偉大な航路・グランドラインと言えば、一旦入ってしまうと逃れることのかなわない恐怖の魔海とか、でもでも、あのゴールドロジャーが世界一の秘宝“ワンピース”をそこに置いて来たから、欲しい奴は探せなんて煽ったとか、そこから海へ繰り出した海賊たちがどっと増えて、善い意味でも悪い意味でも航海が盛んになった“大航海時代”が幕を開けたなんて言われているそうだけど。それって全部 外海の人たちの間での話なのよね。アタシに言わせれば、世界地図の中でもほんの一部、細いベルトみたいなこんなところに、何でまたそうも、誰も彼もが集中するのかが判んない。ノースブルーの雪山の絶景とか、サウスブルーの原色が映える熱帯の島々だとか、ステキなところは い〜っぱいあるんでしょうに。だってのに何でまた、磁石が使えないから航海するのも大変で、サメとか毒クラゲどころじゃあない、大きな肉食海王類もたっくさんいておっかなくって、残虐な海賊もうようよしていて、それを退治するのに眸を光らせている海軍だって、地域によっちゃあとんでもない腹黒な奴がいるとかいう、こんな厄介な海域へわざわざ好きこのんで入ってくるのかしらねぇ。
「そんなこと言うが、。」
あ〜あと遣る瀬ない溜息をついたアタシへ。ピアノの調律を済ませたばかりの音楽隊のおじさん、町長さんトコの居候、アンダンテさんが。きれいに磨かれた調律用のレンチや何やを道具入れの革袋へ戻しつつ、気さくそうにお声をかけてきて、
「本来だったら筋金入りの荒くれしか通ってくれなんだこの航路、
そうでない連中も通るようになったもんだから、
挫折した連中が小さな悪さするのを取り締まる
海軍の駐在所があっと言う間に山ほど増えたわ、
そういった人たちへの暮らしに要るものの商売が栄えて
ついでながら俺たちもいろいろ便利になったわ…と思や、
まんざら悪いことばっかでもないんじゃなかろうか。」
「まぁたそんな言い方する。」
アンダンテさんはいつもいつも楽観的だからね。どんな出来事の解釈でも、そうやって“多少はラッキーだったかも”って持ってっては、膨れてたり不貞腐れている子供へ、ほら笑ってよと にんまり笑うんだな。そのお顔があんまり晴れ晴れしいもんだから、アタシらくらいのお姉さんでも、口ではそんなのおためごかしだと思ってたって、馬鹿ねぇって、もう子供じゃないのよなんて言いつつ、ついついやっぱり微笑ってしまうんだけどもね。
でもね、あのね。
アタシやっぱり
外から余計な人がたぁくさん入ってきたのは
ちっと迷惑だと思うのよ、うん。
だってサ、
「おお、こんなところに居たのかい、。」
「………う。」
人がこぶしをぐうに握りしめ、さあこれから本題だと勢い込んでた出端を挫いてくれたのは。樽みたいなたぷたぷのお腹をした、葉巻臭いったらないのがいかにもオジさん臭い、この町に1軒しかない酒場のオーナーだ。酒場の経営の何がそんなに偉いものやら、取り巻きを二人、蚊トンボみたいな世話係と、脅し専門らしい口数の少ないノッポとを引き連れ、ただでさえ出っ張ったお腹を突き出し、いつだって踏ん反り返ってるおじさんで。
「いよいよ明後日は祈りの本番だってのに、
どうした? しみったれた顔をしてよ。」
「…うっさいわね。
さっきまではもうちょっと機嫌も良かったわよ〜だ。」
