天上の海・掌中の星 “昨日からの進行形vv
 


『1ねんつきぐみ、もんきー=でー=るふぃ。おおきくなったら、かいぞくになりたいです。てれびのまんがの「わんぴいす」の ごむごむのおにいちゃんみたいに、いろいろなところへ行って、いっぱい"ぼーけん"をしたり、わるいやつをたおしたり したいし、きれえなけしきとか いっぱい行きたいです。なかまをあつめて、おいしそうなごはんもいっぱいたべて、それから…』





 先日のお片付けの最中に、何とルフィが小学生だったの頃のものらしき、年代ものの作文やら図画工作の作品やらが、作り付けのクロゼットの天袋の奥からドサドサと出て来て。どうやら父上か兄上が保管しておいてくれたものであるらしいため、本人はどうでもいいぞと関心なさげに言っているものの…無闇に処分してしまう訳にも行かず。せめて仕分けしてキチンと整頓しておこうということになった。硬貨投入口が微妙に歪んでいて使えなかったらしい、紙粘土と牛乳ビンで作ったらしき貯金箱とか、水族館なのか動物園なのか本人にも解らなくてちょっと謎な、紙箱に絵を吊り下げたモビール細工。キュビズムの専門家に見せたら"この子には光るものがある"とか言い出して泣いて喜びそうな前衛絵画の数々…などを。小箱にしまったりファイリングしたりしながら、いかにも子供っぽい出来で可愛らしいものや、どうにも理解不能なものへと、一緒に…笑ったり怒らせたり二人ともが眉を寄せたりしつつも何とか整理し終えて、さて。お次は作文へと手をつけたその最初に出て来たのが、冒頭の作品である。

  「ふ〜ん、海賊ねぇ。」

 ネクタイつきの新しい制服姿にて、進学の決まった市立V高校へと通い始めて早くももう半月が経過し、新しい学校にもクラスにもかなり慣れて来たらしく。食事時などの会話の中に、ウソップ以外のお友達の名前もちらほらと聞かれるようになった。放課後の部活に選んだ柔道部では、早くも都大会へのレギュラー候補にというお声がかかっているのだとかで、
『都大会で優勝したら、次は関東大会っていう進み方は中学ん時と一緒なんだけど。それとは別に、夏にはインターハイっていうのもあって、それが済んだら国体があって。そういうのとは別の総合全国大会っていうのもあってサ。中学より忙しいんだって。』
 大変なんだようというよりも、お楽しみが増えたぞ どうしようvvとばかり、ご飯粒を飛ばしもって興奮気味に説明してくれた彼だったのは。訊いてやってたこっちの顔の緩み具合に引っ張られてのことならしい…とは、その日の晩餐と給仕を担当してくれた精霊仲間による極めて客観的な観察から下された、それはそれはありがたいご意見で。まあな、確かにな。相変わらずにお元気で、笑顔が絶えなくて。その満面の笑みでもって"凄げぇ幸せだぞvv"と顕示しまくってる、ご陽気な子供。そして…そんな彼であることが何よりも嬉しくて堪らない、お手軽な自分には違いなかろうという自覚くらいはある。邪妖や悪霊を一刀両断に退治し封印滅殺して回っているその筋の"鬼神"が、何とまあ他愛のないことよと、時に自嘲しもするくせをして。そんな自分だというのが、誰へ対してなのだか対外的には癪なもんだから。表面的にはクールを気取ろうとしてしまい、こんな場にあっては…ついついからかうような物言いも出てしまう。案の定、馬鹿にされたとでも思ったか、

  「う〜〜〜。///////

 ルフィはその柔らかい頬を赤らめると、こっちへと手を伸ばして来て、色あせて擦り切れかかってた大きめの原稿用紙を引ったくるように取り返した。怒らせるつもりはなかったのだが、かと言って…今更あわてて"笑ってないぞ"なんて執り成すのも何だよなと。それこそ大人げなくもにやにやと笑って、
「黒帯の海賊か、カッコいいじゃねぇか。」
 荒事への腕っ節には問題ないよなと、やっぱりからかうような言い方をすれば。ふ〜んだとそっぽを向いて、件
くだんの作品を他の作文と一緒くたに、大きめの書類袋の中へねじ込むルフィであり。
「昔、凄げぇ流行ってたんだもん。」
「海賊ごっこが?」
 途端に"ち〜が〜う〜"と、きれいな歯並びを見せて言い重ねる。
「その漫画が、だよ。」
 何でも、当時、社会現象にまでなったほどに流行った作品なのだそうで、原作はある意味"無国籍ベース"の冒険もの。手にすれば間違いなく世界一の海賊王になれるだろう、奇跡の財宝"ワンピース"を目指し、あまりの道程の遠さと苛酷さに誰もが中途で玉砕したがため、もはや伝説になりかかってるほどの宝探しの大冒険に敢
えて乗り出した少年船長と仲間たちの、奇天烈で波乱づくしな航海の物語を綴った長編作品だそうで。アニメ化されてテレビ放映が始まるや、あっと言う間に結構年かさな高校生や大学生、果ては大人にまでファン層を一気に広げて、毎年劇場公開版が作られたほど。
「それも"何とか祭り"っていうような子供向けアニメばっかの抱き合わせでなくて、それだけの単独ロードショーだったんだ。」
 ちゃんとした映画扱いだったんだぜと、我がことみたいに胸を張る。荒唐無稽な設定や展開の中、それでも…芯の強い"本物"の男たちのクールに熱い生きざまの何たるかや、諦めないでいればいつかきっとどんな嵐もしのげると、歯を食いしばる少女たちの粘り強い一途な心意気だとか、大人さえ唸らせるような信念を横軸に様々なドラマを織り成す、アドベンチャーロマン大作だったそうで。
「…ふ〜ん。」
 その作品の関連グッズだったのだろう、アニメ画像のシールが貼られた学習ノートも何冊か出て来た。大海をゆく海賊にしては主人公たちは子供や青年止まりという顔触ればかりみたいで、年かさな大人の顔はない。
"小学生の頃、か。"
 端が剥がれかかり、そこから折り癖がついて掠れた紙のシール。ウソップを始めとするお友達と、夢中になって…内容のことや"今度映画を観に行くんだ"なんて話したのだろう、お気に入りのアニメ。

