天上の海・掌中の星

      “秋と言ったら…”


 なかなか秋めかないねぇなんて言い合っていたものが、観測史上の記録に残りそうな規模と、接近前から恐れられてた台風がやって来たりもし。早かった春、終盤が長かった梅雨などといった、ややこしかった他の季節とご同様、やっぱりくせのある秋ではったが、

 「そんでもそれなりの季節になるもんだよな。」

 夕飯前ではあったけれど、何だか小腹がすいたという坊やだったので。ひょいと次空転移で出向いた駅前の商店街、コンビニで肉まんを3つほど買って来たのを差し出せば。わぁいと受け取った坊やは、今日は寄り道しないで帰って来たらしい。出来る限りの早く早くと帰宅したがる子というの、他のお部屋でも縁のあるサイトになりつつあるのは、まま、幕内のお話なんでおくとして。そんな坊やを急かすかのよに、秋はその深まりとともに、陽の暮れるのが早くなり、夕景の茜が日に日に印象的な色合いのそれへと変わってく。太陽光の中の波長の長い赤がより遠くまで届くからだそうで。

 「黒須せんせえが ゆってたもん。」
 「黒須先生って…物理の先生じゃなかったか?」

 出窓に腕置き、頬杖ついて。夕日を見ながら肉まん頬張り、一丁前なことを自慢げに言うルフィだったが。その先生ならば、ゾロもよくよく知ってる相手。実は この破邪殿の育ての親だった天使長の生まれ変わりだという、不思議な縁のあるお人ゆえ。顔を合わせれば単なる会釈以上のご挨拶も交わすし、時間が許せばちょっとした近況なんかも話したりする間柄。表面はどこか穏やかで とほんとなされているけれど、さりげなくも深いところまでを見通していなさる油断のならないところは昔と変わらぬご気性。たまにしか逢わないゾロのしでかすあれやこれやも、ルフィからさりげなく聞き出しておいでな困ったお人、もとえ、いまだにゾロが頭の上がらぬ相性になっている、珍しいカテゴリーの人物であり。だがだが、夕陽が云々を持ち出すのは担当教科が違わんかと訊けば、

 「せんせえは何でも知ってるぞ?」

 物理のことしか知らないんじゃあ やってけねだろがと、一丁前な言いようを返すルフィもまた、優しい物腰のあの先生が大のお気に入りであるらしい。大人の落ち着きがあって話し方もお淑
(しと)やかだし、手先が器用で裁縫も上手だし…と、そんなことまで知っていての褒めちぎり、

 「文化祭では、グラウンドに並ぶ出店の パトロール班の隊長もするんだと。」

 そこまで詳しいなんて、あんたまさか…先生のストーキングとか、やらかしてないでしょうね?

 “…こらこら。”

 冗談はさておき。
(まったくだ) 九月の体育祭でも大活躍した当家の坊や。十月半ばの連休に催される文化祭では、クラスの演目は合唱だとか。
『ホントはさ、教室借りての喫茶店とかお化け屋敷とかやりたかったって声が多かったんだけど。』
 そっちはあいにくと、クラス委員がくじ引きで負けてしまったらしいのが、準備に取り掛かる一番初期の一学期末のこと。ならばと、舞台でのお芝居を狙った層もあったらしいが、

  ―― ルフィくんが、インターハイで忙しいらしいから

 どうせやるんなら花のある人を主役にあてたいが、今年のルフィくんは高校総体とそれから世界柔道とやらの強化合宿にも特別招待をされており。本戦にはさすがに出ないが、それへと出場する猛者たちとの直接の組げいことか、スペシャルメニューでの練習に参加出来るのは先への実にもなることと、将来有望な高校生としてのご招待。それはさすがに断れないそうなので、となれば文化祭への練習にもあんまり時間が割けないだろからと。稽古の要るものは断念せざるを得なくなったのだとか。

 『別によ、お芝居になったって俺は裏方で手伝ってやったのにな。』
 『それはあれじゃね?
  そっちだと足手まといになっから、出演者のほうへ回ってほしかったとか。』
 『なんだとー。』