教会は原則、24時間開いていて、誰でも入って来ていい場所じゃああるけれど。わざわざ町中歩き回ってアタシを探したんだろうことが見え見えだってのよね。だって、日頃からもテカテカした脂ぎった顔なのへ、それを上回るほどの結構な汗をかいてたし。
「言っとくけど、どんなに圧力かけても無駄だからね。」
一応は名士ぶってるおじさんが、なのにわざわざ自分で歩いて来て声をかけるってのが、どんだけ小物かを物語ってもいるってもんで。自分の地位や名声にかかわるだけに、ど〜んと構えて手下に任せ切ることが出来ない小心者。こんな小娘へも、せいぜい顔色窺うような物言いしか出来ないんじゃあねぇと、たくさんの細長い机の居並ぶ聖堂の広間の一番前、ここのはパイプオルガンじゃあなくてピアノの置かれた場所の、すぐ間近に座ってたまんま、しかも頬杖ついてという態度で言い返してやれば、
「うぐぅ〜〜〜〜。」
一応はチョークストライプのスーツを着ている厳つい肩が、ぐぐうっと力んでのこと盛り上がり掛かったようにも見えた。
「…。」
「この小娘が、ヘルメデス様へ生意気を言いおって。」
アンダンテさんが窘めかかった声にかぶさって、蚊トンボが昂然とした声を上げたけど。でもね、こればっかは本当のことなんだもの。
「だぁって〜。
歌声の宝珠が現れるかどうかは、
誰が何をどう細工したってどうにも出来ない代物なんだし。」
酒場にも随分と有名らしい歌姫さんが雇われたんでしょうに、なのにどうして、こんな小娘にスプレイ行為をしに来るかなと。それだけでももう十分、呆れ返ってしまうところ。アンダンテさんがはらはらしてる理由も判ってる。いくら生意気言っても腕力じゃあ勝てない。今の今は手が出せずとも、コトが片付いてからは話も別だ。恥をかかせおってと怒りを幾重にもつのらせてのこと、何されるか判らないぞと、無鉄砲なアタシを窘めたいんだろう。でもさ、腹が立つのはしょうがない。そういう狡い真似もこそりと重ねて、町のみんなを震え上がらせて、でも。ここいらの海域を仕切ってる グリングルとかいう海賊の大親分には頭が上がらないでいて。上納金ってのを納めることで大きな顔をしてるって話、アタシ、ちゃんと知ってるんだからね。
つまりは、自分を困らせたら、手駒のチンピラばかりじゃない、そっちの海賊崩れの怖いのもけしかけるぞって。そんな脅しでもって、町じゅうの店や大人たちを牛耳ろうとしている奴なんだよね。
―― しかも、ここが腹立たしいのがサ。
海軍の駐留してる島がそう遠くはないところにあるんだのに。そのグリングルとかいう海賊がよほどにおっかないものか、ここいらにはしっかりした自警団があるからってことで、よほどのことだと断じた上での、町長さんのところの専用の伝電虫で呼ばなきゃ来てくれない。そして、大人たちはといや、さして困らされてる訳でもなし、どこの島にだってこのくらいの暗部はあるさなんて、なあなあでいるんだもんね、参っちゃう。なので、見て判るほどの残虐な海賊行為とか町への焼き打ちだとか、そこまでの騒ぎでも起きない限り、向こうからは気づいてもらえないって寸法なんだな、これが。確かにまあ、たかだかこんな小さい町の中で、俺は権力者だ金持ちだって言って偉そうにしているだけの話だし、わざわざ怒らせて、要らぬ危険を招くこともないって理屈も判らんではないけれど。
「歌声の宝珠は、島の外へは持ち出せないよ?
