スペシャルには出て来なかったみたいでしたが。
(え〜っと?) こ〜んな小さいのに勢いよく怒鳴り返されようとは思わなかったか。まずは威勢のよさに圧倒されたようだったが、
「…ほほぉ。一丁前にそのような啖呵が切れるとは、一応の覚悟は腹にある御仁であったらしいの。」
 単なる子供と見くびっておって悪かったと、苦笑をしたが、だからと言って恐れ入ってまではいないらしく。この寒空にノースリーブの真っ黒な道着の、がっつりと雄々しい体躯へ闘志を漲らせ、ザザンッと身構えたは何がしかの武道の型か。
「せめてもの慈悲、瞬殺にて仕留めてやろうぞ。」
「そんなん“慈悲”なんかじゃないようっ!」
 やっと引っこ抜いた剣をぶんぶんと振り回したものの、

  「哈っ!」

 気合いの乗った一閃が疾風のように飛んで来て、あっと言う間に手元が軽くなり。そぉっと目を開けたれば、振り回した剣を易々と吹っ飛ばされている。
「おおっと、さすがは剣使い。この鋭き手刀を避けるとは。」
「知らないったら〜〜〜っ。」
 ますます本気の殺気を増した相手の構えに、武器も奪われ、ああああどうしよう〜〜〜と、絶体絶命の小さな騎士様。そこへとはっと思い出したのが、

  『これらは魔法の水晶珠です。』

 ロビン様に頂いたアイテムを思い出す。
『どれにも不思議な力が籠もっています。いいですか? 困ったことが起こったら、この中の1つずつを順番に“ランブル”と唱えながら齧りなさい。』
 そうだった。そうと説明していただいた、不思議なアイテムが確かあった。わたわたと慌てつつも、肩から提げてた荷を下ろし、紐でくくってあった口を引き開けると大急ぎで中をまさぐる。焦りながらも掴み出したは錦の袋。中には3つの水晶珠。
『いいですね? この珠たちは、どんな武器や食べ物、金貨よりも役に立ってくれますからね?』
 でもでも、一体どれが何の役目を果たしてくれるんだろうか。しまったなぁ、そこまでの説明は聞いて来なかった。でも今はそんなことに迷ってる場合でもなくって。え〜っとえっと、ん〜んっと。
「え〜いっ、もういいっ!」
 あまりの緊迫に何だか目が回りそうになったんで。もうどうにでもなれという、その筋の専門用後で“やけくそ”になりつつ、中の一個を取り出すと、
「ランブルっ!」
 がじりと齧ってみたところが………。

  ――― ぼんっっ、と。

 いきなり弾けた煙と閃光と。使ったご当人までもが、その勢いに押されて後ずさりしかかったほどの唐突さと勢いがあった爆発が起こり。その余波の煙が風に払われ、視野が開けたその場には…、

