何かしらの式典などというお堅い席への護衛についている場合など、
それはそれは引き締まった表情や態度でいる時は、
さりげなく、されど外套の裳裾の先へまで神経が行き届いているほどに、
立ち居振る舞いもそれは洗練されていて。
しかもそれが相応しいほどに華やかな面差しをした佳人であり。
切れ長な双眸は、極上の宝玉を芯に繊細な青玻璃で囲ったような綺羅らかな瞳を宿していて、
色白な頬はまだまだ頬骨が立たぬすべらかさを保ち、
線の細い鼻梁の下にほころぶ表情豊かな口許は、
ちょっとした淑女に負けぬ瑞々しい柔らかさで笑みを絶やさず。
目の覚めるような赤い髪をこじゃれたシャギーで決めているのが、
案外と捌けた性格をしている言動に これまたワイルドに似合うものだから。
目許をやや伏せて睫毛の影を瞳へ落とせば、艶に婀娜っぽく意味深な風情をたたえ、
さりとて口を真横に引いてにっかと笑えば、
何か悪戯な企みごとでもあるよな雰囲気となる不思議な御仁。
まだ22といううら若さで、
港湾都市ヨコハマの裏社会を牛耳るポートマフィアの五大幹部の座に坐す男。
まだまだ青年と呼んでいいだろう、この柔軟華麗な風貌と、
だのにざっかけない性格をし、武闘派として群を抜く戦歴を持つことから下からの人望も厚く、
組織への忠誠も揺らぎないところからは目上年長からも可愛がられておりと。
人の輪の中にあって伸び伸びと振る舞うのが似合いの、何とも頼もしく暖かそうな人物だが。
その異能の凄まじさから究極レベルのそれは禁じ手とされているほどに
実は最も殺傷能力の高い御仁でもあって。
場末の倉庫街でも深夜の操車場でも、人里離れた山腹でも、
抗争だ討伐だとかいった戦場にひとたび立てば、
その強靭に絞られた身が、ようようしなう鞭のよに鋭く閃いては
蹴撃一閃、敵陣営をサクサクと切り刻み、
舞いのような軽やかさと手並みで振るうナイフが、容赦なく敵将の懐ろ脾腹を掻っ捌く。
たった一人で特別仕様の一個師団並みの戦闘力を誇り、
なればこそ、余程の重大事にしか投入されぬ“箱入り幹部”と
“…そう呼んでんのは あんただけだかんな ” (あっはっはっは・笑)
書類へ書き込み中、ふと手を止めてペンを持ったままの手で頬杖ついて
何ごとか考え込んでいるお顔は妙に真摯にして清廉で。
そうかと思えば、廊下なんぞでこちらを見つけると 来い来い来いと手招きし、
近寄ったこちらへ“ナイショだぞ”と声を殊更低め、
ただの飴玉をさぞ大事なもののようにサササッと握らせるお遊びに
付き合わせたりするお茶目な人でもあって。
「おう、今日は遅かったんだな、芥川。」
お前にもやろうと、フルーツドロップらしい個包装の飴をほれと差し出す手へ手が触れて。
おやと目線が揺れたのは、
「どうした。今朝は妙に温ったかいぞお前。」
熱でもあんのかとそれは手際よくも片手で頭を捕まえてしまい、
こちらのおでこを自分のおでこへこつんと合わせるところなぞ。
本人はごくごく自然なこととしているのだろうが、
居合わせた女性職員の皆様が全員口許を手で覆い、
声なき歓声を上げ倒していて、こちらの頬の紅潮を尚のこと煽るよう。
かくのごとく、
本当に罪な人なのだ、中原中也さんというお人は。
◇◇
実は実は、元ポートマフィアの幹部だったそうで。
その身に宿した異能は“人間失格”といって、どんな強力な異能でも掻き消してしまうアンチ型。
そうは言っても、では自身の武装としての異能はないも同然なわけで。
護身術としての格闘技をたしなみ、
銃を扱わせればその巧みで精密な技能と大胆さでは群を抜くそうだけれど、
荒くれ揃いの裏社会ではそれだけでは足りない。
ので、それを補うのが抜け目のない権謀術数を構築する叡智と、
どんな錯綜も紐解く斬新な思考だそうで。
様々な危機を相手に、
時には身一つで飛び込んで呆気なく生還してしまう恐ろしき能力を買われ、
歴代最年少で五大幹部の座に就いた伝説の猛者だそうだが。
今はといや、武装探偵社というマフィアの敵対組織で