 どっちもが冗談を言っているのだと判っていての、お愛想ふんだんな口げんかの真似っこを繰り広げてから。あらためてのゾロへ告げたのが、

 「んで、柔道部の方は相変わらずの屋台もんを売る出店なんだけどもさ。」

 教室をお店に仕立てての模擬店は、クラス参加か、若しくは家庭科部や大きく譲って登山部など、日頃から調理に縁のあるクラブ以外は原則として割り当てられていない。どうしても練習の方が優先されるため、準備にそれほどの時間を取れない部よりも、飾り付けや何やへ凝りたいクラス参加組や、調理の手際に慣れている部を優先するのはしょうがないこと。それに、グラウンドの方が設置も撤収も楽で勝手がいいと、むしろそっちの方を希望する部が多いほどなため、昔から変わらない配分であるらしいのだが、

 「今年はなんとコスプレ大会も兼ねてるらしくてサvv」
 「……ちょ〜っと待て。」

 コスプレづいてるシリーズやのぉ…どころじゃあない、それが絡んでたややこしい一件に振り回されたの忘れたかと、がっつりした大きなお手々を坊やの肩へと乗っけたゾロだったのも、致し方がなかろうこと。

 「ああ、あの夏休みのかvv」
 「夏休みのか、で済むんか、お前は。」

 通過してしまった今だからこそ、そんなこともあったなぁで済まされようが、またぞろこのルフィが巨大な陰体を収納出来得る筺体として目をつけられの、下手すりゃ攫われるか害されるかしたかも知れぬほどの事態になりかかった騒ぎだったってのに。当事者にして、標的にされてもいた当の本人は相変わらず けろんとしているものだから、

 『選りにも選って、あの天衣無縫な剣豪破邪の方が、
  似合わぬ心配しちまうなんてな、不思議な構図になっているんですよね。』

 相棒の聖封殿が、さも可笑しいと言いたげに我らが直属の天使長殿へと報告していたのを思い出す。そういや、もっと以前の玄鳳事件のときだって、異世界へ攫われの、灼熱の熔岩満ちたるマグマの坩堝
(るつぼ)へ落ちかかりのという、壮絶なまでにおっかない想いをしたはずだろうに、そっちへのフラッシュバック、いわゆる後遺症もとうとう現れなかった豪傑だったルフィであり。最近といや、昨年の文化祭で召喚師もどきの輩から目をつけられていた挙句、陰世界との門(ゲート)扱いにされた騒動にも巻き込まれている。ゾロがその聖なる翼を片方もがれたという衝撃的な事態にあって、やや落ち着きがなくなってたようにも見えたものの、彼へと分け与えられたその翼、存外 自在に使いこなしているようなので、やはり…さほどにはこだわりもないルフィなのであるらしく。

 “………。”

 怖い想いならもっと幼いころにさんざん味わったからということで、採算は合っているというところなんだろか。

 “……何のどんな採算だ。”

 埋め合わせの利くことなんかじゃなかろうと、他でもないゾロが忌々しそうな顔をする。そんなソロバンがあってたまるかと、破邪殿としては苦々しげに眉を寄せるばかり。怖いもの知らずで屈託のない、いかにも豪傑な坊やだが、その感覚がただただ頑健で豪気なそれだと言いがたいこと、彼は重々知っている。誰にも理解されぬまま、恐ろしいものが見えたし見えたことから そやつらに取り巻かれても来た、心穏やかならぬ幼少期を過ごした子。あまりの苛酷さからの逃避として、心に防壁を築いてしまうケースも珍しくはなかろうに、だっていうのに…坊やの心は鈍重にも麻痺したりせぬままでいて。底抜けに屈託がない、朗らかな笑顔の似合うお元気な少年である反面、気づいてもらえぬそいつらが可哀想だと、当たり散らされるの、受け入れてさえいたお人よしで。やんちゃで大雑把だと見せかけて、実は根っこが気立ての優しい、繊細でさえある子だからね。傍らにいて見守るゾロとしちゃあ、ともすりゃ当人以上の感度で、警戒だってしてしまうというもので。とはいえ、