  「で? 俺を呼んだのはお前か? 子ダヌキ剣士。」
  「タヌキじゃないっ、俺はトナカイだっ!」

 いやに不遜で横柄な、上背のある男が一人、いつの間にやら立っていた。山のような大男という訳でもなく、はたまたコブのような筋肉がなみなみとあふれんばかりというよな張り付きようをした人物でもなく。ちょっと見には、中肉中背の目立たぬ肢体と把握されかねぬような、若い男であったけれど。よほどに実用の場で練られたそれだろう、鋼のような強靭さで引き締まった筋骨が、肩に背中に胸に腹にぎゅううと張りついており。腰に提げていた和刀を引き抜く所作に合わせて、隆としたそれらの盛り上がるのが何と頼もしいことか。
「トナカイか。俺を呼んだということは、何か助けてほしいことがあるのだな?」
「お、おう。」
 まだちょこっとほど、がたがた震えていながらも。どうやら彼は自分への助っ人であるらしいと察したチョッパー。彼の向こうを指さすと、
「あの暴漢を退治してほしい、ですっ。」
 お願いしますぞ、このヤロがっと。命令なんだか依頼なんだか、はたまた懇願なんだか、ごちゃまぜになった言いようをして、それでも胸を張り、逃げずにその場に居続けているところはなかなか…、
「立派立派♪」
 感情の薄そうだった口許を、横へと引いてのにやりとした笑い。そんなところまでが男臭くて、雄々しくも頼もしい助っ人さん。あと2本のうちのもう1本の刀を抜くと、左右両手の二刀流。びしりと引き締まった腰をわずかほど落とすと、こっちのごちゃごちゃを怪訝そうな顔つきで見やっていた相手へと向き直り、
「そっちのあんたもなかなか偉いな。隙だらけだったってのに不意打ちで突っ込んでこねぇとはよ。」
 偉い偉いと、目下の者でも褒めるように言い立てる彼へ、
「馬鹿にするな。お前のような下衆が何人増えようと、こっちの手間も負担も変わりはせんわ。」
 ふんと鼻先で笑ったエイの魔物。再び身構えを取り直し、その前腕の側線へと、堅そうなヒレもどきを張り出させる。そんな形態変化を目の当たりにし、
「わっわっ!」
 変身したぞと右往左往して慌てふためくチョッパーへの苦笑を口許へ。緑頭の剣士さんにはさしたる脅威ではなかったらしく、
「丸腰を相手にすんのは少々心苦しいかなと思っていたんだが。魔物で全身が武器だってんなら話も違おう。」
 左右の刀、一方を立てて、もう一本は水平に。それで構えは決まった彼が、ぎりりと集中したのが…背後にいたチョッパーにも伝わって。
「…うわぁ〜〜〜。」
 戦う者の真摯な本気。凄絶で鋭くて、それでいて重厚で厚みのある存在感が、相手を押さえつけ、決して逃さない。目には見えないが確かにそこには、激しい炎のようなものが立ち上っており、
「…か、カッコいいvv」
 瞳はうるうると、憧れモードに突入の小さな騎士様。そんな期待を、でもさしたる負担にも感じぬままに。
「どうしたよ。こっちから飛び込まねぇと、剛力相手の応対は出来ねぇか?」
 煽るような物言いをしたのが微妙に図星をついていたか、
「な…っ!」
 憤慨に顔を真っ赤にした相手が、
「うおおぉぉっっ!!」
 焦りの気持ち半分から、尻に火がつき、そのまま飛び込んで来たところを。こちらの剣士がそれは落ち着いて迎え撃ち、長い和刀を畳み掛けるように振るっての懐ろ深みへの二太刀。すれ違いざまの切り合いは、絵に描いたような結末にてこちらの剣士の側へと軍配が上がり、
「あ〜あ、こんなチンケな奴が復活初めての切り合いの相手になろうとはな。」
 堂々の勝利も、彼には物足りないものであったらしくて。とはいえ、わ〜いわ〜いと手放しで大喜びのトナカイ騎士様の様子を見るにつけ、