たまに正義の使徒にもなる毎日を、悠々自適に送っておいで。
社屋にいる時はどちらかといやルーズで怠け者っぽく。
遅刻はしょっちゅうだし、ちょっと目を離すとソファーで寝そべっていたり、
営業でもないのに“外回り行って来ます”と飛び出してってしまったり。
自分のデスクにしっかと坐して書類を作ってるところって
そういや滅多に見ないなぁという話で。
だっていうのに、その風貌と来たら、聡明透徹、精緻にして雅。
素顔を晒したくはないものか
額や頬に影落とす長髪は、印象的な目許へ艶な翳りを滲ませ。
やさしそうな鳶色の瞳が愁いの影を含んで伏し目がちになれば、
一体何があなたをそんなに悩ませているのかしらと
居合わせた女性陣が揃って胸を騒がせてしまうだろうほど。
品があって引き締まった口許は、低められると罪な響きとなる甘い囁きを紡ぎ。
そのように端正な顔容のみならず、
上背もあって背中は広く、それはそれは精悍な肢体を持してもおり。
携帯電話を肩口で挟んで頬に当て、何通かの書類を両手に掲げて確かめていたりすると、
いかにも出来る男ですという格好で絵になるからちょっとズルい。
相棒なのだかお目付け役なのだか、国木田さんからしょっちゅう怒鳴られて、
それでもからかうのを辞めない懲りない人だが、
困りごと抱えると、何故だかすぐにも気づいてくれて。
時間や相手次第、自分ではどうしようもないことであっても、
大丈夫だよと肩や背をポンと叩いてくれる。
何か企んででもいるものか、悪戯っぽい眸になって何かしらを見やる横顔とか、
おいでおいでと手招きし、意味深に内緒話を持ちかけてくるのが、
実はそれもやっぱり誰かを振り回すための采配の一部だったりと。
綺麗な人なのにルーズを極め、頼もしいのに悪戯も忘れない困った人で。
でもねあのね、それって何か、
素顔や胸のうちを無防備なまま覗かれたくはないからかなぁと思えなくもなくて。
そうそう、何でこれが最後になるのか、それくらい慣れてしまうほどのことなのか、
かなりの頻度で実演へ走るほどの “自殺マニア”でもあって。
川へ飛び込んだり 枝ぶりのいい樹へロープ掛けたり、
ビルの屋上には一人で行かせちゃならぬが常套となってもいて。
それで遅刻したと聞けば “またか”と呆れる茶飯事になっていて、
けど、でもやっぱり勝手に逝かないでほしいというのが当然の本音で…。
かくのごとく、
本当に罪な人なのだ、太宰治さんというお人は。
◇◇
気がつけば さりげなくこちらを見やっている彼だと気がついた。
今日のところは専任担当となるよな依頼を割り振られていないのか、
それで暇を持て余してでもいるのかなぁ。
だったらこの面倒な報告書を手伝ってほしいのだけれど、
そうというよこしまな想いが届くのか、
こちらから見やるとこれまた実にさりげなくもそそくさと、
明後日のほうへ視線を逸らしてしまうのがなかなかに心憎い。
時折谷崎くんと共に書庫へ向かって資料を運んできたり、
国木田くんに言われて地下倉庫まで重いコピー用紙(箱詰め)を取りに行ったり、
体を動かすお仕事もこなしておいでなのだから、
サボっているわけでもない相変わらずの働き者くん。
それが…席につくと、書類の束をパラパラめくりつつ、
そんな所作のついでのように そっとこちらを覗くよに見ては、
何だかもじもじと視線を揺らしたり含羞んだり。
どうしたのかなぁ、何か相談したいことでもあるのかな。
中也と何かあったのか、
でもそういう話って、最近は あの子へ振ってる敦くんじゃなかったか。
仲がいいのはこちらとしても嬉しい限りだけれど、
頼ってくれなくなるのはちょっと寂しいかなぁ…なんて思いつつ。
やっと仕上がった書類をやれやれとバインダーに綴じておれば、
「あの、お茶です。」
おおう、いつの間に。
丁度キリがよかったのを計ったように、
小さめの盆へ私の日頃遣いの湯呑を載せて来ていた敦くんで。
これはやっぱり、何か話したいことでもあるのかな?