 「そういう時流だからしょうがないってば。」

 さすがは現代っ子ということか。それとも、仮装の島にてドえらい目に遭ったのも…久々にロビンに逢えたし、敵側だった子も捕獲できたしと、結果としちゃあ上々だったので。その記憶も“怖かったこと”という仕分けはされていない彼なのか。

 「アニメやゲーム系だけじゃなくて、今時は戦国武将とかも流行だからさ。」

 そっちのコスプレをする女子の人とかも増えたんで、一般の人のコスプレも、メイドさんとか ゴスロリ?とかいう特殊なものばっかじゃなくなって来てるしと。彼なりに知ってる範囲の知識というのを、ご披露くださったルフィであったりし。……でも、戦国武将ファンに限った“歴女”さんは、純粋な偉人ファンばっかでもないそうですよ? ゲームキャラに惚れたって人が、あくまでもそのキャラの…ちょいと破天荒ないで立ちのコスプレしてたりもするそうですしねぇ。まま、それもともかくとして、

 「そいでな?
  それぞれの出店で一人ずつ、代表の“看板娘”か“若旦那”を選んで、
  そいつが何かのコスプレすんだ。」

 お客さんの投票で競争して、優勝した部は来年の場所とりで一番いいとこ取れるんだって。

 「優勝した個人にも、
  表彰状と、学食のラーメンセットか幕の内弁当の
  タダ券10枚綴りが貰えんだぞ?」
 「くどいようだが、お前は食うに困っちゃない身だろうが。」

 小遣いに制限があるどころか、子煩悩な父上のカードを使いまくりにしていいぞというご身分なくせによと。買い食いチャンピオンへ 一応は言い置いたゾロだったが、

 “……ま・いっか。”

 お祭り騒ぎが楽しいというのは、長らく独りでいた反動だろか。いやいや、そんな風に勘ぐるのさえ 的外れなくらい、お陽様みたいな気性の坊や。楽しいこと、皆でわいわいと取り掛かってのやっつけてしまうのがどんだけ充実したことか、よくよく知ってる大物なだけ。こっちこそ…慣れない過保護に手をつけてピリピリしてるなんてらしくもないと、思い直しての苦笑を洩らし、

 「で? 柔道部の“若旦那”は もしかして…?」

 一応はと訊いてみたところ。どこぞかのアメフト出身お笑い芸人さんのごとく、立てた親指で自分の胸元を指差した坊や。そりゃあ凛々しい一言で返したのが、

 「俺だっ!」

 やっぱりなぁとの苦笑もひとしお。そうでなければそこまでの詳細を言ったりしないもんと、ごもっともな付け足しもくださって。

 「そんでだな…。」

 何に化けるかがまだ決まってないんだ、なあなあゾロは何がいいと思う? 手芸部の女子がきょーさんってのをしてくれてっから、よっぽど奇抜なのでない限りは衣装の工夫も手伝ってくれんだって。RPGのゲームキャラはさすがにもうやったからさ、今度はお侍とか忍者ってのはどうかなぁと、無邪気に話しかけてくる笑顔にこそ。こちらさんも至福の甘さを感じてか、ついつい目許が細まる破邪さんだったりし。はてさて、一体どんな文化祭になりますやら。坊やが看板娘ならぬ“若旦那”に選ばれたのは、商品をつまみ食いさせないためかもなと、聖封さんから穿った説を吹き込まれ、ああそうかと手を打つゾロだったりするのは、あくまでも後日談として。中秋の黄昏どきの一景は、家人たちの注目がそれても構わずに、ゆるやかに暮れてゆくのでありました。






  〜Fine〜  09.10.21.


  *そういうシーズンですねということで、
   季節のご挨拶を兼ねて
   久々に(でもないかな?) こちらのお二人を。
   この時期のルフィの買い食いと言ったら肉まんだろうと思うのは、
   わたしの勝手な先入観からですが、
   今時だと“からあげくん”の方がメジャーなんだろか?
   コンビニって主婦になるとなかなか行かないところなんですよねぇ。

めーるふぉーむvv ご感想はこちらvv

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