  「………ま・いっか。」

 再びの苦笑を、今度は暖かく、その口許へと浮かべた剣士さんだったそうですよ。





            ◇



 “グランドライン”の中でも屈指の、結構 広い島の内陸部に拓けた王国ドラムランドの首都、シロップ城で国王ウソップに仕えていた勇敢なる騎士、トニートニー・チョッパーは。北の辺境にある古城に、魔王が巣食い、周辺の民が迷惑しているそうなので、ちょっと行って退治して来てはくれまいかと命じられ、たった一人での旅に出た。途中、魔物に襲われた彼だったが、城詰めの神官ロビン様に頂いた不思議な水晶珠から出て来た、それはそれは強い剣士さんが助けてくれて。しかも彼は、実体化したそのまま、チョッパーの魔王討伐の旅について来て下さることとなったので、こんな心強いことはなく。
「そもそも俺は、ただ閉じ込められてたってだけだからな。」
 別に水晶の精霊だとかいった存在ではないので、戻れと言われても却って困ると、そんな言いようをしたのだが、
「………閉じ込められてた?」
 その言いようへと何を感じたか。少々疑いの籠もったお顔になったチョッパーが、傍らの木立ちの陰へと身を隠し…もとえ、顔の半分を隠して体はほとんど外へと出しての、胡散臭い奴かも知れないぞという疑念丸出し、警戒警報発令中という態度を取って見せる。
「…お前、確か勇敢なる騎士とかいうんじゃあなかったか?」
「う、うるさいなぁっ!」
 勇敢なのと同じくらい、用心深いんだよと。何だかよく判らない言い方をする騎士様へ、まあいっかとそれ以上の言及はよした剣士さん。どうやら結構大雑把な人であるらしい…じゃあなくってだな。
「俺は、あの神官の女に術をかけられて封じ込められただけだよ。」
 あの野郎、俺が女には本気で手出し出来ねぇと判ってて白々しい喧嘩売りやがってよ、なんて、ぶつぶつと呟いているところを見ると。何だか彼には不本意な成り行きがあっての“封印”をされていたらしく、
“そういや、ロビンは時々、目的のためには手段を選ばないところがあるしなぁ。”
 そんな人がお城であの王様の傍に仕えている訳ですね。………頼もしいんだか、恐ろしいんだか、微妙なところではないかと拝察したりするんですけれど。
(う〜ん) まま、それはさておいて。こちらは間違いなく頼もしい連れが出来、それではと再び歩みを運び始めた北への旅は、やはり途中途中で魔物に遭いながらもその都度緑頭の剣士さんが軽々と平らげてくれて、
「…いちいち“緑頭の”は辞めてくんねぇか。」
「あ、そういえば、名前をまだ聞いてなかったぞ。」
「俺はロロノア=ゾロ。アビリティは見ての通り、剣士だ。」
「ああ、なんかカッコいい名前だぞvv
 俺はトニートニー・チョッパーっていうんだ、よろしくなと、遅ればせながらのご挨拶を交わしたのが、その日4匹目の魔物を倒してからのこと。首都を離れてほんの1日分の行程の途中で、こんなまでの数の魔物に出会うとは。平穏な国の筈だったが、実はここにまで恐ろしい海からの影響が秘やかに押し寄せていたということか。それとも、今から退治に向かっている北の魔王とやらの影響だろうか。
「いや〜、ただ単に筆者の演出じゃあねぇのかな。」
「…それを言ったら元も子もないと思うんだけど。」
 まったくである。
(苦笑)
「まあ、方角が方角だしな。北の魔王とやらに追われたって事はあるのかもしれない。」
「追われた?」
 どうやらゾロはいわゆる流れ剣士であったらしく、戦いだけじゃなく世間というものにも詳しいらしい。お城でずっと国王直属の騎士だったチョッパーは、実を言うとあんまり首都以外の暮らしを知らず、早い話が一種の“箱入り”だったようなもの。そんなせいか、知らないことも随分と多いらしく…水晶への封じをされてたゾロは、指し詰め“玉入り”だったってことになるので、妙なところがお揃いのパーティーだが。
(笑) それもともかく。世慣れたゾロが言うには、
「ああ。元はその辺りに先に居やがった魔物たちが、後から来た魔王とやらと戦って…負けちまったんで土地から追ん出されたんじゃないのかな。」
「あ…。」
 北の辺境は海岸寄りだから、成程それはあるのかも。追われたという怪物たちが首都のあんな際まで来ていたとは、噂が遅かったかそれとも、
「大した魔物たちじゃねぇからだっての。」
 ここまでで当たった連中にしても魚人系が多かったからな。しかもどっか雑魚っぽかったし。この季節は雨さえ少ないのが特長の、気温の下がりつつある此処いらの内陸部に上がって来てたんじゃあ、魚の魔物では体力も衰えちまうってもんで、
「その勢力が国を侵食してたって言うよりは、よろよろと落ち伸びてたって方が正しいんじゃねぇのかな。」
「…そっか。」
 でもでもそれじゃあ、
「北へ近づくほど、現れる魔物もまだまだ元気だったり強かったりするんだよな?」
「まあ、そういうことになるのかな。」
 何たって元居たところに近い訳ですしねぇ。腕に覚えのある剣士さんには むしろ“持って来い”な状況であるらしく、全く全然、問題ない様子ですが、
「冗談じゃないよう〜〜〜。」
 小さなチョッパーにとっては恐ろしいこと。背の高いゾロの長い脚へとしがみつき、まだ何にも出て来ていない内からガタガタ震えてしまったほどで、
「…お前、勇敢な騎士なんじゃあなかったのかよ。」
 そんな臆病な騎士がいるかいと、疑りの眼差しを向けられたのへ、涙目になりつつ言い返す。
「お、俺はもともと医者なんだっ。」
 かつての戦場でそれは勇敢に負傷者治療に駆け回った。怪我人や病人を前にすると、たちまちのうち、銃弾飛び交う戦場だってことも、恐ろしい敵がわんさか居る場所だということも頭から吹っ飛んでしまう集中ぶりだったし、患者や看護士を庇っての戦いだったら、勇気を奮っての鬼神ぶりを発揮しもした。そんな戦功から“勇敢なる騎士”という称号をいただいた彼なのであって、
「必要のない怪我を相手にわざわざ負わせるような戦いなんて、ホントは大っ嫌いなんだ。」
 百歩譲って、当人同士が納得していての勝負なら、怪我をしようが自業自得だ、馬鹿かとお説教してやりゃあいいけれど。何の罪もない非力な民間人がとばっちりで怪我をしてしまうような“戦い”なんて野蛮なこと、どうして…言葉を操れて、心だって持ってる、歴史書だって後世へと残せる“人間”たちは、懲りもせずに繰り返すのか。
「………そりゃあ簡単だな。」
「??? どうしてなんだ?」
「慾に目が眩むお馬鹿が減らねぇからだよ。」
 下手に先が読める身だから、まだ来てもない危機への過剰な用心をし過ぎるとかな。まるで他人事のように言う剣士さんであり、そうと分かっているのなら何とかすれば…とかどうとか。言い足そうとしたチョッパーだったが、