ありがとうねと目を細めて湯呑を受け取り、
おや、これはいつもの熱い熱いのじゃあないなとちょっと意外に感じて。
縁へと口をつけ、ずずっと含めば、
爽やかな香りと甘さという深みをまとった美味しい風味が口の中へと広がって。
「………敦くん。」
湯呑を覗き込んでいた太宰が、そのまま立ち上がると、
盆を給湯室へ戻そうと立っていった少年へと声を掛ける。
はい?と振り返った彼を、
そのまま背中を押すようにして給湯室まで向かわせての連れ込んで。
奥まった壁へとんと押しやり、何でしょかと振り返ったところへ、
間髪入れず、顔のすぐ横へと手をついて間近から覗き込む。
長い腕が、なのにたわめられているので、
正面にある太宰の印象的なお顔とで囲まれたようで落ち着けず。
あわわと頬を赤くした少年へ、
鳶色の瞳をやんわりと細めると、わざとにその整ったお顔を近づけて、
ちょっぴりざらりとした響きを滲ませるほどに低めた声で囁いたのが、
「キミ、もしかして芥川くんでしょ。」
「……っ!」
目の前にいるのはむらさきと琥珀という珍しい2つの色合いを混ぜた瞳の少年、
淡い銀の髪をした、虎の異能を持つ中島敦くんに他ならないのだが、
「だってこのお茶。
格安とまではいわないけれど、お値打ち品の茶葉なのに、
ここまで香りを生かした美味しい淹れ方出来る人って、
ウチの社にはいないんだなぁ。」
「う…。」
にんまりと笑えば、困ったように含羞んで真っ赤になる敦くんで。
口許をうにむにと引き込んで噛む癖、ほらやっぱり“キミ”じゃないのよ。
白いおでこへ、前髪越しにこつんとこっちの額を当てて、
泳ぐ双眸の先の視野を塞いでしまえば、
追い詰められたと隠しもしないで、ううと困ったように甘い吐息をつくところがまた、
芥川くんそのままの素振りで可愛くてしょうがない。
どう見たって敦くんだのに、中身は疑いようのないほど芥川くんであるらしく。
そんな馬鹿なことが、でも起こり得るのを、他でもない私たちこそ知っている。
と、そこへポケットの携帯がぶるると震え、
視線も体勢もそのままに、はいはーいと何かしら予測ありのままに出てみれば、
【太宰か、そっちに “あいつ”行ってねぇか?】
ちょっぴり低められた、でも、それはいかにも作ったものだと明らかな、
実は実は楽しくてしょうがないらしいトーンの、帽子掛けくんからの入電で。
くすすと笑って、うんうんと頷き、
「来てるよ。ということはそっちに “敦くん”がいるんだね?」
【おうよ。】
妙に体温高くてお元気なのが、黒外套暑い暑いって困り切っとる、と
そりゃあ可笑しそうにくつくつと笑っていて。
その傍らにやはり取っ捕まってでもいるものか、ちょっと弱めの咳き込みが聞こえて、
ああそうか、微妙に病弱な“彼”の体は、お元気な敦くんには扱いづらいのだろうね。
「今からどこかで落ち合おう。
二人揃わないと私でも解けない異能らしいよ、これ。」
判ったという応じが返り、中間辺りにある中也のセーフハウスを指定して一旦切る。
会話の間中、じっと見つめていた可愛らしい愛し子くんは観念したように俯くばかりで、
叱られちゃうとでも思っているよな傷心ぶりで。
「…ああ、ごめんよ。
悪戯をしたわけじゃないのは判っているし、
せっかくここまで傍にいるんだ、抱きしめてあげたいけれど、
今のキミにそれすると中也に叱られそうだから、お互い我慢だね。」
このくらいなら大丈夫かなと、
頼もしいまでに大人の作りの手のひらを頬に添え、
いい子いい子と撫でてやる。
すると、そおと窺うようにお顔が上がり、
ゆらゆら泳いだ眼差しがやっとのこと、愛しいお人のお顔を見つめ返してくれたのでした。
◇◇
天然コンビの黒と白の青年と少年たちですが、(おいおい)
何も好きで人格が入れ替わったわけじゃあない。
出掛けた先の雑踏の中で気がつけばこうなっていたそうで、
どうやら擦れ違いざまにか そういう異能を持った人から悪戯をされたらしく。
運が悪かったね程度で片づけかかっている彼らだが、
「悪戯って…。」
話を聞いたお兄さん二人は、
まずは呆れてから、ちょっぴり真面目な顔をする。
「身勝手な異能の使用は、
それこそ私たちを通じて
異能特務課に身柄を収容されても文句言えない罪なんだけどね。」
「そうだぞ?