  "………。"

 その頃の彼のことはあいにくと知らない自分であり、そういやあまり聞いたこともなかったよなと、今頃になって気がついた。ぱらぱらとノートの中を弾くようにめくれば、四角いマスの中、バランスは目茶苦茶ながらも丸々とした元気のいい幼い字がズラズラと並んでいるのが、当時の…自分は"見知らぬ彼"を語る記録の羅列に見えた。

  「…ゾロ?」

 不意に。角の丸くなった古いノートをその大きな手の中に見下ろしながら黙りこくってしまった破邪精霊に気がついて、坊やがキョトンとしつつ声をかける。短く刈られた淡い緑の髪やトレーナーを着た広い胸板なんかが、まだ4月なのに初夏並みな明るい陽射しに照らされてて、白っぽく弾けた色に見える。ルフィがかけた声に少しばかり目線を上げて、様子を伺われたのはそっちなのに、ん?なんて物問うような声音を返す彼だから、何だよそれ…とか思って、じっと見つめ返してしまったものの、

  「………。」

 大きな琥珀色の瞳と視線がかち合って、その、澄んだ潤みと生気に満ちた眼差しに…ついつい見取れかかってしまったゾロへ、

  「あのな、そん時はまだエースが居たから。」
  「………。」
  「そんな怖い目にもまだ遭ってなかったし。」
  「………。」

 強いキャラクターに憧れたのは、何も自分が得体の知れない怖いものに脅かされてたからじゃねぇぞと。そんな頃から怖い思いをしていたのだろうかと、無言のまま案じているらしきゾロだと、何となく気がついたらしき言いようをこそりと差し向けてくる優しい子。いつまでも幼い子供みたいに無邪気で屈託がないように見えて、だが、こんな風にひょんなことへ気が回る時もあるから、

  "…ったくよ。"

 こっちが心配されててどうするよと、男臭くも引き締まった口の端に苦々しい笑みが浮かんだ。いつだって、そう。気がつけば、こっちこそが心の安寧を彼から与えられている。彼さえ幸せなら他は何がどうなったって構わないし、彼の悲しみや苦痛は何としてでも除いてやりたいと思う。もともと"正義の味方"というつもりはなかったが、目映いほどに真っ直ぐなこの子が喜ぶのなら、苦手なそういうのも手掛けてやって良いと、そんな順番で物を思うようになって来てもいるほどに、この子が中心の世界観になりつつある。そんなこんなを、
"困ったことだぜ…。"
 苦笑混じりに噛み潰し。片腕をすいと伸ばすと、自分の大きな手にすっぽりと収まる小さな頭を鷲掴みにし、まとまりの悪い真っ黒な髪をわしわしと掻き回すみたいに撫でてやれば、
「何だよう、誤魔化してんじゃねぇよう。」
 不平っぽい言いようながらも語尾がすぐに弾けて、すぐ目の前で童顔がほころび、あははvvと明るく笑い始めるいつもの彼に、こちらも甘えさせていただいて便乗することにした。



  ――― お前が黒帯船長になるんなら、俺はどうしようか。

       あはは♪ ゾロも海賊になるんか?
       じゃあ、んっとな…うんっ。
       刀の使い手が出てくるから、ゾロはそれだ。用心棒だ。

  ――― 用心棒? 海賊船なんだろ?

       うん。でもそういう奴が乗ってたんだ。凄い強い剣豪だぞ?
       世界一の剣豪を目指してて、副長やってんだ。

  ――― 凄い強い剣豪か。カッコいいな。

       そうだぞ、カッコいい奴だったんだぞ?
       ゾロには勿体ないくらいだ。



 なんだと、なんだよ。肘で相手をこづきつつ、妙に和気藹々としているお二人さんを見やりつつ、
"…こりゃあ、出直した方が良いのかもな。"
 もうすぐやって来る坊やのお誕生日のための、お料理やケーキの打ち合わせにと降りて来ていた金髪碧眼の聖封様が、声をかけるタイミングを失ってしまい、小さなお家の上空にて何とも複雑そうに苦笑しておりましたとさ。




  〜Fine〜  04.4.12.〜4.27.


  *正直に言います。
   最初の作文だけ思いついて、後が続かず、
   しばらく放っぽり出してました。
おいおい
   なので、実質的には半月もかかってはおりませんです。
(猛省)
   とりあえず、まずはの第一弾です。
   パラレルものですが、よろしかったらお持ち帰りくださいませvv

  *このお話のルフィは霊感少年なので、
   感受性が豊かな時があるため、ゾロさんも油断は禁物です。
   子供だし能天気だしなんて気を抜いていたら、
   坊やの側から気を遣われてたりしますのでご用心。

ご感想は こちらへvv**

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