  ――― きゅるきゅる・ごろごる、ぐきゅるきゅる。

 二人揃ってお腹の虫が盛大に鳴きました。気がつけば、そろそろ陽も落ちそうな頃合いで、お腹が空いて来たようです。
「しまったなぁ。町まではまだ遠いぞ。」
 魔物との戦闘が挟まったので、何の障害もない徒歩の旅として割り出した時間繰りの通りには運ばなかったみたいです。一里塚の代わりのように立っていた大きな樹の根元に焚き火を焚いて、何とか暖は取れましたが、お腹が空くのはなかなかに辛い。食料と言ってもさして持って来てはいなかったので、途中の昼食でほとんど平らげてしまってます。しょうがないなあ、もう寝るかと、ゾロが諦めかかったその時に、チョッパーは彼を出した水晶珠を思い出しました。確かロビンさんは、こう言ったはずです。どんな武器や食料よりも役に立つと。
“別の珠には食料が入っているのかなぁ。”
 魔物に襲われた時は、かなり動揺したままに手にとって齧ったのでどれをと選んだ訳ではありません。今、袋の中を見ると、緑の玉がありませんから、ゾロはそれへと封じられていたのでしょう。残っているのは青と赤。チョッパーは青い珠を手に取ると、しばらく迷うように眺めていましたが、小さなお腹がぐうぐうとおねだりをやめないのが辛かったので、まま、やって見てもいいかなと意を決し、小さな蹄で摘まみ上げたその珠を、
「ランブルっ。」
 呪文を唱えながら齧ってみました。すると、