物によっちゃあ信用落としたり、
下手を打ちゃあ死ぬような目に遭ったりしかねねぇんだからな。」
「うう…。」
「すみません。」
何と言っても彼らの間近には、太宰という異能力無効化の人がいる。
なので、触れてみたら戻るのではないかと単純に考えた。
あんまりにもぼんやりな顛末なのを笑われやしないかと思えば、
ことの次第を話して…とは持っていきにくいのがお年頃のプライドの問題というやつで。
となると、敦の姿になっている芥川が探偵社へ出社せねばならなくて。
それなりに打ち合わせはしてあって、
周囲の人の顔と名前と、どういう間柄かを教え合い、
とりあえず太宰さんに触れてみて戻れなかったら改めて相談してみようとか
そんな風に計画仕立てて動き出したはいいのだが、
なかなかどうして、そう簡単には運ばない。
周囲の人々へ向けての演技はなかなかうまく通せていたが、
いかんせん、肝心な太宰の傍へは近寄れなかったのだそうで。
「そういや、こっちを見ちゃあいたけれど
なかなか傍まで寄って来てはくれなかったものねぇ。」
戻る前に中身が違うことあっさりばれちゃうのは困ると思ったのかなと、
用意されたアイスティーで口元潤しつつ、
いまだ敦くんのままの愛し子を、目許細めて愛でるよに太宰が見やれば、
「〜〜〜〜〜〜。/////////」
中身は漆黒の覇者様、お恥ずかしいと口許噛みしめ項垂れるばかり。
何してんのって
そんな彼だったことへ、ダメじゃんと怒り出せない
芥川くんの姿の敦くんの方は方で、
「こっちが破綻したのは結構早かったらしいんだがな。
あいにくと俺の出社が遅かったんでさっきの連絡って運びになってな。」
昨夜遅くまで制圧任務があったのでと、この家で遅寝をしてからの出社だったそうで。
ほんの小半時も経ってはない先程、社の方へ出てみれば…と、
余程に可笑しかったのか、話す先からくつくつと笑っておいでの帽子の幹部様。
その傍らで、勘弁してくださいと肩を縮めている
黒の青年こと、中身は白の少年が何をやらかしたかといえば、
何と言っても、お元気なのですぐさま怪しまれたそうで。
「呼んだら走って来るのはないだろ、敦。」
「ううう…。///////////」
それも、まずは樋口さんにやらかしの、
他の面々にも均等にやらかし。
とはいえ体は本来の敦くんのそれじゃあないわけで。
「すぐにも咳き込みだして、医務室で酸素吸入する羽目になったらしくてな。」
命にかかわることしてどうすると、
それへはさすがに芥川が虎の子の眼を剥いて驚いて見せ。
いけないことをしたのは敦なのに、
それを責めているのも敦くんだという、ややこしい構図になっているのへ、
「ともあれ、今度からはすぐに揃って出頭するように。」
こうして無事に顔を揃えられてよかったよと、
ソファーから立ち上がった太宰が
丁度並んで坐している二人のそれぞれの頭へポンと手を置けば。
キョトンとしていたのも束の間、
お互いのお顔を見合わせて、あっと声上げ、
それからちょっと遠い位置だったそれぞれの兄人のお隣へ飛び込むように駆け寄って、
あとはまま、ご想像にお任せいたしますvv
〜Fine〜 17.06.12
*よくある異能につき その2。(笑)
山ほど海ほど書かれていよう、人格取り換えの異能力のお話でした♪
今日、いきなりお休みになったので、
先のお話の続きの傍ら、ぐりぐりと落書きしていたこっちを
ついつい先に書き下ろしてしまいましたvv

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