だってのにどうして、そうまで気にしてんのよ。」
「ううう、うっさいな。」
さすがに、あまりの言いたい放題は腹に据えかねでもしたものか、手にしていた黒塗りのステッキを震わせ、それを見たもう一人の連れ、無口なノッポが眉を跳ね上げると、こちらへつかつかっと歩み出しかかったのだけれども。
「なんだよ、うっさいなぁ。」
そんな連中とアタシらとが睨み合ってた格好の聖堂の、ちょうど真ん中あたりの座席から、何とも言えない呑気なお声が立ち上がり。それと同じく起き上がった人影がある。まとまりの悪い黒髪を、尚のこともしゃもしゃと掻き回しながらという態度からして、今の今まで寝ていたってことなんでしょうけれど。
「きさま、なにもの……。」
「ちょ、ちょっと待って。あんたここで寝てたの?」
何物かなんて後で訊け馬鹿者と、言わんばかりの勢いで、滑舌もはっきりとアタシが先に訊いたのへ、
「ああそうだぞ。風もないしいい音もしたしでぐっすりだ。」
にゃはと微笑ったその子だが。ちょっと待てって、
「今の今までここじゃあピアノの調律をしてたんだぞ?」
「そ、そうよ。喧しかったでしょうに。」
ピアノの調律というのは、すべての鍵盤を叩きつつ、音色や響きを確かめつつ弦の張りを調整する作業。なので、一音一音、もしくはランダムに色々と弾いてみて、その鍵盤が所定の音か、全体との調和が取れているかを綿密に調べてゆくのであって。
「あの喧しさの中で、よくも寝ていられたねぇ。」
「そか? 何の歌かは判んなかったけど、
いい音だったから問題なかったぞ?」
大きなお口を開けてかっかと笑うのが、何とも楽しげで陽気だったので。だってのに、こっちのおっさんの声は喧しかったという理屈も可笑しくて。何だかなぁと呆れつつ、こっちまでもが釣られて笑いかかったほどだったのよね。なので、
「………っ!」
「うぉっとぉ。」
そんな彼を目がけ、卑怯にも背後から振り下ろされた、棍棒みたいな何かがあったのだけれども。それが殴りつけたのは礼拝用の机の天板だけ。細かい木っ端の破片が弾け飛ぶ中に、のんびりと起き上がったばかりだった彼の姿はなくなっており。しかもしかも、
「危っぶねぇな。」
同じ声が立ったのが、祭壇まで真っ直ぐ通っている真ん中の通路の方。え?え? 1歩2歩ではそこまで行けないんじゃあというだけの距離はあったはずなのに? 机の上へてんと手をつき、そこへ素早く逆立ちをしながら、腕のバネだけでぴょ〜いっと上へ跳ね上がり、そのままそっちへ飛んだだけだぞと。後で説明してもらったけれど、それでも目が点だったアタシはともかく。
「………。」
「此処は教会なんだろが。」
当たったら頭をかち割りかねない、そういう物騒なもんは引っ込めなと言いたいか、鋭い目許を眇めた強靭な体躯のお兄さんが。用心棒男が振り下ろした二の太刀、使い慣らされた模造刀を片手で受け止めての封じておいで。それ言ってるあなたの方がよほど物騒なんじゃあと言いたくなる、黒っぽい大太刀を楯代わりにかざしている様は、ちょっぴりはだけさせた胸元の屈強な肉付きの陰影も凛々しくて。
うあ、かっこいいじゃあありませんかvv////////
しばらくほど、そう、時間にして数秒ほどの間合いを、すぐには引けぬか睨み合いの格好になってた二人だったのだけれども。
「…っ。引くぞ、タリオーヌ。」
得体の知れない相手に、しかもやすやすと負け伏すのは得策ではないと踏んだか、ヘルメデスおじさんが声をかけ。雇い主の声には従うしかないからか、用心棒ののっぽも手を引くと、ふんっと荒いめの鼻息だけを残してきびすを返し、立ち去ってしまったのだけれど。
うあうあうあうあ〜〜〜、凄いじゃないのこの人たちvv
もうもうもう惚れちゃうぞvv///////
「……、眸がカマボコにたわんでるぞ。」
「放っといて、アンダンテさん。」
TOP/NEXT→
*お久し振りのドリー夢です。
何かと勘も鈍りまくりですが、
よろしかったならお付き合いくださいませvv

|