  「………男ばっかりのパーティーが呼ぶんじゃねぇよっ。」

 出て来るなり思い切り不機嫌そうな声を出した、スマートな男の人がまずは乱暴にご挨拶をし、
「しかも手持ちの食材は皆無と来たぜ。」
 やれやれだよなぁと肩をすくめると、こっちが何かしらのお返事をするより早く、辺りをぐるっと見回して、
「………おい。そこの緑頭。」
「んだと、このぐるぐる眉毛。」
 いきなり素敵な挑発合戦が始まって、気の弱いチョッパーは…おろおろするばかりでしたが、
「少し離れたところに食材がいる。お前は腕に覚えがある剣士らしいが、そいつを狩って来られるかな?」
「上等じゃねぇか、瞬殺で狩って来てやらぁ。」
 どうやら挑発に乗りやすい剣士さんだったみたいで、剣を腰に提げ直すと、そのまま立ち上がって駆け出しかかったので、その腰の腹巻きの端っこへ、糸のついた釣り針を引っかけた青い珠から出て来たお兄さんであり、
「…何であんなものを付けたんだ?」
 威勢よく駆け出したゾロの広い背中を見送りながら、チョッパーがぽつりと訊けば、
「こんな宵の中を闇雲に飛び出してって、戻って来れなかったら困るからな。」
 あっけらかんと応じた、黒づくめのスーツ姿のお兄さん。
「俺はサンジっていう。あいつと同様、ちょっとした事情があって封じられててな。料理に関しちゃ凄腕だから、まあ、頼り
アテにしてくれや。」
 にんまり笑ってチョッパーの頭を山高帽越しに撫でてくれたところを見ると、男より女の子が好きで、子供も案外と好きなお兄さんであるらしいです。
「おっと、あんたはどうやら草食らしいな。」
「うと、肉が全然食べられない訳じゃあないぞ?」
 伝説の“悪魔の実”の1つ、ヒトヒトの実の力で“人間”と同じ構造の体になったチョッパーだったから。タンパク質を作る酵素を持ってはいるけれどその代わり、効率の悪い草ばっかりを山ほど、一日中食べていなければならない、そんな草食動物の身ではなくなったのだそうで。
「まあ、そんでも…一番好きなものは?」
「イチゴの載ったショートケーキだっっ!!」
 手を挙げて元気よく。それはそれは“いい子”のお返事を返した騎士様へ、ぷくくと吹き出しつつも何とか堪
こらえ、
「植物性の材料には困らない俺なんでな。」
 そう言うと、漆黒のスーツのポケットからつやのある生地の袋を1枚取り出した彼であり、それをごそごそまさぐれば…あら不思議。麻袋入りの小麦粉やら小さめの樽に入ったお水やら、次から次から出て来る出て来る。フライパンに包丁に、竈を組むための耐火レンガまでもが出て来る袋で、
「こいつは俺の師匠のゼフって爺さんが持たせてくれた便利袋でな。新鮮な野菜や肉魚までは無理だけど、小麦粉や米、水に調味料までなら。」
「魔法で出せるのか?」
 それは凄いと、小さな騎士様のつぶらな瞳がきらきら輝いたが、

  「いや。爺さんのレストランの倉庫から引っ張り出せるって仕掛けになってる。」

 月末に請求書がそれを払うべき奴のところへ届くっておまけつきの、結構あこぎな袋でなと。どこまでが魔法なのやら、もしかしたら悪魔のアイテムかもしれない、そんな微妙なもんなんですがと、ご説明下さったサンジお兄さんで。
「ま、そういう訳だから、食事の方は任せとけよな。」
「あ、えとえと、はいvv」
 これまた頼りになりそうな助っ人の出現であり、小さなトナカイ騎士様、何とかホッと、安堵の吐息をついたのでありました。


  「…ところで、やっぱりあの緑頭は戻ってこねぇようだがな。」
  「ありゃ?」




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